【第16話】『 罪人 』
55.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第16話〉『 罪人 』
僕はアルフと話を交わし、この世界について、そしてこの国とマーフについて詳しく知ろうと考えた。
「……ねぇアルフさん。僕がここに入れられたのは、その……この国のお姫様に気安く話しかけたから……って事ですか?」
僕がそう問い掛けると、アルフはタバコを吹かしながら答えた。
「そうなんじゃねぇかなぁ。まぁ、だが安心しろよ。言ってしまえば地下牢は罪人を捕まえておく見せかけの場所だ。本当の大罪人は天空の監獄に入れられる。ココに捕えられた奴はだいたい1年くらいで自由になるさ。」
「1年……。そうですか。」
正直、1年と聞いて黙ってられない気持ちが強かった。
こんな事をしている場合じゃ無い、早くこの国の情報を集めてこの世界に待ち受ける“時の崩壊”をなんとかしなければならなかった。
さもなくば、この世界でも僕の世界と同じ悲劇が起こってしまう。
「……なぁ、アデン。お前はどうして陛下に近づいた?顔が似てるそっくりさんだったんじゃねぇのか?」
アルフは膝を縦にしつつ、リラックスした体勢で僕に問いかけた。
「いいや。それは無いよ。彼女は僕がこの世界に持ち込んだローブを着ていたし、間違いなくあの子だ。」
「ふーん。それじゃあ、この扱いに納得が出来ないのも頷けるなぁ。」
男は思い出したかのように続けて言った。
「なぁ、お前の話が本当だとして、良い事を教えてやろうか?」
「いいこと?」
「あの姫さんはな、昔は国を上げて可愛がられていた俺達のアイドルだったんだよ。まぁ俺は親世代がそう言ってるのを見てただけなんだがな。そりゃあもう可愛らしいお姫様だったよ。その見た目は赤ん坊ながらにまるで天使様だった。みんな恋に落ちちまうくらいだから、前国王陛下が溺愛しててなぁ。とんだ親バカ国王だけど、この国でマーガレット姫と言えば小さくて純粋で妖精さんみたいな優しい心の持ち主だったんだ。」
アルフは少し懐かしそうにそう言った。
「だった?」
「今となっては約10年前くらいか、あの戦争は。戦争で父君を失い、1人取り残された姫様は、光を失ったかのように人を寄せ付けなくなっちまった。姫様が王位を継承して、俺達の国を良くしようとして、もしかしたら国民の前では仮面を被るようになっちまったんじゃねぇかな。」
「仮面?」
「そうだ。あのお方は、父である先代国王を失った悲しみも、その前に亡くなられたお母様であられる王妃様の事も、ずっと負い目に感じているんじゃないかと思うんだ。」
「マーフは、マーガレット姫は家族を失った……?」
「あぁ、あのお方はいつも寂しそうなお顔をされている。戦争なんて無ければきっと今も昔のまま優しそうに笑いかけてくださっただろうな。もう俺達の世代はあの天使のような笑顔を拝めないと思うと少し寂しい気もするさ。」
僕はその話を聞いて、マーフと初めて会った時の歌を思い出していた。
『 誰か、見つけて下さい。私の心を、願いを。
贖罪を———。』
「戦争はこの国から光を奪っちまったんだよ。元々は笑顔の絶えないお人だったんだけどな。それが今は、どこか冷たいお顔をしていて、まるで氷のような強固な鎧に心を包んだようなお人になってしまわれた。」
アルフの言葉はとても適切で、彼の言葉を聞くなり、ただの飲んだくれでは無いように思えた。
「どうして……そんな事を僕に……。」
「なんでだろうな。俺達は旅人に期待しちまってるのかも知れないな。お前ならなんとかしてくれるんじゃ無いかって。どうりで旅人の伝説が増える訳だ。お前には全く関係ない話だろうがな。」
アルフの語るマーフの過去に嘘偽り無いのであれば、僕は彼女の“あの顔”の理由を知っている。さっき彼女と再会した時の違和感は確かに感じていた。
それどころか、きっと僕には彼女の本当は何を訴えているのかが、痛いほど分かってしまうんだ。
「へへへ、ちょっと俺は飲み過ぎちまったみてぇだ。」
◆
同刻、そこには王宮へと帰還するマーフとその一大隊の姿があった。
彼女は部下達をフロント部に待たせると、ただ一人自室へと向かった。まるで何かからそそくさと逃げ切るかのような足取りに周囲の人々は少し困惑し、彼女が過ぎるのを眺めていた。
「……私は当分部屋で休む。あとは任せたぞ。アイン」
「承知いたしました。」
そう言って、姫は自室へ篭ってしまった。その後ろ姿を聖騎士達は誰一人として目を離す事なく見届けた。
すると程なくして、一人の騎士が甲冑を外し、兜を脱いで別の騎士に告げた。
「アイン、今日の残りの仕事はバインデッシュとサーレスの班に当たらせる。残りの秘密結社も殆どの構成メンバーは面が割れているし、今日は姫様の警護に当たるのが得策では無いか?」
その男のガタイは大きく屈強で、その顔には十字の傷が左頬にあった。
するとアインと呼ばれた騎士も兜を取り外し、その提案に反応するかのように答えた。
「レーゲル。姫様の護衛には国家直属の近衛騎士隊だけで事足りるだろう。俺達聖騎士隊は、王宮だけでは無く王国全土を守護する事が任務だ。この国に脅威が潜んでいるのなら、俺達は全力で事に当たろう。」
するとその場にいる騎士達全員が兜を取り外し、彼らの議論へ参加した。
「にしても、今日は面白い子が居ましたね。」
騎士達の中で特段背が低く、ショートカットの金髪で風貌が男勝りな女性がそう言った。
「あの死神みてぇな野郎の話か?薄気味悪ぃツラァしてやがったぜ。まるで死にかけのばーちゃんみてぇだった。」
続けて1番体の大きい黒人の騎士がタオルで汗をふきながらそう言った。
「あぁ、そうそう。見るからに旅人?っぽかったけど、この国に外の人が来るなんていつぶりだろう??」
「なぁ、イングル。お前があの子の事地下牢に入れたんだろ?どんな感じだった?」
2人は1人のイングルと呼ばれた兵士に声をかける。
彼は目が細く、鼻が高い。短髪で黒い髪の男性だった。そしてその様子はとてもクールな印象のある男だった。
「特に言葉は交わしていない。」
「話してなくても、どんな印象だったかくらい教えてくれよ。」
金髪の女性はそう言ってテーブルの上に腰掛ける。
すると黒人の男性はプシュッと飲み物を開ける音を鳴らしてその場でゴクゴクと飲み始める。
「あぁ、彼は、酷く怯えていたな。」
「イングルが怖くてか?」
黒人の男性がフザケ半分に呟いた。
「いいや。なんだか言葉にし難いんだが、彼の目には“死”しか映っていないような目をしていた。」
「なんだそれ。」
「まさか、例の教団と関係していそうなのか?」
レーゲルが少し動揺した様子で前のめりに聞いた。するとイングルは冷静な表情でその問いに答えた。
「いいや、“神父”には見えなかった。だが彼から感じた印象は、まるで子供が一人暗闇に向かって歩いている時のような深刻さがあったんだ。」
その言葉を聞いて、彼らは全員が黙り込んだ。
全員がその時思い浮かべていたのは、先代の王による“ある言葉”であった。
「似ているな。先代のお言葉と。」
アインは暗い表情に包まれながらそう言った。
「あぁ、俺もそう思ったんだ。まさかとは思うが、彼なんじゃないだろうか?」
イングルは続けてそう言った。
すると全員が姫の自室へと目をやった。
「10年か……。」
「……まだ16歳だもんな。」
一同は声を合わせてそう言った。その言葉が途切れた後、ほんの数秒間の沈黙が続いた。その間、聖騎士達は少し寂しげな表情を浮かべると、切り替えたかのように兜を被り始める。
「よし、もういいだろう。出撃だ。」
アインはそう言って階段を降りていく。
「よし行こう。」
「おっと、オシゴトの時間か。」
「頑張りましょう。」
「うん。」
アインの言葉に続くように一同が彼の後ろをついて歩き始めた。その背中は、屈強な肉体と精神でこの国を守護する王国騎士団に相応しく、またひとときの休息から脳を切り替える大人の後ろ姿がそこにあった。
◆
一方でマーフは、真っ暗な部屋の中で、シーツの上で一つの絵本を大事そうに抱きしめていた。
「…………ぉ父様………………。」
その呟きはまさに縋るように、喉の奥から溢れるように囁かれた。そして彼女の目には、宝石のような涙がひらりと溢れ落ちているのであった。
「………………アデン。」
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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