【第17話】『 遊楽園の罪花 』
56.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第17話〉『 遊楽園の罪花 』
あの日、私は外へ出てしまった。
城で籠城する生活に飽き飽きしていたから。まさにその当時は室内にいる幽閉感に押しつぶされそうだった。
だからあの日、私は鍵を開けて外へ出た。そして彼に出会ったんだ。
どうか、許して。
それがまさか、あんな事になるなんて。
幼い私には想像もしていなかったんだ。
お父様……。私はなんて“罪深い”娘なんでしょう。
「……ごめん……なさい。」
涙が溢れるのはきっと今はまだ病名の無い病気なんだろう。
心の音が溢れてしまうのはきっと私の頭が壊れてしまった証拠なんだろう。
『寂しい』なんて、『悲しい』なんて。
私のどこに言う資格があると言うんだ。
一体何年この生活を続けて来ただろう。
いつか、コト切れるその時まで、私の罪は消えない。
どうして笑う事が許されるのか。どうして生きる事が許されるのか。
あの日、私が外にさえ出なければ、
お父様は、兵士達は、あるいは生きられたかも知れない。
ただ、憧れてしまったんだ。
絵本に出てくる世界を救う勇者様に。王子様に。
あの時、真夜中だと言うのに恐怖は無かった。後のことなんて何も考えていなかった。
ただただ好奇心で私は森へと足を運んだんだ。壁門の鍵をかけ忘れて。暗闇に向かって歩き出してしまった。
今でも夢に見てしまう。
あの日外にさえ出ていなければ、父上は、お父様は、お父さんは、今も私を抱きしめてくれたのかな。
私も、会いたいよ。お父さん。お母さん。
こんな世界で、もう生きたくないよ。
◆
真っ暗な部屋の中、王族しか立ち入れぬように施錠された扉の先でベッドのシーツに包まる一人の少女が居た。小さな窓から微かに差し込む陽の光が少女の頭を少しだけ照らしていた。
その手には、古い絵本を大事そうに抱えていた。
ベッドの周りには散らかった服、そして使用人すら通した形跡の無い程に政治や帝王学などの本が散乱していた。
羊皮紙には独学だろうか、兵士一人一人の特徴や国に関わる学者や政治家や魔法技術者の情報が全て手書きでまとめられていた。
その数は、まさに王の広々とした寝室を足の踏み場も無いほど覆い尽くす程だった。
少女が少し体を起こし、ベッドのギィという音だけが部屋に鳴り響く。
「…………。」
壁には一面に国の情勢についての資料を貼り付けており、その部屋は一見すると寝る間も惜しんで国と向き合おうと言う姿勢そのもの。まさに国家の心臓たらしめる少女なりの気概に満ちた薄暗い部屋であった。
閉め切られた部屋の空気は重く淀み、古びた羊皮紙と乾いたインクの匂いがむせ返るほどに充満している。小さな窓から差し込む一筋の細い光の中では、無数の細かな塵だけが虚しく宙を舞っていた。
床を埋め尽くす羊皮紙の海には、几帳面に書かれた文字に混じって、ペン先を強く擦り付けたような乱れ書きや、紙が破れるほど力強く線を引いて何かを消し去った跡が生々しく残されている。それは、少女の抱える焦燥と狂気がそのまま具現化されたかのようだった。
無数の資料の間には亡き父と母に抱えられた少女の姿の写真。そして自分の顔が真っ黒く塗りつぶされた王族家系の絵画などがいくつも飾られていた。
肖像画に描かれた自分の顔は、ただ黒く塗りつぶされているだけではない。何度も何度も刃物や爪で引っ掻き、えぐり取ろうとしたような憎悪の痕跡が、キャンバスに深く刻み込まれていた
剣によって串刺しにされた人形、わたをくり抜かれたぬいぐるみ。ビリビリに破かれた子供用の絵本などがその資料や本の下に埋もれていた。
引き裂かれたぬいぐるみから溢れ出した真っ白な綿は、まるで血の通わない雪のように冷たい床に散らばっている。愛されるはずだった人形たちは手足を捩じ切られ、彼女の拭いきれない『罪』を責めたてるように、虚ろな目で宙を見つめていた。
少女はベッドの上で、その震えた手で一度ギュッとシーツを握りしめた。
彼女がすがるように胸に抱く古い絵本は、これまでに何度も何度も涙を吸い込み、握りしめられてきたのだろう。表紙の端はボロボロに擦り切れ、ページは歪に波打っていた。大きなベッドにうずくまるその背中は、国家の心臓を名乗る者とは到底思えないほどに小さく、そしてひどく震えていた。
「……早く目覚めて。早く助けて。ここから連れ出して。」
掠れた声で少女はそう言った。
ベッドのそばには直近で脱ぎ捨てたであろう少女の装備品と服が散乱している。
「…………王子……様……。」
そう言って少女はゆっくりと目を閉じたのだった。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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