第三百十一話 VS新納魁世Ⅸ魔王討伐
どうもコガミには魁世が自分に対して話してくれていないと感じ、寂しくなった。
「その懐の中に俺様の居場所は無いか。ニィロォウ」
「あるわけ無いだろ。お前は榛名さんを、惟義を殺した不審者、亡骸は鳥獣の餌。その前にここで僕をスッキリさせる材料になってもらう」
「なら——この顔ならいい?魁世くん」
コガミは顔を手で覆い、とある委員会の力から喰い奪った能力、万態変化で能代榛名の貌になった。魁世の円環が驚愕で小さく締まる。
黒く美しい長髪に母性ある声、思慮を感じる瞳は一目では榛名に相違ない。
体格は美彫刻なコガミのままで、榛名を貌で美の均衡を欠いた姿。コガミは魁世の激昂からの精彩を欠かせることを狙った。この貌で「魁世くんがイダリア島に派遣したせいで殺されちゃった」とでも言ってやろうかと微笑む。
しかしながら、魁世はコガミの想像の斜め上をいった。円環をぐにゃりと歪ませ憎悪の滲む声で叫ぶ。
「その模造顔だけ切り取って執務室に飾ってやる。そのまま動くな!」
「うわあキモイー」
魁世は大元帥軍服から、製鉄所で鋳造し軍務局で編み込まれた鋼糸を取り出す。慣れた手つきで鋼糸を操り、まるで蜘蛛の巣に絡ませるようにコガミの首に鋼糸が巻き付けられる。そこから魁世はコガミを三角締めの要領で地面に倒し、コガミの首筋に絡まった鋼糸を力いっぱいに引きはじめる。
鋼糸。有刺鉄線をつくる一計画の中で熟練技術者に魁世がアイデアを伝えて完成させたこの硬い糸は、とある委員会の元・図書館長を国家元帥の要望で捕縛するため仕方なく手にしていた代物。扱いの練習は、夜中の大幕営にフィーリアが相手になった。
コガミでも魁世が鋼糸を武器にすることは知らない。いきなりの新兵器と魁世の奇怪な言動に拍子抜けして、異能力:万態変化を解いてしまう。
「さっさとあの模造顔に戻れ。戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ——」
倒れ伏したコガミは首にきつく締まる鋼糸をつかみ、必死の形相で拘束されていない足を暴れさせながら鋼糸の拘束を緩ませようとする。
「か、かっこいい台詞謂わせて。きめ顔で決闘させて……おご」
暴れていた四肢の動きは幅を小さく、力を失っていく。
「これは嫌、すごく嫌。まって……まっ」
円環を歪ませた魁世にその声は届かない。
「はやく戻れ。模造でもいいからまた見せてくれ。頼むから、頼むよ、なあコガミ」
コガミの最期の台詞は、濁音の混じる鳴き声にしか聞こえなかった。
「あえ」
コガミと魁世の決戦が終わる。
鋼糸による首を絞め切る拘束で脳と四肢の結合が損なわれた。仮に魁世が拘束を緩めたとして、コガミがこれまでの力を発揮することは無い。そして過程を考慮する以前に、コガミの身体はあっさりと死を迎えた。
しかし魁世はこのままでは結界を脱することは出来ない。コガミの結界はウォーテルローで死んだ多くの魂をエネルギーに発動された。演算機関の消失は結界の変化を出来なくさせたが、結界の維持にコガミの魔力は関係ない。
発動したコガミに魁世諸共爆散する気は最初から無かった。暴発を考慮しない無理やりな攻略、トリフォン少将やニュウタバルらが行った止めどない砲撃を行い続ければ、もしかすると魁世救出が可能だった。ただしコガミの心変わりを考慮しなければの話だったが。
それでも結界は崩壊する。それはコガミの死によってでは無く、内側から翼つき大目玉の大出力からくる破裂によってだった。
「爆発音……?」
榛名の模造も出来なくなったコガミの亡骸に用は無い。魁世は白い空間に立ち尽くし、立っている地面から聞こえてきた腹の底にくる音に耳をすませる。音の正体を確かめる間もなく地面に亀裂が走った。
光の巨大な柱が、中央から大音量をたてて突き出、更に天蓋をこじ開ける。ついに馴染んだ大空が見え、陽光が刺す。
「うわっ!光線⁈」
いったん空間の縁に退避した魁世に、聞き馴染みのある、どうしてか何年ぶりかにも錯覚する声が聞こえる。
「おい聞こえるか魁世貴様!そこにいるのは俺達の魁世か⁈」
「ん?んんん???直?」
光の柱によって生じた穴から現れたのは、直に明可たちカイザー救出の十人。
半分真面目な顔で、直は魁世に近づこうと明可たちを手で制した。
「いいやまだ安心するのは早い、これが俺たちの魁世か確認が必要だ」
亀裂が走り、足場が揺らぎはじめた結界の中。直の呼びかけに明可も半分笑い気味に応じた。
「たしかに。魁世、俺達の魁世か証明してみろ」
「意味がわからない。僕は僕だぞ。証明なんてしないからな」
自分のいた空間の下で何があったのか知る由も無い。魁世の困惑には流石に琥太郎が助け船を出した。
「隻眼の魁世がもうアナザー魁世は出てこないって言っていたじゃないか。たぶん本物だ」
この間にも結界は崩壊を続けている。堰を切って消滅するまでもう間もなく。
「どう見ても魁世でしょ」「やーだから、オレたちの魁世かの確証を」「陛下!陛下ですよね!さあ帰りましょう!」
藍、琥太郎、ラウラとは違い、昌斗は崩れつつある結界の状況を警告する。
「お前たち。あと僅かで結界が崩壊する」
十人の中にエルジェベート・ハーニアを見つけ、魁世は冷や汗をかいた。
「きゅ、吸血姫殿。お久しぶりです」
「よかったな、戦友が助けにきた訳だ。偏屈な考えは変わってないようだし、皆の知るニイロカイセで違いない」
とうとう為信が青筋を浮かべる。要塞の崩壊は今日で経験していても、自分たちを包む結界の崩壊は未だ経験が無い。
「おい!お前ら新田の声が聞こえなかったのか⁈もう崩壊だ。落下する前に——⁈」
結界は崩壊する。溜めていた魔力を霧散させていきながら、隔壁は崩れて細かく粒子となり、風に乗って消えていく。
すっかり夕日は落ちる。大幕営で待つ雨雪たちの目に満天の星空が映りはじめた頃、漆黒円蓋は静かに、そして急速に崩れていった。
煌めく星には目もくれず、ただ漆黒円蓋を見続けていた黒曜石の輝きをもった瞳に、十数人の人影が映る。
雨雪が、フィーリアがそこへ走る。トリフォンら他の諸将も気づいて走りだす。
魁世は自分たちを囲うように集まりだした者達を見て、最低限保ってきた最後の緊張が解ける。ずっと戦い漬けで、もうまともに言葉を出す気力もない。
「うわわわぁ」
そのまま走り寄ってきた雨雪の胸に体を預けた。
……
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