表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/199

【160】冒険者オラシオさん


「えっ、あ、あの……?」

「安心しろ、俺が来たからには、絶対にあんたを安全なとこ、ろ、に……!」

 何がどうしてこうなった?

 状況が把握し切れないが、この見知らぬ槍使い土属性の青年が土壁を作ったっぽい。なんでだか知らないけど。

 なんか最近、私は魔法由来の土壁にやたら縁があるなぁ。

 つい頭が状況の受け取りを拒否をして現実逃避を始めてしまうが、更なる混乱が私を襲う。

「あんた、俺の恋人になんねぇか?」

「え」

「こんな良い女にはお目に掛かったことがねぇ。なぁ、どうだ?」

「あっ、いえ、私は……!」

 既婚者です!

 と、言おうとしたのだけど。

 ザァ、なんて音を立てて、土壁が全部、砂になって崩れた。

「ツェツィーリアから離れろ……!」

 わぁ、ブチギレてらっしゃる。うわぁ、どうしよう。うわぁ。

 怒りを向けられていない筈の私でさえも怖くて失禁しそうなレベルのお怒り。

 さっきのグリズリーより恐怖度はよっぽど上。いやまあ種類は違うのだけど。

 ア、アルバンが怒ってるよぉ……!

 怒っているアルバンを初めて見たのだけど、ここまで怖いとは思わなかった。目がギラギラしてて血走ってるし、眉間に皺寄ってるし、額に血管浮き出てるし、声は奈落の底から響くような低音だし。

 不機嫌な姿は何度か見てはいたけど、ここまで怒ってるのは初めてだ。

「アル、アルバンさ、アルバンさま!」

「あんたは退がってな!」

 違う。そういうことじゃない。

 威勢よく張りのある声でかっこよく指示されてしまったが、あの、これ、どういうこと?

 この人誰?

 私たちはこの領地の領主夫妻です。

 頭の上にクエスチョンマークを乱立させていたら、なんか、素早く電光石火で、知らない青年とアルバンのバトルが始まってしまった。

 青年も見る限りかなりの遣い手らしく、ハインリヒさんとはまた違った、トリッキーな動きでやや短めの槍を駆使している。同時に土魔法で地面をうねらせてアルバンの足場を崩そうとしつつ、自分に有利なように高台を作ったりもしている。

 が、アルバンはそこはそれ、情緒がめちゃくちゃにされようがやはり白銀なので、自分の足場だけはずっと変化させず固定したまま。同じ属性の魔法同士で対抗となると、コントロールの奪い合いとなるため、そこはやはりアルバンに軍配が上がるのだろう。

 アルバンはやはり怒っているようで、その場から動かず直立不動。同時に火球を複数放って相手の回避ルートを誘導。加えて、火球の中に同じ大きさの爆炎魔法を仕込んだものを混ぜているらしく、なんというか……戦術がいやらしい。相手が素早いので、魔法で追い詰めて捕まえようとしているらしく、最早追い込み漁。風魔法で捕まえて固定しようにも早過ぎて難しいようだ。

 一点に追い込んで、それから土魔法を使って土製の高い柵で覆って捕獲。ついでに、ムカついているからか、檻を構成するための格子を伸ばす過程で脇腹をドゴッ! と強めに殴打までしていた。

「す、み、ま、せぇぇええぇえん!」

 遠くから、なんか、なんか知らないけど、物凄い良いフォームで、これまた知らないおじさんが走ってきた。

 なんならアルバンと青年の間にスライディングしてきた。

 なんか動きが面白いなこのおじさん?

「高貴なる白銀のお方相手にウチのアホがどーも、本ッ当にすみません! 本当にごめんなさい! すぐ、すぐ回収しますので!」

 流れるようにコメツキバッタ。頭をペコペコ下げている。もう顔が必死。よくよく見てみると、くたびれた感じのスリムでカサッとした感じのおじさんである。というか、なんかもうペコペコ頭を下げるのがサマになり過ぎている。これはきっと常習犯。あっ、とうとうアルバン相手に揉み手まで始めた!

「おい待てよオッサン! 幾ら白銀だっつってもなぁ、人として許しちゃいけねぇことがあんだろうが!」

「な〜に言っちゃんてんのこのアホ! 辺境伯なんて身分のお貴族様に睨まれたらどうなるかなんて分かるでしょうが!? このアホアホアホ、アホのカス! ここはとりあえず頭下げとけっての! 良い加減、世渡り覚えてくれる!? こういうのは見て見ぬフリしとくモンなの!」

 内緒話の声がそこそこデカい。

 い、今だ。今いくしかない。

「あの! すみません! わ、私はその方の、アルバン様の妻です! 夫婦です!」

 なんかよく分からないけど、どうにもこの青年の方はアルバンが悪人であり、私はそのなんらか被害者という立場だと勘違いしているようなので、違います夫婦です、と主張しておこう。

 誤解があるなら解けば良いのだし。

 とりあえずおじさんの方がなんとも言えない顔で固まったので、その隙にアルバンの方に駆け寄って腕を取る。

 とはいっても、私は足が遅いため、かなりでべでべした走りであったから、緊張感がない。今はこの緊張感のない走りの長閑さに期待するばかりである。

 横に行って腕を掴むと、そこでやっとアルバンの殺気が和らいだ。

「アルバン様、お、お怪我は?」

「……うん。ないよ。大丈夫。ツェツィーリアは?」

「わ、私は何も」

「そう。良かった。それで……一応、念のため聞いておくけど、アレ、知り合いじゃないよね?」

「し、知らない方ですね」

 わぁあ、まだ怒ってるよぉ。

 どうすりゃいいのこれ。

 私が手を繋いでもお怒りが鎮まらない。どうしよう。

「アハ! アッ、アッハッハッハ!」

 困っていたら、なんか、ガサっと茂みからハインリヒさんが腹を抱えた状態で現れた。

 そのままヒィヒィ笑ってお腹を抱える余りにひっくり返りそうになっており、私はそのまま棒立ち。アルバンは肩を落として半眼になり、謎の二人は呆気に取られて驚いていた。

「ツェツィーリアさま、見て!」

 ガサっとそのハインリヒさんの後ろから現れたのはニーナとミトン。ただ、巨大なキマイラの死体を担いでのご登場なので、パンチが効いていた。

 さっきのグリズリーより大きい。

 本来なら力持ちのニーナであっても幾らなんでも運べないだろうが、ミトンが風魔法でちょっと軽くしているらしい。

「仕留めた!」

 頬をピンクに染めて、フンスフンスと鼻息荒く、誇らしげに報告してくるニーナが可愛い。

「まあ、ニーナ。討伐したのですか? 素晴らしいですね!」

「ああ。手強かった。すごく強かった。でもニーナが勝った」

 後ろ半身だけ浮かせているらしい。ズルズル前脚を引きずりながら私の方に来てくれる。その後ろからワイワイガヤガヤ、談笑しがらやって来るいつもの騎士団の方々。

「やぁ! 奥様、わざわざこんなところまでお越しとは!」

「ご覧ください。まったく、ニーナは大したものですよ。ミトンと協力してとはいえ、あのコンビネーション! キマイラの爆炎魔法を水魔法と風魔法を併せての氷魔法で相殺、防御をしつつ水蒸気で撹乱して、懐に飛び込んでから心臓を剣でひと突き!」

「いやあ、あれは閣下と奥様にも見て頂きたかったですな!」

 ワッハッハッハ!

 大らかに笑ってホクホクの騎士の方々は平和に盛り上がっている。人食いの凶暴な魔獣が無事に討伐できて良かった良かった。そんなノリである。

 と、はたと騎士の一人が気が付いた。

「あっ! お前たち! 騎士団の警告を無視して森に立ち入った旅行者だな!? 詰所まで来い! 事情聴取だ!」

 あっ、はい。大体把握しました。

 この二人が例の、止めたのに中に入っていってしまった旅行者か。

 グリズリーショックですっかり忘れていた。というか、私も私でそれなりに動揺していたので、頭の中がちょっと混乱していたっぽいな?

 騎士団の若手がドヤドヤ二人に近寄って囲んで、ついでにアルバンに対して「閣下自ら一般旅行者の保護をされたのですね、ありがとうございます!」と頭まで下げている。

「あー、うん。いいから。あと、森の中にグリズリーの死体が転がってるから、誰かやって回収しといて。多分、キマイラに棲家を追われた個体だと思う。かなり大きかったし、範囲としてはこの森には他にグリズリー居ないとは思うけど、警戒を怠るなよ」

 言ったら、命じられた若手の騎士たちが爽やかに「ハッ!」と返事をして、キビキビ動いて仕留めたグリズリーを回収しに行ってくれた。

「え、ここの領主って、うら若き乙女を集めては生き血を啜ってる悪徳貴族って話だったけど、なんか……ちょっと違う感じ?」

 ヘラ、と微妙に薄笑いしつつ、おじさんの方が軽めにだけどアルバンを指差した。

 ふ、不遜……!

 この国で、まさか公爵に準ずる立場とされる辺境伯で、しかも白銀でもあるアルバンを指差すなんてあり得ない。平民は勿論、貴族でだってあり得ない。なんなら国王陛下だってアルバンを指差すなんてしないだろう。普通に失礼だし。

 ピキ、なんて空気が凍るが、同時に背筋がヒヤッとした。空気もそうだけど、物理的な意味で。

 ひー! 今度はハインリヒさんが真顔で殺意の塊と化してる!

「あ、ハインリヒ、アレさ、他国からの旅行者らしいから。国際問題にしたくないから、殺さないでくれる?」

「承知しました〜〜!」

 やめてハインリヒさん。承知しないで。

 アルバンもまだ機嫌が悪いからなのか、なんなのか。差し出さないで旅行者を。

 グリズリーやキマイラより余裕で強い人が血に飢えた獣みたいな目をしている前に差し出す、それはイコール公開処刑。いや本気の処刑とかではなしに、見せしめに痛め付けろの方である。

 あんまり趣味が良いとは言えないが、しかし我が国の社会構造的な問題として、辺境伯であるアルバンが舐められてはいけないのである。なので、虐めたりしてはいけないとは思うが、試合のようなもので負かすぐらいはしなくてはならないのだ。

 ごめんね、旅行者のおじさん。

 私にはどうにも出来ない。

 承知しましたと言ったと同時に、既に槍を構えたハインリヒさんがおじさんの喉元に切先を突き付けていた。

 が、なんとヘラヘラしたおじさんが首を後ろに退いて躱したのである。

 これにはアルバンも「ほう」と感嘆の声を上げた。

 私も見た瞬間「あ、あの人死んだ」と思ったのだけど、死ななかった。どころか、おじさんは「ぉあ」なんて間抜けな声を上げつつもなんか、ハインリヒさんの猛攻を躱している。

「……アハッ!」

 無表情だったハインリヒさんの口角が上がった。

 それから、攻撃するハインリヒさんと、信じられないくらい素早く動くおじさんのスピーディーなやり取りが続くが……見えない。私には何が起きているのかさっぱりなのだが、騎士団の関係者がみんな見ているし、おじさんは死んでいないので、これ凄いやつなんだろうな。

 ズシンとキマイラの死体を置いて、私の隣に来てくれたニーナに解説をお願いしてみる。

「ニーナ、あの方、強いんですか?」

「かなり。風魔法を使って自分の手足のスピードを上げてる。でも、それが出来る風属性の騎士は沢山居る。だけど、あの人は手と足の速さがなんていうか、ちょっとだけ、わざとずらしてる感じがする。だからタイミングが合わせにくい。あと……目が良いんだと思う。フェイントうまい。あれは凄い」

「そうなんですね」

 ニーナが絶賛してるということは、あのおじさん、本当に凄いんだな。

 感心していたら、ハインリヒさんが「アハッ! アハハハ!」と本気で楽しそうに笑って、更にスピードを上げた。

 まだ本気じゃなかったのか。

 というか、ハインリヒさん、一応ちゃんと殺さないようにはしてくれてたのか……初手で首狙いだったから我をなくしているんじゃないかと疑ってしまった。ホッとするぜ。

「ぉわぁ! あんた本気、でェ……!?」

「あ」

 ドゴ、なんて音がして、いきなりおじさんの体が吹っ飛んで木に激突した。

 きゅうと伸びてしまったおじさんを前に、眉尻下げて殺気も引っ込めたハインリヒさんが「あちゃ〜!」なんて言っている。

「えっ、ニーナ、今のは何が起きたんですか?」

「ハインリヒが風魔法使って加速して、槍の柄を脇腹にぶつけた」

「えっと、ツェツィーリアに分かりやすく言うと、ハインリヒが槍にだけ風魔法を使ったんだ。さっきはこう、槍の穂先があの旅行者の顔を狙って斜めに突き出されていたでしょ? そこで、刺突すると見せ掛けて、穂先と石突にそれぞれ時計回りに風魔法使って押したんだ。回転をかけて不意打ちで半回転。そこに更に腕力で遠心力をプラスして威力を上げた」

「ひ、人が吹っ飛んでいるのですがそれは」

「あれは事故だと思う。あの人はハインリヒの攻撃を躱すために、軸足に風魔法かけて後退しようとしてた。浮いてる状態で当たったからよく飛んだ。大丈夫だ。ニーナも練習試合でたまにやるけど、みんなまだ死んでない」

「待ってください。ニーナはそんなハードな鍛錬をしているんですか?」

「ハインリヒと立ち会い稽古の時には大体そんな感じだ。でも、ニーナは受け身が上手いからあんまり怪我はしない」

「受け身が……そういうものなんですか?」

「ツェツィーリア、この際だからはっきり言っておくけど、ニーナは天才だから。ハインリヒと同じ人種。あと、君とは比べものにならないくらい頑丈だし、そこまで心配しなくていいよ」

 と、雑談しつつ、気絶してしまったおじさんの生存確認をするハインリヒさんを見て、土の檻の中に閉じ込められた青年は怪訝そうな顔をして、こう言った。

「……まともな、貴族……?」

 檻を掴んでいたのでやらなかったが、これきっと手が空いていたらこの人もアルバンのこと指差していたんだろうなぁ、と思いつつも、やってないのでこれはセーフ。



 とりあえず、森の中でもちょっと拓けた場所、仮設の騎士団拠点までみんなでゾロゾロ移動。

 ついでに、特に悪意はなさそうだし、ひとまず落ち着いたようなので、旅行者のおじさんが目を覚ますまで、丸太を椅子がわりに座って事情聴取。

「オラシオだ。ベスティアで冒険者をやってる。ランクはBだ」

 土属性のお兄さんはオラシオさんというらしい。丸太に座って、周囲を騎士に囲まれていても堂々としているあたり、やはりそれなりの実力者であろう。ついでに言うと、ランクなるものを自己申告するあたり、社会的な地位もそれなりにある人なのだろう。

「僕はアルバン・フリートホーフ。この辺境伯領の領主。こっちは妻のツェツィーリア。それで? お前はなんの理由があって我が妻を拉致しようとしたのか」

「すまねぇ。それは謝罪する。あんたが血塗れの手でそこの……その人を連れていた。ただごとじゃねぇと判断した。それと……この国の辺境伯は女を攫って嬲る怪物だって噂を聞いた。白銀だってのも有名だったからな。だから、その人を殺すつもりなら保護する必要があると思ってああした」

「はぁ……なるほど。あの噂か。理由はわかった。つまりお前は、僕が残酷な変態嗜好の快楽殺人犯だと思って、女性を助けるために動いたということだな?」

「ああ。その通りだ」

 沈黙。のち、アルバンが腕組みをして、うん、とひとつ頷いた。

「嘘じゃなさそうだね。確かに、事前にその噂を聞いていたなら納得できる。ま、僕が残酷で悪趣味な怪物辺境伯なのは事実だし……あんな森の中で、血まみれの手のままツェツィーリアの手を引いていたら誤解するのも無理はないか。それについては不問に処そう」

「……待ってくれ。俺からも確認したいことがある」

「いいよ。なに?」

「その人は……本当にあんたの奥さんなのか?」

「そうだけど?」

「クソッ! マジか……! じゃ、じゃあ、夫婦仲が冷え込んでるとか、なんか、なんかそういうのはねぇのか!?」

「……うん。ツェツィーリア、おいで」

「はい」

 なんかよく分からんが、このオラシオさん、見ず知らずの女の人を助けようとして行動するあたり、良い人っぽいし、私が無理やり、アルバンと結婚させられてるんじゃないと心配しているのかな?

 ラブラブですよ、お互い好き同士です、をご理解して頂くために、アルバンに誘われるままに、お膝の上にストンとお邪魔するなどしてみる。

 ついでに指を絡めて手を繋ぐなどもする。

 ほーらオラシオさん、見て!

 私たちは仲良し家族でラブラブ夫婦なんです!

 なんにも心配いらないです。毎日とってもハッピーです。

 と、アピールしてみたら、オラシオさんはバッと立ち上がって文字通り頭を抱えながら天を仰ぎ「チクショウ!」と腹の底から絞り出すような声で叫んだ。

 誤解してやらかしたことを後悔しているんだろうか?

 わかるわかる。私も去年、勘違いして国王陛下や議会の皆さんの計画を台無しにした時にやりどころのない自らへの憤りがあったし。

「因みに僕ら、子供も三人居るし……毎日お風呂もベッドも一緒だから」

「っっっっっで! こんな良い女がこんなバケモンみたいな男と結婚してんだよ!」

「アルバン様に酷いことを言われないで下さい。妻として謝罪と撤回を要求致します」

 可哀想に。アルバンは真面目で良い領主だし、私がグリズリーに襲われて危ない目に遭ったりしたら泣いちゃうぐらい優しいのに。それに、初対面のオラシオさんがアルバンのこと化け物とか言うの、凄く不愉快。やめて欲しい。

「ああ、いいよ。ツェツィーリア。僕のために怒ってくれてありがとう。君のような伴侶を得られて、僕は本当に幸せだよ」

「でも、アルバン様が悪く言われるのは……!」

「良いんだよ。辺境伯なんて、何やったって文句言われるポジションだし。君や子供たちが分かってくれたら、それで良いかなって、最近は本気でそう思うんだ」

「そう、なのですか……?」

 尋ねると、うん、とアルバンが穏やかな様子で頷くし、やっとリラックスした様子なので、私も不服ながら引き下がることにする。

「しかも夫婦仲が良いのかよ! 負けたわ!」

「はは。まあねぇ。僕ほら、この通り身分高いし、白銀だし。財産だってたっぷりあるし。何より、妻に愛されてるからね……人生の勝利者ってやつだよ。で、冒険者って話だけど、なんでこんな所に? ウチの国は魔獣の討伐は騎士の仕事だし、騎士の作戦行動を妨害したら禁錮十日から二十日、または罰金なんだけど、それ知ってて森に入ったの?」

「マ、マジか。それは知らねぇわ」

 かくかくしかじか。ふむふむなるほど。

 オラシオさんは何でも、西の国こと、ベスティア王国に住む冒険者であり、普段は主にダンジョンの中や、ダンジョンの入り口がある街で依頼を受ける形で生計を立てているそうだ。

 冒険者というのは後ろめたいところがない限り、ギルドに所属するものであるらしい。冒険者ギルドに所属する冒険者にはAからEまでランクがあって、最初はみんなEから始めて、実績に従ってギルドが評価することにより、階級が上がっていくものらしい。最上級はAランクとされるが、今や数万人にまで膨れ上がった冒険者人口の中でも、まだほんの数名しか居ないらしい。

 それを考えるとBランクというのはなかなかのようだし、思ったよりも冒険者という職に就いている人が多いようだから、オラシオさんはかなり実力がある方ではなかろうか?

「まぁ、最近は冒険者ってのも、一攫千金ってのが広まって、やたら数が増えてやがんだ。ギルドの登録に制限もねぇ。食うに困ったガキが入ってくるようになりやがった。お陰で末端の仕事は安くなって、低ランクで高額の依頼は奪い合いだ。ここ最近は貴族が見栄のために上級冒険者を雇いたがったせいで、俺たちみてぇなBランクは依頼料が高いからっつー理由で閑古鳥だ」

 当事者でなければ分からない生々しい事情があるようだ。

 大半の冒険者はEランクやDランク。Cランクからはぐっと数が減るとのこと。関係者からは「Cランクの壁」とか呼ばれているらしい。そして、Aランク、Bランク、Cランクはそれぞれかなり実力に開きがあるらしく、ランクが高い冒険者ほど雇うためにはお金がかかる。

 ここでの雇うとは何ぞやというと、前提として冒険者の働き方としては大きく三つ。

 まず一つ目は、ほぼ傭兵と同じ。ダンジョン以外での護衛の仕事。用心棒だったりもするけれど、これは対人戦闘の技術が求められる。これはまず依頼人が居て、これこれこういう予算でこういう人を何人くらいで雇いたいです、と依頼を出して始めて市場に出る仕事。ギルドはそれを仲介する。手数料が幾らか依頼料から抜かれて、残りを冒険者がギルドから受け取る。依頼人と冒険者の間で依頼の成否についてのトラブルが起きた場合はギルドが間に入って交渉するという業態であるようだ。

 二つ目。これも依頼型で、特定の魔獣や魔植物、その他にも主にダンジョン内で狩猟・採集可能な素材の買取り。例えば、ダンジョン産のアーヴァンクの革が欲しいという依頼人が居たら、まずギルド側の在庫に該当する品があるかどうかを確認。なかった場合、討伐・採集の依頼が仕事としてギルドから市場に出る。これもギルドが仲介するが、討伐となるとどれくらいの期間、どれくらいの予算になるのかはまちまちなので、依頼人の提示した料金と内容を冒険者側が吟味して受けるかどうかを決める。

 これが問題で、ダンジョンにちょっと入ればすぐエンカウント可能な弱めの小型魔獣の討伐とかだと低ランク帯で奪い合い。依頼の方が足りないため、依頼料が少なくてもマッチングする。

 だが、例えば……キマイラとか強めの魔獣の新鮮な素材が欲しいとかになると、これは潤沢な報酬を約束した上で強い売れっ子冒険者に依頼せねばならないが、そうなると西の国の冒険者は主にダンジョンに潜って獲物を探すところから始めることになる。当然、サーチアンドデストロイするとなると、サーチの間も保障されるくらいの料金が提示されていないと冒険者の方も首を縦に振らない。が、上げない訳にもいかないし、まあお互いに損しない程度に……だったが、最近はなんと西の国の貴族も財力の誇示のため、強い冒険者を雇ってより希少でより強い魔獣の素材を取って来させるというのがブームになってしまった。それが加速した結果、一部のお金持ちな貴族や豪商しか出せないくらいに、上級冒険者への依頼料が高騰した。高騰するのは良いことのように思えるが、一方でAランクやBランク向けの冒険者への依頼の数が減ってしまったのだという。ここまでがセットで前提。

 三つ目。特に依頼はないけど、自主的にダンジョンに潜って狩猟や採集をし、持ち帰った素材をギルドに買い取って貰う。これは一見良いように思えるが、強くて希少な魔獣を討伐したとしても、その時市場に需要がなかった場合、買取の金額が下がる。ギルドとしても「冒険者が持ってきたから仕方なく買い取るけど」という姿勢であり、大半の素材はほぼ慈善事業。故に、二束三文で売り払うことになってしまうため、経費に対して実入があまり多くない。その時需要の高い素材狙いで狩りに行く人も居るが、毎回そういうお手頃な獲物が居るとは限らないため、これは暇な冒険者が食い繋ぐための手段として考えられているそうだ。

 ーー結果、オラシオさんは、実力のあるBランクなのに、割とカツカツの生活を送る羽目になってしまったそうだ。

「だが、Aランクとなったら話が変わる。国からの依頼も増える。砂漠に大型魔獣が出たから街道の安全確保のために討伐しろ、なんてのも珍しくない」

「ああ、なるほど。西は軍縮が激しかったから、その穴埋めを冒険者にさせているのか。確かに、軍を維持するよりは討伐対象が出現するごとに強い冒険者を何人か雇って片付けさせた方が安上がりだし、冒険者は完全に自己責任だから、討伐の過程で死亡しても国は遺族に慰謝料を払う必要がないのか」

「……あんた、マジでまともな貴族なんだな?」

「別に普通でしょ?」

「いや、なんつーか、俺が知ってる貴族はそうじゃねぇんだわ」

「まさかとは思うけど、冒険者って税金払ってないの?」

「払ってるわ! 都市ごとに違うけどな! 払ってるっつーの! 無駄に高ぇわで最悪だわ! 俺なんて家もまだ買ってねぇのに、依頼受けるたびに引かれてるわ!」

「西の国、冒険者が増えたから、所得税を財源にする方向で舵を切ったんですね?」

「だろうね。え、税制度の内情知りたいな。依頼料金貨一枚なら、そのうちギルドの取り分と税金でどのくらい持って行かれるの?」

「あー、悪ぃ。なんかすげぇ引かれて減ってんのは分かるが、金貨一枚に対してどのくらいかは分かんねぇわ。イシドロなら知ってそうだけど」

 アルバンが興味津々モードである。

 領民とかに対してだったら、こんな雑な喋り方とかも許さないというか、私たちは立場上、許してはいけないのだけれど、他の国の人だし、それはあんまり適用されない。加えて、オラシオさんに関しては、見ず知らずの女の人がその土地の領主に虐げられているとなったら迷わず助けようとする善人。我が国で言うところの騎士道精神を持っていると判定が入るために、ここはアルバンさえ許せばフランクでもOK。

 というかこれ、アルバンとしては単なる聴取のつもりが面白すぎたので、出来たら客人としてもっと情報聞き出したいなモードなんだろうな。

 まあ私は許さないのですが。

 アルバンを化け物って言ったこと、絶対に忘れない。心を完全に閉ざしました。

 いや、良い人だし、親切なのも悪気がないのも理解はしているのだけれど、それはそれ、これはこれ。まだアルバンに酷いこと言ったの謝ってくれてない。気持ちの上でまだ許せぬ。

 だけど、ダンジョンの話とか冒険者ギルドの制度とか、税金のこととかにアルバンが食い付いているし楽しそうなので、見守るに徹することにする。

 いや違うな?

 これ、許せないとかじゃなくて、私がまだちょっとプンスカしてるだけだな。もう怒りとかではなくなっているし。

「アハ! 盛り上がってるところすみません。お客人が目を覚ましましたよ!」

 ハインリヒさんの生命力が全開。

 ビシバシくる。光り輝いてる。なんなら艶々している。

 上機嫌バリバリなハインリヒさんの横に、しおしおになったさっきの風属性のおじさんがトボトボ並んで連行されている。目までショボショボだし、なんなら別に縛られてもいないのに両手を軽く握った上で手首を揃えて前に出している訳だが……うん。これ、思わぬところで強者と出会って名勝負が出来てご機嫌なハインリヒさんの輝きを起き抜けに浴びたんだな?

 わかる。

 あれ、別に物理的に光ってる訳でもないのに、目に来るよね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ