第三百五話 VS新納魁世Ⅲ
未だ明可たちは黒鉄の触手に手一杯で、本体のアナザー魁世に手も足も出なかった。
しかし唐突に、黒鉄の触手の動きはぴたりと静止する。為信の手には真っ赤に僅かに膨らんでは急速に萎んでいくのを繰り返す生温かい物体を手にしていた。
崩れるようにして後ろに倒れるアナザー魁世。何故だか口元を緩めたかに見えたが、為信は意図を探る気はなかった。生えている黒鉄の触手はぴたりと動きが止まり、そのままゆっくりと黒い粒子となって消え始める。
意図のない戦闘終了。後ろで何があったのか、明可は周囲を確認する。そして為信の右手で視線は止まった。
「浪岡それは」
明可は為信の右手でボールのように飛び上がっている真っ赤なソレを凝視する。
「俺は、認識できた物体二つの位置を強制的に変更するマジックが使える。さっき拾った石ころと魁世の心臓を置き換えた。なんだよ、魁世から聞いて無いのかよ」
驚愕の事実に、為信を除くその場の面々は瞠目する。
魔術総監の寧乃はその聞き捨てならない情報に事実確認を急く。
「は?マジック?覚醒能力じゃないの」
「いや知らねえ。だが、確かに魁世が周知しなかったのは正しかったかもな。なんせクラスメイトを敵に明け渡すような俺がこんな必殺の手を持っているって知れば、お前ら俺を殺してたろ」
そう影をつくった為信に、しかし明可はまっすぐな眼で答えた。
「殺すわけ無いだろ。お前だって同じクラスメイトだ。それに為信、下らない“もしも”を話しても時間の無駄、だろ」
過去の選択が変わった未来を考えたって仕方ない。想像するのは自由だが、それが今にどう関係する?明可はそう考える。
為信からすれば、かかって来るなら殺すことに躊躇はなかった。群蒼会であれ、何であれ。ただ、こうも曇り無き眼で返されては言葉に詰まる。
ようやくこれで終わるのか。魁世を殺すという胸糞の悪いことを終えられるのならそれに越した事はない。なのに琥太郎は悪寒を覚える。
身体の最重要部である心臓を手のひらサイズの石に変えられたアナザー魁世、彼が倒れたことは彼の死を意味する筈。なのに身体は未だ何処から殺意を感知し続けている。
勘めいた警報の正体はすぐに現れた。
突如、為信の背後の空間が歪む。出現したのは大きすぎる大鎌を持った振袖の女。花が匂いを香らせるように殺気と瘴気を放つ。
為信はすぐさま振り返ったが、振袖の女の方が早かった。女は間髪入れずに手にしている巨大な大鎌で軽々と為信の右手、アナザー魁世の心臓を握っていた片手を、容易く切断した。
自由落下する心臓握りの右手。為信は倒れるように琥太郎たちの方へ退避する。
「浪岡⁈」
したたり落ちる血液を筋肉の収縮と気合いで止血する。苦悶の呻きを口の中で噛み切るが、急速の発汗と動揺はどうしようも無い。為信は腕を一刀両断してきた女の顔をみて目を見開き、呻くように溢す。
「……能代……榛名じゃねえな」
目の前には裾を乱暴に引き裂き、黒雲をあしらった振袖を着る女。逆手に握る黒影を写す大鎌には長い鎖が絡みついて、刃先からは血が滴る。
「うん?僕は魁世だよ。目を見たら分かるよね」
やや垂れ目で瞳孔には円環が浮かぶ。足元に届こうかと延びる長髪は先端で雑に一つ纏め、その煩雑だが艶のある黒羽色の髪がどうしようもない蠱惑さを醸す。
為信はそれを見て、ほとんど忘れていた能代榛名の名が浮かんだ。
もう何のことも分からない。興壱は吐き捨てた。
「今度はメス魁世、しかも僕っ娘かよ」
「そんな他人行儀な言い方しないでよ興壱ー。じゃあ、ヒメ魁世って呼んでっ」
鈴音のように可愛らしい口調が、婀娜で肉感的な肉体には不釣り合いだった。
妖艶に満ちた円環の瞳が輝く。日光も届いていない白く光るだけの空間で、黒羽の長髪は揺れるたび艶かに煌めいている。
なぜか昌斗、直に藍も顔を見せない中、明可は睨んだ。
「一体なんなんだ。お前、いやお前らは」
「コガミ・ガイゼンに召喚されたどこか別の世界にいた魁世。異世界召喚だよ、みんな一度は経験したよね」
先ほどの口も開かないアナザー魁世とは打って変わり、あっさりと明かしたヒメ魁世は明可たちの思考整理を待たずにすらすらと流していく。
「そこの寝ぼけてる触手うねうねタコ魁世だってそう。精神はコガミ・ガイゼンに支配されて、興壱たちを殺すように仕向けられてる。囚われている方の魁世はこの空間の上にいるから、天井を破壊すればコガミと一緒に会えるよ」
黒鉄の触手が粒子となって消えていくアナザー魁世を指差し、次に真上を指差した。どうしてか指の所作でさえ息を飲む美麗がある。
「とても精神を支配されているようには見えないけど」
「うん。そうだよ寧乃。気合いで耐えてる」
ヒメ魁世は打刀を振袖で優雅に挟んで血を拭い、舞うように腰の鞘へと戻した。
「僕はこの世界の魁世を殺して、彼の座る椅子を奪う。ちょうど僕のいた世界の方は滅んじゃったし、丁度いいんだー」
「ふざけるな」「ん?」
大皇カイセの保衛部長、ラウレアーナ・ビュワルツェンは、金砕棒を怒りを以ってヒメ魁世へ向ける。
「私にとって陛下はひとり、あの方しか有り得ない。尻尾を撒いてさっさと元の世界に帰れ。さもなくば実力で阻止する」
「ごめん、どちら様?」
元の世界への帰還を要求したのは、ラウラなりの温情だった。しかしヒメ魁世はそれを全く意に介さず、これが戦闘の合図となる。
元修道女は整った顔に青筋を浮かべ、金砕棒を嵐をつくる勢いでヒメ魁世にむけてぶん回す。つづいて明可たちもそれぞれ戦闘形態をとった。
飛んできた蜜蜂を避けるような危機感のない避け方をしながら、ヒメ魁世はささやかに花を咲かせる。
「喪失は人を変える。けど、それは喪ったら困るものが有るのがいけない。ひとは独りになって初めて自分を認識できる。だから、藍たちもまず全部失おうよ!」
過去も、未来も、悉く捨てる。さあ一緒になろう
「じゃ、順番とか気にしなくていいから九人全員一斉に来て。全員から奪ってあげる」
片腕を失った身体に馴れないまま、為信は即座に興壱のところへ走り、彼を掴んだかと見ると柱の上に立つ藍の姿を視認、能力をつかって興壱と藍の位置を換えた。
「戦闘員の配置転換、そういう使い方もアリだね!惑星の配置転換とか出来そう」
弓使いの興壱を比較的遠距離に配置し、近距離特化の藍をヒメ魁世の方へ配置する。為信は誰の同意も得ることなくそれをやったが、誰も文句は言わない。むしろ定石の戦闘配置が出来て好都合。
しかし円蓋の戦闘は定石を無視した更なる混沌へと至る。
円蓋の縁、再び空間が歪み、黄金の甲冑に真紅の絹が織り交ざる具足を着用する男が出現する。右目は鷹の装飾が躍る眼帯で覆い、左目には円環が廻っていた。
「お、ここの直は眼帯持ち、オソロではないか」
明可ら、この世界にいる者達はその邪心に満ちた表情をする黄金の甲冑の男に、即行に敵と判断する。
琥太郎がハルバードを構えながら、再確認を行う。
「あなたもですか」
「当然僕も新納魁世。うん、かっこよく隻眼の魁世とでも呼んでくれ」
隻眼の魁世は兜から覗く円環を光らせ、瞳に掛かる髪を指ではらりと払った。
「案ずるな。これで異世界の魁世を召喚するのは三回、もうコガミ・ガイゼンという男は召喚の異能力を使えない。僕もお前たちを殺せと命ぜられて召喚された」
隻眼の魁世は袖に躍る真紅の絹を切り裂き、片腕を斬絶された為信の方へ投げる。
「それで縛って止血するといい。そうすれば戦えるだろ?」
わざわざと説明を終え、隻眼の魁世は名乗りを上げる。
「千年帝国ナンオウ大公、地上世界を治めし偉大なる女帝陛下の夫にして、征服した諸邦を治める大総督、隻眼の魁世!これより征服戦争を開始する‼」
繁栄するヴィーマ朝千年帝国を支配する女帝の皇配。
琥太郎には、別の世界の親友がろくな道筋を辿っていないことは想像できた。そちらの自分が魁世を止められ無かったことを想像し、乾いた笑いが出そうになる。
二人の魁世、十人の魁世を知る者達は、象牙色の柱に囲まれて古代神殿のようになった漆黒円蓋で紫電を散らす。
まず明可が吹っ切れた。
「もう知るか!組織がなんだと云って俺の戦いを邪魔しやがったお前を、俺がぶっ殺してやる!」
隻眼の魁世には明可、直、琥太郎、為信、興壱、昌斗が。ヒメ魁世にはラウラ、藍、寧乃、吸血姫エルジェベートが。
琥太郎たちの握る武器が猛然と振り上がったのをみて、ヒメ魁世は恍惚の表情で大鎌をはらい、隻眼の魁世は欣喜として腰に差す鉄扇と太刀を抜く。
「じゃ、しよっか」「戦争だ」




