第三百八話 VS新納魁世Ⅵ百花繚乱
隻眼の魁世が明可たちに己の心臓の有効活用方法を伝授していた時、ヒメ魁世は不釣り合いに大きな大鎌を持ち、口を熟れ過ぎた苺を裂いたような笑みで藍やラウラ、寧乃、吸血姫エルジェベートを睥睨する。
「ここだと不利かな。囲まれちゃう」
途端にヒメ魁世は跳躍して、アナザー魁世のつくった柱の上に立つ。蠱惑に振って藍たちも登ってくるように誘う。
「誰がおんなじ土俵で戦うって?」
藍は吐き捨てて、吸血姫エルジェベート・ハーニアが無言で蓬髪を操り、幾つも触手のように伸ばして、ヒメ魁世の立つ柱を下から破壊する。更には足場の方へも直接攻撃を
「それイイね!僕も真似する」
崩落する足場から、円蓋の内周に並び立つ柱の上を姿勢を低く走る。ヒメ魁世は大鎌を大手に振り上げ、藍たちのいる方へ勢いよく投擲した。
巨大な刃をもつ大鎌が回転しながら迫ってくる。藍たちは固まるのを避け、分散した。
よく見ると大鎌の柄の下端に長い鎖が繋がっていて、それをヒメ魁世が握っている。投げては重力を無視したような勢いで大鎌を引っ張り、手に戻せば速攻で再投擲する。
大鎌が何十本も無ければ説明できない程の連投。されどヒメ魁世が持つ大鎌は僅か一本。藍たちのいた場所とその周辺一帯には深い斬撃の痕とクレーターの如き打撃痕が量産され、粉塵に一帯が包まれる。
「あーん周りが見えなくなっちゃた」
巻き上がった粒子や砂塵がヒメ魁世の方まで昇ってきて、視界を遮る。
一瞬の弛緩の後、ヒメ魁世の両側から、柱と柱の間に鼎立した廊下を豹のような速さで奔ってきた大皇国の諜報機関たる八機関室長代理・藍の闇に紛れた特殊短刀の一突き、大皇カイセの保衛部長・ラウラの元修道女らしからぬ容赦のない金砕棒が叩き込まれた。
次いで魔術総監・寧乃から魔法が発動される。
特等機密魔導書001、7ページ、第九項、溶銑射出砲
つい先日、寧乃が魁世施策の出来たて製鉄所で生み出されていた溶けた鉄、溶銑から着想を得て再現した一閃入魂の高度な灼熱の質量をもった熱線が放たれる。これは魁世と寧乃の共同で編成した魔術大隊との演算共有を行った魔法では無いため、寧乃が一人で行使したものになる。これで決着をつけると唯ひとり意気込んで。
質量をもった赤橙色の熱線が、吹きあがった粉塵を消し飛ばして急進する。周囲の粒子はガラスの粒子となって、この白い大空間がもつ光源のわからない光で煌めいた。
舞い上がった塵は晴れる。
「やるじゃん。皆」
大鎌を軽々と両肩に乗せ、魔性な笑みを浮かべていた。
全ての攻撃を大鎌を優雅に廻して防ぎ切り、さらには寧乃が放った溶銑射出砲を、大鎌を正面で高速回転させて自分を除く周囲に撒き散らさせ、藍とラウラへのカウンターとした。結果として藍とラウラはその場から緊急の退避をせざるを得ず、数の有利を活かせていない。
周囲には分裂し四散した熱線の残りが焼痕をつくり、アナザー魁世のつくった石英の古代宮殿は無残な姿を晒す。
「もう寧乃はこれから二十四時間は大技の魔法は使えないね。努力家でも演算容量はどうにもならない。これ以上おなじ魔法をやったら発動前に脳が焼き切れる」
悠々と、柱とその上に造成された廊下を歩く。ヒメ魁世の視界に藍たちは無い。
「敵と認定した存在を全身全霊で叩き潰す。とっても良いと思うよ。けど逃げられる状態なのなら、それは全力じゃない」
「今、いま死ぬ気になって脳みそが酸欠状態になってでも、もっと強力な魔法を繰り出すべきだったね。ほら、失うことを恐れているから駄目なんだよ!」
ヒメ魁世は気が触れたように、大鎌を振って柱の一つを破壊する。視界に人影があったからで、崩れ落ちる真っ白な柱は新たな粉塵をつくる。
「かくれんぼとか最悪だよ、やっぱり喪失を恐れている。ね、吸血姫——」
響き渡るのは衝突音。吸血姫エルジェベートの鋼鉄程の硬度をもたせ躍る蓬髪と、ヒメ魁世が振り返りざまに振った大鎌が火花を散らした。
「そういえば、“そっち”の明可とはどうなった?」
花の香りをもたせた吐息に、エルジェベートは無視を決めこみ、波状攻撃を仕掛ける。
それも型が見えない一本の大鎌に捌かれていく。攻勢をかけているのに、臆する様子もなく距離を詰め、目の間で飛び交う殺意を乗せた蓬髪の連撃を物ともせず、鼻息の聞こえそうなところまで顔を近づけてきた。
「“こっち”の明可はね、僕が寝取っちゃった」
エルジェベートは頭が真っ白になりかけて、止めた。代わりに波状攻撃の密度と速度を上げていく。
想像もしたくない。ただ、明可には寿命があって、いずれは離れてしまう。エルジェベートは途端に頭に渦巻いた暗雲をどうにか霧散させる。
「可哀そう。なんなら僕のところに来る?」
だんだんとエルジェベートが後ろに足を下げ、ついに大鎌が首に到達しようかする一瞬。ヒメ魁世の足場から特殊短刀が現れた。
藍は柱の陰、そして廊下の真下に這い、驚異的な身体能力と隠密、覚醒能力である自分あるいは対象者数人の存在を認識出来なくさせる力をつかう。
しかしヒメ魁世の勘は藍を見逃さなかった。見えない筈の特殊短刀を蹴り上げ、隠密必中の一撃を防いだ。
「あっははぁ、たとえ存在が消えても藍のこと忘れるわけないじゃん。——子宮を掻き切ってあげるね」
大鎌はその大きさを活かして踊る。
ぎりぎりで後ろに下がれた筈の藍に、下腹部で切り傷ができていた。藍は途端に腹を押さえて跪く。
ヒメ魁世がエルジェベートを大鎌の柄で対処しつつ、藍のいる方へ懐から何かを取り出そうとするが、頭上から飛び上がった何かを見た。
「ん?」
「貴女は私たちのカイセ陛下ではない‼」
跪いた藍の肩を飛び台にしてラウラがヒメ魁世に飛び掛かった。
何故だか愛用の金砕棒を手にしていない。ヒメ魁世は知らぬことだが、ラウラが常用する金砕棒は彼女が尉官級つまり士官になるとあって当時の魁世から与えられたものになる。
ラウラは大鎌の刃に近い柄を掴んだ。それと同時に、下の方に隠れていた寧乃も身を乗り出し、魔法を発動させる。
教科書99ページ、第八項、刹那静止
瞬きを何千と刻んだ時間、刹那の間だけ、たとえヒメ魁世であろうと動きは静止する。
それでも、藍にはそれだけの隙があれば十分だった。膝を屈していた筈の藍は、太腿に装着していたナンオウ式拳銃09特務機関使用を握り締め、ヒメ魁世に向けて発砲した。
「え今⁈」
ヒメ魁世には藍たち四人が連携のとれているようには見えていなかった。実際に彼女たちがこうして即興のチームを組んだのはつい先刻であったし、互いに濃密な仲でも無かった。
それがこうも連携して現状最高の機を見計らい、新手の武器で避けれそうも無い凶弾を撃ってきた。
六つの薬莢が煙を伴にして飛ぶ。真鍮の薬莢が音をたてて落下した時には、ヒメ魁世の身体に全弾が命中していた。
「——あ、」
それ以上の言葉を喋ることはできなかった。よろめいたヒメ魁世の体を、吸血姫エルジェベートの蓬髪の全てがヒメ魁世を貫通させ、斬り刻み、あれだけ見せつけてきた自称ヒメの美人顔も肉塊にして、体躯の各部位を断絶させた。
円環の瞳に光は無く、その妖艶な身体は倒れ、渡り廊下から崩れるように、鈍くも大きな音を立てて落下した。
今際の際の叫びも無く、生物らしく筋肉を忙しなく引きつけたが、それも大人しくなって遂に動かなくなった。
柱と廊下の上からそれを睨み、藍は吐き捨てる。
「あー、最悪」
拳銃を仕舞った藍は、ちょうど明可たちも終わったようで、彼等の姿を見つけた。
そうして藍たちからすれば唐突に復活するアナザー魁世。彼の躯体は黒鉄の触手を吐き出しながら四対八翼に円環の瞳の巨大な怪物に変貌し、空中に浮き上がった。




