【第14話】『 再会と決別 』
53.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第14話〉『 再会と決別 』
ガタンと後ろの方で音がした。
そこには目を丸くしたアラドドさんの姿があった。
アラドドさんの手から、持っていたトレイが床に落ちて、高い音を立てた。彼は自分の目を疑うように何度も瞬きをし、それから、しっかりと自分の足で立つ娘の姿を信じられないといった様子で見つめた。
「……お父さん!!」
ヨランは溢れんばかりの大粒の涙を流しながら、その足でアラドドさんに泣きついた。その自分の娘の姿を見て力一杯抱きしめる父親の姿がそこにはあった。
2人は目を真っ赤にしながら幸せそうに泣き合っていた。
喜びに胸がいっぱいになっている少女を力強くそして優しく包み込む父親。
「ヨラン……ヨラン、本当に、本当に……!!!」
アラドドさんは壊れ物を扱うように、けれど離さないと言わんばかりに娘の小さな背中を抱きしめた。その大きな肩が激しく上下に揺れている。まさにこれこそ小さな奇跡と言えるだろう。
彼らの幸せの邪魔をしてはいけない。それに、僕にはまだやるべきことがある。自分の足音すら消すようにしてロビーを抜け、重い扉を開けて外へと出る。
見上げた空は、ヨランと見た時と同じ、どこまでも澄んだ春晴れだった。けれど、背中に背負う使命感は、さっきよりも少しだけ軽く、そして温かく感じられた。
ドアを背に一度「フー」っと息を吐くと、僕はそのままこの国の王都へ向かう事にした。
◇
僕は走った。
この世界を救えるのは僕しかいない事を知っている。この世界を支えるのは僕のこの“時の権能”だと言う事を。
その時、僕の心には火が灯った。
街は人々によって奏でられた民族的なマーチに包まれている。その音は、とても明るく、とても力強い音楽だった。
まるで僕の心を何処かヘ導くかのように、僕がここに来た役割を想起させるかのように。
広場では人々が演奏し、唄い、踊り始める。街は笑い、人々の顔には希望が咲いていた。
僕は走った。王都を目指し、とにかく走った。この笑顔に包まれているこの街を、僕が滅ぼしてしまう訳にはいかない。
彼らの音が僕には、これから向かう場所に向けての行進曲に聞こえていた。
これからどんなに険しい苦難が待ち構えているのか、まるで想像もつかないが、ほんの些細な小さな奇跡でも、この手でこの国を救えるかも知れない。
今の僕には、そんな気がしていた。
希望的観測でも、例え偽善だとしても、今動かなくていつ動くんだ。可能性を一つづつ探っていけば、きっと時の崩壊に関する情報が得られるはずだ。
ソロモン王に託されたこの使命をただ今は遂行する事だけ考えよう。
陽はやがてこの街を照らし、まるで僕の進むべき道を教えているかのようだった。その陽の光を辿って行くと、少しづつ人通りの多い都市へと導かれてゆく。
青く光るクジラが潮を吹き、喧騒はやがて勢いを増して行く。あたりには光輝く大きな建物が並び、魔法の光であろう無数の粒子があたりを照らしている。
そこで僕は思わず、足が止まった。視界が一気に開け、眩い光の奔流が目に飛び込んでくる。
「はぁ、はぁ……。時間はちょうど昼を過ぎたくらいか。」
気がつけば、僕は巨大な都市部の真ん中に居た。
この国で一番大きな建物を目指して、ここまで走って来た。そしてその建物は目の前にある。
入口が大きな鏡のようで、そこに着くまでに学校のグラウンド7,8個分くらいの大広場がある。真ん中には風情のある噴水に、芝生の間を通る為の道が用意されていた。
「まるでイギリスの王宮キャンパスみたいだ……」
僕がそんな事を呟き、目の前の圧倒的な建造物に見惚れていた、その時だった。ドスン、と強い衝撃が右肩に走る。
「……いて、すいません。」
「……こちらこそ。」
僕がそう言うのも束の間、ぶつかった人物と目が合った。
「……あ、れ、君は、マーフ??」
そこには以前この国に来る前、ドラゴンが命からがら一緒に逃げ回ったあの少女の姿があった。
「マーフ……?」
「……。」
思わず名前を呼んだ僕を、彼女の瞳が冷たく射抜いた。その刹那、彼女はギロリとこちらを振り向く。その目は、かつて共に死線をくぐり抜けたあの時の温もりは微塵もなかった。
そして彼女は僕を見るなり、深々とフードを被り、そそくさと道ゆく人の波に流されてゆく。
「ねぇ!ちょっと待って!」
僕の声は彼女に届いているはずだ。けれどそれを払い除けるように、彼女の足取りは少しずつ早くなって行く。
「ねぇ、待ってってば!!僕だよ!忘れたの?」
肩をぶつけ、怒鳴り声を上げる通行人を必死に押し退ける。視界を遮る魔法の光の粒子が、今はひどく邪魔に思えた。フードの背中が、また一歩遠ざかる。
人違い……じゃないはずだ。
あの鳥の小色をした髪色が何よりも証拠だし、彼女が身に纏っているローブは、僕が天界から持ち込んだローブだった。
「マーフ!!!!!!!!」
僕の声虚しく、彼女は止まる気配が全くしない。
それどころか僕を振り切ってしまうかの如くスピードで、その場から走り去ってしまった。
「……どうして。」
完全に、見失った。あれほど騒がしかった都市の喧騒が、突如として遠のいていく。耳元で聞こえるのは、自分自身の激しい呼吸の音と、冷たくなった心臓の鼓動だけだった。
「今のはマーフだったはずだけど。」
彼女を追う内に、いつの間にか人通りの少ない場所に来てしまっていたようだった。
そこはさっきまでのキラキラした都とは打って変わり、まるで路地裏のような、薄暗い場所が続いていた。辺りには具合の悪そうな人々が寝転がっている。壁には黒ずんだ血痕のような跡がこびりつき、どこか遠くから、獣の唸り声のような、あるいは人間の呻き声のような音が、不気味に反響していた。
「あまりここに長居するのは辞めておくか……。」
そう呟くと、突然後ろから誰かに肩を引かれる。そしてその手に無理やり振り向かされ、その手の主人と目を合わせた。
「お兄さん。旅人さんだろう?コレ試してみないかい?飲めば辛い記憶を全て忘れられて、幸せになれるんだえ。」
そこには見るからに魔女のような腰の曲がった老婆がおり、強引に黒い豆を僕に飲み込ませようとしている。その目はとても狂気的で笑っているのか苦しんでいるのか、どちらにも見える様子だった。
「……いや、そんな。僕は大丈夫です。」
「そんな事言わずに。強い目をしていてもアタシには誤魔化せませんえ。アナタも心のどこかではこの不条理な世界を呪っているはず。一部の富裕層が富を独占するこの世で、アナタみたいな立派な青年が正しく評価してもらえずこんな掃溜めに迷い込んで、おやおや、あぁ、そうかえそうかえ。アナタの本当の闇はそんな事じゃなくて、アナタは、本当はサミシイんだがえ。」
そんな時だった。
「薬売者だ。殺せ。」
その直後、ぼくの視界は真っ赤になった。
肉を断ち切る鈍い音と、容赦なく吹き飛んだ生暖かい飛沫が、僕の頬を濡らす。
気がつくと、目の前に居た老婆は切り刻まれ、ただの肉塊となった。
「…………へ。どうして。」
そこには僕のローブを纏ったマーフの姿と、王宮直属の大勢の騎士の姿がそこにあった。
「……マーフ??」
騎士の持つ白銀の剣からは、どろりとした赤い液体が滴り落ちている。
その横に立つマーフは、表情一つ変えずにその光景を見下ろしていた。彼女は、血に濡れた剣を持つ騎士たちを一瞥もせず、ただ僕だけを見つめていた。その瞳には、殺意すら宿っていない。ただ、そこに在るものを、事務的に処理しただけのような、圧倒的な虚無だけがあった。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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