【156】淑女たちの昼食会
到着するなり、カテリーナさんの体調が悪そう。
「カテリーナさん、妊娠中だったのですね。急に呼び付けてしまって申し訳ありません。ひとまず、中へどうぞ」
「とんでもございませんわ! 私、ツェツィーリア様にお会いできるとあって胸が弾んでいるほどですの!」
「ご、ご無理はなさらず……!」
「すみません、辺境伯夫人。義姉は見栄っ張りでして。どうしても行くと言って聞かなかったので、私も同行を願い出たのです……。」
ファイルフェン子爵であるマリウスさんの妹、マヌエラさんが、カテリーナさんの斜め後ろに控えて暴露をしてくれる。
どうやら無理を押して来てくれたらしい。
「そうだったのですね。今は、どのような時期でしょうか?」
「妊娠三ヶ月ですわ!」
「ああ、それは……一番酷い時期ですね? どうしましょう、何か食べられないものなどはありますか?」
「いいえ、お気になさらず! フリートホーフ邸のお料理を楽しみにして参りましたの」
「辺境伯夫人、すみません。義姉は今、酷い悪阻なのです。魚やニンニク、玉ねぎが全く駄目なのです。日によってはパンすら食べられない程で……ジャガイモばかり食べています」
「マヌエラさん?」
「いいえ、お義姉さま、こればかりは。兄からもくれぐれもと言われていますので」
お、ぉお、マヌエラさん、ニーナと変わらないぐらいなのに、しっかりしてるな……?
というか、余計なこと喋るなよ、と笑顔で圧をかけるカテリーナさんを跳ね飛ばしてNOを突き付けていくあたり、頑固。揺るぎない。ファイルフェン家の女性、なんか対人スキルが高いな?
「わかりました。そのように伝えておきますね。ですが、もしも無理なようでしたら、遠慮なく仰ってください」
「ツェツィーリア様……! お心遣いありがとうございます」
とりあえず、馬車の揺れのせいもあって酔っているのもありそうなので、先にカテリーナさんとマヌエラさんを温室までお通しする。
多分だけど、今の時期ならこの屋敷の中では温室が温度湿度共に良い感じの場所なので結果オーライ。
カテリーナさんとマヌエラさんには座って頂いて、メイドさんに頼んで温室の中に控えていて貰う。
また別なメイドさんに、カテリーナさんが妊娠しているので、魚とニンニクと玉ねぎが無理らしいです、と伝えておく。紅茶を飲むのもよろしくないが、大丈夫。私も妊娠していたし、双子ちゃんじゃなければ春に出産の予定だったので、妊婦向けのハーブティーならしこたまある。
パーラーメイドさんからモニカさんもご到着されたと聞いたので、早足で玄関ホールへ。
ああ、忙しい。なのに私の足が遅い。
「お久しぶりですツェツィーリア様。お招き、ありがとうございます」
「こちらこそ。モニカさん、お呼び立てしてしまって……体調はいかがですか?」
「だいぶ落ち着いて参りました。わたくしは年明けごろの出産でしたし、産婆が驚くほどの安産でしたので……むしろ、ツェツィーリア様の方がお疲れではないでしょうか? 双子となると、やはりご苦労されたのでは……?」
「いえ、私はその、夫が特別な薬を用意しておりましたので」
「これは……失礼致しました。わたくしは陣痛が始まって数分も経たずに出産が済んだものですから、例の薬を頂きましたのに、すっかり忘れてしまいましたわ」
凄いな!?
モニカさんは悪阻も軽かったみたいだし、出産も凄くスムーズだったようだ。うん、安産が何より。それが一番。苦労なんてしない方が良い。だってしんどいの疲れるし。
とはいえ、モニカさんが落ち着いていても、コンラートさんは心配で仕方なくて取り乱しまくってたんだろうな。目に浮かぶようだぜ。
でも確かに、ラヴェンデル家の場合はモニカさんが安産だったらその分得。だって我が家からお渡ししたエリクサーを温存できるんだし。
別にコンラートさんやモニカさんなら、どうしてもという時には渡したって良いとは思うのだけど、世間におけるエリクサーの貨幣価値が高過ぎるので、しょっちゅう入手可能となると泥棒が入りそうだ。
今回はアルバンからコンラートさんへの譲渡だが「君の奥さんも妊娠中なら不安だよね」で渡しているため、表向きにはモニカさんの出産のためにエリクサーを使ってもう消費してるから無いです、で通した方が安全ではある。コンラートさんも隠さない愛妻家なので、周囲の人たちだってあのコンラートさんがモニカさんのためにエリクサーを使わない訳がないな、と思うだろうし。
「とんでもないです。使う必要もないのが何よりです。それで……すみません、今日の昼食会なのですが、先にカテリーナさんをご案内してしまったんです」
「まあ、なにかあったのですか?」
「実は、カテリーナさんもご懐妊のようで、悪阻が酷いようなのです。真っ青な顔をされていて」
「それは大変ですね。お一人で来られたのですか?」
「いいえ。マヌエラさんに付き添われてなのですが、やはり心配でしたので、先に座って頂いております」
「素晴らしいご対応かと思います」
予定としてはまず応接室にゲストをお通しして、カテリーナさんとモニカさんが揃ってから挨拶して温室に移動する。
まあ、別パターンとして、先に来た人と女主人が座ってお茶飲んで後から来る人を待っていても良いんだけど……それをやるのは、三人とも凄く仲良しです、という遠慮のない間柄になってからの方が無難。なんなら、先に女主人と一緒にお茶飲んでる人と女主人は凄く仲良しだよって感じになってしまうし、後から来た人は待っていて貰えなかったって事実が残る。
私はカテリーナさんとモニカさんに仲間になって貰って、苦手分野である社交を手伝って頂きたいのだ。だから今回は先にカテリーナさんに待っていて貰って、モニカさんを出迎えに行くことにした。
モニカさんも良い人なので、カテリーナさんを先に通しちゃったと聞いても嫌そうな顔しない。なんなら肯定的。優しい。
「ご機嫌よう、カテリーナ様。ご気分が優れないと伺いましたが、大丈夫ですか?」
「モニカ様……ありがとうございます。大分落ち着きましたわ。情けないことに、悪阻ですの」
わざわざカテリーナさんが立ち上がって軽めにカーテシー。うっ、社交のプロは根性が凄い。
私とモニカさんは揃って「いやいやいいですよ座っていてください」を身振り手振り交えてやるしかなかった。
「モニカ様、お家の陞爵、誠におめでとうございます」
全員で着席するなり、カテリーナさんとマヌエラさんが礼儀正しくモニカさんにお祝いの言葉を贈る。
後手に回ってしまったが、私と改めてお祝いを言っておく。
一応は冬の間に、コンラートさん宛に夫婦連名で「陞爵おめでとう」のお手紙を送っていたから、モニカさんにも伝わっているとは思うが、改めて言っておく。
「私からも。改めて……ラヴェンデル家のご陞爵、おめでとうございます」
「とんでもない。実を申しますと、何が起きたのか、わたくしも詳細は把握しておりませんの。夫のコンラートが王都で幾つか仕事をしたようですが、詳しいことはさっぱりなんですの」
サラッと、かつ、おっとり謙虚に「私が偉い訳でもなんでもなく、夫のコンラートが頑張ってくれたからです」と言えるあたり、モニカさんは器がデカい。
妊娠中で不安だったろうに、一番大事な時期に一人で領地を守っていたのだ。これぞ良妻賢母。淑女の鑑。
「並びに、申し遅れましたが……ツェツィーリア様、モニカ様、ご出産、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
これには私もモニカさんも素直に受け取っておく。
出産に関しては大体私たちの功績だし。いや、うん、私はアルバンとヴァンダという二人に加えて、麻酔とかエリクサーとかまであった万全のサポートの元に産んでますが……悪阻とか浮腫みとか情緒不安定とかには苛まれていたし、根性なしにしては結構頑張ったと思う。
「カテリーナ様、悪阻が辛い時期なのですか?」
「はい。途中で中座するかも知れませんが、マヌエラさんを連れて来ましたので、どうぞ遠慮なくご歓談のほどをお願い致しますわ」
「ハーブティーのお味はいかがですか? 別な種類もございますので、遠慮なく仰って下さい」
「いいえ、とても美味しいですわ。流石はフリートホーフ辺境伯家ですわね」
よ、良かった。このハーブティーは悪阻中でも大丈夫だったみたいだ。
「私は、普段よりも少しだけ少食になる程度だったのですが……カテリーナさんは大変そうですね」
「わたくしも……悪阻は全くといって良い程だったので、ご参考にならないでしょう」
「義姉はつい先ごろまでは本当に酷かったのです。ほんの少しだけ食べては戻すのを繰り返している状態でした。一番酷い時には、水さえ飲めない程だったのです」
「マヌエラさん!」
おぉ、マヌエラさんがガンガンにカテリーナさんの不調、というか、悪阻の詳細を暴露していっている。強い。でも助かる。
やっぱり、いつも元気なカテリーナさんが青い顔してたら心配なので、状態、出来るだけ把握しておきたい。
「カテリーナさんは魚と玉ねぎ、ニンニクが特に駄目ということでしたよね? 私も、普段は魚が大好きなのですが、悪阻の時には余り食べたいとは思えなくなったので、やはり悪阻だと魚が食べられなくなるものなのでしょうか?」
「思い返してみれば……わたくし、普段から魚を余り食べないので、気が付かなかったのかも知れません。ラヴェンデル領は豚肉ばかりですから」
そうか、ラヴェンデル領は主に豚の加工肉で有名だし、ブランド豚のラヴェンデルポークが一番美味しいんだろうから、ラヴェンデル家の食卓は豚肉の登板率が高くなるのか。
「そうですわね。魚が特に、臭いがするだけで駄目ですの。玉ねぎとニンニクも駄目なのですが、たまに平気な時もあって……基準が何なのか分からなくてイライラしますわ!」
「分かります。法則性が見えてこないの、本当にイライラしますよね」
「やっぱり、そうですわよね!?」
さてはこれ、カテリーナさんもちょっとだけ妊娠中の情緒不安定が出てるな?
悪阻で弱っているのもあるのだろうけど、珍しく本気でキーッ! ってなってるなこれは。でもまあ、なんていうか、この三人の中だと、情緒不安定というなら私が優勝だろうな。いきなり泣き叫んだりとかしてアルバンの前で醜態晒したりしたし。
「私は悪阻はそこまででもなかったのですが、些細なことで、苛立ったり悲しんだり……感情が制御出来なくなっていました」
「分かります!」
「ごめんなさい。それも……わたくしは無かったです」
モニカさん、やはり強いな!?
精神的にも強いのだろうけど、何だろう、体が強いのかも知れない。というか、妊娠出産という分野に於いて向いている体質なのかも。いいなぁ。羨ましい。
「朝、目が覚めたら脚や顔がパンパンに……風貌が変わっていたりもしたものですから、驚いてしまって。夫に見放されるのではと思ったら取り乱してしまい……ベルンシュタイン城砦に篭っていられただけ、まだ良かったです」
「ええっ!? ツェツィーリア様が!?」
「それは……ですが、フリートホーフ卿でしたら、何があろうとツェツィーリア様の手を離すことはないかと」
さりげなくモニカさんがフォローしてくれた。
うん、妊娠という名の状態異常が終わった今なら分かる。全面的にモニカさんが正しい。アルバンは真面目なので、たかだか浮腫んだ程度で私を投げ出すような無責任な人ではない。私の顔が全部潰れてしまったとしても、死ぬまで面倒は見てくれるだろう。
が、妊娠中で情緒不安定だと、なんでか知らないけどあんまり頭が回らなくなるので、そんな簡単なことも分からなくなってしまうのだ。
常時、頭の稼働率が六割か七割ぐらいな感じだった。アルバンとグロブス式チェスで遊んでいても、頭が全然回らなくて、うーんうーんと唸りながらアホみたいな手を指してたりした。途中でアルバンに強制終了させられてベッドで寝てなさいまでされていた辺り、相当である。私は妊娠するとアホになる体質なのかも知れない。
あと、すっごい浮腫む。
あれはヤバかった。
ヤバ過ぎて鏡の中の自分の姿、もう二度と思い出したくない。
「浮腫みもあって不安定だったので、夫に当たったりしていましたね……眠気も強かったです」
「眠気なら、わたくしも強かったです。一時期は一日のうち半分も寝ていたほどで」
「眠気はさほど……それよりも吐き気が凄いのですわ〜!」
妊娠時の体調、かなり個人差がある。
それからも怒涛の妊娠出産関連トーク。
純粋に情報交換のためでもあるため、割りかし赤裸々に喋りまくってしまった。
これ、妊娠出産の話題、食べ物の話題の次に平和だな?
大体主に労りの交換。これは良い。今度から、機会があったらこれを話題にしよう。優しい世界がやっぱりいいよね!
「あっ、お食事の準備が出来たようです。カテリーナさん、これは大丈夫ですか?」
「香りは……平気ですわ」
ぜひ食べて欲しいと思っていた、ラム肉とアスパラガスのラビオリにくるみのソースをかけたやつ。これはなんか大丈夫だったっぽい。良かった。
食べ進めつつもカテリーナさんがいけるかどうかを気にしてはおく。自分のことでもないのに、なんかやたらドキドキする。自分の悪阻がリミット越えたら即リバースだったからかも知れない。
その後も、控えめな大きさの牛のヒレステーキだとか、ウサギの背肉の隙間にきのことハーブのペースト入れて丸く成形して焼いたやつとかが出た。変更点としてはスモークサーモンのお料理をヒレステーキに変更したぐらいなのだけれど、余りにも違和感がない。シェフ、流石です。
「カテリーナさん、もしかして、ジャガイモならもっと入りそうですか? 必要でしたら、もっとご用意致しますが」
よく見たら、カテリーナさんはステーキの付け合わせのローストしたジャガイモを集中的に食べている。
小さくて丸いジャガイモを半割りにして、たっぷりの油と刻みパセリつけて焼いたものである。これ、確かに幾らでも食べられそうな味だよね。
「ありがとうございます。お願いしてしまっても良いですか?」
「勿論です。モニカさんも、何かご入用でしたら遠慮なく仰ってください。私は追加で何かお肉を頂きますが」
「あっ、でしたら、ツェツィーリア様と同じものをよろしいですか?」
「わ、わたしも、良いでしょうか?」
「勿論です。マヌエラさんは何のお肉がお好みでしょう?」
「その、牛肉が……。」
「では、もしお二人がお嫌でなければ、部位を変えてステーキをいかがでしょう?」
ではそれで、とモニカさんもマヌエラさんも快諾してくれた。
なんか……ヌルッといけたな?
淑女は小鳥のように少食であるべし、とは何だったのか。多分、皆さん私がもぐもぐ食べるから、前ならえで合わせてはくれたのだろうけど、何でもない感じで「ステーキお代わりどうですか?」に「いいですね」とケロッと返してくれたので、案内……他の淑女の皆さんも、私やニーナみたいに、少食を演出したい場面の前には何かでお腹を満たしてから臨んでいるのかも知れない。
悪阻で苦しんでいるカテリーナさんは出来るだけ栄養をとった方が良いし、私もモニカさんも産後だからやっぱり栄養をとった方が良いし、マヌエラさんは健康体だけどまだ若いから勿論栄養を取った方が良い。アルバンの理屈ならそうだし、皆さん無理して食べてる感じでもないのでこのままいかせていただくぜ。
そんな訳で、カテリーナさんの元にはそこそこの量の芋が。残り三人の前には遠慮がちな大きさのリブロースのステーキが置かれた。
リブロース、私の握り拳よりも面積としては小さいね……?
霜降り肉は口の中に入れたら溶けるので、これはほぼ飲み物。こんなんすぐです。普段シェフが私用に出してくれる肉の半分以下しかない。
案の定、秒殺。
柔らかくて、いい匂いがして脂が甘くて美味しかったけど、なんでこんなにすぐなくなるのか。謎が深い。
「わ、私も、私も頂いてよろしいですかっ……!?」
「勿論です!」
どうぞどうぞ。
とうとうカテリーナさんがこの肉の匂いに耐えられなくなったらしい。良い意味で。うーん、お肉系は平気なら、確かに食べたいよね。
特に、我が家はそこらへんにも配慮しているので、温かいお料理運んでくれるメイドさんは火属性魔法を使える人を選んでいるため、お皿までほかほかのままサーブして貰えるのである。
カテリーナさん、なんだかんだ、肉とジャガイモを完食。
栄養取って欲しい。
「義姉はずっと食が細く、心配していたのです、食べられたようでようございました。辺境伯夫人、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもないです」
食後には酸味のあるローズヒップティー。
口の中の脂を洗い流してさっぱり。デザートはレモンソースをかけたヨーグルトのゼリー。うん。間違いない。酸味のあるものは悪阻でもいける場合が多い。
四人でお茶飲み飲み、ちびちびヨーグルトゼリー食べつつ、今度は産後どうだったかトーク。
食べてちょっと回復したのか、カテリーナさんが聞き役に回っていた。主に私とモニカさんのターン。出産及び、産後どうだったか、あって良かったもの、やって良かったものの話。
「私は双子で、産婆と夫のアドバイスに従って、外科手術になったんです。腰の骨が私は出産に余り適していないので、子供が危険だと」
「げ、外科手術……!」
「はい。とても怖かったので、相談したところ、夫がその……普段から研究を好むので、麻酔を作って、それで寝ている間に。エリクサーもありましたから、起きたら妊娠前と同じくらいになっていました」
「エリクサー……! やはり素晴らしい効果ですわね」
あ、これはカテリーナさん、利益のためとかじゃなくて本気で欲しくなってるな?
ユニコーンの妙薬でも悪くはないのだけど、アルバン曰く、あれは産後の不調までは回復させてくれないようだ。
私が帝王切開手術をやった際に判明したのだが、ユニコーンの妙薬が病気や怪我を治癒だけするのに対して、エリクサーは病気や怪我を治癒するついでに、コンディションも整えてくれるものであるらしい。なので、ヴァンダ曰く、出産で命が危機があってユニコーンの妙薬を使った貴婦人は、命は助かるもののぐったりはしているものだそうだ。だが、私は起きてすぐケロッとしていたので、恐らくはそういう違いもあるのだろうという話になった。
「モニカさんはどうでしたか?」
「わたくしは、出産そのものは痛く苦しかったのですが、苦しむ時間は短かったので、それは運が良かったのですが……出産後に痛みが強かったです。産婆が言うには、後陣痛というものだそうで、内臓が元の位置に戻ろうとするために起きるものだそうです」
「後陣痛……そんなものもありますのね」
「はい。一週間はまともに歩けない程でした」
お、ぉお、そうか、私は体験しなかったので知らなかった。モニカさんが歩けないほど痛い、と言うのだから相当痛そう。内臓が、とか言われるとこう、合ってるのか分からないけど、生理痛の酷い時の更に上位互換的なタイプの痛みっぽいな?
「あとは、産後にあって良かったもの……乳母とナースメイド、ですかね?」
「辺境伯家は確か、複数の乳母を雇い入れているのでしたよね? 夫がフリートホーフ卿から事前に色々と伺っていたようで、我が家でも乳母を三人も雇い入れたのです」
おぉ、コンラートさん流石だ。
愛妻家親友コンビの間で情報交換が為されている。コンラートさんは真面目で勉強熱心、仕事が速いし、きっとすぐにアルバン理論に納得して手を打ったんだろうな。
というか、乳母を三人も雇う、しかも母乳の供給の安定性だけを求めてそうするなんて大胆な手段、他に取る人が居るとは思っていなかったんだけど、居たわ。ラヴェンデル伯爵家、やっぱりお金持ち。
子爵家の段階でも裕福なのは知っていたけど、陞爵して伯爵になったところで、伯爵家の中でも上位に食い込む経済力ではなかろうか?
「とはいえ、流石にナースメイドまでは……。」
ああっ、モニカさんからパスが来てしまった。
うん、でも……しょうがない。正直に言うか。
「……我が家は、その、夫の意向で、今度、新たに三人乳母を雇うことになりましたの。先日までは三人だったのですが、一人、乳の出が良くないからと帰ることになりましたので。ナースメイドは二人のままですが、他のメイドも必要に応じてその補佐に入っています」
流石に他の三人がびっくりしている。
そう、来週あたりから、我が家には乳母が五人も居ることになる。
アルバンに言わせると、うちの子たちが三人も居るのだからあと二人は増やしたいくらいらしいのだが、余り人数が増え過ぎても人の管理が難しいし、上の子であるアルビレオの離乳食チャレンジが始まったので、とりあえずこれで様子を見ようということになったのだ。
なんなら、今度退職する乳母のペトラ、ちょっと残って新人乳母たちに引き継ぎやってくれるらしいので、一ヶ月間だけなら我が家には六人もの乳母が居ることになる。多い多い多い。
まあ、見てくれる人が多いのは安心材料だが、流石にその、他所様に言うのは恥ずかしい。親馬鹿っぷりを晒している。
「そ、その他には、どのようなことをしているのですか?」
あっ、白い目では見られてない!
カテリーナさん、これもう完全に好奇心で聞いてるな? 楽しんでくれているなら良かった!
「ええと、長男の時に導入したのですが、サモエドの子犬を一頭、子供部屋に。元は橇を引くための軍用犬ですが、子守犬にもなると聞いたので。それくらい、ですかね……?」
「夫のコンラートから聞いた話ですが、辺境伯家では乳母の食事が充実しているとか」
「はい。栄養が不足してはいけないので、好きなだけ食べるようにと指示しています。ですが、それは乳母に限らず……我が家では夫の方針で、使用人は全員、しっかり食べるように言いつけているのです」
私じゃないよ、アルバンの方針だよ、ということだけアピールしておく。
そう、昨日も子供部屋は盛況だった。めちゃくちゃ大きいお皿に山のように盛り付けたミートボールゴロゴロのパスタを乳母とナースメイドがキャーキャー言いながら自分の皿に取って盛り上がっていた。軽い奪い合いゲームっぽくなっていたが、足りなければ別なもの貰えるのが分かっているのでみんな楽しく盛り上がっていた。人に当てられたのか、フワフワのサモエド、カヌレも高い声で「アン!」とか鳴いており、凄く楽しい空間と化していたな……?
だけど、振り返ってみるとナースメイドと乳母がここまで仲良しなのも珍しいんじゃないだろうか? 平和な職場を作れているようで何よりだが。
「やっぱり規模が違いますわね……! マリウスにもう少し甲斐性があれば……!」
「カテリーナ様、それは……どちらかというと、フリートホーフ卿やコンラートの方が少数派ですし、仕方のないことかと」
「その、夫は極端な性質なのです。意外に思われるでしょうが、とても心配性で。家族に何かあるだけですぐに気を病むほどで」
心配性なのがアルバンの弱点。
でっかくて強くて有能なのに、私や子供たちに何かあるとたちまち心配過ぎて不眠症。ストレスで体調崩しがち。泣いてる娘を放置出来ずにボロボロになりがち。お屋敷に戻ってきてからもそう。なんなら仕事放置して子供あやそうとするので、ナースメイドによって子供部屋から締め出されていたりする。
と、いうよな話をしたら、カテリーナさん、目が点。
モニカさんは遠い目をしていた。多分、これモニカさんも同じような体験をしてるんだな?
「失礼しました。ところで、話は変わりますが、実は、お二人にお聞きしたいことがあるのです。アカデミーでの生活についてなのですが……。」
これ以上話すのもちょっと恥ずかしかったので、話題を変える。
腹具合も落ち着いてきたところだし、本題へ。アカデミーってどんな感じなの? という初歩的過ぎる質問。
カテリーナさんとモニカさんは急に話題変わったな、という感じで一瞬だけ不思議そうな顔をしていたが、色々快く教えてくれた。




