【第25話】『 聖騎士 』
62.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第25話〉『 聖騎士 』
剣を握り直して歩き出すその背中には、一切の迷いがなかった。彼がもう二度と、私の元へは生きて帰らないつもりなのだと、その顔を見て痛いほどに理解できた。
「…………ア……イン……。ま……て!!」
私には彼を引き留めるだけの力は残されていなかった。まだぼんやりと現実と夢の狭間を行き来しているようだった。
聖騎士達は個として確かに強い。だが、この圧倒的な暴力の前では、我々は人間である以上無力だ。
グワァァァァァァァァァァ!!!!
地鳴りのような咆哮が辺りを震わせた。
鼓膜が破れそうなほどのその声は、本能に直接『死』を刻み込んでくる。
「陣形を崩すな!!盾を構えろ!!我らが騎士がこの化け物を倒せずして何になる?!命を燃やせ!!剣を持て!!コイツをここより先へ行かせてはならぬ!!!」
アインの怒号が響き渡る。だが、その声すらも圧倒的な熱量と爆音の前にいとも容易く掻き消されていく。
「クソ……なんて硬さだ……。」
「だが見ろ!!!!!!!!奴を!!!!傷ついている?!」
「まだ希望はある…………!!」
「そうだ、俺たちは神に選ばれたこの国の騎士だ。ここで負けたら死んでいった仲間に顔向けできないな。」
バインディッシュは目をやられ、サーレスは足が無かった。
アインズブルクはまだ軽傷で喋る余力があった。しかし、イングルはすでに両腕を食いちぎられていた。
「……補給班をここに来させるな。あの野郎知能が高い。俺たちより先に魔導士どもを燃やしやがった。」
「………………イングルの…………血が止まらない!!私を庇って…………クソ……何でだ…………!!」
「俺の班もオヤツにされちまった……。」
「クソクソクソ!!よくも俺の仲間を!!!!!!!!」
鋼の剣が竜の分厚い鱗に弾かれ、虚しい火花を散らす。王国が誇る最高峰の防具であるはずの大盾を構えた屈強な騎士たちが、まるで枯れ葉のようにあっけなく吹き飛ばされていった。
バキィッ!
生々しい骨が砕ける音が鳴り響いた。
悲鳴を上げる間もなく、一人の騎士が竜の巨大な顎に捕らえられ、宙に持ち上げられた。
「………………待っ……て…………!!」
私の喉から絞り出された声は、誰にも届かない。
竜が顎に力を込めた瞬間、赤い雨が降った。兜も、鎧も、鍛え上げられた肉体も、あの怪物にとってはただの脆いお菓子と同じなのだ。
「…………砕けろ!!!」
血しぶきを浴びながら、アインが跳躍した。
迫り来る竜の巨大な顎を空中で紙一重で躱し、無惨に転がる仲間の大盾を足場にして、彼はさらに高く夜空へと舞い上がる。
死にゆく部下たちの無念と、主君を守るという絶対の使命。常人には目で追うことすら不可能な、一閃の流星のような踏み込みだった。
彼の銀の鎧が炎の光を反射して赤く輝く。王国最強と謳われた彼の太刀筋が、竜の太い前脚に深々と突き刺さった。
「……やったか?!?!」
先ほど精鋭たちの剣を容易く砕いた漆黒の鱗。そこに太刀が触れた瞬間、爆発のような火花が散り、アインの腕の筋肉が限界を超えて悲鳴を上げる。
「……うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
彼自身の命を燃やすような咆哮と共に、強靭な刃が一ミリ、また一ミリと、絶対の防御を食い破り、ついに竜の肉へと到達した。
ギャアアアアァァァァァンッッ!!!
竜が痛みに身をよじり、怒り狂ったように暴れ回る。
奴に傷をつけた。そう思ったのも束の間だった。
竜の黄金の眼に、先ほどまでの羽虫を見るような無機質な目ではなく、明確な『殺意』が宿ったのが見えた。
自らの血を見て狂乱する竜の巨体が、ありえない速度で反転する。空中で体勢を立て直そうとしたアインの動きすら、それに追いつくことはできなかった。
竜の巨大な尾がムチのようにしなり、空中にいたアインの体を容赦なく薙ぎ払ったのだ。
バキッという音が私の世界を揺らした。
「…………アイン…………!!!」
「…………そんな……」
彼の体が城の石柱をへし折りながら、土煙を上げて地面に叩きつけられる。私は彼が死ぬ瞬間をその場で見る事しか出来なかった。
彼は血だまりにベチャりと倒れ込んで動かない。あの、誰よりも強くて頼もしかった背中が、ピクリとも動かない。
「全員動けぇぇええええええええええ!!!!」
血を吐くような悲痛な叫びが、炎に赤く照らされた王宮の広場に響き渡った。
最強の盾であった男の無惨な死。それは残された騎士たちの心を折るのではなく、死を恐れぬ凄まじい狂気へと変えたのだ。
「許さん、許さんぞ!!!この国の聖騎士を!!!貴様はァ!!!貴様だけはァ!!!」
軽傷だったアインズブルクが折れた剣を握りしめて特攻を仕掛ける。
目をやられたバインディッシュすらも、血まみれの石畳を這いつくばって竜の足首へと向かい、武器を失った者は己の拳で、腕を食いちぎられたイングルはその身を挺して盾となり、残った全ての兵士たちが死に物狂いで竜へと群がっていった。
「…………道を開けろ。俺の血肉ごとこの化け物を砕け!!」
「……姫様には指一本触れさせんぞ!!」
「私たちは王国の盾なんだ!!」
誰もが自らの死を理解していた。アインの命を賭した一撃を無駄にすまいと、ただひたすらに血走った執念を燃やしていた。
「……守るんだ。俺たちの王国を……!!」
しかし、それはもはや戦闘などではなく、ただの凄惨な自滅だった。竜が苛立たしげに咆哮を上げた次の瞬間、地獄の業火が彼らを纏めて吹き飛ばした。
「止めるぞ!!命を燃やし尽くしてでも…………!!」
炎を逃れた者も、無造作に振り下ろされる巨大な爪で紙切れのように引き裂かれ、丸太のような足で次々と分厚い石畳ごと無惨に踏み潰されていく。
「ぐぁぁぁ!!こんなモノ……痛くも痒くも……!!」
悲鳴すら上げる間もなく、私を守るために命を投げ出した勇敢な騎士たちが、王宮の豪奢な門前でただの物言わぬ赤い肉塊へと変わっていく。狂乱の宴のような、一方的な大虐殺だった。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
もし少しでも良いと感じられましたら、ブックマークやコメントなどお待ちしております。
また、アドバイスやご指示等ございましたら、そちらも全て拝見させて頂きたく思います。




