【162】辺境伯領の婚活事情
アルバンからありったけ情報を搾り取られてイシドロさんは灰になった。
メイドさんが「大浴場の準備が整いましたのでいつでもどうぞ」とニコニコ呼びに来てくれたのだが、そのメイドさんにもオラシオさんは秒速で「俺の恋人にならないか?」を繰り出していた。そして即座に「ノーセンキュー」で断られていた。
なんなのこのやり取り。
若者の間で流行ってるの?
市井の流行に乗り遅れているのだろうかと不安になったので、イシドロさんとオラシオさんが意気揚々とお風呂に向かった後、こっそり聞いてみた。
「このお屋敷に勤めているメイドは、そりゃあもう、モテにモテるんですよ」
「辺境伯邸のメイドはお給料が良いですし、旦那様も奥様も太っ腹ですから。みんな栄養状態が良いですし、使用人用のお風呂やアメニティも充実していますから」
と、軽いながらも断言したのは、ナースメイドコンビである。
金髪のポニーテールがゾフィー。
茶髪のポニーテールがレベッカ。
この二人は背格好が似ているし髪型もそっくりで統一感があるのだが、別に姉妹でも双子でもなく、単なる仲良しメイドであるらしい。まだ二人とも十六歳と若手だが、実家ではどちらも兄弟姉妹が多かったので子守に慣れているし、メイドの中でも有能株とあってナースメイドに抜擢されたという、いわばエリートメイドコンビ。
あの子煩悩で家族大好き、心配性なアルバンをして「我が子を任せてもよし」と判断されるくらいには優秀な少女たちなので、説明が端的でわかりやすい。
「末端のメイドでも待遇が良くて、お給料も……普通の、市井の男性より貰えるので、辺境伯邸に勤めるメイドと結婚したいという男性は多いんです」
「それに、旦那様は厳しい方と有名ですから、辞めたあとでも紹介状さえあれば、フリートホーフ領内でならほとんどどこでも雇って貰えます」
「なので、このお屋敷のメイドはとてもモテるんです。結婚相手として条件が良いですから」
「みんなプロポーズや告白には慣れっこです。毎度断るのも大変ですし、大抵は“ノーセンキュー”で済ませるんですよ。普通ならそんな断り方は怖くて出来ませんが、旦那様がそんな不祥事を許す筈はないので、断り文句が定型化したんです」
おおよしよし、と生まれて間もない双子をユラユラあやして寝かしつけている二人は器用だ。
ぼんやりさんなオーギュストは兎も角、癇癪持ちのアマーリアをも既に攻略しつつあるらしい。強い。やはりプロは違うぜ。
が、一個だけちょっと、意味が分からなかったので教えて欲しい。
「怖くて出来ない、とは、どういう……?」
「オラシオさんはあんな風に、断られても“おうそうか、悪かったな”であっさり引き下がってくれていますが、ああいった男性は稀です」
「振られた男性がメイドに逆恨みして危害を加えたなんてことはざらにありますから……断り文句を工夫しなくてはいけないんです。“ありがとうございます、お気持ちは嬉しいのですが”なんて枕詞が必要になりますね」
「逆恨み……それは一体、どのような?」
「さあ? 私たちにも良く分かりません。ですが、殴られたり蹴られたりするのも珍しくはないですね」
「ぼ、暴行事件……!」
「なので、人気の多いところならすぐに騎士や兵士に助けて貰えますが、そういった告白は大抵、人気のないところに呼び出されてのことなので」
「ですが、私たちは安全なんです。フリートホーフ辺境伯家のメイドが暴行を受けた、なんてことを旦那様が許す筈はありませんから。なので、断り文句を考えないで、ダイレクトに“ノーセンキュー”で済ませるようになったんです。その方が早いですし、私たち辺境伯邸のメイドと結婚したがるのは、大体に於いてお金に困っている見知らぬ男性ですから」
「その断り文句が定番になってしまえば、断られる方も最初からそういうものと考えてくれるので、便利なんですよ」
「なるほど、合理的……!」
知らなかったぜ庶民の恋愛事情。
しかしそうか、高給取りの女性は希少。そして、稼げる女性となると、その経済力を求めて貧乏な男性が大挙して押し寄せてくるということにもなるのか。ためになった。
が、ここで新たな疑問が。
「オラシオさんは将来有望と思いますが、何が駄目だったんでしょう?」
「職業ですね」
「冒険者は魔獣と戦って稼ぐ仕事ですが、全てが自己責任と聞きます。なので、同じ危険な仕事をする夫を持つなら、冒険者よりは騎士ですね。騎士は雇われの身なので毎月決まった額のお給料が貰えますし、怪我をした場合にも、見舞金が出るんです。もし怪我が原因で戦えなくなっても、騎士団内で別な仕事に就けますから」
「それに、騎士として就職していると、年老いてからも若い騎士見習いの指導役や、詰所の管理運営をする側として働き口があるんです。フリートホーフ領内でなら、みんな冒険者よりは騎士を結婚相手に選ぶと思いますよ?」
「それは確かにそうですよね……!」
わざわざ他国の冒険者を選ぶ必要がない。
だって地元に安定した高給取りの騎士がゴロゴロ居るし、なんなら話を聞くに、フリートホーフ邸で何年かメイドとしての実務経験があるなら再就職もし放題だし、まず食うに困らない。なので、良い条件の男性と縁談が持ち上がるまでじっくり吟味出来る余裕が生まれるというわけだ。
「ですが、やっぱり騎士は婚活市場では人気なんです。私たち辺境伯邸勤務のメイドが倍率10倍なら、あっちは200倍くらいです」
「フリートホーフ北方騎士団は厳しくて強いと評判ですから。見習いの段階で色んな女性が狙ってるんです。騎士は女性や子供に優しくしなくてはならないですし、浮気もしてはならないですから。もちろん、強くて才能のある騎士が一番人気ですが、特にこれといった目立つところのない騎士でも、誠実で、確実に稼ぐ能力がありますから」
「……つまり、騎士は好きな人とかなりの高確率で結婚可能、ということですか?」
「その通りです!」
なんてこった。
フリートホーフ北方騎士団、婚活市場でも引く手数多なのか。
しかし考えてみればそれも道理。フリートホーフ領は魔獣が多くグリズリーも多く、雪崩と吹雪も割とデフォルト。騎士の皆さんが頑張ってくれないと誇張でもなんでもなく領地が終了してしまうため、騎士のお給料は高い。お他所と比べても高い。人数も多いけれど、仕事量が多いので仕方ない。どころか、他領の騎士団の数十倍は働いているので仕方ない。いつもお仕事ありがとうございます。
フリートホーフ北方騎士団は既にブランド。
入団前に体力テストと実技テストに加えて面接がある。そして、入れるか否かに関しては圧倒的に面接が重視されるほか、試験中の振る舞いも採点される。
アルバンとハインリヒさんが前に言っていたが、フリートホーフ北方騎士団は大人気なので、毎年応募も殺到していたらしい。加えて、火竜討伐とか私のやらかしとかがあったので、今年の応募はかなりの数になりそうだとのお話。
しかして、体力テストと実技テストはある程度の水準まで求めたいが、最も重視するポイントは人柄なのだという。
「単純に、善人かどうかは関係がないんですよ〜」
軽い調子でハインリヒさんが説明するにはこうだった。
騎士となったらいついかなる時でも騎士道に従って行動しなくてはならない。故に、女子供や老人など、身体的に他の悪意や魔獣に対して抵抗力の弱い存在を尊重し、優先しなくてはならない。集団の生存のために最善を尽くすのが騎士道であるし、騎士は集団行動を常とするため、騎士同士で相互に監視することになる。お互いに前提として頭の中に騎士道のルールが入っているため、誰かが道を踏み外しそうになったとしても、別な誰かが止めるという、集団内での自浄作用が肝要なのだと。
「だから、体力があって技術があって、普段はちゃんと騎士出来てそうな奴でも、自分がキツくなった時に崩れる人間はダメですね。体力や技術は鍛えて教えればどうにかなりますが、追い詰められた時にどこまでやれる人間なのかを主に見てますね。まあ、とはいってもやっぱり弱い騎士は使えないんで、そこもある程度までは、って感じなんですけどね! ただ、体力や技術がなくて精神面で耐久性が高い人材は後方に幾らでも欲しいんで、それはそれで別枠で採用します!」
「人間も生き物だからね。病気や怪我をした時は勿論、疲れていたり空腹だったりすると誰でも不機嫌になる。騎士の仕事ってさ、僕が言うのも難だけど、死ぬほどハードだからさ……そういう、純粋にしんどいコンディションでもちゃんと手を抜かずにやれるか。そこの耐久性って、訓練しても後からはなかなか伸ばせないんだよね。僕はそこがダメなタイプ」
「えぇ……? アルバン様は自分がクタクタで不機嫌でも、私にご飯を譲ってくれますし、そんなことはないと思いますが」
「それはツェツィーリアだからだよ。僕は君や、子供たち以外に優しく出来ない。でも、騎士は違うからさ……。」
確かに。
私は常日頃からアルバンに物凄く優しくされているので忘れがちだが、ミルメコレオの時、アルバン、疲れていて凄く態度が悪かったな……? 私が居ると分かった瞬間に豹変したが、それまでは無愛想でぶっきらぼうで横柄で雑だった。なるほど、ああいうことか。
人は疲れるとイライラしたり雑になったりする習性があるので、その限界値がどこにあるのかは個人による、ということだろう。
そして、フリートホーフ北方騎士団に関しては、身体能力のスペックも見るが、そちらの精神的な体力面を重視しているよ、ということであろう。
「アハ! アルバン様は体力ありますし、そこの耐久性高い筈なんですけどね〜! 主にツェツィーリア様以外の存在はカスとしか思ってないのでそれが原因なんじゃないですかね?」
「自覚はある。ただ、ツェツィーリア、これだけは認識して欲しいんだけど、ハインリヒはさ、その面に関してはバケモノだからね? はっきり言って異常だよ。疲労とか肉体的苦痛があっても普段とずっと変わんないから。喜怒哀楽の哀が欠落してるから」
「アッハッハッハ! いや〜、嘆き悲しんでいても現実は変わらないですからね!」
ハインリヒさんの異常性が明らかになってさらに畏れおののくべきなのだろうが、その話を聞いた時には納得しかなかった。
そして、この過酷な北の大地フリートホーフ辺境伯領で騎士団長になるの、こういうタイプの人じゃないと無理なんだろうなとも。
……うん、確かに、危険な仕事ではあるが、保証と安定したお給料があって、ストレス耐性も高い男性、婚活市場では引く手数多なんだろうな。単純に領内なら社会的なステータスも高いし。
「フリートホーフでは、女性の理想の人生設計コースとしては、この本邸に早くからメイドとして雇われた上で、騎士と知り合って結婚するのが最良だと言われているんですよ」
「旦那様はしっかりした方ですし、ご結婚される以前から厳格な方というのは周知されておりましたから……使用人に手を出すこともないと領民は分かっていますし、本邸なら若い騎士と知り合える可能性も高いと思われているんです」
おぉ、生々しい事情。
基本的に貴族が使用人に手を出すのは言語道断。しかしながら、まあ人間とは愚かなものなので、たまーに、使用人に手を出すモラルのない貴族が居たりもする。その場合は、やった人は社交界から爪弾きもの。招待状さえ貰えなくなったりするのだが、しかし、よくよく考えてみると、立場が下の領民や使用人たちはどうすることも出来ないので泣き寝入り、ということになるのだろう。
駄目な方のレアケースではあるが、それは確かにちょっと、いやかなり可哀想。
だがアルバンは分かりやすく人嫌い。
私が嫁いでくる前は男女共に使用人は基本的に屋敷の主人の前に姿を見せるな、のスタンスだったため、メイドがちょっかいを出されるとかの悪評が立ちようもない。
確かにバイコーン・ユニコーン事件で根も葉もない噂が広まってしまったようだが、それだって領地の外での噂だし。地元民は真相を知っているため、メイドの雇用に関しては信頼と実績があるということであろう。
「では、二人も騎士と結婚をするつもりなのですか?」
「いいえ」
「まったく」
キッパリ。全否定。な、なんで?
ここは婚活頑張ってます、のトークが続くところじゃないのか?
「世間ではそう思われていますし、私も実家の両親からそれを期待されていますが……もし、騎士と結婚したとすれば、一人で家を切り盛りしなくてはならないので」
「騎士は忙しいですし、家にも滅多に帰らないので……家の管理や育児は妻がやるしかなくなります。そうなると、結婚したらお屋敷の仕事は辞めざるを得ません。騎士は高収入ですし、辞めても生活に困ることはないのですが……。」
ゾフィーとジャンヌの眉間にちょっとだけ皺。
なかなかのタメ。
な、なんだろう。辞めないでって引き留められるのかな? だとしたら申し訳ないな……?
いやでも、この優秀な常にニコニコ明るいナースメイドの二人に今辞められたら私もアルバンも困る。出来たらアルビレオとオーギュストとアマーリアのためにもあと六年ぐらい勤めて欲しいが、しかし、寿退職にストップをかけるとなると、二人が行き遅れてしまうわけで……!
「お屋敷に勤めていると……生活が……楽なんですっ……!」
「決められた仕事をやっているだけで良くて、他の食料品や消耗品の買い物もしなくて良いし、毎日お風呂に入れるし、その他にも水回りの使い勝手の良さといったらもう……!」
「洗濯だって纏めてランドリーメイドがやることになってますし、使った服は籠に入れて出しておけばOK! 時間まで働いていれば、なんにも考えなくても、作らなくても、自動的にシェフの作った美味しいご飯が出てくるんですっ!」
「旦那様は仕事の水準には厳しいですが、そのほかは甘々です! 毎日休憩時間がある! 有給も取れる! お給料も良くて自分で自分のために好きなものが買えるの、最高なんですっ!」
「仕事だけやって、後のことはなんにも気にしないで良いの、本当に楽なんです……! お休みの日には目一杯街で遊んで帰ってきたらそれだけでもう他になんにもしなくてOK! ご飯食べてお風呂入って寝るだけ! こんな職場他にありませんっ!」
「休暇で実家に帰るとここで働いている日よりも疲れるんです! 手伝わされるから!」
「奥様が来られてからはもっとです! 元から体調が悪い時には傷病休暇があるというのも破格ですが、生理休暇が導入されたのが画期的過ぎます!」
「何より、旦那様も奥様もお優しいので絶対に意地悪もされない! 虐められない! 理不尽なこと言われない! 同僚も性格が良くてまともで話が通じる人しか居ない!」
「だから……私たち、絶っっっっっ対に、ここを辞めたくないんですっ!」
「騎士と結婚なんてしたら、家の管理運営とワンオペ育児に加えて、たまに帰ってくる夫といきなり遊びに来る同僚騎士のおもてなしも大急ぎでしなくちゃならないとかもあるので、騎士は……ナシです!」
「あぁ……はい。なるほど。アルバン様は合理主義者ですし、厳しくはありますが、愚か者も大嫌いなので居る人のレベルが洗練されていますもんね……。」
良かった。とりあえずゾフィーとレベッカという優秀なナースメイドたちが退職する気配、今のところなさそう。
アルビレオも二人に懐いているようだし、出来ることなら長期的に子守をして貰った方が情操教育としても良いだろうし、本人たちが希望しない限り、縁談も紹介しない方針で良いかも知れない。普通なら、地元に留めておきたい優秀な女性使用人については主人が結婚相手を探すケースもあるのだが……アルバン、どう考えてもやっていないだろうし、立地としても街の端っこにあるから、みんな休日にデートしたりしてるんだろうな。まあ大丈夫だろう。
何より、言われて気が付いたが……シェフの料理。あの味を失うと考えると、結婚と退職がセットになる相手との縁組は考えられないな?
騎士の妻、聞く限りなんか大変そうだし……なんでもサラッとそつなくこなせるバイタリティのある、それこそゼルマみたいな人じゃないと無理そう。うん、ゼルマの存在、説得力があり過ぎる。
それを考えると確かに、生活に困らないだけのお給料をしっかり稼げているのなら、騎士の妻になるより、このお屋敷でメイドとして働き続けたいと思うものなのかも……?
とりあえず、私はこの家にお嫁に来たので、シェフが引退するその日までフルに美味しいご飯が食べられる。実に幸せなことである。アルバンに感謝感謝!
「では、我が家のメイドはもしかして……未婚率が、高い……?」
「他のお屋敷比べると、多いかも知れません」
「メイドはお屋敷の出入りの業者の男性と結婚して通いになったり、人によっては男性使用人と結婚したりで、辞めずに働き続けられるお相手と結婚するケースが多いです」
「家の事情で辞める子や、家が決めた相手が現れて結婚して辞める子も居ますから……。」
うーん、なるほど。
庶民であっても、娘に良い縁談があったからぜひこの相手と! というのはあるのだろう。もし実家が農家とかなら、確かにコネがものを言う側面はあるし、純粋に労働力としても「やっぱり出稼ぎじゃなくて近くに住んで手伝って欲しい」とかはあり得るのだし。そうなると、本人が勤め続けたくても、家の事情で辞めざるを得ないのか……。
そうでなくても、世間の常識としては庶民でも女性は十五歳から十八歳の間に結婚するのが普通なのだし、親が心配して結婚させようとするのだろう。
お屋敷のメイドさんは若くてかわいい働き者の比率が高いが、それはやっぱり、どうしたって入れ替わりが激しいからって理由がある訳で。
こちらとしては、ゾフィーとレベッカの二人に関してだけはずっと働いて欲しくはあるんだけど、本人たちの幸せを考えると、結局「幸せとはなにか」という極めて哲学的な問いに着地してしまうぜ。わからん。私の頭では答えを出せない。無理。
とりあえず、現状維持で。
お喋りしながらもテキパキあやして他の子の涎掛け交換したりしているナースメイド二人に「お仕事頑張ってください」とだけ言って退散。
アルバンは夕食前に急ぎの仕事だけ片付けるとのことだったので、食堂で合流。
「イシドロさんとオラシオさんはどうしたんですか……?」
「ああ、あの二人は疲れたから、夜は街で食べてくるって」
「そうなんですか。我が家のシェフの料理はとても美味しいのに、わざわざ外食するなんて……。」
言って、ハッとした。
これ多分、私たちと同席したらまたダンジョン関係で質問責めにされると思って、二人とも逃げたんだな?
私は慣れているし、アルバンのそういう好奇心爆発モンスターなところが素敵だと思うので気にしないが、詳しく教えてとあの熱量で延々来られたら確かに疲れそう。うん、仕方ないとは思うのだけど、同時に……何日か我が家に逗留すると決まったのだし、どのみちある程度まで情報提供しないとアルバンは満足しないだろうから、逃げた所であんまり意味はなさそう。いや、一括払いじゃなしに分割したいという気持ちなのかも知れないけれども。
「今日も美味しい……やはりキャビアはこの家で食べるものが最高ですね」
前菜、気合いを入れたのかシェフの力作。
ハーブのポテトサラダに上からたっぷりキャビアを乗せて、クリームをかけた暖かいサラダ。
美味しい。
滑らかなクリームとアッサリ味のポテト、そこに塩気のあるキャビアの食感。素晴らしい。最高。シェフ、またしても腕を上げたのでは?
「ツェツィーリアは本当にキャビアが好きだね」
「はい。大好きです」
おいしい。キャビア、おいしい。
魚卵、うまい。
「返す返すも、フリートホーフの領主で良かった……ツェツィーリア、今日はこの後、サーモンのパイ包みが出るって」
「えぇ、し、幸せすぎます……!」
「あと、もう一品は……熊肉の煮込みなんだけど、大丈夫? 食べられる?」
「食べます」
サーモンのパイ包み焼き、小さめでドーム状の形をしている。かわいい。中身はきのこペースト、サーモン、春キャベツの順で層になっていて、キャベツやきのこがサーモンの脂を吸っていて美味しい。
熊のシチューも美味しかった。脂に甘味があって、独特の風味はあるものの、思ったほどは気にならない。コクがあってこれも良い。
この熊肉、きっと今日アルバンが仕留めたやつなんだろうな。騎士が運んで捌いてくれたのだろうけど、グリズリーを食べたのはこれが初めてだ。思ったよりずっと美味しくて、これは新発見。
アルバンは気にしているようだが、私としては……まあなんていうか、グリズリーは大変グロい感じでお亡くなりになってはいたが、こうやってシチューで出て来たらもう美味しいお肉としか認識出来ないので全然平気。
私は死体の臭いがあんまり得意ではないので、あの場に留まっていたらダメージを受けたかも知れないが、動体視力があんまし良くないため、何がどうなっているかは詳細に目で追えておらず、すぐに必死の形相なアルバンの顔に視線を移したのでダメージが低い。我ながら淑女としてそれはどうなんだと思わなくもないが、今更なのでもう別にいいかなと思っている。
それよりも、なんかアルバンの精神状態がヤバそう。
普通に振る舞っているけど、私がグリズリーと接近したことで怖くて泣いてしまってストレス。矢継ぎ早に全然知らない冒険者に水を刺されてまたそれもストレス。気分転換と実利のためにイシドロさんとオラシオさんの二人を招いて好奇心を満たして気持ちの上での補填をしようとしているんだろうな〜、と思うのだけど、でも……初対面の二人の前で、私を膝に座らせたの、これ本気でメンタルが不安定なんだろうな?
熊肉のシチューが平気かどうかに関して確認しているのも、きっと私がアルバンのこと怖がったり嫌いになったりしてないか確認しているんだろうな。
それとなく観察されている気がする。
でも、この状態、あんまり良くないと思うから、早期解決しようかな。
そんな訳で、アルバンが「お風呂に入ってくるね」と言って一旦解散し、寝室で再合流と同時にかましてみた。
「アルバン様って、物凄く力が強いですよね? 普通の人間の範疇を超えていると思うのですが、あれって何か理由があるんですか?」
「えっ……………!?」
ネグリジェ姿でゴーロゴロ。だらしなく寛ぎつつ、メイドさんに「夜食プリーズ」と要求して用意して貰ったナッツとチーズにクラッカー。それとラヴェンデル家から融通して貰った生ハムを並べた皿をトレイに乗せてベッドの上で摘み食い。
飲み物は生姜とシナモンとピンクペッパー入れたホットアップルジュース。
うーん、これぞ完璧な夜食。
湯上がりでホコホコになって油断したパジャマ姿のアルバンに対して「さあ、話を聞かせて貰おうじゃねぇか」の構えである。
まどるっこしい。
気を揉むぐらいならさっさと話せ。
私から切り出されるとは思っていなかったらしく、アルバンがドアの前で棒立ちになって固まっている。
「アルバン様」
が、ベッドの上に座って、腕を伸ばしてこっちに来て、のジェスチャーをすると、フラフラ素直に来てくれる。
アルバンは私のことが好きなので、こうすると来てくれるのだなぁ。
ちょっと、いや、かなり嬉しい。




