第三百四話 VS新納魁世Ⅱ
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「あれは新納では無い。私たちの知る新納であれば、初手で持てる最大火力の攻撃を叩き込んでくる。間違っても順番に手札を晒し、相手に対策させる時間をつくるような真似はしない。少なくともそうはならないよう目指す」
黒鉄の触手を生やすアナザー魁世へ、走る新田昌斗は有効射程に入ると躊躇なくナンオウ式拳銃06を回転一周させた。六発撃ち終えれば普段なら回収する薬莢を、遠慮なく放り出して次弾を装填する。
発砲された銃弾はアナザー魁世の両脚に腹部、胸部そして淀んだ円環の瞳へ精密な弾道を描く。アナザー魁世の体でうねる触手がこれを受け止めるが、これは音が出て殺傷力のある陽動、本命は昌斗とは別方向から肉薄する直の槍撃と藍の短刀での刺突。
「お前を殺せるなんてなあ!俺らの魁世を見つけたら、お前の無様な敗北をたっぷり聞かせてやるわ‼」
幾多の戦場で荒々しく練り上げた槍術で、精緻に磨き上げられた槍先がアナザー魁世の首元へ繰り出す。藍は豹を想起させる俊敏で曲芸的な動きでアナザー魁世の視界の外から彼の腹部へ刃先を伸ばした。
「内臓かき出してあげる」
直と藍の一撃は狙いは必中、速度は十分。これで斃れぬ者はいなかった。
するとアナザー魁世はその場から下がることなく、瞬きを何千と切り分けた時間の中、逡巡なく動く。
二人の攻勢に対し、アナザー魁世は直の槍撃を紙一重で避けると同時に重厚で神速の剛拳を直の腹筋にめり込ませ、続けざまに下から忍び寄った藍へは下腹部を真っ黒な革の長靴で蹴り上げる。人間二人を軽々と円蓋の天井へ弾き飛ばした。
二つの人型物体を拳と足で投擲した刹那、続いて上下非線対称の長弓から剛矢が放たれ、濁った円環双眸の中間、眉間に突き刺さった。
反動か、アナザー魁世の頭部は後ろへ仰け反る。
「刺さったか⁈おい!どうなんだ!」
矢を放った興壱が、苛立ちながら前衛にいる明可へ声を荒げる。アナザー魁世が直と藍を相手する隙をついた行射。これまでの興壱の経験からして今の射撃で当たらない筈が無かった。中央に立つ自分達の知らない魁世を見た時、その狂暴凶悪を目にした興壱は、百発百中を誇ってきた自分の放つ矢が当たらないかもしれない、そうした想像がついてしまっていて苛立っている。
返ってきたのは絶句混じりの信じがたい事実。
「刺さってない!あいつ、飛んできた矢を歯で、噛んで受け止めやがった……⁈」
直後の挙動とは打って変わった動作で、アナザー魁世はゆっくりと顔を前になおす。
興壱の放った矢が鏃を上下の歯で挟まれていた。歯を見せていることでどこか笑っているようにも見えて、明可は腹から込み上げてきた恐怖を喉元で押し留める。
「⁉」
まともに受け止めようなら自分達は絶命する。明可の声を掻き消すように、今度は二〇以上の広がっていた触手が、今か今かとアナザー魁世の意思を待っていたかのように黒鉄の触手の鋭利な先端が一斉に蠢きだし、明可たちへ襲い掛かった。
とくに指示することもなく、太刀二振りの明可が和弓持ちの興壱の前に立ち、斧槍——ハルバード——持ちの琥太郎が魔法使い寧乃と金砕棒を握るラウラの正面に立った。
縦横無尽。凶悪な殺気をもった纏った黒鉄が明可たち七人を囲い、不快な、耳に障る空間を切り裂く音をたてながら明可たちの四肢を狙う。
それを明可と琥太郎は太刀に斧槍と、まさか鋼鉄の硬さと肉塊の柔らかさをもった丸太のような触手を相手するとは想定していなかった武具で、刃先で黒鉄触手を秒針が一度動く間に幾度も、無限かと錯覚する触手の連撃をどうにか受け流し、切り傷は幾つも出来ながらも致命傷は防いでいく。
「アシガラ大警視!私も戦えます」
魁世からの愛称はラウラ、ラウレアーナ・ビュワルツェン保衛部長は、自身の前に立ち塞がる形となった琥太郎の背中に守備不要と伝える。
だが、琥太郎は殊に戦闘では冷酷で非情だった。
「申し訳ないですが保衛部長は“あの魁世”を殺すことに躊躇いがあるように見えます。感情を整理する、ないし一旦無にできるまでは戦闘に参加しないで下さい」
ラウラは愕然とする。大警視琥太郎に自分が未だ金砕棒を力強く握れていないことを見透かされていた。
「保衛部長、いえ、ビュワルツェンさんが魁世に何を望んでいるのかその全部は分かりません。ですが、ビュワルツェンさんは魁世を“ああ”なった未来をそう悪くないと感じているのでないでしょうか」
丁寧に、彼なりに細心の注意を払いながら、それでも防ぎきれなかった黒鉄触手から体中に傷を受けながらも続ける。
「個人的には、ぼくはその未来を望みません。今のぼくらがあるのは、今の魁世と一緒に進んできたからで、あのような悪の大魔王になった魁世ではない筈です」
目の前にいるのは瘴気や殺気を撒き散らす魁世。琥太郎にはそれが良いとは到底思えなない。そうした姿になっていく魁世は、友達としてはとても受け入れられなかった。
「だから今、決めて欲しいです。僕らの魁世を救うため、あの僕らの知らない魁世を一緒に倒しましょう。では」
そうして琥太郎は目の前の敵へ集中する。
もしかすると、寝返ったラウレアーナ・ビュワルツェンに打突されるかもしれない。考えないことも無い琥太郎ではあったが、ならばたとえ魁世の側近であっても即刻殺害するしかないと決めていた。
琥太郎はこの世界に召喚されて、南奧州にやってきて四年間、変わらず地域の安全と治安を維持し、領民との共存を企図し、幾度も土を舐めることがあっても実行し続けてきた。広義的警備と称して内諜、第三事務とも呼ばれる八機関とはまた別に州内で諜報活動を行い、異世界合同委員会の工作員はもとより、千年帝国の貴族が放った密偵を捕らえ、“極めて強度の尋問”も一度や二度では済まない。
こんなにも手の汚れた自分に、朽木早紀が振り向いてくれることは無いだろう。それでも、己の職務が確実に群蒼会の皆や領民の為になると信じて。いつしか琥太郎は心に鬼を飼っていた。もう棲み着いてしまっている。
「ふっざけないで下さいな!私はニイロ様の保衛部長、あの方だけの暴力!ニイロ様にお仕えする暴力!別世界の神なぞ知るかァァァ‼」
ラウレアーナ・ビュワルツェンは琥太郎の横から更に前に出て金砕棒を振り回す。たしかに黒鉄の触手は弾かれ、その光景に受け流すことが精一杯だった明可は肩で息をしながらも驚嘆する。
たしかにラウラは魁世に似た、彼とおなじ円環の瞳をもった中央の人物を、またどこかの神と認識する。
しかしその者は自分の接してきたニイロカイセでは無い。むしろ教義の異なる悪神か邪神の類い。これは聖戦、どこかに囚われた神の揺籃をお救い奉るその緒戦とラウラは規定した。
黒鉄の触手は機械的になって新たな戦力、ラウラの急進に対応せざるを得ない。
明可にしても、師匠の吸血姫エルジェベートが特訓でつかってきた自由自在な蓬髪の連撃を相手してきた経験がここにきて生きる。未だ大きな傷は追っていなかった。
これから魔術総監で群蒼会一の魔法使い高坂寧乃が発動する大魔法の火力をアナザー魁世に叩き込む。明可は次の手を模索しながら、吹き飛んだ直と藍そして昌斗を一瞬の息継ぎの間に探す。
ところが先に視界に入ったのは直接攻撃しに行った三人の姿ではなかった。
白い半円ドームの壁沿いに、哲学と都市国家の古代神殿をおもわせる柱が等間隔に、そこから渡された空中廊下がそびえ立っていた。明らかに先ほどまで無かった代物に、明可は防戦一方の汗を拭う暇もない中でも困惑を隠せない。
「あの柱と、渡り廊下はなんだ?」
どうしてあんなものを生み出す、否、創造する必要があるのか。というより、もしあのような事ができるアナザー魁世の自由な空間なのであれば、自分たちを殺すことなど赤子の手を捻るより簡単な筈。明可には結論が出せない。
「知らん‼アナザー魁世がやったんだろ!」
呟きに次々と矢を番える興壱が叫んでくれる。
柱の上で動く物体を二つほど視認できた。恐らくだが直と藍だろうと、明可は二人が生きていることに両太刀を振るう中でほんの一瞬だけ安堵する。昌斗はどうせ生きてると証拠もなく断定している。
しかしアナザー魁世は柱の上にいる二人になにも攻撃をしていない様で、まさか殺しにかかるでもなく瀕死の状態なのではないかと激しく憂慮した。
「直!ちゃんと生きてるか!」
柱の見えない向こうから、直の槍が顔を出す。槍を掲げる力は残っているようだった。ところが藍からは反応が無い、明可には藍が深刻な状況と理解したが、ここからはどうにもできない。しかし、柱とそれに連なる二階廊下の存在が、アナザー魁世の剛力で吹き飛ばされた直と藍がそのまま落下の衝撃で回復不能の状態になることは避けられた。
敵前にしてどうにか味方を失わないことを最優先せざるをえない戦闘の中で、ひとりだけ戦闘の外にいた人物がいる。
正確には何本かの黒鉄触手を相手していたのだが、それはあくまで自分の安全を守る為。浪岡為信は覚醒能力を発動する。
「ニイロ!物々交換しようぜェ!」
為信が手にするはウォーテルローの野原にあった路傍の石。
「テメエの心臓と、その辺の石っころ。これが正当な等価交換だよなァァァ!!」
漆黒円蓋、その内部で一〇対一の戦闘が繰り広げられている。そしてあろうことか一〇の側が押されている。
この戦況が、他人事でない筈の為信には面白おかしくて仕方なかった。
為信には家族以外は知らない秘策がある。この世界に来てからは、面倒な相手を傍目では死因不明で殺す、物事を素早く進める際の奥の手。
あるときは自分を傭兵で雇ってきた大商人が決まっていた報酬を出し渋ってきたとき、あるときは旅の途中で訪れた村の農民から悪逆な代官の自然死を依頼されたとき、またあるときは心臓を悪くした我が子の心臓を、自分の心臓と取り換えてくれと子の親がせんができたとき。為信の能力はとくに彼の信念なく様々につかってきた。
能力は滞りなく発動される。




