【第13話】『 小さな奇跡 』
52.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第13話〉『 小さな奇跡 』
僕はこの世界について考えをまとめ、またホテルへと戻った。
カランカラン
「おかえりなさい。アデン様、昨日は娘がすっかりお世話になったようですね。」
「アラドドさん。おはようございます。いえ、昨晩はむしろ僕の方がすっかりお世話になって。結局机で寝ちゃってました。」
「あの子がそんなに人を信用するなんて。きっとアデン様には底知れぬ魅力があるのかも知れませんね。いやはや、お客様のお部屋でやっかいになってるとは……とんだ失礼を……!申し訳ございません。」
アラドドさんは少し冷や汗をかいた様子で謝罪した。
「いえ、そんな。お気になさらないでください。すっかり話し込んでしまいましたし、僕も悪いですから。」
正直、年頃の女の子をそのまま部屋に寝かせた僕の監督問題なのだけれど……。
「ありがとうございます。ささ、朝食のご準備が出来ております。どうぞ。冷めないうちに。」
「ありがとうございます。実はお腹ぺこぺこなんです!それでは、お言葉に甘えて。」
食堂に着くと、可愛らしい小さなパンが2つに、見たことの無い植物をオリーブオイル?のような物で味付けしているサラダ、そして暖かいクリームシチューをご馳走してくれていた。
「わざわざすいません。僕、一文無しなのに。」
「昔からこの街は旅人には相応のおもてなしをするのが文化でしてね。王政が変わる前から観光目的の方にご満足頂くサービスを提供するのが我々の誇りなのです。」
「ちょっとだけ、僕の故郷に似ていますね。」
「おやそうなんですね。あなたもお若いのに賢明でおられる。まるで絵本に出てくる勇者様みたいですな。」
「絵本?」
「えぇ、この国に古くから伝わる絵本です。異界より降り立つ勇者が魔王を退治してくださると。そしてその勇者様が触れた物は、どんな病気や怪我でも忽ち治してしまう。そんな優しい、慈愛に溢れたお方だと。」
「僕は、そんな立派な人間ではありませんよ。」
「ははは、ご謙遜なさって。そろそろ娘も起きてくる頃でしょう。良ければ3人で朝食はいかがかな?」
「ご飯は大勢で食べた方が美味しいです。是非。」
するとアラドドさんの言う通り、食堂へ眠い目を擦って現れるヨランがやって来た。
車椅子用のエレベーター?みたいな木造の造りで、ゆっくりと下の階へガタガタガタと音を立てて降りてくる。
「……ふぁ〜おはよう、パパ。」
「ヨラン、お客様の前だぞ。それに昨日ご厄介になったそうじゃ無いか。」
「……お客様………………。わわ、私ったら何てはしたない。そうだった。昨日はごめんなさい。」
ははは、少し罪悪感が……。
にしても、昨日はよっぽど楽しんでもらえたみたいで良かった。この世界について詳しく教えてもらえたし、お互い様って事で。
「大丈夫だよ。ヨランちゃん昨日はよく寝れた?ちょうど呼びに行こうかと思ってたんだ。一緒にご飯食べないかい?」
「……あ……頂きます……。」
ヨランは少し恥ずかしそうに、食卓へ着いた。
「それでは、大地の神に。」
「大地の神に。」
そう言って2人は食事を始めた。
この国での宗教的な慣わしだろうか?
「アデンさん、昨日はよく眠れたかしら?」
「うん。よく寝れたよ。星草のベットより快適だった。」
「星草のベット?」
「……ん!んーん!こっちの話!!!」
「それにしても昨日のお話はとっても楽しかったです!特に“ブカツ”のお話とか、“シユウガクリキョウ”?のお話も!!」
「修学旅行だね。あれは僕のとっても楽しかった思い出なんだ。」
「私も同世代の子達とそーゆー事してみたい。」
「学校に通ってないの?」
「私には学ぶ為の目も走れる足も無いから。」
「そう、か。」
「えへへ、アデンさん今日はどうするの?」
「探している人が居るんだ。その人を少し探しに行こうと思うよ。」
「そっかー、またお話聞かせてくれる?」
「もちろん。いくらでも」
「ふふ、ありがとうございます。」
少女はそう言って美味しそうにご飯を食べた。
「アデンさんの故郷ですか?」
「あ、えぇ、昨日はその話を聞かせたんです。ご迷惑でしたでしょうか?」
「いえ、とんでも。娘も喜んでおりますので。この子は生まれつき目が悪く、足も悪いもんですから、いつも家に閉じこもって本を読んでばかりでして。」
昨日はあまり深く聞かなかったけど、僕も外に出れない人の気持ちはよく分かる。それに目が見えない人の気持ちも。
「……そうですか……あの、それなら!!」
僕はご飯を食べた後、ヨランを外へ連れ出してあげる事にした。
せっかく天気もいい日に、どうせなら気分転換をして貰いたいと思ったんだ。どれだけ目が悪く立って心地のいい風に当たるのはきっと気分がいいに違いない。
そう思って僕は車椅子を後ろで押し、少し散歩する事にした。
「アデンさん!!アデンさん!!どこまで行きますか?」
「そうだな〜僕はこの街の事あんまりよく知らないから近場を一周して帰ってこよっか。」
「んふふ、ありがとうございます。素敵な春晴れですね。」
「目が見えないのに、分かるの?」
「えぇ、だって小鳥の声がしますし、お日様の光を肌で感じるんですもの。」
「そっか。気分悪くなったらいつでも言ってよ。」
「うん!ありがとうございます。」
こんな事して、意味が無いって事は分かってる。
本当は、時の崩壊を防ぐ為に、こんな事してる場合じゃないって事も。
それでも、それでもだよ。この子は笑っている。
人生には、時にこんな瞬間があってもいいじゃないか。
目の前にいるこの子の笑顔に、少しだけ魅せられても。
そう思いつつ、僕らは街の散歩を楽しんでいた。
するとどこからか僕らを呼ぶ声が聞こえて来た。
「お兄さん、ちょっと旅人のお兄さん。」
「はい?」
「あ!タフユルさん?」
「タフユルさん?あ、どうも。」
その人はタフユル、と呼ばれているらしい。少し中年?くらいの女性が僕に話しかけて来た。
そして、彼女はお店を開いているようで、そこはまるで瓶に入った変わった液体を販売している、ジュース屋さん?のような場所だった。
「あらヨランちゃん、お散歩かしら。旅人さん。よね?」
「あ、えぇ、昨日この街に来ました。」
「あら。じゃあまぁ、せっかくこの街に来たんだから、これ貰っておくれよ。この街で作っているポーションさ。」
「ポーション?」
「治癒の効果があるの。どんな傷でもこのポーションがあれば怖くないわ。それだけじゃなくてね、モンスターに対して使うと魔除けにもなるのよ。記念に沢山持っていきな!」
「わわ、こんなに沢山?!ありがとうございます。せっかくなので頂きます。」
すると周りから『旅人』と言うワードを聞きつけてか、どうやら人が集まって来た。
「旅人の旦那!!良かったらウチの野菜も是非召し上がっておくれ。」
「旅人さんだって?良かったらウチのも!」
「ウチも!」
「ウチのモノも!」
「ワシのも記念に持ってけれ〜!!!」
気がつくと、あたりにいる人が次々と物珍しさに溢れて来ていた。
「わ、わー!!!ちょっとー!!!おおすぎーーーぃぃぃぃぃぃぃい!!!!」
僕は溢れ返る人々を押し退け、彼女を車椅子から抱えてその場から去った。
「わわわっ、アデンさん?!ちょっと。へ?!」
「……今はごめん。お叱りなら後で受けるから……!!!」
「わ、私は全然、構いませんけど。」
そう言って彼女は僕の首の後ろに手を回し、僕らは一目散にその場から去った。
道中、僕の手はしっかり彼女の足を固定し、頭をぶつけないように彼女の首から頭を守るようにしっかり抱き抱えた。
あまりの人の量に、僕はヨランちゃんを抱き抱えたまま、ホテルを目指して一蹴りに走った。車椅子を押して人混みを抜けるのは不可能だという、咄嗟の判断だった。
「……アデンさん?」
「一旦ホテルに戻るよ。大丈夫?痛くないか?」
「…………えぇ、私は大丈夫。と言うか、なんだか…………。」
あぁ、けど、車椅子をそのまま置いて来てしまった……。
旅人と知ると街の人があんなに押し寄せて来るなんて、この国伝統も恐るべし…………。
そう思いつつ、僕らはすぐさまホテルのロビーに駆け込んだ。
扉が閉まると、外の喧騒はピタリと止み、ロビーには僕らの荒い呼吸の音だけが響いていた。張り詰めた空気が、ゆっくりと解けていく。
「ヨランちゃん、ごめん。つい抱えて帰って来ちゃった。せっかく連れ出してあげたのに、ほんと、なんて詫びたらいいか。」
僕がホテルのロビーにある椅子にヨランを座らせると、ヨランは少し驚いたような顔を浮かべていた。
まるで、さっきまでの天真爛漫な様子とは打って変わり、何か少し勇気を振り絞るかのようにゴクリと唾を飲み込んだ。
何も映さないであろう彼女の瞳が、今はじっと、自分の膝のあたりを見つめているようだった。その小さな肩が、かすかに震えている。
「……わた……し……。」
どうしたのだろう?まさか、僕が運んできた時、どこかぶつけたのかな???
そんな恐怖心もありつつ、僕はゆっくり片膝を立てて彼女の手に触れた。
「……ヨラン……ちゃん?どうかしたの?どこか痛い?」
すると、彼女は椅子に座りながら、その場にゆっくりと足を付けて、足に力を入れ始めた。
「ちょっとちょっと、危ないよ。ちゃんと座ってなきゃ。」
僕の言葉も束の間、彼女は少しグラッとしつつも、ゆっくりその足で立とうとし始めた。
僕の手を掴みながら、ゆっくり、ゆっくりと。彼女なりの力で、少しずつ力を入れて、その細い足で立とうとし始めた。
「ヨランちゃん?足、立てるの?」
「…………わ……私、……。」
小さな足で、本当にゆっくりと、その地面を押し始める少女の姿がそこにあった。
立ち上がると同時に、少女の足にポタポタと水の雫が落ち始める。閉ざされていたはずの彼女の目から包帯の上からも感じられるくらい、大粒の涙が流れていた。
「……足、どうして。」
僕は思わず呟いた。
「……アデン……さん。私、包帯、」
「……あ、あぁ。そうだね。包帯変えようか?とりあえず一旦今のは外すよ。」
僕はそう言って彼女の包帯を少しづつ解き始めた。
結び目を解き、そして巻いてある包帯をゆっくりと外した。
すると、どう言う事だろう。
彼女の瞳には光があった。
ゆっくり、またゆっくりと、僕の方へ目を向けた。
僕の手をギュッと掴む。
気がつくと、彼女の瞳孔はしっかり僕を捉えていた。
「見える。見えてる。」
あたりに手を伸ばしながら。彼女はゆっくり歩き始めた。
「……あぁ、歩けるよ。歩ける。見えるよ。」
そう言ってヨランはまた、ポタポタと涙を流していた。
「…………!!!」
思わずヨランは僕に抱きついた。
「おっとっと…………。」
その勢いに少しバランスを崩しかけたが、僕は彼女の背中をそっと撫でた。その背中は少し震えていて、その涙はとても暖かかった。彼女は僕の胸の中でワンワンと泣いていた。
まるで、子供のように。
そりゃ、そうだ。
これまで出来なかった事が、途端にできるようになったんだ。
どれだけ不自由だっただろう。どれだけ欲しいと願っては諦めていた事だろう。
この子はたった1人で、戦って来たんだ。
ずっと暗闇の中、諦めずに。
「……うん、うん。頑張ったね。」
無意識に、そんな言葉が出て来た。気がつけば僕も涙が溢れていた。この子がどれだけ辛かったのか、これまでどれだけ求め続けて来たのか。
ゆっくりと少女の頭を撫でた。
子供をあやしつけるように。優しく、優しく。
「ずっと戦ってたんでしょう?今日まで、ずっと一人で。」
「泣かないで。よく頑張ったね。大変だったよね。」
「大丈夫。ただ嬉しいんだよね。」
それは、春の日差しが香る、ある一瞬の出来事だった。
この街で、本当に些細な、小さな小さな奇跡が起こりました。
どうしてかなんて今はどうでもいい。何でかなんて今は必要ない。
小さくも確かな物を僕らは育てて行くんだ。この先も。
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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また、アドバイスやご指示等ございましたら、そちらも全て拝見させて頂きたく思います。




