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【152】長く幸福な冬


「じゃ、王都でやるべきこと全部やったし、議会がどんどん仕事振ってくるからさっさと逃げようか!」

「わぁ、イキイキしていますねアルバン様」

「勿論だよ! ほら見てツェツィーリア。馬車の中、前にやった時みたいにフラットにして、マットレスとお布団敷いたからね。埋めたところにお土産詰めたけど、忘れ物はないかな?」

「すみません。全部ニーナにお任せしたので自分では分からないです」

「心配するな。ツェツィーリアさまの持ち物は全部積んだ」

「よし! じゃあ乗って乗って! 出発しよう。ピルツ議長あたりに嗅ぎ付けられる前に逃げよう!」

 やり口がほぼ夜逃げ。

 滞在を引き延ばされまくった結果、領地が心配だし雪が深くなる前にベルンシュタイン城砦に入らなくちゃいけないのにもうバリバリに雪が降ってるじゃん! ということで、キレたアルバンが仕事を投げ出して逃亡をキメた。

 私とニーナとミトンで馬車に乗り込み、アルバンは御者の席に座っていざ出発。

 バビュンとひとっ飛びでフリートホーフ辺境伯領に帰宅することに。

 私は私で、妊娠が分かってからなんとなくうとうと眠たいような感じなので、ほぼ移動式ベッドと化した馬車の中で気持ちよく寝かせて頂く。なんなら、結構酔う方なので寝ていた方が良いだろう。

 空の旅はどうだかわからないが、船旅においてはアルバンの運転がかなり荒かったので。

 と、思っていたが、空を飛ぶなんて体験、まずすることなどないため、案の定はしゃいでしまった。

「わぁ……! 凄い凄い! ぐんぐん上昇していきますね!」

「高すぎて、ちょっと怖い」

「まあ、ニーナは苦手なんですか?」

「高ければ高いほど受け身は難しい。ニーナはまだ王都のお屋敷の二階くらいまでの高さが限界だ。だから怖い」

「万が一のことを考えてくれていたんですね。いつもありがとうございます。ですが、アルバン様の魔法なので心配はないと思いますよ?」

「いや、この世に絶対はない。ニーナはツェツィーリアさまの騎士だから、いつでも万が一を考えていなくちゃいけない」

「ニーナ……! いつもありがとうございます」

 真面目。偉い。いつでもニーナは偉い。素晴らしい。ニーナはこんなに立派な騎士なのに、肝心の剣を捧げられている貴婦人が私というアンバランス。これが、この世の不条理なのかも知れない。

 そんなことを考える横で、ミトン、堂々と腹出し。

 おまけにゴロゴロ喉を鳴らしており、完全に「腹を撫でろ」とリクエストしている。

 この猫、自分が風属性の強い魔獣だからなんだろうけど、寛ぎ方が尋常じゃないな?

 ミトンのそんな様子を見て、二人して黙って暫くお腹を揉むなどする。

「そう言えば、この間、ミトンのお腹を触っていたら、いきなり乳首がポロッと取れた」

「ええっ!?」

「すごくびっくりした。でも、よく見たら……凹んだ乳首の窪みに溜まった、乳首のゴマだった」

「乳首のゴマ」

 馬鹿みたいに復唱してしまった。

 お臍のゴマは聞いたことがあったけれど、乳首のゴマは初めて聞いた。

「ミトンの乳首は十個ある」

「前に言っていましたね」

「それで、そのうちの一個はなんか、どうしてなのか分からないけど凹んでる。そこにゴミが溜まるみたいだ」

「そ、そんなことがあるんですね……!」

「こっちが普通の乳首。それで、ここ。これだけ凹んでる」

「本当ですね……! えっ、なら、時々ゴミを取ってあげた方が良いんでしょうか?」

「かも知れない。たまに軽くお腹をお湯で濡らした布で拭いてはいるけど」

 し、知らなかった……。

 猫の体ってそんなことが起きるのか。かなりどうでも良い知識ではあるけれど、でもなんか、猫と共に暮らすにあたり必要なことなんだろうな。いや、ケットシーは単なる猫ちゃんではく、あくまでも強くて賢い魔獣なんだけど、私は既にミトンのことを限りなく可愛い猫ちゃんとしか認識できなくなっている。

 その後はニーナと二人で高いねぇ凄いねぇ早いねぇ、みたいな会話をしつつ、ダラダラしていた。

 私が妊娠しているからか、思ったよりもアルバンの運転が丁寧。助かる。

 スピードは凄く速いのだけれど、船旅の時のように、横移動がないから楽なのかも知れない。河を使っての移動、他の船がどうしたっているし、河幅は有限なので、右へ左へと猛スピードで回避するからキツかったんだろうな。

 空だと他の人はまず居ないので安心安全。快適でよかった。速くてもまっすぐ移動なら酔わないというのも分かったことだし、今後はこの手段、やたら目立ってしまうという点を除けばかなり良いのかも知れない。

「ツェツィーリアさま、到着したみたいだ」

「えっ!? もう着いたんですか!?」

 二時間くらいミトンを揉んだり撫でたり、猫じゃらしで遊んだりしてたらもう到着。

 フリートホーフ辺境伯領の、フリートホーフ辺境伯邸の本邸、門の中。敷地内ゆっくりそっと着陸。

 遅れて、ドアがノックされて、アルバンが顔を出す。

「ツェツィーリア、着いたけど、体調はどうかな?」

「体調は良いです。凄く速いんですね、空路って……!」

「そうそう。魔力消費は流石に激しいけどね。気持ち悪くなったりとか、してないかな?」

「大丈夫です」

「よかった。なら、これからは空を使うのもアリだね。船旅だとツェツィーリアは酔っちゃうみたいだし」

「はい。これまでで一番楽でした。ですが、魔力消費が激しいとのことですが、アルバン様は辛くないですか?」

「疲れるには疲れけど、問題ないよ。この移動だけで魔力を二割くらいは使ったけど」

「すみません。アルバン様の二割ってどのくらいなのか分からないです」

「ツェツィーリアに分かりやすく言うと……一割でコンラートと大体同じくらいかな……?」

「わぁ」

 考え込みつつも、やや視線が上の方に行っているあたり、これ、アルバンの一割、実際はコンラートさんの魔力量よりやや多いんだろうな。途方もない魔力セレブである。こんなの助走付けて殴られたって文句は言えない。まあでも、知ったとしても、コンラートさんは善良な人なので、前に爆発した時みたいに、羨ましいぜコノヤロー! ぐらいで済ませてくれそうである。

「もう面倒だし、馬連れて来ないで魔法で動かしちゃっていいよね。ツェツィーリアはそのまま乗っていてね」

「アルバン様って、本来なら馬、要らないんですね?」

「……そうかも? でも、魔力を消費すると疲れるし、疲れると頭が鈍るから、なるべくならやりたくない、かな?」

「あっ、はい。アルバン様、もしや運動がお嫌いですか?」

「運動も鍛錬も好きじゃないね。必要だからやってるし、継続的に最低限、鍛えてはいるけど……僕にとっては貴族としての義務って感覚が強い。領主として、それはやっておかなくてはならない仕事の一部だからね。まあ、魔獣を捕まえるとか、自分の好奇心を満たすために体を動かすのは嫌いじゃないよ」

 うぅん、これは立派な運動嫌い。

 これ、アルバンはたまたま凄く頑丈で強い体に生まれたから、あんまりやりたくなくてもやれちゃってるだけで、気質としては運動嫌いのインドア魔獣オタクなんだろうな。典型的な陰キャです。ありがとうございます。助かる。

 しかし、改めて考えると……私の虚弱と体力の無さに理解があるのはそのお陰なんだろうな。性格としても私は陰キャなので、やはり相性が良い。

「まあ、あとは……馬、かっこいいから……出来るだけ乗りたいなって……!」

「好きなものが多いのは良いことだと思います」

 そうだった。魔獣に限らず生き物は基本的に好きなんだった。アルバンは馬も犬も好き。特に馬は、交通手段や輸送手段としても優秀だから、自分でもある程度使ってみないと分からないんだろうし、興味のある分野なんだろうな。

 スマラクト侯爵と組んで事業にしちゃってるぐらいなんだし。

「そういえば、スマラクト侯爵とやっている、馬のブランド化事業は大丈夫なんですか?」

「ああ、それなら手紙でやり取りしているんだ。長期的に伸ばしていくつもりの計画だからね。今はまだ、第一世代としてどの馬を掛け合わせてみるか話し合っているところなんだ。とはいっても、まだ趣味の面が強いし、単なる遊びって感じだし、実際に交配を始めるのは春になってからだよ」

「そうなんですか」

 お喋りしつつも、アルバンは徒歩で、私は無人、もとい無馬の馬車に乗ったまま、ゆるゆると玄関前まで移動。まったりしているものの、馬のない馬車が勝手に動いているこの光景、きっとかなりのホラー。

 そして案の定、冬を迎えたフリートホーフ領、安定の曇天。

 今にも雪が降り出しそうである。

 分厚い雲に覆われた空。落ち着く。王都はまだ秋だったから、やたら眩しかった。私としては薄暗い方が体調が良いので「うんうん、これだよね」とほっこりしてしまう。何しろ、実家のあるグリンマー領も雨が多い土地だったので、私は晴天が続くとなんか、視覚的に眩しくて疲れるのである。

 帰宅したらすぐに、使用人の方々が物凄く嬉しそうに出迎えてくれた。

 みんなニコニコして「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」と挨拶してくれる。

 文官の方々も、私たちが領地を離れている間はこの本邸をメインに活動してくれていたらしく、いそいそ出迎えて無事の帰還を喜んでくれた。

 ああ、帰って来れた。良かった。

 ホッとしたらドッと疲れが押し寄せてきてしまい、帰宅早々、本邸のお風呂、温泉に入って芯まで温まって、シェフのご飯をしっかり頂いて就寝。

 久しぶりのシェフのご飯、本当に美味しい。

 私のために、お気に入りの百合根のポタージュを用意してくれるあたりジンときた。私が第二子を妊娠中だと聞いてか、鹿肉のシチューだったり、猪とナッツのパスタとか出してくれる。有難い。

 コレだよコレ! と一気に幸せになってしまうが、余りにも美味しかったし、ずっと恋しかったので……リミットを越えて食べてしまい、あえなくリバース。

 な、なんていうことだ。

 シェフの料理に対する冒涜すぎる。

 ガンガンに凹んでしまったが、しかし、本邸のシェフはすかさずレモンのゼリー出してくれるあたり隙がない。胃が落ち着いてからもっと食べやすいものを後でお持ちします、とのことで、寝る前にオニオングラタンスープと、小さめな鮭のムニエルを出して貰った。美味しい。幸せ。ありがとうシェフ。本当にありがとう……!

 出来ることなら暫くシェフの料理を堪能したい所だが、もう雪が降っているため、翌日泣く泣く、準備を整えてすぐにベルンシュタイン城砦へ。

 空路なら私の負荷が少ないと気が付いたアルバンによって、帰ってきた時と同じように、私とニーナとミトンで馬を繋いでいない馬車に乗り込み、魔法でバビュンとひとっ飛び。

 ベルンシュタイン城砦に到着してハインリヒさんとゼルマに会ってお礼とお祝いを言ったり、ずっと会えなかった可愛い我が子、アルビレオの健康を確認した。

 アルビレオは優秀なナースメイドと乳母たちのおかげで風邪も引かず健康そのもの。育児チームも、寒いベルンシュタイン城砦で体調を崩していないか心配だったのだが、そこはゼルマが色々と気を回して上手くやってくれたらしい。感謝感謝である。

「ありがとうございます、ゼルマ。ずっとニーナを借りてしまって」

「いえ、そんな……どうぞ使ってやってください。ニーナは頑丈な子ですから」

「でも、さぞや心配だったでしょうに。また改めてお礼をしますね」

「いいえ、とんでもない。寧ろ、奥様からは結婚のお祝いを頂いておりますし、畏れ多いことです」

「ゼルマこそ。居間や寝室、子供部屋を快適に整えてくれたのですよね。ありがとうございます。お陰で、今年はずっと暖かく過ごせそうです」

「私は何もしていません。旦那様がペチカを増築されたお陰だと思います」

 そう、アルバンが今年、居間のど真ん中にペチカを増築したのだ。

 部屋のど真ん中にぶっとい柱が建っている形になるが、しかし、表面がカラフルなタイルで覆われている華やかなものなので、冬場に城砦に閉じ込められても気が塞がないように工夫されている。

 元々壁には美しい模様が描かれているから、それともマッチした秀逸なデザインであり、更にはなんと、一段だけ人が座り易い感じに段が設けられており、そこに毛皮やクッション咬ませて人が座ったり、場合によっては料理の鍋を置いて保温したりも可能であるらしい。素晴らしい。最高。

「すみません。旦那様と奥様が今日、お着きになられるとは知らず……! 鍋を、鍋を置いたままでしたっ……!」

「ああ、いえいえ。気にしなくて大丈夫ですよ。これは今日の晩御飯ですか?」

「申し訳ありません。アルビレオ様の分もあったのですが、乳母&ナースメイドのための追加のおやつです。林檎を煮ておりましたっ……!」

 どうやら、待ちが長すぎて乳母もナースメイドも油断しまくっていたらしい。可愛らしいささやかな罪を物凄く正直に告白されてしまった。

 とはいっても、いきなり美味しいシェフの料理から引き離されて、毎日城に篭って素朴なご飯ばっかりになったら確かに、退屈なのかも。時間ならたっぷりあるのだし、乳母もナースメイドも普通に料理が出来るのだから、自分たちでなんか追加の美味しいもの作って食べようぜ、となるのは自明の理。

 乳母は「怒られるかも」と思ってか罪を自白するぐらいのテンションだが、そもそも乳母チームはアルビレオに安定してお乳をあげるためにしっかりたっぷり栄養も睡眠も取ってね、というのがアルバンの方針なので、林檎煮たぐらいでそこまで気にする必要もないのである。

 ……が。かぽ、と鍋を開けてみたら、結構な量を煮ていたので、アルビレオたち赤ちゃんに食べさせる分は少しだけ、適量を確保しつつ、残りを大人でガッツリ食べるつもりだったんだろうな、というのがありありと分かった。砂糖とシナモンに加えてレーズン入れて煮ているし、じっくりやっているからか、果肉がピンク色で美味しそう。じゅる。私もつい涎を啜ってしまった。

「アルビレオはもう固形物を食べられるのか」

 案の定、乳母やナースメイドが林檎煮ておやつ作っててもアルバンは気にしない。

 アルビレオを抱き上げ、軽く高い高いしながら成長を喜んでいる。

「はい。煮て柔らかくしたものをお召し上がりになっておられます」

「もう歯が生え揃ってる……! 見て! ツェツィーリア! 乳歯!」

「わ、小さい歯ですね」

 歯が生え揃って、髪だって伸びて、王都に行く前よりも顔立ちが、顔立ちがより人間っぽくなっている……! 凄い。子供の成長って早い!

 アルバン、ニッコニコ。

 子煩悩全開の優しい声で「久しぶり。覚えているかな? お父さんだよ〜!」なんて言って話し掛けている。かわいい。我が子もかわいいが、私の夫がかわいい。

 私も乳母たちもナースメイドもつい、ほっこりしてしまう。

 そこで、ひとまずみんなでお茶の時間にしようとアルバンが提案。

 破格の子煩悩ご当主様であるアルバンはとうとう、乳母とナースメイドたちも同席の上でのおやつタイムを許容するに至ったのである。ギチギチだった王宮生活の反動かも知れない。ゼルマは遠慮したのだが、その隣でニーナはガッツリ食べていた。

 そこで、煮林檎を食べつつ、私の妊娠を発表。

「遅れて、本邸から数名、ツェツィーリアの身の回りの世話をするためのメイドが到着する。だが、妊娠や出産には何が起きるか分からない。数日中に産婆であるヴァンダも召喚するが、万が一に備えて、乳母とナースメイドにもツェツィーリアの補佐を頼みたい。予定日は春頃だが、もし早産になった場合……事前に申請していない人間はこの城砦に入れない。子に与える乳に関しては、最悪、三人で回していくことになる。その時に備え、念のため追加で雌山羊も購入するが、天候によっては搬入が不可能となることも考えられる。各自、覚悟だけはしておくように」

 最初、私が第二子を妊娠とあって、何かキツイ命令が下さるかもと緊張していた乳母たちであったが……途中からあからさまにホッとしていた。

「もう一人、ご子息かご息女が増えたところで、なんの心配もありません。三人居るし、雌山羊も買って貰えるなら」

「シフトが崩れないようでしたら、何も心配はないかと思います」

「私たち、栄養が良いお陰か、まだ乳の出も良いですし……子供たちも徐々に離乳食に移行していますから、寧ろ、乳が余らずに済むかと」

「あっ、待っておくれよ。あたしはぼちぼち、出が少なくなってきそうなんだ。だから、旦那様、奥様、申し訳ありませんが、あたしは春になったらお役目を抜けたいと思います。お手数ですが、別な乳母を探して頂ければと」

「そうか。ペトラ、お前の子はアルビレオより半年も早く産まれているのだったな」

「はい。なので、ご迷惑になる前に、お暇を頂きます」

「春までは問題なく勤められるのでしょうか?」

「春までなら。でも、それ以降は……自分の子にやるので精一杯だと思います」

 うーん、ペトラは乳母のリーダー的なポジションでもあったので、抜けられるのは痛いが……でも、こればっかりはしょうがない。乳母三人はかなり仲良くなっているため、他二人もペトラが抜けることを寂しがっている。

「分かった。別な者を探すよう、ヴァンダに頼んでおこう」

「その場合、何人雇うことになるのでしょうか?」

「子供がもう一人増えるからね。ペトラが辞めなくても、最低でも新たに二人は増やそうと思っていたんだ。当然、城を出るまでは今のメンバーで頑張って貰うけどね」

 そこから、ペトラによる質問が幾つか。

 春までは平気だと思うけど、途中でお乳の出が悪くなったらどうなるの? という質問だったが、春までは継続して子守要員として雇うというアルバンの回答。ペトラもホッとした様子であったので、退職する日まで頑張って貰いたいところである。

 それから、雪が降り積もる前にと遣いをやって、頼りになる歴戦の産婆、ヴァンダも到着。今度は自分のお腹で子供を産みますよと報告しつつ、改めてよろしくお願いしますと挨拶して、ヴァンダには使用人用の、漆喰の壁と木の床の部屋に滞在して貰うことになった。

 使用人用の部屋は幾つかあって、そこにはそれぞれ、ゼルマもナースメイドも乳母たちも入っている。後から到着したメイドさんたちもその並びに入って貰って、女性使用人専用フロアが誕生した。

 女性スタッフが全員揃ったところで、主にニーナと私によるサプライズを決行。

 即ち! ゼルマとハインリヒさんの結婚式である!

 この日のため、ニーナは貯めに貯めたお給料を叩いて、母親であるゼルマに着せるためのウエディングドレスを支度したのだ。完全なるオーダーメイドであり、それらは後続組のメイドさんたちがこっそり運んできてくれた。

 事前に、ハインリヒさんと騎士団の方々にも通達済み。知らないのはゼルマだけ。

 準備完了の合図と共に、ニーナとメイドさん達がゼルマを襲撃。有無を言わさずゼルマにドレスを着せて、中庭へ。

 兜以外の鎧をフルで装着したハインリヒさんに手を取られ、司祭役のアルバンによって改めて神様に対して「この二人の結婚を祝福してね」のお祈りが捧げられた。

 花の少ない季節だったので、ブーケのかわりにリボン付きキャンドルだし、ライスシャワーもフラワーシャワーもないけれど、女性スタッフが並んでみんなで紙吹雪。騎士団の旗も掲げてラッパも鳴って、おめでとうおめでとうで大合唱。歓声。

 いつも冷静沈着なゼルマだが、珍しくも頬を赤くして背中を丸めっぱなし。

 対して、ハインリヒさんは物凄く晴れやかな笑顔。うっ、笑顔が、生命力が突き刺さるぜ……! などと思いながら、主人夫婦として、ハインリヒさんとゼルマに対し「ハーゲル騎士爵おめでとう」と「いつもありがとう」と「これからもよろしくね」を畏まった感じで伝えて、サプライズ披露宴は大成功。

 シレッと口笛吹いていたニーナだったが、宴が落ち着き始めた頃合いで、ハインリヒさん共々隅っこの方でゼルマに「後で部屋に来なさい」と低めのドスが効いた声で圧を掛けられていた。ヒィ。ごめん。ヒィ。ゼルマの性格だとサプライズ披露宴とか嫌ですよねごめんね。でもお祝いしたかったし、ハインリヒさんの立場だと祝った方が適切だし、サプライズでもしなきゃゼルマは応じてくれないと思ったんですよぉ、と後からヘロヘロしつつニーナをフォロー。

「母さんのドレス、出来が良かった。見れてすごく満足だ」

 私がフォローしてる横で、ニーナは「やり切ったぜ……!」みたいな顔をしているため……ちょっと鎮火は無理だった。

 翌日、ハインリヒさんがアッハッハッハ! なんて笑いつつも「いや〜! こってり怒られちゃいました〜!」なんて言っていた。笑い声はいつも通りだが、ハインリヒさんの眉尻が下がってるの、初めて見た。ゼルマは凄い。が、ハインリヒさんがやや嬉しそうなので、きっと家族として遠慮がなくなって来たってことなんだろうな。

 それから、年末が来て、城に居るみんなでぐるぐる巻きソーセージ食べたり、サモエド達と戯れたり。年が明けたら去年のようにアルバンがミートローフ作ってくれたり、予め城に持ち込んでおいたグロブス式チェスで遊んだり。

 私のお腹がぐんぐん膨らんで、なんかよくわからないけどいきなり足とか顔がパンパンに浮腫んで不細工になって、アルバンに嫌われるんじゃないかと思って泣き喚いたり。アルバンは妊娠中なせいで不安定な私に対して「大丈夫かわいいよ!」と叫んだり、ヴァンダや乳母たちに精神的にも肉体的にも面倒みて貰ったり。

 更には、途中でお腹の子が一人ではなく二人だと判明したり。

「双子は普通よりもひと月早く産まれます。奥様の骨格だと、お腹を割いて、お子様を取り出すのが確実です。エリクサーでの治療があればそれが可能です」

 ヴァンダの説明によって、エリクサー使ったらすぐ治るしすぐ回復するけど、お腹を帝王切開する必要があると聞いて怖すぎて涙目になってアルバンに「怖いよぅ」と泣き付いたり。

 そんな私を見兼ねて、アルバンが妊婦でも使える麻酔薬を頑張って調合してくれたり。

 そんな感じで不安定なのに、あるのかないのかもよく分からんような軽微な悪阻が証明してからは、毎日もぐもぐいついかなる時でもしっかりガッツリご飯を美味しく食べたりしつつ……春を迎える前にして、ポンポンにまんまるく膨らんだ私のお腹から、新たな赤子が二人、この世に生を受けたのだけれど……。



「……あの、これ、見間違い、ですかね?」

「……いや。見間違いじゃないね」

「夢でもないですよね」

「違うねぇ」

「ど、どうしましょう……?」

「どうしようね……?」

 怖いし不安だから、あとはアルバンとヴァンダにお任せ! よろしく! というノリで、吸引式の麻酔と注射式の麻酔に身を委ね、起きた時にはエリクサー効果でスッキリ爽快。体の痛みも傷跡もなく、疲れはやや残っているものの、妊娠前と同じコンディションでバッチリ目覚めた。

 そうしたら、ベッドサイドにアルバンが居ていつものように「おはよう、ツェツィーリア」と優しく言ってくれて、ハグしてくれて「お疲れさま。僕の子供を産んでくれて、本当にありがとう」まで言ってくれた。

 嬉しくなって、あと、妊娠に伴う体調不良から解放されて、二人でキスして、とっても良い気分だった。

 そうしたら、でも、アルバンが大きめの揺籠抱えて寝室に運んできてくれて……私はそこで、産まれたばかりの双子を見て、五分くらい硬直した。

「男女の双子だよ。こっちが先に産まれた男の子で、こっちが女の子」

 アルバンはそう説明してくれたが、言葉がなかなか出なかった。

 男の子と女の子、両方産まれてくれて嬉しいな。スヤスヤ眠っているし、どこも体のパーツが欠けてない。見た感じ健康そう。良かった。

 でも。

 だが。

 それよりも。

「なっ、なん、なんで、髪、白いん、ですかねぇっ……!?」

 二人とも、白銀。魔力強い。肌で感じる。

 目の錯覚かと思ったけど、アルビレオの時の経験を活かしてか、既に黒曜ツルバミ染めの黒い布でおくるみにされているあたり、確定。これは私の幻覚ではない。

 アルバンも珍しく目を閉じて黙り込んでいる。

 これは予測していなかったのだろう。

「あの、ツェツィーリア? これは仮説なんだけど」

 重々しく、ゆっくりとアルバンは話し始めた。

「黒髪って、魔力がないってことだよね?」

「ええ。はい」

「普通、子供ってさ、大抵は両親どっちかの魔力属性を受け継ぐよね。魔力保有量が親子間で似てくるのが一番よくある話だし、属性に関しては、隔世遺伝で祖父や祖母やそれより前の先祖に似たりもするみたいだけど……でも、両親から受け継ぐ要素が強いのは確かだ。絞り込むのも実証するのも不可能。統計取るにしても、過去数十代に遡ってデータ収集する必要があるから、現実的じゃない。だからこれは、僕の仮説。仮説なんだけどね」

 嫌な予感。

 アルバンの言う仮説、それはつまり、実証が難しいだけでほぼ的中してるってことだから。

「過去に白銀の親から白銀の子が産まれたことはない。白銀の子供は、もう片方の親の属性に関係なく、四属性のいずれかで生まれてくる。つまり、通常なら白銀は親子間で遺伝しない。でも……白銀の相手が黒髪だった場合、黒髪には魔力がない。それはつまり、その……黒髪には、魔力に関して子に遺伝させるべき情報を持っていないってことなら……辻褄が合うんじゃないかな、って……。」

「つ、つ、つまり、私とアルバン様の組み合わせだと、子供は全員、白銀になるってことですか?」

「うん。そうなんじゃないかなって……白銀も黒髪も突然変異個体で、多分、どちらも出生が稀なのは、他の四属性よりも遺伝的に出にくいからなんじゃないかな? だから、白銀も黒髪も、他の四属性の相手と子供を作ったら、次の世代には魔力の保有量も属性も遺伝しない。でも、黒髪には魔力も属性もないから……もしかすると、黒髪から産まれる子供は、身体的特徴以外、もう片親の魔力保有量と属性をそっくりそのまま受け継ぐのかも……。僕が見付けた、過去の記録に存在した黒髪の女性も、子供は配偶者と同じ水属性の子供だけだったし」

「嘘でしょう!?」

 つまり、アルビレオが白銀として生まれてきたのは、竜卵のせいではなく、私とアルバンの間に生まれてきたからだったということで。

 俄には信じられないが、自然妊娠で誕生したこのポコちゃんとドカちゃんも白銀なのである。否定できない。

 ポコちゃんとドカちゃんとは何ぞやというと、この二人、ヤンチャな性格なのか胎動が激しかったのである。左右に入っているな〜、というのはなんとなく分かっていて、いつもポコポコと小刻みに、かつちょっと弱めに動く子と、たまに鋭い、多分蹴りを力強くドカッと放ってくる子だったので、私とアルバンは「ポコちゃん」「ドカちゃん」と呼んでいたのである。

 アルビレオの時の「ランちゃん」といい……人目がないからとお気楽能天気夫婦全開だったのだが、まさかどっちも白銀の双子ちゃんとは思いもしなかった。

 どうすんだコレ。

 いや、どうしようもないし、生まれてきてくれてありがとうなんだけれども。

「ええっと、つまり、これから何人産もうと、全員白銀になるかも知れないんですよね?」

「うん。その可能性はかなり高いと思う」

「いつまでもは隠し通せないですよね」

「そうだね」

「私は……もうアルバン様以外、考えられないので……白銀以外の子供を持つことはないのが前提なのですが……白銀の子供が、子爵家の跡取りになれると思いますか?」

「……うん! しょうがないから、押し切ろうか! 三人纏めてもう、強引にでもいいからフリートホーフで育てよう! 僕にはドラゴンスレイヤーの肩書きがあるし……国王陛下とアレクには事前にもう打ち明けておいて、王宮管理官とは正面から殴り合いしよう! その方が早い!」

「け、権力のチカラ……!」

「どうせだし議会も巻き込もう! どっちにしろフリートホーフの後継ぎは強くなきゃいけないんだし、国にとっても次の辺境伯がアルビレオでいてくれた方が都合が良いんだし! フリートホーフ家は血統が途中で入れ替わりまくるのが前提だけど、本来なら親から子へ継承するのが理想形だからね。アルビレオはずっとうちの子で確定。この子たちに関しては……まず、娘に関しては、結婚相手は家長である僕の裁量に委ねられる。外野が口を出すべきじゃない、その理屈で乗り切る。女の子は王位を継げないから、王宮も強引に奪おうとはしない。血統としても、僕とアレクは濃さが同じ。僕の子とアレクの子だと血が近すぎるから結婚は避けようとする。だから王宮も強くは出てこない。アッヘンバッハの権力が続き過ぎるのは避けたいだろうからね」

「では、ドカちゃんはどうなるのでしょうか……?」

「あっ、ドカちゃんはね、女の子の方。ポコちゃんの方が男の子だよ!」

「逆でしたか。ドカちゃん、お転婆なんですね」

「かわいいよねぇ。女の子、欲しかったから本当に嬉しいよ。それで、ポコちゃんに関しては……こっちは力技だね。グリンマー家の後継にする。これはお義父さんと議会に頼る。下位貴族だけど、グリンマー家は由緒正しいオールド・クラシック。グリンマー家直系の血を絶やすのは国にとってもあんまり嬉しくない。ツェツィーリアが僕に嫁いでくれたから、高位貴族に新たな血が入っては来たけど、それでも、そろそろ高位貴族と下位貴族が分断されている今の状態は限界が近い。だから、貴族の力を保持するために、その壁を撤廃したい家は多いはず。高位貴族では国際結婚が進んでいるけど、下位貴族でそれはほとんど見られない。そこを利用する。国際結婚が続くのはメリットもあるけど、リスクも高い。そこを適度に緩和するためにも、高位貴族は下位貴族との婚姻を望む筈。スマラクト卿がグリンマー家との縁組を望んでいたのは恩返しもあるだろうけど、その側面も強い。保守派は出来るだけ国内結婚したいだろうからね」

 なるほど。確かに、高位貴族同士はほぼ親戚。下位貴族同士もほぼ親戚。でも、高位貴族は血の濃さとかで縁組が難しい場合もあると聞く。対して、下位貴族は家の数がもっとずっと多いから、血の濃さが理由で苦戦することはほとんどない。

「それに、制度としても高位貴族同士の結婚は今の状態だと欠点がある。イザベラ嬢の話を聞いて僕も調べてみたけど……高位貴族は幼いうちに婚約者を決める。でも、途中で片方が死亡したり、そうでなくとも何らかの理由で婚約が破棄された場合、新たに相手を見付けるのが難しい。現に、稀なケースではあるけれど、イザベラ嬢は家名も爵位も持たないヘンリックと縁組をすることになった。トゥルペ家は元々騎士の家系だからそれでも成立したんだろうけど……あくまでもレアケースに過ぎない。あの出会いは奇跡だよ。そうでない大半の場合、高位貴族は新たに婚約者を見付けられずに終わってしまう」

「下位貴族は恋愛結婚が多くなってきていますし、そのせいかトラブルや離婚の数は多い印象ですが、確かに……新たに相手を見付けるのに苦労した、という話は余り聞かないですね」

「そう。そこなんだ。下位貴族は裕福な商人とも血縁になったりするし、そこは一長一短ではある。一概には否定出来ないけれど、高位貴族と下位貴族の結婚が一般的なものになれば、豪商の台頭に対抗出来るかも知れない」

「豪商ですか。最近は勢いのある商人が増えているようですが、危険なのでしょうか?」

「悪ではないよ。危険でもない。本来はね。でも、商人には余り力を付けて欲しくないかな。国民が食べていくには第一次産業の安定が第一。次に国土の防衛のための戦力や工業力。商業も重要ではあるけど、それはこれまで、貴族や国が中心になってやってきた分野だ。人口比として、経済を扱う人が増えるとバランスが崩れる。そもそも商業はお金と物の流れをよくするためのものだけど、上手くやれば儲かるって特性がある。誰だって裕福に暮らしたいし、楽な方が良い。第一次産業は根気の作業。不屈の精神でずっと頑張り続けなくちゃならないからね。疲れるし苦労も多い。肉体的にハードなものが大半。商人はその点、頭が回ればそれで儲かる。成功するにしても失敗するにしても、人はそっちに流れていく。そうなると、農業や漁業を担う人が不足する。構造として、商人や貴族の役割には定員があるんだ。これからは貴族と商人で椅子の奪い合いになる」

「……あっ、貴族は世襲制だからポジション数は増えないけど、商人は誰でもなれるから、無限に商人が増えていく……?」

 貴族は一つの家に一人の当主。後継ぎは当然、一人だけ。家の数も稀には増えるけれど、滅多にないことだ。

 直近ではハインリヒさんとニーナ。けれど、二人が賜ったのは騎士爵。男爵の下で、一応貴族ではあるけれど、どちらかというと名誉の称号という面が強い。領地に関しても、アルバンが与えない限りは得られない立場だし、今回のハーゲル家の家名も称号も一代限りとの制限が付いている。ハインリヒさんとニーナ、それぞれが騎士として活躍したから、活躍した個人にあげますね、ということであり、ハインリヒさんとニーナの配偶者は騎士爵家の一員としてハーゲルの名を名乗れるが、次の世代に関してはその限りではない。

 爵位を与える、新たに貴族家を作るというのはそれぐらい難しいことなのだ。

「正解! まあ、現状としても貴族の次男以下、家督を継げない人が商人になることはあるけど、それでも実家との縁を切ったりはしないのが大半だからね。貴族から商売人になった人は、いざとなったら領地や実家のために資産を使うことが多い。対して商人はその柵がないから、自己の利益を優先してのみ動ける。そこがポイントなんだ。国益を考えると、確かに経済が活性化するのは良いことなんだけど、流れによっては他国に物やお金が流出していくことになりかねない。商売はどこの国でも出来るからね。商人が台頭すると、他国が経済的な工作活動を仕掛けやすくなったりもするし……それを考えると、商売でも貴族家同士で連携して対抗するのが必要になってくる」

「あ、だからスマラクト侯爵やコンラートさんと仲良くしているんですね?」

 あの二人は間違いなくまともな貴族なので、しっかりお金を儲けて領地に還元するし、いざとなったら間違いなく国のために動いてくれるだろうから、アルバンとしてはそれもあって仲良くしてる面もあるんだろうな。

「グリンマー家もだよ。主に手段は貿易だけど、あくまでもこの国のため。領民のため。君のご両親は素晴らしい人たちだよ。グリンマー子爵家が東と南で活躍しているから、商人たちに対抗出来ている。おまけに、お義父さんもお義母さんも人柄が良くて社交的。長期に渡って、間接的に外交の助けになってくれているから、本当に有り難いよ」

 確かに私の実家、グリンマー子爵家は地味に、だけど堅実にやっているし、貿易で儲けてはいるけど、一応は領地に色々還元している。あと、スマラクト侯爵から聞いて初めて知ったけど、特に東の国と昔からずっと仲良し。良い隣人としてやっているみたいで、お互いの利益になる商談とやらで頑張っているみたいだけど……んん?

「東とのパイプはもうあるから……ポコちゃんを外交官にする?」

「最高だ! ツェツィーリア、君は素晴らしい。グリンマー家は五百年前、国家の危機を救った。その際、東の国の大徳を招いているんだ。大徳は十二種類ある階級のうち、最上位。皇帝の右腕だね。東の国は実力主義の階級社会。でも、その実態としては実力プラス家柄で、個人が官僚として出世する。教育レベルは家柄と経済力に左右されるから、名家はある程度固まってるんだ。その大徳をクライノートに招待出来る。はっきり言って別格だ。我が国で考えられているより、東におけるグリンマー家の重要度は高い。だから、東との関係構築の補強として、ポコちゃんを将来的にグリンマー家の当主に据えて、外交官を兼任させる!」

 お、おぉ、なるほど。確かになんか、その理屈を聞いたらいけそうな気がしてきた。

 うん。理屈はわかる。

 でも、それでもだ。

「ち、力技過ぎませんか……?」

「それでもやる! 僕は決めたよ。家族の、子供たちの幸せのために……今日から教育パパになるよ。ツェツィーリアも協力してねっ! 僕があの母親みたいになりそうだったら止めてねっ!?」

「あっ、はい」

 アルバンは真剣に不安みたいだけど、教育虐待、正直全く心配していない。

 鞭とかご飯抜きとか、そういったものとは無縁なのが私たち夫婦。結婚してすぐの頃は気に入らない使用人を鞭で〜、とか言っていたが、私がヒエエそんなものとは無縁なのが我が家です、と正直に言ったらアッサリとじゃあそれで、なんて決める感じなのである。そもそも我が家には乗馬用以外に鞭などないし、その鞭だって厩舎にしか置いてない。

 加えて、末端の使用人に至るまで全員毎食お腹いっぱいお食べ、そしてバリバリ働きな、というスタンスを私との結婚前から貫いているため、子供の食事を抜くなんて心配、全くナシ。ミスって花瓶落として割った新人メイドだって晩御飯抜かれてないくらいだし。

 締めるところは締めるが、ちゃんとやることさえやってれば他は甘々なのがアルバン。妻ラブ男だから、その妻である私との間の子供だってしっかり大事にすることは既に知っているので、むしろ、教育パパになろうとすると結局甘々で上手くいかなさそう。そこだけちょっと心配。

「分かりました。もう二人ぐらい産んでみてもとは思ったのですが、後から産まれる子も上の三人と同じようなら、もっと大変でしょうし……とりあえずその方針でいきましょうか?」

「えっ、ツェツィーリア、あと二人も産むつもりだったの? 駄目だよ。妊娠も出産も負担が大き過ぎる。今回だって手術になったし……エリクサーがあるとはいっても、妊娠の過程で何かあって、服用のタイミングを誤ったりしたら、身体的には回復できても、心理的に大きなダメージを負うことになる。僕は反対。三人までにしておこうよ」

 家長権限で却下されてしまった。

 ワンチャン、あと二人ぐらい産んだら白銀以外が産まれたりしてくれないかな〜? なんて思ったんだけど、五人も産んで全員白銀とかなったら国家どころか、いよいよ世界のパワーバランス大崩壊なので、確かにやめておいた方が良さそう。

「分かりました。確かに、思った以上に辛くて苦しくてしんどくて面倒臭かったので、やめておきます」

 産むと決めたら途中で止められないのが妊娠と出産。城に入ってお腹が目立ち始めてから大変だった。情緒不安定になるのが一番面倒くさい。シンプルに頭が疲れるし、ずっと体調がどこかしら良くないのが原因だと思う。

 でも今は平気。エリクサーって凄い。

 だけど、世間の普通の妊婦や経産婦、エリクサーなしで頑張っているんだよな? 私は今回も世間の平均よりかなり楽をしました。やや後ろめたい。でも反省も後悔もしていない。痛いのも苦しいのも怖いのも嫌。なのでもしまた間違って妊娠して子供を産むことになったとしても、麻酔もエリクサーもバリバリに使う。絶対にだ。

「かわいい子を二人も授けて、本当にありがとう。愛しているよ、ツェツィーリア……!」

「頑張りました」

「そうだ、名前、どうする?」

「前回は私が付けましたし、今回はアルバン様がどうぞ」

「うーん、でも、二人だし……前と同じでいかない? 女の子は僕が、男の子はツェツィーリアが名前を付ける。特に、ポコちゃんはグリンマー家を継ぐんだから、僕より君が名前を付けた方が良いよ」

「ガンちゃんはもう決まっているんですか?」

「うん。アマーリア。僕、ツェツィーリアの名前、とても綺麗な響きだから、大好きなんだ。だから娘が生まれたら、似た響きの名前が良いなって……!」

 生まれたばかりだというのに、既に娘に対してメロメロな父親としての道を歩み始めている、だと……?

 確かに、アルビレオの時も女の子だったら付けたい名前があるって言っていたし、アルバン的にはガンちゃんの命名権があればそれで満足なんだろうな。

 こっちのポコちゃんについては、うん、私に命名権を貰えると有り難い。私の実家を継いで貰うのだし、それならアルバンではなく私が命名しました、と言えた方が心象的にもスムーズだろう。

 アルビレオ同様、生まれた時から苦労することを私と世間によって運命付けられてしまっている我が子たち……気の毒だが、強く生きていって欲しい。子煩悩なお父さんが、多分力技である程度はどうにかしてくれるだろうから……!

 流石に申し訳なさを感じるものの、しかし、やはりあのクズな従兄弟に実家を渡すのと、ポコちゃんに託すことを天秤に掛けると後者に物凄い勢いで傾いてしまうため、これは不可避の運命。

 この母のもとに産まれたことを恨むが良いよ。

「では……オーギュストにします」

「良い名前だね。オーギュスト、アマーリア、よろしくね」

 こうして、次男オーギュスト、長女アマーリアが家族に加わった。



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