【第22話】『 星を夢見る少年 』
61.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第22話〉『 星を夢見る少年 』
お父様には、戦争が終わるまでは城の外に出ちゃいけないと厳しく言われていた。
それが何故なのか、今となってはよく分かる。父は私を守ろうとしていたんだ。そんなことも知らず、私は幼い時から読み聞かせられた絵本のように森で迷う少年と出会ってみたいと思ってしまった。
真っ暗な森の中、ただ興味本位でしかなかったその道を私のランタンが怪しげに照らす。
当時、城から森へはすぐに行けた。ツウァル木の中に王国を隠す前は、この国は普通にどこの国とも違いのない城壁に囲まれた王国であった。
その夜、ただの気まぐれだったはずの夜道の散歩は、次第に私の心を不安にさせた。奥へ行けば行くほど、じわじわと恐怖が体を支配していく。
あたりに生い茂る木々が、まるで人の顔のように見えた。草も花も暗闇の中ではモンスターに見えてしまっていたのだ。しかし、私は進んだ。
城を出る前は、ちょっぴりお父さんの言いつけを破る事にワクワクしていた自分も居た。
しかし夜の森の中は暗く、どんよりしていて、道も看板も草花達も寂しげに見えた。
そんな時だった。どこからか声が聞こえる。
子供の声だ。それも男の子の。まるで暗闇の中を『こっちだよ!』と導くかのように、楽しげで明るく幸せな歌が聞こえて来たんだ。
♪
ネコがネコであるように。
イヌがイヌであるように。
ぜんしん、ぜんれい、ぼくでありたい。
♪
その声に近づいてみると、そこには不思議な遊具の並んだ小さな庭園があった。そして小さな丘も。丘の下には砂漠の砂で溢れていて、丘を登る為の取手のようなものがカラフルに取り付けられていた。
さっきまで森の中に居たはずの私は、なぜかそんな開けた不思議な世界に迷い込んでしまったらしい。
そしてその丘の上には一人の男の子が座っていた。
その男の子は真っ黒な鞄を背負っていて、カバンの端っこに笛のような楽器が刺さっていて、彼の頭には赤と白の帽子をかぶっていた。
空は満天の星空。その星を見て男の子は楽しそうに歌っていた。
いつの間にこんなところに来ていたのか、正直当時の私は全く覚えていない。けれど、その日見た星と彼の顔が私には輝いて見えてしまったんだ。
その男の子は私に気づくと、ニコッと笑って手を振った。
「………あの……あなたは……。」
私はランタンの持ち手をギュッと握りしめて男の子に聞いた。
すると男の子は一瞬不思議そうな顔をしながら、微笑んでこう答えた。
「ぼくはちさと!きみは?」
「…………わ、私は……マーガレット。」
「マーガレット?!がいこくじん??」
男の子はその丘から滑って小さな砂漠を走り、物珍しそうな顔で私の元までやって来た。
「……がいこくじん?それはなに?」
私が首を傾げて聞き返すと、彼は私の髪色や着ている服を不思議そうにジロジロと見つめながら、ポカンと口を開けた。
「がいこくじんじゃないの?」
「………………?」
スッと顔を近づけてきた彼からは、お城の大人たちが纏うような香水の匂いでも、森の土の匂いでもない、お日様と不思議な甘い石鹸が混ざったような、嗅いだことのない優しい匂いがした。
着ている服も、私のドレスのようなチクチクした刺繍なんてどこにもない、滑らかで不思議な布で出来ている。
彼は不思議そうな顔で私を近くで見つめていた。
私はそんな彼の視線がこそばゆくて、彼と目を合わせないように必死だった。だって彼の目、キラキラしていて、その目で見つめられただけで耳が熱くなってきちゃったから。
「ねぇ、きみも夏休みの自由研究、星のずかんにするの?」
「ほしのずかん……?」
なつやすみ? じゆうけんきゅう?
彼が口にする言葉は、お城のどんな分厚い本にも載っていない初めて聞く響きばかりだ。
「今ぼく作ってるんだ!!これみてみて!」
そう言って彼は『ほしのずかん』と書かれた一冊のノートを手渡した。
彼が私のすぐ隣まで身を乗り出してきて、バサバサと勢いよくページをめくる。その無邪気な距離の近さに、私は少しだけ肩をビクッとすくませてしまった。
「ぼく、今日で7日目だよ。最初のページはね、ほら見て、ベガ。そしてこっちはアルタイル。つぎのページにかいたのがデネブ。これが夏の大三角形だよ。理科で習った?僕まだ習ってないのに知ってて先生に褒められたんだよ!」
私はその説明がなんの事なのかさっぱり分からなかったけど、彼が作った“星のずかん”を開いて説明するその目に私の視線は釘付けだった。
なんて楽しそうなんだろう。どうしてこの人はこんなにキラキラしているんだろう。その時の私はそんな事ばっかり思ってしまっていた。
私が何も言わずにただ彼の顔を見つめ続けていると、彼は少し不安そうに眉を下げて、ノートを持った手をスッと引っ込めた。
「……ほし……きらい?」
その寂しそうな声に、私はハッとして慌てて首を横に振った。
「んーん、私も大好き!綺麗だね。」
「へへへ!でしょ!一番上手くかけたのは彗星なんだ。ほら綺麗でしょ!!」
「わぁ、凄い。」
私は持っていたランタンで彼のノートを照らした。
オレンジ色の温かい炎が、真っ白な紙の上に浮かび上がる不器用で力強い鉛筆の線を優しくなぞっていく。暗い森の中で、そのノートの上だけがまるで別の小さな宇宙みたいにキラキラと輝いていた。
ノートに大きく星の絵が書いていて、その周りにはその星の特徴を説明する文字が書かれていた。
「他にもこれとか、星座だよ。今も見える。ほらあれ!!」
その男の子は空に向かって指を刺した。
私が釣られて夜空へと視線を上げると、そこには、お城の窓から見上げていたものとは比べ物にならないほど、数え切れないほどの星たちがこぼれ落ちそうに瞬いていた。
「あれがケンタウロスで、あれはアルビレオ。この星ぜんぶ見つけて欲しそうに光ってる。」
「…………見つけて欲しそうに?」
「うん!だからまだ見つかってない星を僕が見つけるんだ!」
自信満々に胸を張る彼の姿は、小さな男の子なのにとても大きく見えた。決められたルールの箱庭の中でしか生きてこなかった私にとって、自分の力で新しい何かを見つけようとする彼は、まるで英雄のように頼もしくて、ひどく眩しかったのだ。
「凄いね。きみは。」
「ありがとう。どうせなら一緒に遊ぼうよ!」
「……あそぶ?」
ドキン、と心臓が跳ねた。お城では、私と対等な目線で「遊ぼう」なんて言ってくれる同年代の子供は一人もいなかった。みんな私を「姫様」と呼んで、一歩下がって頭を下げるから。
こんな風に、ただの『マーガレット』として手を引かれるのが、私はたまらなく嬉しかったのだ。
「うん!鬼ごっこすき?ブランコにする?それともシーソー?」
おにごっこ? ぶらんこ?
またしても全く知らない言葉が並んで、私は戸惑った。「それは何?」と聞いて、この楽しい空気を壊してしまうのが怖かった。
だから私は、彼に嫌われないように必死に笑顔を作った。
「ええっと、あなたがしたいお遊びは!」
「そうだな……。じゃあかくれんぼしよう!」
「……かくれんぼ?」
「かくれんぼ知らない?ぼくが隠れるからきみが見つけるだ。範囲はこの公園の中、ね!!!」
彼が隠れて、私が見つける。ただそれだけのことなのに、まるで世界で一番大切な約束を交わしたみたいに、私の胸の奥がじんわりと温かくなった。
「わかったわ。あなたを見つけたらいいのね!」
「よーし!じゃあ隠れるまで目をつぶってて!僕がいいよって言ったら探しておいで!いい?」
「うん!」
「じゃあ目をつぶってね。隠れたら言うね!」
言われた通りに、両手でしっかりと顔を覆う。本当は暗い森の夜なんて怖いはずなのに、彼の声が聞こえるこの温かい暗闇は、少しも怖くなかった。
「うん!わかった!」
そう言って私はゆっくり目を瞑った。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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