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【154】百年先の話をしよう


 時は遡り、アルバンとツェツィーリア、フリートホーフ辺境伯夫妻がトンズラかましたその日の午後。



 空飛ぶ馬車がいる! という噂が王都を席巻した。当然、あれは何だということになる。

 王宮の人々もまた同じで、一人が気付けば全員気付く。

 王宮勤務のヒラ文官の一人が、あれ、騒ぎになっているけどもしかして、フリートホーフ卿なんじゃないの? だって今日、まだ出勤してないし、と思って、ドタバタ走って、大急ぎでピルツ議長の所に馳せ参じた。

「ピルツ議長、大変です! 馬車が、馬車が空を飛んでます!」

「あー、王太子殿下か? それとも第二王子殿下か?」

「いえ! 遠くてよく見えませんでしたが、黒い馬車だったので、恐らくはフリートホーフ辺境伯かと!」

「なにッ!」

 休憩時間、ダラダラしつつお菓子を摘んで紅茶を飲んでいたピルツ議長が立ち上がった。

「どっちの方向に飛んでいった!?」

「北です!」

 ヒラの文官くんは、あーこれやっぱりピルツ議長は知らなかったんだな。きっとフリートホーフ卿が痺れを切らして逃げたんだろうな〜、と考えていたのだが……。

「よォしッ!」

 ピルツ議長はなんと、全力でガッツポーズをした。

「よ〜し、よしよしよし! うん、よしっ! いいぞ! やっと逃げたか!」

「あの、ピルツ議長……?」

「あ〜、キミ、議会の全員に招集を掛けてくれたまえ」

「は、はい! わかりました」

 それから、ピルツ議長に命ぜられるままに、ヒラ文官くんは大急ぎで議会の偉いおじさん達全員に、議事堂に集まってねと伝えるため、またドタバタ走っていった。

 その背中を見送ってから、ピルツ議長はたっぷりした顎肉をタプタプさせつつ、ツカツカ早足で歩いて移動し、事務仕事をずっと手伝ってくれているラヴェンデル子爵、コンラートくんの所に駆け込んだ。

「コンラートくん、仕事だ!」

 満面の笑みを見せるピルツ議長に、書類の山に埋もれていたコンラートくんはびっくりしたが、しかしそこは仕事の出来るコンラート・ラヴェンデル。すぐに切り替えて、あ、議会を開くんだなと察知して、ピルツ議長のお供をすることにした。

「漸くアルバンが逃げた!」

「ピルツ議長、漸く、とは?」

「言葉通りだ。アルバンはな〜、有能だからな〜。おまけにクソ真面目ときとる。仕事なんて振れば振るだけ、ブツクサ文句言いながらこなすから、それはそれで便利なんだが、居ると自分に不利な条件も絶対に見逃さん。だが、冬を前に引き留めれば痺れを切らしてバックレると思っとったんだ。予想以上に粘ってたが、そこは夫人のお陰だろうな。あの王宮嫌いがここまで耐えるとはな〜!」

「失礼ですが、アルバンが不在の時に進めたい仕事とは何なのでしょう?」

「いやなに。国全体のためになる仕事だよ、コンラートくん。だが、アルバンは国益よりも自分と妻を優先する。それだと、あいつの利己主義で国の発展が遅れを取る。それを阻止するのも我々議会の役目だ。しかし、ずーっと居るもんだから、春まで留まるつもりかと心配したんだが……ヤレヤレ、これで本格的に仕事に取り掛かれる」

「……。」

 早足で歩きつつもそんなことをご機嫌に喋り倒すピルツ議長を前に、コンラートは心の中で北の地に逃げ帰ったアルバンに向かって合掌した。

 アルバンとコンラートは仲良しの大親友だったし、共に妻を溺愛しているため、確かに、国益よりも家族を優先するという欠点に関しては否定できなかったからだ。



 コンラートが王宮で貸し出されている居室は議事堂から遠い。

 そもそも、余程特殊な事情がない限り、下位貴族が王城内に連泊することは想定されていない。王宮を擁する施設であるから、下々の者が無為に滞在するのは畏れ多いことであるし、世間体としても余り評判が良くない。

 例外としてはそれこそ議員。彼らは仕事のために留まることが多く、議員向けの部屋が集まる棟なども用意されてはいるが、コンラートはそれに該当しない。故に、他国からの使者、その更に従者を泊めるために使用されているランクの部屋を宛てがわれているのでだ。

 そんでもって……大体、他国の使者のその従者なんてのは、王宮の奥にはあんまし泊めたくないので、景色と日当たりは良いけど隅っこの方の部屋なのである。

 コンラート自身、それを分かっているので特に不満ではなかったし、何より、白銀であり、王宮慣れしたアルバンが「くれぐれも丁重に」と言葉を添えてくれたので、子爵とは思えないくらいにサービスは充実していた。まあ、この時期は特に大きなイベントもなく、王城スタッフの手が空いていたというのが主な要因だが。

 そんな風に、コンラートは王城の敷地内の隅っこに居たのだが、ぽっちゃりたっぷりでっぷりしていても、フットワークが軽いのがピルツ議長。脚は短くコロコロしているが素早いので、何か仕事を手伝って欲しいな〜、となったら、スタスタ歩いてコンラートを呼びに来るのが最近のお決まりだった。

 細身で手足が長いコンラートとピルツ議長が並んで歩いているとなかなか絵面が面白い感じになってはいるが、二人とも普段から良い人だったので、王城の一般スタッフからも女官からも好かれている。なので、絵面が面白くなっていようが、特に悪いように言われていなかったし、だいぶ良くしてくれているのであった。

 コンラートの滞在する部屋から議事堂まで到着した時には、既に他の議員は全員が揃っていた。

 元気よく豪快に扉を開けて壇上に上がったピルツ議長に対して、他の議員たちは特に動揺を見せていない。全て事前に折り込み済みか、と悟って、コンラートは舌を巻く思いだった。

「さて、諸君、未来の話をしようじゃないか!」

 その一言から、クライノート王国の進退を決めるための会議が始まった。

 流れによって、コンラートはピルツ議長のアシスタントを望まれていることを察したので、講堂内に居たヒラ文官に、黒板とチョークを用意するよう小さな声で指示を出す。

「必要な工程に従って話を進めよう。まず、軍制度。これを三年以内に撤廃する!」

 コンラートは驚きの余りに硬直したが、驚いているのはコンラートと、チョークを手にしたヒラ文官のみだ。

「そもそも騎士制を廃したのは、地方領地の抱える騎士団の腐敗と不正が原因だ。しかし、先日の事件を受けて、クズどもは既に一掃されている。辛うじて残った小悪党どもも、今なら下手な真似もせんだろう。騎士制度に戻すのなら今がチャンスだ」

 軍を廃して騎士制に戻すというのが前提の演説である。

 異議申し立てもない。静聴。無言の肯定。これは既に決定事項なのだろう。

「憲兵の質の低下も明らかになった。王城でこれなら、地方ではもっと酷いだろう。カクトゥス領でのこともある。が、間違いなく、制度として軍制は優れている。現に東は軍政で成り立っており、実力のある者が出世することによって成功を見ているが……制度だけを導入してことを済ませてはいけなかった。東には仁道が存在し、軍と矛盾せず成り立っている」

 軍制度はそもそも、東の国が千年以上前から採用しているものだった。代々、軍人を輩出する名家というものがある一方で、市井の出であっても実力次第で出世が容易であるという。

 こと東では、名家とされる家の出でなくとも、名将として立身出世を果たし、一代で財を成すケースも珍しくない。

 それに倣って導入したのが軍制度。

 これは身分の高い貴族家の長男だからと、実力に見合わない地位に就く無能を排除するために導入されたものだったが、現状として、その実態は芳しいとは言えないものだった。

 長らく、それこそ千年間、貴族と騎士の国であったところへ生じた大改革だ。一朝一夕に上手くいくとは最初から誰も考えてはいない。これは過渡期であるからある程度は仕方ない、そういう考えで始まったもの。

 いずれ騎士制度には限界が来る。

 現在、三人もの白銀が存命の間なら、他国から攻められることはまずないだろう。その間に、どれだけ改革を成し遂げられるのか、そういった理念の元に可決された案だったのだ。

「だが……我々のこの有様はどうだ!? 四年前まで、ここは騎士の国だった。しかし、今は見る影もない! 騎士は無気力になり己を見失い、兵は堕落している。民は心のよすがとして、未だに騎士を求めている!」

 騎士は国民の憧れだった。

 確かに、腐敗した貴族の元では騎士団も腐敗する。しかし、長い歴史の中で、騎士は民衆にとっての英雄だった。恐ろしい、強大な魔獣から民を守る。他国との戦争に於いてもそれは発揮された。騎士が武勇を示す。臆さず勇敢に挑む。守るべき無力な人々のため、馬に乗り剣を穿き、槍を構え、脅威に立ち向かう。

 騎士たちは高潔だった。

 騎士道は愛のため、主のため、貴婦人のため、弱者のために発揮される。それが広く知られている。王国で知らぬ者もない。それは回り回って、王家に対する畏敬にもなった。騎士道こそが王権を支えている。騎士を信じることは貴族を信じることであり、貴族を信じることは王家を信じることにも繋がるからだ。

 だが、突然の改革を前に、多くの騎士たちが騎士の己を見失った。人々の憧れの象徴であった騎士が消え、新たに兵となった若い世代は騎士だけでなく、騎士道そのものも旧いものとして切り捨てつつある。

「時期尚早だった。未熟だったのだ。国民だけではない。貴族も王家も、無論、この場に居る全員がだ! まだこの国は軍制に耐えられるほど成熟していない!」

 驚きはしたが、ピルツ議長の演説に、コンラートも頷いた。

 その通りだ。

 アルバンや王太子は軍制度の方がシステムとして優れていると言う。事実だとコンラートも思う。しかし、彼らにそれが出来たとしても、他の人間が足並みを揃えて切り替えられるかというとそうではないのだ。ゆっくりと意識改革を行おうとしても、この国での人々の良識や常識、モラルを支えていたのは騎士道の精神だ。その支柱を失うには、この国はまだ余りにも幼い。

「辺境伯夫人とフリートホーフ北方騎士団はそれを示した。市井の人々の顔を見たか? 誰も彼もが、星を見るように見上げている。勇壮な騎士団が一糸乱れぬ行進を行う姿を目にする。民意は騎士を渇望している。それだけではない。数多の貴族家が声を上げている。せめて年に一度でも、騎士団の行進を出来ないかと!」

 このことに関しても、コンラートは知っていた。

 アルバンの断罪劇、ツェツィーリアが勘違いから行ったあの劇的な一幕の裏事情は、ごく一部の人々しか知らず、察することが出来た者もそう多くはない。あの光景を見て、多くの貴族たちが「やっぱ騎士だよ騎士!」「軍人なんてダメだ全然かっこよくねぇ!」「騎士団再編したい!」と言い出したのである。

 アルバンはサッパリ気付いていなかったが、ツェツィーリアとハインリヒが率いた騎士団の姿は、既に国中を熱狂させる迄に至っていた。

 確かに、元カクトゥス伯爵である罪人フンベルトに対する仕打ちにみんなドン引きではあったが、それはそれとして、火竜を討ち斃してこれを自慢せず、王太子の立場を慮ったことが王家に対する厚い忠義であるとして、全国各地の元騎士たちの胸を打った。

 加えて、辺境伯夫人ツェツィーリアの成した偉業。夫の冤罪を晴らすため、竜の首と己の首とを捧げると啖呵を切ったその気概。

 騎士団長であるハインリヒがハーゲル騎士爵の位を賜り、騎士の夢見る全ての栄誉を得たことも拍車をかけた。

 既にこの国から消え去った筈の騎士が、歴史上に於いても稀な、騎士として得られる最上の栄華を全て手にしたのである。

 元騎士たちと、かつて彼らを擁していた貴族たちの熱狂は凄まじかった。中には「軍とか知らねぇ! 金なら全額自腹でいくから元騎士集めて個人で雇って騎士団再編してやるぜ!」とまで啖呵を切って、既に騎士たちのための鎧や剣を買い込んだり、それを受けて元騎士たちが「さすが俺らの主君だぜ。軍なんて辞めてやらぁ!」といきなり集団辞職するなんてことが、一件二件どころではなく、いろんな所で起きていた。

 正直言って、こんなもん止められるもんかよ、という所まで来てしまったのである。

 アルバンは騎士の浪漫がわからない朴念仁だし、なんなら騎士らしい騎士という人種が苦手な程だ。加えて、王太子であるアレクサンダーは「反対意見など軽く捻って言うことを聞かせれば良いだろう」とか考える方なので、二人とも「まあ、そのうち落ち着くだろう」なんて暢気に構えていたが……議会のおじさん達やコンラート、更に言うなら国王陛下とかは「いやもうこれ無理でしょ」と思っていた。

 なので、人の機微に鈍感で割りかし無神経な白銀二人と、面白がりでことの成り行きを見守りたいタイプの愉快犯的な白銀、三人の意見をガン無視して、議会のおじさん達と国王陛下は一致団結。ゴリ押しでもなんでも騎士制への回帰を果たそうと決意していた。

 そうでないと「騎士団作らせろや」とギラギラした貴族と騎士団が王城にどしどし押し寄せて来るからだ。

 コンラートもそれはよく分かったし、彼自身も騎士の熱烈なファン……というか、最早マニアでもあったので、何も言わないものの「やった!」なんて思っていた。気の早いことに、今ならフリートホーフ北方騎士団から教育係として誰か名のある騎士を貸して貰えるかも、とかまで考えていた。

 なんなら、軍制度の方が長い目で見ると良いよね、なんて考えていた軍制賛成派の議会のおじさんたちも、本心ではなんだかんだ騎士が大好きだった。加えて、やっぱり国王陛下も騎士が大好きだったので、これはもう仕方のないことなのだ。

 この案に関しては、議会の全員が賛成を示した。

 実質他に選択肢がないからだ。

「我々は失敗した」

 厳かな口振りだった。

「なんとしても、この失敗を活かさなくてはならない。それが我々の勤めだ。だが……諸君、我々の未来は明るいぞ」

 ニヤリと、ピルツ議長が口角を上げた。

「第三の王子は素晴らしい妃を迎えた。あの決断力、勇気、叡智、統率力。嘗てーー戦争で出征した王の安否が不明であった時にも、当時の王妃が指揮を執ったことは実際にあった。そして今、王都から遥かに離れた北の地を、竜をも仕留める英雄が守護している。素晴らしい貴婦人のバックアップを受けてだ。これほど強固な護りもあるまい。フリートホーフ辺境伯領の歴史上、今が最強であると断言しよう」

 第三の王子、という単語を聞いて、コンラートは心臓が浮くような心地だった。

 既に議会はアルバンの出自を、その真相を全員が知っているが、コンラートはまるで知らなかったからだ。扉に錠を落とした議事堂の中でのことは、外に持ち出してはいけない。それは機密として扱われ、漏らした場合は最悪、処刑される。

 この場所でこのタイミングで、アルバンを第三の王子と、議長が断言する。

 意味を理解して、コンラートは背中にびっしょり汗を掻いた。

 ーー聞いていないぞ、アルバン!

 本人が居たなら文句を言ってやりたいくらいだったが、声を発することはなんとか我慢した。

「王の威厳に溢れた王太子が居る。その婚約者も王妃としての実力を備えている。第二王子とその婚約者にも不安はない。加えて……王の器を持った辺境伯と、王妃の器を持った配偶者が、王家に忠誠を誓い、厳しい北の地を護っている。これほど幸運なことはまたとない。第二の王家として相応しい家が、国の安定のみに尽力している。まさに理想的な状態だ」

 ここでもまた断言。

 アルバンを王の器であると議会が認めたのもそうだが、その妻である、魔力を全く持たない黒髪の女性を議会が肯定する。異例の事態だ。

 ツェツィーリア・フリートホーフは、魔法も使えず、しかし、ただその実績のみで、議会に王妃さえこなせると認められたのだ。

 それについてはコンラートも納得はいった。

 今の王家は人の層が薄い。王族の人数が少ない。アルバンを抜けば、公的に活動可能な王族が三人しか居ないというのは純粋にリスクでしかない。二人の王子が暗殺される可能性は限りなく低いものの、三人共に一網打尽とされてしまったら、この国が終わってしまう。

 ピルツ議長の発言からして、アルバンが王族の血を引いていることは確定。もし王宮に何かあった場合、アルバンとツェツィーリアが王と王妃として立つことも議会は考慮しているということだ。

「辺境伯夫人は我々にその力を示した」

 女性は、脆く弱く、無力で無知で、無垢であるものとされている。無論、王族に嫁ぐ女性に関しては、夫となる相手を補佐するために高度な教育を早くから施すが、それ以外の貴婦人令嬢は、高等な教育を受けない。女性は護られるべき存在であり、男性の仕事を妨害しないことが最優先に求められる。

 それがここ百年ほどの騎士道の考え方であり価値観である。

 だが、長い歴史を振り返れば、戦時に於いて城を守るため、貴婦人が領主の代理を務めたことも何度かあった。夫のため領地のため、賢く強い貴婦人が毅然として防衛戦で力を奮う。それは古くは美徳とされていた。

 それも忘れ去られて久しい。

 ピルツ議長の演説で、改めてコンラートも思い出した、というくらいだ。

 古い時代の理想だ。女性の身体構造が男性より脆く、体力面でも少ない上、妊娠や出産という長期的に行動が制限されるという特性もある。

 故に、この平和な時代では、女性は兎に角、家の奥に留めて、後継を設けるという最重要事項に専念すべきだと考えられてきたのだ。

「東では、文官、武官、どちらであれ女性が登用されている。無論、数こそ男性に及ばないものの、女性が皇帝の近衛……禁軍将軍となることも珍しくはない。現に、今の将軍の一人は女性だ」

 東の国に於いては、皇帝直属の軍、禁軍が最強であるとされる。その全てが武術に優れた達人のみで構成されており、それが故に、国内の反乱を決して許さない。皇帝は絶大な権力を有するが、それを支えているのが禁軍である。

 その禁軍のトップが女性であることも珍しくはない。比率は男性に傾くが、女性が就任することに関しても、東の国の者は違和感を持たないという。そして現在、禁軍将軍は男性だが、水軍に関しては女性が将軍として就任している。

「西では貴族の弱体化が顕著だが、その一方で、ダンジョン探索の隆盛に伴い冒険者が精強になってきている。今はまだ混沌としているが、いずれ文化として成熟すれば、間違いなく驚異的な戦力となるだろう。その冒険者に関しても……全体の約二割が女性。更に言うのであれば、継続的に活躍している高名な冒険者のうち、約四割は女性という現実がある」

 ざわめきが起きた。

 これはまだ、議会の全員には共有されていなかった。つい先日、調査結果が判明したばかりだ。

 この事実にはピルツ議長も驚いた。

 フンベルトが主導したダンジョン産の魔獣の密輸入。ひとまずは輸送ルートと販売元を明らかにしたが、しかし、西の国が擁するダンジョンと、新たに興った冒険者文化については調査を継続していた。

 現在、西の国では冒険者ギルドが登場し、ダンジョン探索における無秩序と混沌が少しずつではあるが収束しつつあるということ。加えて、冒険者の職務がこれまで、ダンジョンという名の希少魔獣が出現する巨大洞窟に潜り、魔獣を狩り、素材を採集するという猟師に似た業態のみであったものが、護衛の仕事など、これまでは傭兵が担っていたものをも取り込み始めているということ。

 未熟であった冒険者という職業が、急激に成熟しようとしている。

 これは驚異だ。

 クライノート王国の強みは騎士団だった。

 各地に現れる魔獣や猛獣、犯罪者などを相手に日々実戦を積むからこそ、優れた兵力を確保していた。集団戦も、個人としても強い、それが騎士の強みであったが、冒険者が同じ土俵に立とうとしている。

 常に魔獣の犇く大洞窟に潜り、自らで装備を整え、食糧のペース配分を行う冒険者の実力は驚異的だ。

 冒険者は個人個人が別行動。何人かで組んでいることもあるが、基本は個人プレイ。協力はしない。だが、冒険者ギルドという、取り纏めるための組織が登場した。そうなると、国難、それこそ戦争に於いては力を発揮するだろう。恐らく侮れない相手となる。

 何より、ピルツ議長にとって驚きだったのは、精鋭とされる冒険者となるのは、比率として女性の方が多いという事実だ。つまり、男性よりも女性の方が生還率が高い、とも捉えられる。

 議会の動揺も尤もだった。結果として、統計として出てしまっているのだから。

「我々は出遅れている!」

 ざわめきを切り裂くように、ピルツ議長が声を張った。

「東と西は既に舵を切った。そして結果を出している。対して、我々はどうだ? 我が国の淑女は弱く、無知で、紳士の顔色を伺うことしか出来てはいない。だが! だがしかし! それは彼女らの落ち度ではない。断じてだ! これは我々の、国の怠慢に他ならない! 現に、辺境伯夫人は成し遂げた! アカデミーにも通わず、王宮教育とも無縁だった女性がだ! 我が国の女性たちにも、それが出来るのだと、彼女は証明した!」

 男と女は違う、と、コンラートは考えている。

 愛する妻のモニカは小柄で、ひたすら柔らかく、優しく、穏やかであり、争い事とは無縁の温厚さであり、いつも家で刺繍や編み物をし、いつでも、疲れ果てたコンラートと真摯に向き合っている。不安だろうに、妊娠しながらも、我が子をお腹に抱えながらも、笑顔で「気をつけて」と夫を送り出すような、そんな女性だ。

 コンラートにはそんな、モニカのような強さはない。魔法という武力では、コンラートの方が優れている。モニカは戦う術を持たないし、向いているとも思えない。しかし、心の強さ、それに関してはモニカほどに強い人は居ない、とコンラートは考えていた。それこそが、女性が男性より優れた特性なのだと考えた。

 だが、辺境伯夫人ツェツィーリアはチェスでアルバンとコンラートを圧倒した。竜の首を、騎士団を伴って運んだ。

 それだけではない。あの少女騎士ニーナ。彼女は間違いなく天才だ。素早く力強くしなやかで、勇敢だ。コンラートなど、その気になれば一瞬で捩じ伏せるだろう。

「十年後の達成を目標として、国内初の女子教育を専門とした学校の開設を目指す」

 思わず、コンラートはピルツ議長の顔をまじまじと見た。

 今、この卓越した愛国者は、何を言った?

「これこそが、我が国の今後百年の進退を決めるだろう。謁見の間で起きたことを目にして、令嬢に付けるための女騎士を求める声も大きい。加えて、有事の際に男性が出撃した後、後方支援部隊としてその配偶者である女性が予備戦力として投入できるようになるのなら、その効果は計り知れない。武器をその手で取れずとも、女性が戦線を、騎士を支えることが可能となれば、騎士たちは必ず力を発揮する」

 女騎士の育成と共に、戦術知識や後方支援部隊としての能力を持った貴婦人令嬢を育成する。

 これなら確かに、この国に根付いた騎士道とも矛盾しない。

 家を守る貴婦人が夫の不在を守るため、安全な後方から支援をする。物資を運び、手配し、領地の運営を代行する。これは辺境伯夫人ツェツィーリアがやったことだ。

 貴婦人が司令塔となるのなら、必ず敵はそこを狙う。貴婦人は武力を持たない。その貴婦人を守るために、同性である女騎士がそばに付く。ありとあらゆる危険から貴婦人を守護する、忠誠心の高い上質な騎士。

 両者の育成は同時に進めなくてはならない。

「既に、国王陛下には事前にお伝えしてある。並びに、辺境伯夫人に対する面談はこちらで行った。重ねて、王妃殿下からのご意見と、シャルロッテ嬢、ディートリンデ嬢にも辺境伯夫人の素質について伺いを立てたが、いずれも、賛同された。適任であると。本来であれば後進を指導するための教師の数を揃えねばならないが、その能力を持った女性が居ないのもまた事実。だが、辺境伯夫人とニーナ・ハーゲル卿。あの二人を育んだ土壌が、既にフリートホーフにはある」

 単に、女子教育を充実させるというだけであれば、王都の膝下で、アカデミーの教育内容を改めるか、女騎士の育成を専門とした学科を新設すれば良いだけだろう。だが、それでは不十分だと、議会と国王陛下は判断したのだ。

 社会的な価値観と圧力は凄まじい。

 これまで大人しく無力で、無知であるべしと躾けられた令嬢たちが自発的に行動するようになるためには、まず環境を整えなくてはならない。この国策の意図を理解しない男子生徒や家族の無理解から隔離して、女性による女性のための教育機関を作らねば意味がない。そういうことだろう。

「フリートホーフ領は精強な騎士団によって守られているが、その一方で、騎士団の手が回らない場合は、住民たちが自らで生活の場を守ろうとする気質が強い。これは偏に、厳しい北の地で生き残るために育まれたのだろう。かの地では、魔力に優れていれば年齢性別に関係なく武器を取る。騎士団の救援を信じ、被害を最小限に抑え、全体で生き残ろうとするそうだ。故に、それこそが新たなる学園に必要だというのが、陛下のご意向でもある」

 フリートホーフ領に、女子の教育を専門とした学校を新たに開校する。国王陛下が公的に意向を示したということは、これは決定事項だ。

「意義なし!」

 席に就いていた議員の一人が立ち上がる。

 続いて、続々と「意義なし」と声を上げて、やがて全員が立ち上がった。満場一致の可決。

 この光景を見て、コンラートは乾いた笑いを漏らした。

 既に予定調和なんじゃないか。

 次いで、カッと目を見開いて、声を張り上げた。

「意義あり!」

 大声を上げたコンラートに、議事堂内の視線全てが集まった。

 議員でもなく、単なる手伝い要員でしかないコンラートが意義を唱えたところで意味はない。ないが、訴えかけずにはいられなかった。

「フリートホーフ辺境伯夫人は虚弱体質です。加えて、現在、妊娠していらっしゃる。新たに女子のみの教育を目的とした学校の開設、間違いなく大仕事でしょう。その負担の大きな仕事を、何の事前説明もなく夫人の双肩に預けるというのは、些か無責任ではないですか!」

 親友アルバンの最愛の妻であり、コンラート自身も尊敬するチェスプレイヤーであるツェツィーリアが、国のためだと強引にキツくて辛い仕事を押し付けられるなど見過ごせない。その一念で声を上げたコンラートだったが、その善良な怒りの噴出を見て、ピルツ議長はうんうん、と、実に満足そうに頷いた。

「君の言うことは尤もだ」

「では……!」

「だが、我々とて夫人に全てを背負わせるつもりはない。いずれ夫人には理事として就任して貰うつもりではいるが、開校にあたって何が必要かのアドバイザーになって欲しいという意図が主だ。資金や人材に関しては国がサポートする。辺境伯夫人には、新たなる教育機関として最も重要な核となる部分、その精神的な理念、有り様のモデルとなって貰う必要がある」

「しかし、忙しいことに変わりはないのでは?」

「我々としても、夫人に身を削って欲しいとは思っていない。あくまでも優先すべきは夫人の健康だ。だからことを急がず、十年後の開校を目標に設定している」

「な、なるほど……。」

 新しく国立学校を作るというのは一大プロジェクトだが、確かに、開校まで十年もの準備期間を設けるというのは長い。

 体力面で不安のあるツェツィーリアのために、準備期間を長く取ったというのは説得力があった。

「コンラートくん、我々はだね、自分の死んだ後の、その更に先のことを考える仕事をしている。結果を見て死ねたらまずまずだ。議員というのはそういうもの。ある意味では無責任にも思えるだろうが、これだけの人数で頭を捻って、より良い国を作るための策を打てば、ほんの少しだけ良い未来が来るとは思わないかね?」

「……失礼しました。浅慮な発言でした」

 コンラートは素直に謝罪した。

 短気であることはコンラートの持つコンプレックスの一つでもあった。それが欠点だと自覚しているし、逆に、長期的な視点からものを考えているピルツ議長始め、議員たちに対しても尊敬の念を覚えた。

 コンラートが謝罪したことにより、この日は散会となった。議員たちが散っていく中、改めてコンラートはピルツ議長個人に対して頭を下げた。

「部外者の立場で議会を乱してしまい、申し訳ありませんでした」

「いやいや! 君は辺境伯夫人のために声を上げた。断る術のない貴婦人のためにだ。先程の指摘は事実でもある。君のような気骨のある若者が居て嬉しいくらいだ」

「いえ、そんな。とんでもない」

「いやぁ、コンラートくん、謙遜しなくても良い。君は素晴らしい。有能な上に、紳士の模範ときたら言うことなしだ」

 ピルツ議長は、ニッコリと笑った。

 これがアルバンであれば、嫌そうな顔をしてすぐに早足で立ち去るし、ツェツィーリアであれば危険を察知して後退りする所なのだが、コンラートは生憎、実直であるためにこういった分野に関して、ちょっとだけ鈍かった。

 ので、美麗で涼やかな顔にやや幼なげですらある表情で、頭上にクエスチョンマークを浮かべていたのだが……。

「風魔法の技量も素晴らしい。聞いたよ。なんでもあの密談魔法は白銀の悪ガキ共が考えたらしいが、君はあの場で咄嗟に割り込みするための魔法を編み出したって? 土壇場であれだけの事が出来る人間はそう居ない。何より! 貴婦人の名誉を守るため、即座にあの場の方針を取りまとめ、情報を共有するため動いたその行動力!」

「……ピルツ議長?」

「加えて! あのアルバンが認める頭脳。手腕! あの強引な王子どもにも怯まない胆力! いやぁ〜、実に素晴らしい!」

「あの」

「コンラートくん」

 ポン。ピルツ議長のもちもちした手が、コンラートの肩に置かれた。

 コンラートはやっと、少しだけ、ほんのりと嫌な予感がし始めていたが、両親と妻がモチモチ丸っこかったので、彼は基本的に丸々太った温厚そうな人間に対して警戒心が弱い。ピルツ議長もにこやかなぽっちゃり系だったので。

「キミ、次の議長ね」

「……………は?」

 たっぷり数秒の間を置いてから、コンラートは間抜けな声を出した。

「いやぁ、今すぐって話じゃない。誰だって領地が大事だ。実際、議員なんてものは息子に家督を譲った元領主が多い。次男三男というパターンも多いがね。だがどちらにせよ、経験を積んだ中年からやるものだ。なんでも、君のところの奥方は出産間近という話じゃないか。生まれて来る子の性別がどちらにしろ、その子がアカデミーを卒業して爵位を継がせたら、君の体が空くだろう?」

「あっ」

「いやコレ、ここだけの話なんだがね。最近トゥルペ伯爵家のご令嬢の縁談が纏まって。彼女は人格的にも大変優れた貴婦人なんだが、相手探しに苦労していてね。結局、近衛兵隊長だったヘンリックが婿入りすることで決着したんだが、彼女自身に領地運営の能力があること、加えて今後女子教育に力を入れるというのもあって、都合が良くてね。女伯爵として先陣を切って貰うことで、女性の社会進出の機運が高まれば良いな〜、って。他の家でも、婿じゃなく娘に爵位を継がせたいって声は前々から上がっていたから、これを機に流れを変えていこうかと思っているんだよ」

「あの」

「話が逸れたが、そういう訳で、君の子供が成人する頃には男女を問わず爵位の継承は可能になる。心配がひとつ無くなったことを喜んでくれ。で、次世代の議員を探すのもこれでなかなか、ひと苦労でね。適任者が少ない。公正に、かつ客観的に物事を見て判断し、かつ人道的な観点からも決断を下せる、有能な人間は希少だ。そこについては君は文句の付けようがない。更に! あのアレクサンダーとアルバンを制御出来る! そんな人間はこれまで誰も居なかった! アレクサンダーは暴れ馬だしアロイスは愉快犯。アルバンは後ろ向きで理屈屋。そんな死ぬほど厄介な白銀に、子爵位の立場で正論ぶつけて軌道修正できる人間……議会は君を求めていた!」

「ピルツ議長?」

 朗らかな笑みを浮かべるピルツ議長に対し、コンラートはぎこちない笑みを浮かべるしか出来ない。もう笑うっきゃないこの状況。

「いや〜、さっきのも本当に良かった。あれくらいやってくれる人間でないと議長なんて務まらんのだよ。はいコレ。国王陛下と議会からの陞爵の認定書。キミ、今日からラヴェンデル伯爵ね」

 ピルツ議長が懐から出したのは一枚の羊皮紙。

 国王クリストフのサインと、議長であるピルツのサインが入っている。

 コンラートは我が目を疑ったが、羊皮紙には「コンラート・ラヴェンデル、及びラヴェンデル家を伯爵と認める」と記されている。

 陞爵の理由としては、軍部における新たなる魔法戦術において画期的な風魔法の発明と発見をした功績による、とある。つまりは密談魔法を逆探知して割り込みをかける、盗聴魔法と、割り込みを掛ける魔法の二種類を発明したこと、戦術に於いてこの風魔法による有用性が評価されている、とある。

「軍政が終わる前の方が爵位が上げやすいからな〜、とりあえず伯爵になって貰わんと、議長になるにはちょっと不安だし。議員は実力主義とはいえ、なんだかんだある程度爵位があった方が仕事する上でスムーズだし! それにまあ、キミ、子爵位に収まるタマじゃないだろう。上位貴族も新しい血を取り込んだ方が良い頃合いだったしな〜、渡りに船なんだ。諦めてくれ!」

 じゃ!

 軽く片腕を上げて、ピルツ議長は「は〜、疲れた疲れた」と呟きつつ、スタスタ早足で去っていった。

「………………は?」

 呆然としたまま、一枚の羊皮紙を手に、誰も居ない議事堂の中心で、コンラートは棒立ちになった。




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