【第26話】『 少女の試練 』
63.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第26話〉『 少女の試練 』
………あぁ、だめだ。
みんな死ぬんだ。私のせいで。私が、気を失っていたせいで。
また、あの日と同じだ。あの日と、あの夜と、同じなんだ……。
あの日、私が外に出たせいで、城は敵襲に遭った。
帰ったら、城は火の海になっていた。
熱風が吹き荒れる中、私の鼻腔を侵したのは、パチパチと脂肪が弾け、人間の肉が焼ける異臭だった。
焼け落ちる瓦礫の下では、いつも私をお姫様抱っこしてくれた心優しい近衛兵が、下半身を潰されながらも必死に這いずっていた。
「姫様……どこに……」
黒焦げになった腕で虚空を掻きむしりながら、彼は私の目の前で力尽きた。
私に花冠の作り方を教えてくれた若いメイドたちは、火だるまになって廊下を転げ回っていた。喉が焼け爛れ、悲鳴すら声にならず、「ヒュッ、ヒュッ」というおぞましい絶命の音だけが響く。彼女たちの顔の皮膚がドロドロに溶け落ちる様を、私はただ見ていることしかできなかった。
みんな、外にいるはずのない私を、火の海となった城の中で必死に探し回って死んでいったのだ。
そして、誰よりも強く、誰よりも私を愛してくれた最愛の父。
父は敵の刃を無数に受け、自らの内臓が零れ落ちるのも構わず、私を見つけるなりその血塗れの腕で強く抱きしめた。
『あぁ、マーフ……私の愛しい娘よ……。あぁ、ああ、神様、ありがとう。……良かった。』
私は父のそんな姿を見て、涙が止まらなかった。
あの優しかった父、時に厳しく恐ろしいと思った時もあった。しかし、あの大きな父の手がこの時ばかりは弱々しく、震えていた。
『泣かないでくれ、マーフ。……お前がこうして生きていてくれるなら、私の命など安いものだ』
半分炭化し、皮膚が剥がれ落ちた顔で、父は私を安心させるように、無理やり優しい笑顔を作ろうとした。
『…………あぁ……マーフ。愛している…………。』
父は最後にそう言い残して、少し安心したような笑顔のまま、私の目の前で炎に呑まれ、ボロボロと崩れ落ちたのだ。
仲の良かった兵士も、私を守る騎士様も、最愛の父でさえ、あの炎に包まれた。
思い返したその事実が、今になって呪いのように脳裏に蘇る。 私は本当は分かっていた。この世界がいかに残酷で、理不尽な暴力に満ちているかを。温室で守られていた哀れな花は、外の嵐の恐ろしさを知らなかっただけなのだ。
王族として守るべき民を、自らの騎士を、私は自分の愚かさで殺した。
私 が 殺 し た 。
熱風が私の頬を撫でる。
竜の巨大な金色の眼球が、ゆっくりとこちらを向いた。
私を捕食対象として、いや、路傍の石を退けるような無機質な目で見下ろしている。
「………………あぁ……どうしよう……!!」
………………どうしたらいい?! 私はどうすればいい?!
頭では分かっているのに、足は泥に埋まったように微塵も動かなかった。
「……グハッ…………はぁ、はぁ、」
喉はカラカラに乾き、呼吸の仕方すら忘れてしまったかのようだ。心は今も尚目の前の現実を理解しきれない。
「ぁ…………あぁ、あぁ!!あぁあああああああ!!!」
私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。こんなことになったのは私のせいだ。
…………ああ、神様。
もし本当にいるのなら、時間を戻して。
こんな私は、最初から、あの日の夜にお父様と一緒に死んでいれば……。
巨大な顎が、炎を纏いながら私に向かって大きく開かれた。
あぁ、そうか。私はずっと死にたかったんだ。死ねば良かったんだ。
私なんて………………。
「………………もう、やめてください。」
私は力を振り絞って声を出した。
父の形見である剣を杖にしつつ、竜に対して媚びるように近づいて言った。
いや、もう足に力など入らなかった。杖代わりにしていたはずの剣が、カランと力なく手から滑り落ちる。それを拾い上げる気力すら、今の私には残されていなかった。王国の誇りも、父の願いも、全てを自ら泥水の中に投げ捨てる。
私はふらふらと竜の巨大な足元へ歩み寄り、そのまま糸が切れたように両膝をついた。生ぬるい血だまりの中に両手をつき、地面に深く額を擦りつける。
かつて王族として誰にも頭を下げたことのなかった私が、知性すらない化け物の前で、泥と仲間の血に塗れながら無様に命乞いをしているのだ。
見上げることすらできず、ガチガチと歯を鳴らしながら必死に懇願する。
「…………お願いします。もうやめてください!!!これ以上殺さないで。殺すなら私を、私だけを。お願いします!!!お願いします!!!私、私は!!もっといい子にするから…………もう誰も殺さないで…………!!」
その幼く哀れな命乞いは、竜には届かずとも、血の海に沈んでいた者たちの耳には確かに届いていた。
「…………ひ、め…………さま……っ」
四肢を砕かれ、石畳の上でもはや息絶える寸前だったはずの数人の騎士たちが、その声を聞いて再び動いた。
泥と自らの血に塗れ、王族の誇りすら捨てて地べたで泣き叫ぶ主君の姿。それは彼らにとって、肉体を千切られるよりも遥かに耐え難い、魂を抉られるような光景だった。
「俺たちの……姫が……泣いている………………。」
「…………クソ……動け……動けよ……!!」
ボキボキと、自身の折れた骨が肉を突き破るのも構わず、彼らは血まみれの亡霊のように立ち上がった。折れた剣の柄を握り、千切れた足を引きずり、血の泡を吹きながら、再び私を庇おうと壁を作ろうとする。
「…………クソ……………………クソォ!!!」
「…………動け…………動け…………動けェ!!!」
私が彼らを助けるためにした命乞いが、皮肉にも彼らに限界を超えた力を振り絞らせ、再びその身を地獄の業火へと晒す結果を生んでしまったのだ。
「…………お願いします。何でもしますから、私の……お父さんの国を…………助けて…………。」
全てを投げ打った私の悲痛な声は、ただの餌が鳴いている程度の意味しか持たなかったのだろう。
竜は私の命乞いなど欠伸ほども気に留めず、無慈悲にその巨大な顎を開いた。迫り来る灼熱の吐息。地に伏せる私ごと、この地獄ごと奴の咆哮で吹き飛ばそうとした。
「姫様!!!!!」
バシャッと音がして私の前に一人の男が立ち塞がった。
すると私を庇うように飛び出した彼の身体が、私の目の前で、あの巨大な頭によって無惨にも王宮の天井に吹き飛ばされてしまった。
彼は一度壁にめり込み、ゆっくりと地面に落下した。
ボトボトと、彼の温かい血と肉の一部が、地面に額を擦りつけて震える私の背中へと無情に降り注ぐ。私の醜く無意味な命乞いなど嘲笑うかのように。
そして、その音を最後に、また一人、目の前で私の国民が死んでいった。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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