【第21話】『 黒い翼 』
60.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第21話〉『 黒い翼 』
『グアァァァァァォォォァォォォォ!!!!』
竜は大きな声をあげて、その痛みがどれほどなのかを表した。
だが次の瞬間、竜の傷口からドス黒い瘴気が爆発的に噴き出した。
「ぐあっ……!?」
「なんだっ……?!」
剣を深く突き立てていたはずの聖騎士たちが、竜の筋肉の凄まじい躍動と暴風によって、いとも容易く空中に弾き飛ばされていく。
どうやら聖騎士隊の攻撃は奴に有効に働いているらしい。概ね、奴への奇襲は成功と言えるだろう。
「……いいタイミングだ。アイン。」
私はポツリと口からそんな言葉を溢した。
観察するに、奴の皮膚は硬い甲羅のような鱗で覆われているが、その間を狙って直接肉に攻撃があたればダメージは入るようだ。
「そうか。奴の外装は鎧の役目。奴の中身は昨日見た姿に変わりない。その外観を覆う厚い鎧が奴をより大きく見せているのか……!」
しかし、森を守護する御神竜がなぜ人が大勢住むこんな場所にまでわざわざ危険を犯してやって来たんだ?
やはり奴の目的は“人を喰らう為”だけでは無い、何か理由があるに違いない。
私が森で追われたあの時、何か触れてはいけないものに触れてしまったのだろうか。それとも、私の流れる王家の血が、この厄災を引き寄せたというのか。もしそうだとしたら、この惨劇は全て私の罪だ。
ぐるぐると思考が渦を巻く中、ふと、巨大な黄金の眼球と視線が交差した気がした。その爬虫類特有の冷酷な縦の瞳孔は、明確な『殺意』を持って私というちっぽけな獲物を射抜いていた。背筋に氷をねじ込まれたような悪寒が走る。
「……姫様!!お逃げください!!!」
下からアインの声が聞こえた。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
竜が大地を踏み砕いた瞬間、鼓膜が破れそうなほどの爆発音が轟き、周囲の瓦礫が竜巻のように巻き上げられた。巨体からは到底考えられない異常な跳躍力。
私は観察と思考をする事に集中しすぎていたあまり、竜が大きく翼を広げて飛び立つとは思いもしていなかった。
「…………ッ?!!」
その速度と勢いは、私の理解を超えていた。
私の真横まで一瞬で到達した暗黒竜が、空中で巨体を捻る。視界のすべてを黒く塗りつぶすほどの極太の尾が、空気を鞭のように劈きながら迫ってきた。絨毯を急旋回させようと指を動かすが、到底間に合わない。
「…………ッグ……ハッ……!!!」
奴は絨毯ごと私を尾で払った。その衝撃は私に考える暇を与えなかった。
まるで巨大な山そのものが横にスライドしてくるかのような、生物の常識を逸脱した質量。尾が直撃するより先に、極限まで圧縮された空気の壁が暴風となって私の呼吸を奪い去った。
本当に一瞬の出来事かのように思える程、奴の動きは空中では非常に素早く、私は王宮の方まで飛ばされてしまった。
「姫様!!!」
体が宙を舞う感覚すら無かった。ただ、凄まじい風圧と暴力的な衝撃が全身の骨を軋ませる。
王宮の美しいステンドグラスが、まるで飴細工のように砕け散る音が鼓膜を叩いた。空中で為す術もなく分厚い石壁や柱を突き破り、幾つもの部屋を一直線に貫通していく。もし魔法の絨毯が僅かにでも衝撃を吸収していなければ、私は最初の壁に激突した時点でただの肉片と化していただろう。
「まずいぞ……アイツ姫様の元に向かっている!!」
その場に居た者達は急いで私が飛ばされたであろう王宮の元まで向かった。
キーーーーンッという、ひどく耳障りな高音だけが頭蓋骨の中で反響している。口の中に広がるのは、鉄を舐めたような強烈な血の味と、じゃりっとした砂ぼこりの感触だった。
肺に空気を入れようと小さく息を吸い込んだだけで、肋骨の辺りに雷に打たれたような激痛が走り、思わずむせる。ゴホッ、と吐き出した液体が、パラパラと崩れ落ちる瓦礫の音に混ざって床を濡らした。
「…………何が……起こった……。」
どうやら私は飛ばされ、ここは王宮2階の書庫のようだ。
今の私には何も考えられないほど頭が機能していなかった。まるで何が起こったのかすら分からなかった。ただ視界が赤く広がって、体が石のように重い事だけが分かった。
「……体が……熱い……。ここは……書庫か…………。私は……?」
霞む目で周囲を見渡す。そこは見慣れた風景だ。
幼い頃から私が王族としての教養を叩き込まれ、つい昨日も本を読み漁っていた場所だ。
誇り高き歴史書が、先人たちの叡智が記された羊皮紙が、無惨に砕けた瓦礫と共に床に散乱している。そして、その神聖な知識の海を、私の体から流れ出る酷く生臭い血がどす黒く汚していた。
幸いな事に、魔法の絨毯がクッションとなり、即死には繋がらなかったようだ。だが今は音も遠く、視界もぼやけていて何も見えない。
動こうとしても、頭が働かない。体に力が入らない。まるで時間がゆっくり過ぎていく感覚だった。
「…………あ……頭が……痛い……。痛いよ。お母さん。」
私はゆっくりと頭を動かした。反対側に目を向けると、そこには自分の手があり、私は真っ赤で血だらけだった。
視界の端で、ひしゃげた王の鎧から、生暖かい赤黒い液体が溢れ出ているのが映って見えた。思考を埋め尽くすのは、ただ動物としての根源的な死への恐怖だった。
「……あ……あぁ……お父さん、お母さん。どこ。どこなの。痛いよ。怖いよ。死にそうだよ。」
なぜか涙が溢れ出した。そして心臓がとてもうるさい。全身の皮膚がゾワゾワと私の本音を引き出すかのようだった。
それはまるで虫が体中を這い上がり、息もできずに飲み込まれていくかのような恐怖。体中に染みついた血の匂いが私の頭をおかしくさせた。
「…………イッ……息が…………。私は…………また……!!!」
私が必死に被り続けてきた『王』という仮面は、この絶対的な痛みと苦しみの前では何の役にも立たないようで、また私の手によって国の人々の命を奪ってしまうのでは無いかと言う底知れない恐怖が背筋を這い上がって来る。
ワタシのせいで。
「…………あぁ…………………あぁぁああああああああああ!!!」
その時、私の心は音を立てて壊れた。
ほんの些細な瞬間に、衝撃に、恐怖に。何故なのか分からない、ずっと涙が流れ出ている。体は動かない、ずっと鼓動は耳元でうるさいのに。息の仕方を忘れてしまった、まるで肺が潰されているみたいに。
「………私は……誰…………だ。」
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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また、アドバイスやご指示等ございましたら、そちらも全て拝見させて頂きたく思います。




