【153】春の幕開け
いきなり赤子が二人も増えた。
新たな我が子、オーギュストとアマーリアである。
なので乳母とナースメイドの子育てチームは大忙しだが、アルビレオのお陰でか、全員白銀の赤子に慣れたらしい。受け入れが予想よりかなりスムーズだった。
私は私で、母乳が出るようになったので三人の乳母たちの手助けを……と思ったのだが……白銀の子供は魔力が強い。同じ空間に居るだけでゲロゲロゲロ。グロッキーになってしまうため、アルビレオの時と同様、子育てチームにほぼ全部お任せとなった。
だけど、何故なのか……三人のうち、オーギュストだけは平気だった。なんか、なんか他二人より泣き方がゆるい。双子のアマーリアがギャン泣きしがちなのに対して、んああ、んああ、ぐらいのゆるさ。魔力もあんまりビシバシ来ない。
なので、私のお乳はほぼオーギュスト専用となった。
ここで一つの疑惑が浮上する。
「オーギュスト、あなた……もしかしなくても、私と同じタイプですね?」
この子たぶん、自我がないわ。
他の子たちと比べてもとにかくボーッとしている。泣き方もゆるく大人しく、側から見ていて「えっ、大丈夫なの?」と心配になるレベル。
我が両親から聞いていた、私の幼少期と全く同じである。
なまじ、アマーリアの方は自我がガッツリしっかりあるだけに対比が凄い。
アマーリアはおしめでもお乳でもギャン泣き。アルビレオも元気よく泣いていたが、それともまた泣き方が違う。不愉快だぜどうにかしろや、とブチギレているのが分かる感じの泣き方だし、魔力の漏出もアルビレオ以上。加えて、アルビレオがおしめやお乳でしか泣かなかったのに対して、夜泣きが激しい。
「アマーリア、お父さんは眠たいよ〜」
アマーリアはアルバンの抱っこがお気に入り。他のナースメイドや乳母が持てる技術の限りを尽くしてくれてはいるが、大体上手くいかない。
父親だと分かるのか、アルバンが抱いていないとぐずるので、アマーリアはアルバンが主に担当。可愛い娘とあってアルバンは抱っこ布を装着しながら書類仕事をしている有様である。夜寝る時にもアマーリアはなかなか寝ない。そして、寝たところで夜勤の乳母やナースメイドにバトンタッチしたとしても、五割の確率で交代した途端にギャン泣き。振り出しに戻る。
アマーリアの魔力の漏出が凄すぎるため、私は育児に参加できない。自我があるのかないのかよくわからんオーギュストと、最近は大分賢くなったのかカヌレとワンセットであぶあぶ言いつつも落ち着いていることが多いアルビレオが限界値。
アルバンが子煩悩なのを良夫なのを良いことに、毎晩しっかり寝ている。ごめん。
私も私で、割りかし母乳が出ている。胸が張る……というか、乳房がもうカチカチぐらいになって痛いので、たまにオーギュストに消費して貰っている。次点でアルビレオ。たまに、癇癪起こしてない時の乳母の子供たち。
乳母たちは「奥様からお乳を頂けるなんて」と恐縮しまくっていたが、とりあえず胸が張って痛いので助けてくださいと正直に言い、それで何とか収まっている。
「つ、疲れた。もう許してアマーリア……!」
とうとう限界を迎えたらしいアルバンが、フラフラしながら寝室に帰還。お疲れ様です。
そのままドフッとベッドへと倒れ込んでいる。
謎の唸り声。
恐るべし育児。
竜も斃せる天下のドラゴンスレイヤーが、娘の夜泣きを前に敗北寸前。可愛い我が子に追い詰められている。
「お疲れ様です。アマーリア、今日も凄かったですね」
「女の子って大変なんだね……。」
「いえ、女の子だからというよりは、アマーリアのあれは個人の性格のせいだと思いますよ?」
三人いる乳母たちの子供の中には一人だけ女の子が居るが、その子は割りかし大人しい。癇癪を起こすのも珍しいため、私がたまにだけど授乳できるレベルだし、他の男の子たちと比べてもアマーリアはダントツで手が掛かるため、なるほど、お腹の中でドンと蹴っていた子だけあるな、と感心している。
相当なお転婆なので、たまに抱いているナースメイドや乳母の目が虚無になっている程なのだが、しかし、そんなアマーリアを前にしても全く消耗しない人が一人だけ居る。
「女の子……! ツェツィーリア様の子供……! 抱っこさせて……!」
ニーナである。
ともするとアルバン以上に私の娘を熱望していたためか、男女の双子が生まれたよと聞いた途端に手を洗った上で飛んできて、キラキラした目で両腕を突き出し「さあ抱かせろ」の構えであった。
赤子を抱っこする時のポイントは抑えているし、ニーナならまあ大丈夫か、と思ってアマーリアを渡したのだが。
「……かっ、わいい!」
あ、見て直後、一秒くらい固まったな、と思った。
理由はわかっている。
今回生まれたオーギュストとアマーリアは、あんまり私に似ていない。どちらかというと二人ともアルバン似。二人揃って瞳が小さめ。愛らしい。キュート。アルバンに似てくれて私は大満足である。体もアルバンに似て頑丈だといいなぁ。
というか、オーギュストに関しては、まだ生まれたてだというのにほぼほぼアルバンのミニチュアバージョン。生まれて、産湯で洗われて、改めておくるみに包まれたオーギュストを見た時のアルバンの第一声が「僕に似過ぎじゃない……?」だったらしいので相当だ。
アマーリアの方は私とアルバンが混ざっている感じだが、どちらかというとアルバンの成分が強い。アルバンに言わせると「アマーリアはツェツィーリア似」らしいのだが、ヴァンダもナースメイドも乳母も口を揃えて「旦那様似です」と淀みなく断言しているので、まあ父親似である。
しかし、双子もアルバンが一番心配だったらしいポイント、斜視を受け継いでいなかったので、そこだけでもう満足ではあるらしい。確かに私も、白銀だったことにはびっくりしたが、黒髪が遺伝しなくて良かったなとホッとしているのもまた事実であるため、気持ちは分かる。
可愛い我が子にはなるたけ健康で、かつ身体的に有利な形状で生まれてきて欲しいもの。
そんな気持ちがあったのと、アルバンが普段から幾らでもお食べ派であり、私が食いしん坊なのも相まって、オーギュストとアマーリアは誕生時からビッグだった。歴戦の産婆であるヴァンダが「双子でここまで立派な体格の子は見たことがありません」と言っていた。きっと、父親であるアルバンも巨大なら、母親である私もデカいため、ビッグな双子となったのであろう。アルバン曰く「母体が大きれば胎児も大きく成長できるし、しっかりした体で生まれて来れたのはツェツィーリアのお陰」だそうだが、真相は謎のままである。
とまあ、大きさは両親似であり、顔立ちも今回の二人はかなりアルバン寄りなので……長子であるアルビレオが私似だったからと、また同じような感じの子が生まれるんだろな、とニーナは考えていたらしいのだ。
が、実態はアマーリアもアルバン寄りであったので、一秒間の沈黙があったという訳だ。
ニーナとアルバンはどっちも私のことが大好きだが、特にニーナは何が良いのか、私などの顔面の熱烈なファンなので、同じ顔したアルビレオも男の子だが可愛いし守ってあげる、と決めてくれたのだが……女の子のアマーリアがアルバン似だったので、違和感が強かったのかも知れない。
「かわいい。女の子。生まれたての綺麗な女の子……! これから、たくさんかわいい服を着せてあげられる。髪も結ってあげられる!」
ニーナが感動してキラキラしているものの、アマーリア、父親以外に抱っこされたことでおかんむり。ギャン泣きしていたのだが、ニーナはしょげない、めげない、諦めない。根気強くあやしてあやしてあやして……最終的に泣き疲れたアマーリアが寝落ちで終了。強い。精神的に粘り強い。時間が許す限りニーナは主にアマーリアに会いに来てあやしてくれている。有難い。
アルバンの体力面のためにも、いっそ一時的にであれニーナを子守要員にしてしまいたい程だが、そういう訳にもいかない。
「この間のようなことがまたあるかも知れない。ニーナはツェツィーリアさまを守れるけど、それなら、アルビレオさまもオーギュストさまも、アマーリアさまも守れるようにならないといけない。だからもっと頑張る」
そう、先日の暴漢遭遇事件の際に、ミトンも居たし私は余裕で守れたのだけれど、イザベラ様はピンチだった。
全ての貴婦人守るべし、なニーナにとっては悔しい案件だったようだ。
志が高い。
立派すぎる。こんな騎士、どこを探しても他に居ないのでは? 女とか男とか関係なく、最早ニーナという人材が奇跡。
ああ、そんな立派で偉い騎士の鍛錬を、誰が果たして止められようか。
主と共に火竜を討伐。のち、王都で貴婦人と共に隊列組んで派手にパレード。冤罪の主の無実を証明。騎士爵を国王陛下直々に賜って、伝統あるベルンシュタイン城砦で主人夫妻に祝福されての結婚式を挙げてと、騎士の夢と名誉全部盛りを達成したハインリヒさんは……前にも増して輝いていた。しかし、騎士の名誉全部盛りを達成してもそこで慢心しないのがハインリヒさん。ますます修行と研鑽に燃えに燃えており、連日ニーナと側近を引き連れ激しい鍛錬に励んでおり、兵士たちがゲロを吐くまでビシバシやっているようだ。強すぎる。
そんな燃える継父の訓練にもニーナはちゃんと喰らい付いているらしく、最近はシレっと騎士の間で寛いでいたりする。
なので、ニーナも休憩時間には見に来てくれるが、現時点ではアマーリアの育児担当はアルバン。結果的にワンオペに限りなく近くなってしまっている。
本来なら、雇い主なのだし、育児チームに丸投げしておけばそれで済むのだけれど、やはり初めての娘はかわいいらしく、ずっと泣いていると心配で堪らないらしい。放っておけなくなってしまって「どうしたのアマーリア?」と子供部屋に行き、乳母の手から娘を受け取っておおヨシヨシ。娘可愛さによって消耗戦を強いられているのである。
「ツェツィーリア〜〜!」
「あっ、本当にお疲れなんですね」
珍しい。
アルバンがウダウダ、というかダラダラしている。というか、私を甘やかすのではなく、甘えたいモードなの、ほぼ初めて見た。
寝そべったままのアルバンが這いずるようにして、座った私のところへ。もうなんかグロッキーなのも相俟ってクリーチャーかモンスターか、みたいな有様だが、とりあえず頭をお膝に。
暫く唸って動かないので、真っ白な髪を撫でつつ抱き締めていたところ、数分後に限界を迎えたアルバンが言葉を発した。
「ツェツィーリア」
「はい」
「母乳飲ませて……っ!」
「嫌です」
何言ってんだこいつ?
反射的に軽蔑の眼差しを向けてしまった。
顔を突き合わせて本気の顔で言ってくるあたり末期過ぎる。
「だって気になるから……!」
「気持ちが悪いので嫌です」
「うっ、明確な拒否……! 気持ち悪くてごめん。でも、どんな感じなのかなって、つい、気になって……!」
「あっ、好奇心の方なんですか。ならそこまで気持ち悪くはないですね。でもお断りします」
「ぐっ……本気で嫌なんだね?」
「はい。絶対に嫌です」
妙にごねるな……?
やはり変態なんだな、この人。
何を考えているのかわからない。気持ちもわからん。だがとりあえず、やばめの性癖を拗らせていることだけは分かる。
「もしやられたら、ずっとアルバン様を軽蔑することになると思うのです拒否します。嫌です」
「そっか……うん、ごめんね。なら諦めるよ」
「単純に味が知りたいってことなんですか?」
「ううん。好奇心と下心が半々」
「うーん、この話題もうやめましょうか!」
強引にだがぶった斬らせて頂く。無理。愛していても、好きでも、それは無理。百年の恋も冷める。
アルバンのことは好きだし嫌いになりたくないので、これはなかったことにしておこう。
「キスしていい?」
「良いですよ」
チュッチュッチュ〜〜! と割りかし情熱的というかねちっこい感じのキス。エロい感じのキス、かなり久々。
アルバンは有言実行の人なので、私が出産してから最低でも一年間は手を出さないよと宣言しているために色っぽいことはなし。子育てで疲れているのもあって、ちょっとムラついたのかも知れない。
「えっと、その、母乳は嫌ですが、私、エリクサーで回復しましたので、します?」
「したいけど……うん、しないよ。ツェツィーリアはそういう気分なの?」
「正直まだならないですね」
「でしょ? だったらやめておこう。二人とも、したいなって気分になったらしよう。僕はしたいけど、でも、その気持ちに君を付き合わせていたら、きっとその内、僕のこと嫌になっちゃうだろうし」
「でも、応じられないとアルバン様こそ、私のこと嫌になりませんか?」
「ならない。僕たち、仲が良いままでいられるなら、ずっと一緒に暮らすんだし、きっとまた機会があるよ。それに……僕がツェツィーリアを好きなのって、そういうことだけが理由じゃないからね。そもそも、性行為ってつまり、本来は子孫を残すための繁殖行為なんだし。するってなると、避妊したとしても妊娠の可能性はゼロじゃない。だからその、するにしてもしっかり、お互いに相談した上でやっていこうよ」
「すみません。ちょっとムラっとしたので、私からもキスして良いですか?」
「あ、ありがとう……? 嬉しいけど……ツェツィーリアの感覚って独特だよね」
「ん」
うるせぇ。黙ってキスさせろ。
私も慣れないなりに自分から攻めてみるが、やっぱりあんまり上手くいかない。舌の長さが圧倒的に足りなかった。
顔を離したあと、アルバンが物凄く照れ照れしたので、やたらキュンとした。
そんな感じで、育児に追われたり事務仕事片付けたり、楽しく愉快に冬を過ごして、吹雪が止み、降雪が減り、ワイワイガヤガヤ、みんなで家に帰ってきた。
今度は私も体が軽くなっているため、普通に馬車での帰宅。
疲れたね、なんて言いつつ、そのままアルバンと共に執務室へ。
山積みの仕事を前に、文官の皆さんが大集結しており、何故だか全員目が点になっていた。そして全員絶句。無言。
何が起きたんだと嫌な予感に襲われるが、速読の技術を持つアルバンは机の上に積み上げられた書類の束を手に取って、凄まじいスピードで捲っていった。
「………………は?」
心からの「は?」だった。
呆然としつつもブチギレているのが横に居るだけでよくわかる。続けざま、また別な束を手にして読んで置き、読んで置き、読んで置き……を繰り返した。
「クッソ……やられた!」
悪態を吐いて、それから上を向いて、ブチギレながら手にしていた紙の束を勢いよくバラバラと宙に舞わせた。
な、何が起きたんですかーー!?




