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『鉄の城と不滅の雷』

ブランガの行動は疾風のごとく迅速であった。ヴォルフラムの紹介を通じてアクスアルブの裏社会の無頼漢や闇商人たちと接触したブランガは、圧倒的なカリスマ性で瞬く間に彼らを心服させた。

「命が惜しくなければ、俺について来い。腹いっぱいのパンと、黄金の山を見せてやる」

ブランガは商人たちから資金を募り、都市の免税区画で自由市場を実践し始めた。関所を回避して誰もが自由に通商できるようにしたこの改革に対し、既存の利益を貪っていた大商人ギルドや領主の官僚たちは反発し、暗殺者を送り込んできた。しかし、夜陰に紛れて襲撃してきた暗殺者たちを待ち受けていたのは、ブランガが短期間で訓練し上げた「傭兵歩兵隊」であった。ブランガは彼らに、一般的な長槍よりも二尺以上長い超長柄の槍を持たせていた。

「引きつけるな! 寄ってくる前に上から叩き潰せ!」

石造りの回廊に響くブランガの怒号とともに、狭い通路に突き出された長槍の群れに対し、個人の剣技に頼る暗殺者たちは接近すらできずに叩き潰された。ブランガは捕らえた刺客の首領の首を躊躇なく跳ねると、大商人ギルドの本部である組合会館の門前に晒させた。

「ブランガ・オデュヌに逆らう者は、神の裁きを待つまでもなくこの地獄へ送る」

苛烈極まる恐怖と、通行税撤廃による商業上の利便性。相反する二つの車輪を回し、ブランガの名はアルストラーナ帝国全体の表舞台へと急速に轟いていき、その噂はアクスアルブを統括する刺史の耳にまで届いた。

ゴシック様式の館へと召喚されたブランガは、ひざまずく騎士たちの前で堂々と胸を張って立った。本来ならば火刑に処されてもおかしくない場面だが、側近の騎士の「ひざまずけ!」という怒声を無視し、をまっすぐ見据えて言い放った。

「老いぼれ役人。お前の顔には『死相』が出ているぞ」

館の中に重苦しい緊張が走る中、ブランガは続けた。「西方のグラッデェ……異教徒の大軍勢が、破竹の勢いで進撃していることすら気づかんのか。異教徒の騎兵がなだれ込んできたとき、お前はどこへ逃げる?」

「帝国の騎士団ですら苦戦しているのだぞ!」と反論する刺史に対し、ブランガは不敵に笑い、懐から数ヶ月かけて自ら測量させて作らせた詳細な兵站地図を床に広げた。

「帝国の騎士など、重い鎧を着て馬に乗っているだけの動く標的に過ぎん。俺に三千の歩兵と、アクスアルブの鍛冶場をすべて任せろ。『鉄の城と兵器』を作り上げてやる」

兵器――それは黒色火薬と鉄を組み合わせた、雷を吐く筒であった。より軽量で正確に連続射撃ができる「火縄銃」の大量生産に着手していたのである。刺史はブランガの圧倒的な覇気と現実的な軍事分析力に呑み込まれ、「しくじれば、お前を異端として火刑台に送り、その首を市門に晒す」と条件付きで彼の要求を受け入れた。


◇

東方の騎馬民族グラッデェ大軍勢十五万が、帝国西部を蹂躙したのである。アルストラーナ帝国全土が絶望の渦に叩き落とされ、帝国の重装騎士団は異教徒の軽騎兵と大砲軍団の前に惨敗。東の大都市。古都アンチアルマが陥落した。

第14代皇帝アラリックの異母弟親王イザークはボルゲーゼ親王領を捨て山脈を背にした南部の要塞へ逃走を開始した。世が暗黒の混沌へ突入しようとする中、山脈の入り口に位置する山隘「ヴェロニカ峠」に、突如として一隊の異形の大軍が現れた。

「退け! アクスアルブ義勇卿・ブランガ・オデュヌが軍である!」

漆黒の胸甲を身に纏い、整然と隊列を組む四千の歩兵。その先頭には、漆黒の馬に跨り赤いマントを羽織ったブランガと、大剣を背負ったヴォルフラムの姿があった。逃走途中で略奪を働いていた親王イザークの敗残騎士たちが「たかが傭兵隊長がしゃしゃり出るな!」と槍を構えて突進してくる。大陸最強とされた重装騎兵の突撃に対し、ブランガは冷ややかに右手を高く掲げ、そして振り下ろした。

「放て」

ドドドドォン!! と天を割るような大轟音が響き渡った。木製の防護柵の背後に控えていた一千の兵が掲げたのは、改良型火縄銃であった。凄まじい硝煙の中、突撃してきた重装騎士の前衛数十騎が鎧ごと撃ち抜かれて転倒し、後続の馬も折り重なって激しい混乱に陥る。未だかつてない雷鳴のような音と破壊力に恐怖し、戦意を喪失してひれ伏す騎士たちの中を、ブランガが馬を進めてくる。

「動くな。動く者は容赦なくこの雷で撃ち抜く。親王を出せ」

豪華な馬車から姿を現した老いた親王と若い側室に対し、ブランガは馬から下りることもなく不敵に言い放った。

「そうだ。腰抜け親王よ。お前の領土と地位はお終いだ。だが、このブランガがいる限り、このアクスアルブとお前の命は保ってやる。俺の作った要塞へ来い。そこで異教徒の十五万を迎え撃つ」

数ヶ月後、異教徒軍の最精鋭・三万の先鋒隊が南部へと押し寄せてきた。切り立った岩壁に挟まれた狭い谷間を抜けようとする彼らの前に現れたのは、常識を遥かに超越した巨大な防衛陣地であった。三段に組まれた土の塁壁と木製の防護柵、その背後に立ち並ぶ黒い筒を持った兵士たち。中央の丘の木製の椅子に腰掛け、ワインを飲みながら見下ろすブランガの隣で、ヴォルフラムが「本当にあの大軍を、この数千の歩兵で破れるのか?」と尋ねる。ブランガはニヤリと笑った。

「お前は吟遊詩人だろう。なら、これから起きることを、とびきり派手な叙事詩にして後世に残せ」

異教徒の精鋭騎兵「シパーヒ」の集団が地鳴りを立てて谷間へと突入してきた。狭い道ゆえに兵は極度に密集せざるを得ない。それはブランガが描いた通りの殺戮の構図であった。

「間合いに入れ……引きつけろ……」

ブランガが采配を振り上げた。

「第一列、構え! ――放て!」

ズドォオオオン!! 狭い谷間に爆音と煙が充満し、先頭の騎兵たちが吹き飛ぶ。

「第二列、前へ! 放て!」「第三列、放て!」

絶え間なく打ち出される鉛の弾丸。ブランガが構想し、この欧州の地で完全なる形へと昇華させた「三段撃ち」の戦術である。さらには、両側の崖の上から大量の黒色火薬を詰めた「鉄製手榴弾」が投げ落とされ、谷底は地獄の業火と爆砕音に包まれた。

「魔王だ! 黒い魔王が現れた!」

異教徒の誇る無敵の騎兵隊は、ブランガが仕掛けた「未来の軍制」と「地形の絶対的利用」の前に、自らの血の海に沈んでいった。数時間の戦いで異教徒軍は一万以上の死傷者を出し、潰走したのである。

戦いの後、夕日によって真っ赤に染まるヴェロニカ峠の丘で、ブランガは一人立ち尽くしていた。


ヴォルフラムが近づいてきて、いま起きた衝撃の戦いを詠んだ詩を手渡したが、ブランガは一読して鼻で笑ってそれを叩き返した。

「詩などどうでもいい。ヴォルフラム、次は古都アンチルマだ」

ヴォルフラムが「敵の本陣を突くつもりか?」と問う中、ブランガは空を見上げた。繋がっている夜空の色は同じであった。

「異教徒の大軍を完全に叩き潰し、東方を平定する。そして、帝都ラーナ……すべて俺の足元にひれ伏せさせる。オーレリア皇帝など、俺の飾りにしてやる」

二十歳のブランガ・オデュヌ。

「面白くなってきたな、この国も」

若き魔王の不敵な笑い声が、暮れなずむボルゲーゼ親王領の山々にどこまでも響き渡っていた。


登場人物一覧

* ブランガ・オデュヌ:都督の庶子である20歳の青年。異国風のベストに片刃の剣を帯び、卓越した戦術眼、兵站の把握力、火縄銃の「三段撃ち」などの革新的な軍制で破竹の勢いを見せるが、孤立無援の中でグラッデェ軍と戦い戦死した。

* ヴォルフラム:上質な羊毛のタバードを身に纏い、大剣を背負う流浪の吟遊詩人であり剣士。ブランガの副官として行動を共にする。

* アラリック:アルストラーナ帝国第14代皇帝(26歳)。若き支配者として憂いを抱えつつ、弟イリアードと共にブランガやグラッデェに対抗する思惑を巡らせる。

* イザーク親王:第14代皇帝アラリックの異母弟で、ボルゲーゼ親王領の君主。逃走中にブランガに救われるが、後にブランガを恐れて殺害を企て、逆に対策されていたブランガの手で誅殺された。

* イリアード親王(セレスティア親王):皇帝アラリックの異母弟で、フェルゼンヴァルデン砦にて13万の軍を預かる。「黄金の獅子剣」を託され、電撃的に補給路を断つことでブランガをアンチアルマに孤立させた。

* リゼリア(『水鏡将軍』):イリアード親王の妻。「遠見の眼」と「魂の潮流を読む力」を持つ異能の持ち主で、フェルゼンヴァルデン砦から戦況を見通し最高指揮権の代理資格を持つ。

* セシリア(『水明将軍』):リゼリアの従妹。リゼリアと共に帝国最高の特権称号を持ち、最高指揮権の代理資格を保持する。

* マートル・フォン・ブライトクロイツ:帝国の「中書令」。前帝の貴妃ソフィアの弟で、名門ブライトクロイツ家の当主。

* ヴァレリオ・フォン・ボルゲーゼ:帝国の三公の一角である「太尉」。重装甲の鎧を纏った老将で、殺害されたイザーク親王の叔父。

* リヒャルト・フォン・シュタインベルク:帝国の三公の長である「司徒」。太皇太后の兄であり、皇帝アラリックおよび皇后ロザリアの祖父。

* ジョヴァンニ・フォン・シュタインベルク:帝国の「尚書令」。リヒャルトの息子で、皇帝の叔父、皇后ロザリアの父にあたり、行政の実権を握る。

* ゲオルグ・フォン・フェルゼン:帝国の「侍中」を務める老政治家。

* ベアトリクス・フォン・オルデンブルク:土木・国家事業を統括する帝国の「司空」。

* ロザリア・フォン・シュタインベルク:皇后。皇太后の姪で皇帝の従妹にあたり、知謀に長けた進言を行う。

* エスゲイ・バール:騎馬民族グラッデェの首領で、「神の鞭」「草原の暴君」と恐れられる老覇王。長男の復讐のため35万の大軍勢を率いて侵攻した。

* カザン:エスゲイの長男(庶子)。15万の軍勢でアンチアルマを攻略するも、アクスアルブ近郊でブランガに敗れ戦死した。

* ベグ:エスゲイの次男(嫡子)。西の大秦国を陥落させた功績を持つ英雄。

* カガン:エスゲイの三男(嫡子)。功名心が強く血気盛んな若武者だったが、アンチアルマ城壁でブランガに討ち取られた。

* カサル:エスゲイの弟で、カガンたちの叔父。大弓の名手である歴戦の勇士。

* タルス:エスゲイの同母弟で、グラッデェ軍の最高宿将(軍師)。アンチアルマの攻城戦でブランガに打ち取られた。

用語集一覧

* アルストラーナ帝国:物語の舞台となる巨大な帝国。内部の腐敗や後継・権力闘争、西方からの異教徒侵攻により混迷を極めている。

* アクスアルブ:帝国南西部に位置する、交易路とレミ川・アシェロン川の水運が交差する繁栄した都市。ブランガが最初に勢力を築いた拠点。

* 古都アンチアルマ:帝国北方の要衝であり文化と繁栄の象徴。グラッデェにより一度落とされたがブランガが奪還し、最後は激しい攻防戦の舞台となった。

* 帝都ラーナ:アルストラーナ帝国の心臓部であり、白亜の城壁と「大理石の玉座の間」を備える宮殿が存在する。

* ヴェロニカ峠:山脈の入り口に位置する山隘。ブランガが火縄銃隊を率いてグラッデェの先鋒3万を退けた地。

* アイゼン平原:遮るもののない大平原。ブランガが野戦陣地を構築し、1万1千の兵でグラッデェ10万を打ち破った場所。

* グラッデェ:中央の大草原を拠点とする広大な遊牧騎兵民族連合。圧倒的な機動力と弓術を誇り、大秦国を滅ぼした。

* 大秦国:かつて文明の発祥地と謳われ不落の城壁を誇ったが、グラッデェによって徹底的に破壊・滅亡させられた西の国家。

* 火縄銃・三段撃ち:ブランガが黒色火薬と鉄を組み合わせて大量生産させた改良型火器と、絶え間なく鉛弾を打ち出すために編み出した革新的な射撃戦術。

* 鉄の砦(移動式鉄砦):馬車に鉄板を張り、銃撃用の銃眼を設けて野戦で即座に陣形を組めるようにブランガが考案した新兵器。

* 黄金の獅子剣:皇帝から賜与される帝国軍全軍に対する絶対的な軍権の象徴たる宝剣。

* 『水鏡』『水明』の称号:戦功により与えられる帝国最高の特権称号。正規軍から無条件で5千の兵を借り受ける権限や、「黄金の獅子剣」の最高指揮権を代理する法的権利を持つ。

* 乾燥蓮根:セレスティア領の特産物で、非常食用に高度な加工が施された高度な保存食。セレスティア側からブランガ軍へ「籠城して春まで生き延びろ」という挑発・蔑みを込めて届けられた。

* 枡形(ますがた):城門の奥に作られた、高い石壁で囲まれた半円形の殺戮空間(キルゾーン)。


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