【第15話】『 秩序 』
54.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第15話〉『 秩序 』
僕の手には、無惨に切り刻まれた老婆の血がベッとりと付着していた。老婆が僕に無理やり飲ませようとしていた「黒い豆」が、主を失って血だまりの中に一つだけポツンと転がっている。
視界がボヤける中、確かに目の前に居るのはマーフだった。あの時の様子とは全く違い、王勢の聖騎士の中心に彼女の姿がそこにはあった。
「どう……して……」
絞るように掠れた一言が僕の口から零れ落ちる。
しかし、そんな言葉は彼女に届かず、冷酷に事務的に、ただ仕事を済ますかのように彼女は騎士達に指示を出していた。
「撤収だ。アイン、死体を片付けろ。」
「承知しました。」
まるで別人のようだ。昨日とは打って変わり、その瞳は鋭く、まるで期待も希望も無い様子だった。
周りに居る騎士達数名がその場で倒れた死体を綺麗に掃除し始めた。1人は黒い袋に死体を運び、2人がかりで床に付着した血痕を洗い流す。まるでその手つきはその作業に慣れているかのようだった。
「なぜなんだ、マーフ!!」
僕はたまらず声を荒げて問いかざした。
「君が命じたんだろう、『殺せ』と。なぜ……。」
そう問い掛けると、彼女はギロリと僕と目を合わせた。
そして、まるで汚物を相手にしているかのようなトゲトゲしい口調で、僕の問いに答えた。
「……図が高いぞ。私はこの国家の心臓である。口の利き方に気をつけろ。そして、なぜ殺せと命じたかについてだったか?最近巷で流行っている依存性の高い魔法薬だ。これはこの国の秩序を崩壊させかねない危険な薬物だ。人々の心を蝕み、蔓延し、そしてやがては善良な人間にも被害を広げる。国の癌は排除するのが私の仕事だからな。」
昨日までの彼女とは違う。
その雰囲気は、まるで堅牢な鎧で身を守っているかのように、そしてその口調は革命家が腐敗した政治に正論で異を唱えるかのように、まさに支配的な彼女の姿がそこにはあった。
「……マーフ、君は本当にマーフなの?僕はてっきり……。」
そう言って僕が言葉に詰まると、彼女は遮り言い放った。
「私はマーガレット・アイン・バーディング王女殿下である。軽率な発言を許したつもりは無い。」
あたり一帯にも響き渡るほどの、彼女の冷たく一直線なその言葉が、僕の心臓を射抜くかのように言い放たれた。
「……いいや、マーフ。君はマーフだよ。君はあの森で歌っていた女の子だよ。」
僕が一言、そう呟くと、彼女は僕との目線を切った。
「バインデッシュ、周辺の人々を地下室へ。」
「承知しました。」
「サーレス、近辺を捜索せよ。」
「御意。」
「リンダ、マチルダ、防御結界を張れ。」
「分かりました。」「お任せください。」
「マーフ!!!!!!!!」
ついには大きな声で彼女を呼んでしまった。
「うるさい!私はマーフでは無い。イングル、そこの男を黙らせろ。」
「承知致しました。」
重厚な鎧の擦れる音がしたかと思うと、大柄な騎士が僕の腕を背後から冷酷に締め上げた。
「……待って!!話を聞いてマーフ。君が本当にお姫様なら、今この国に危険が迫っている!お願いだ。話を聞いてくれ!この国が滅びるかも知れないんだ!!」
僕の訴えを彼女は聞こうともしなかった。
それどころか、彼女は身につけているローブを僕の顔に投げつけ、僕を取り押さえる一人の騎士によって手に錠をかけられてしまっていた。
「お願いだ。よく聞いてマーフ。この世界は恐ろしい運命に苛まれようとしている。」
「あぁ、もう、うるさい!いいから早くその男を牢屋に連れて行け……。」
「御意。おら、貴様。黙って着いてこい。」
男に引き摺られ、僕はそのまま王宮へと連れて行かれた。
大柄な騎士に背後から腕をねじり上げられ、関節が軋むような鈍い痛みと、相手の体格差による無力感が僕を襲った。
「マーフ!!マーフ!!!頼む、聞いてくれ。時の崩壊はいつ起こるか分からないんだ!!!こんな事をしている場合じゃ無いんだ!!!」
屈強な騎士達に引き摺られている僕の視界の中で、一切振り返らないマーフの小さな背中が遠ざかっていく。僕の叫び声が、誰の心にも届かず、冷たい路地裏の壁に反響して虚しく消えていった。
◆
僕はついに王宮の地下牢へと幽閉された。
真っ暗な壁に冷たい床。もう僕の人生で何度閉じ込められたか考えていたが、ココはトップクラスに汚く、鼻を刺激するほどの異様な匂いがしていた。
ここまで連れてきた騎士は力強く、まるで投げるかのように拘束された僕を牢屋へと放り込んだ。その騎士はドアを閉め、鍵をかける音がガシャンと地下いっぱいに響き渡る。
手首に食い込む冷たい鉄の重さに顔を顰めながら、僕は冷たい床に這いつくばった。
今の僕は、ただ無力感だけを感じていた。
どうして、マーフが僕をこんな場所へと連れてきたのか。本当にあの子はマーフだったのか?そしてあの彼女の様子は一体なんだったのか?分からない事だらけだ。
とにかく、こんな所に閉じ込められていたら、世界を救うもクソも無い。ただ無駄な時間が過ぎていくだけだ。何も成し遂げられないまま、僕はこんな所で死んでしまうんだろうか。
「よう。にいちゃん調子はどうだい?」
牢屋の外から一人の兵士が顔を覗かせた男がいた。
「調子が良いように見えますか?」
「へへ、違いねぇや。」
僕が牢屋に入れられる所を見ておきながら、なんだこの人。
よく見てみると、その男はお酒を飲んでおり、顔は真っ赤に酔っている様子だった。
「なぁ、あんた旅人だろ?なんでこんな所に入れられちまった?」
その男が聞いてきた。
「……色々あって。」
「何があったよ」
食い気味に聞いてくる男の言葉に若干の苛立ちを覚えつつも、冷静にあった事を説明した。
「別に大した事をしたつもりは無くて、ただ友達に挨拶したらここに。」
「へへ、そいつは災難だったな。良かったら詳しく教えてくれよ。な?どうせ暇だろ?俺もここの見張り退屈なんだよ。」
男はそう言って鉄格子の奥に座り込むと、タバコに火を付け始めた。男が持っているのはパイプ式のタバコで、まるで中世時代に戻ったかのようだった。
ガチャリ
男はランタンを地面に置き、ゆっくりと牢を照らし始める。
すると男の顔がよく見えた。中年くらいかと思っていたその声の主は、およそ20歳くらいの赤毛のお兄さんだった。
「なんですか。」
「良いだろ別に。俺は看守のアルフってんだ。あんたの名前は?」
「……えーっと、アデン。」
「そうかアデン。お前さん旅人にしちゃ、えらく牢屋が様になってんな。」
アルフと名乗る男はそう言って僕を揶揄った。
きっと細身の体にこの場所はお似合いだと言いたいんだろう。実際、何ヶ月も隔離されて居なければこんな体にはならなかったと思う。
「なぁ、アデン。お前ほんとは何者なんだ?何をしてこんな所に捕まっちまった?」
男の問いに一瞬ドキッとした自分が居た。
しかし、冷静になってみればこの人も“時の崩壊”を知らないこの異世界の現地人なんだ。
せっかく向こうは興味を示して僕と会話してくれている。ここは言葉を選び、冷静に情報収集させてもらおう。
「さっきも言いましたよ。ただ友達に挨拶したらここに入れられたんです。」
「友達……?友達って誰だ?」
男は「友達」と言うワードに食いついてきた。
僕は意を決してありのままの真実をこの男に伝えてみる事にした。
「言っても信じて貰えないと思いますが、マーフ。いや、この国お姫様ですよ。」
「ほぇー。こりゃまた。うん。なるほど。だからココなんだ。」
男は首を縦に振りつつ、どこか納得した様子で頷いている。
「あの、それはどう言う意味です?」
「この監獄はな“王への反逆者”しか入れないんだ。」
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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