【第23話】『 幸せな時間 』
62.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第23話〉『 幸せな時間 』
あれからどれだけ遊んだだろう。
彼が教えてくれた“遊び”はどれもユニークなものばかりだった。
鬼ごっこ!かくれんぼ!それに様々な遊具!
それは城に帰ったら使用人達にも聞いてもらいたいほど楽しい時間だった。何よりお城でずっとお勉強ばかりしていた私にとっては、この時間が何よりも幸せだった。
気がつけば時間も忘れて、私はその男の子と遊び尽くしていた。ふと、額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、私は彼を見上げた。
「ところでちさと。私とどうして仲良くしてくれるの?」
ちさとは走り回って汚れた手を無邪気に振り、少し考えてから笑った。
「どうしてって、一緒に遊んだ方が楽しいからだよ!」
「どうして一緒に遊んだ方が楽しいの?」
私は不思議で、少し前のめりになって問いかける。すると彼は、まるで当たり前のことだと言うように目を輝かせた。
「君は今楽しくない?僕は楽しいよ!」
その純粋な言葉に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。ああ、そうか。今の私は、こんなにも楽しい気分なんだ。
世界が急に明るい色に塗り替えられていくような、不思議な感覚。私は彼と繋がっているだけで、自分にも『感情』があるのだと、初めて実感が持てた気がした。
「ところで、君はどこから来たの?」
私は彼が座っていた丸太の隣に、そっと腰を下ろした。
「‥‥私は、この森の向こう。ベルファシス王国から来たのよ。」
「……!!」
彼は目を丸くして、私の顔をじっと覗き込んできた。
「べるふぁさす王国?」
「ベルファシス王国!」
「ほぇ〜、知らない名前だけど、なんだかかっこいい。なんだかお姫様が出てくる絵本みたいだ!」
彼はそう言って屈託なく笑う。私はその笑顔が眩しくて、少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
私は自分が王族である事を隠した。
彼と同じ目線、同じ空気感で、隣り合って座るこの心地よさを、壊したくなかったからだ。
しかし、男の子は私の故郷である“ベルファシス王国”という単語にすごく興味を示している様子だった。
「お父さんとお母さんは?」
「お母さんは、私が小さい頃に死んじゃったの。お父さんは今でも私を気遣ってくれるわ!たまに怖いけど、とっても優しいのよ!」
「へ〜!それは羨ましいね。」
「ちさとのお父さんとお母さんは?」
私が尋ねると、彼は少しだけ視線を地面に落とし、足元の小石を靴先で転がした。
「‥‥僕にはお父さんもお母さんも居ないんだ。その代わり、お爺ちゃん家でお爺ちゃんと姉ちゃんと暮らしているよ!」
「‥‥そうだったの‥‥‥。ごめんなさい。」
「んーん!別に!今じゃ姉ちゃんがお母さん代わりみたいなものだし!いつも宿題やれ〜とかテストの成績は〜とかうるさいんだよ?!」
彼はそう言って、頭の後ろで両手を組み、空を仰いだ。私には分からない「テスト」という言葉の響きに、少しだけ首を傾げる。
「そうなんだ。仲がいいのね。ちょっぴり羨ましいわ。歳の近い兄弟がいるのって。」
「マーガレットは兄弟いないの?」
「うん、一人っ子。それにお友達も居ないの。」
私が寂しさを隠そうと、ぎゅっと自分のスカートを握りしめたときだった。
彼は私の手元に気づいたのか、ふと真剣な表情になって立ち上がる。そして、私の前に立つと、少し照れくさそうに、でも力強くその手を差し伸べてきた。
「そっか、じゃあ僕ら友達になろうよ!」
「おともだち??なってくれるの?!」
差し出された小さな手を、私は恐る恐る、でも嬉しくてたまらない気持ちで握り返した。
彼の手は温かい。私のように冷え切った王宮の床とは違う、生きている人の体温だ。私はこの瞬間、何にも代えがたい『宝物』を手に入れたのだと確信していた。
「うん!もちろん!!また遊ぼう!今度は“Switck”持ってくる!」
「スウィック?」
「ゲーム機のこと!一緒にできて楽しいよ!!」
「ゲーム機??」
「ゲーム機っていうのはね、こうやって指を動かして……!」
「すごい!私もやってみたい!」
彼は両手で空中に何もない“そのゲーム機?”を握るような仕草をして、懸命に説明してくれる。その姿がとても楽しそうで、私は思わずクスクスと笑ってしまった。彼と一緒にいると、不思議と王宮での窮屈な規律なんてどうでもよくなってしまう。
「僕らまた会えるよね。」
「うん!きっと、きっとね!」
「良かった!」
その時、公園の向こうから街灯の光を反射してキラリと光る金属の摩擦音を響かせ、二つの車輪でできた不思議な乗り物がやってきた。その上に乗った女の子が、こちらに向かって大きく手を振っている。
「ちさとー、そろそろ帰るよー。」
その声に、ちさとはパッと顔を輝かせて駆け出した。
「はーい!!!ごめん、姉ちゃん来たみたい、また明日ね。」
「うん、また明日!!」
「帰り気をつけてね!夜遅いから。」
「ありがとう。ちさとも気をつけてね!」
彼はそう言って、私の肩をぽんと叩いた。そのあまりにも自然で優しい触れ合いに驚いていると、彼は振り返りもせず、大きく手を振って走り去っていく。
「うん!じゃあまたね!」
「うん。またね。」
私はその背中が消えるまで、ずっと見送っていた。
彼が見えなくなると、私は名残惜しそうに、自分がさっきまでいた公園を眺めた。
森の冷たい空気が肌を刺し、夢心地だった頭が急速に現実に引き戻される。
私は、まだ彼の手の温もりを手のひらに感じていた。ずっとこのままココにいられたらどれほど良かっただろう。
その後、私は来た道を辿り、公園の茂みをかき分けると、そこには先ほど通ってきた森の入り口が広がっていた。私は夢のような夜の公園に別れを告げ、森へと足を踏み入れた。
そして奥へと進んでいくと、そこには城へ続く道が続いていた。
その不思議な世界に迷い込んだ事は、私にとって“夢”だったのかも知れない。森の中でどうしてそんな異世界に繋がったのか、原因は全く分からない。
けれど、あの日の思い出は、今でもハッキリと覚えている。彼がまるで絵本に出てくる王子様みたいに見えて、一目惚れだった。
けど、その後、私は自分の城に帰ると、そこに待っていたのは、目を覆いたくなるほどの惨劇だった。
◆
夢を……見ていたのか……。
遠い遠い過去の記憶。唯一幸せだった時間。
頬を伝う生温かいものが、血なのか涙なのか、もう自分でも分からなかった。
あれほど五感を支配していた激痛すらも今は遠のき、ただ冷え切っていく指先だけが、あの日の彼の手の温もりを虚しく探している。
そうか、私はもうすぐ死ぬのか、だから最後にあの子の夢を見たんだ。
あの子のように賢くて、かっこよくて、あんな風にキラキラした目で生きたかった。
国なんてどうでもいい。
世界なんてどうだっていい。
私はただあの子みたいに、自由になりたかった。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
もし少しでも良いと感じられましたら、ブックマークやコメントなどお待ちしております。
また、アドバイスやご指示等ございましたら、そちらも全て拝見させて頂きたく思います。




