第8話 ゾロ目の勝負
五月になり、高校生になって初めての中間考査も、なんとか無事に終わった。
一ノ瀬さんとは、ボウリングの後から何度かLINEをしていたが、中間考査が近づくと送るのを控え、気づけばやり取りは途切れていた。試験は終わったのに、なぜか今さら送りづらい。一ノ瀬さんから来ることはないから、再開するなら俺からなのに。
一方で、三間坂さんからは試験前どころか、試験期間中ですらお構いなしにLINEが飛んできていた。
そのたびに勉強の邪魔だと思ったし、そもそも本人は大丈夫なのかとも思った。彼女は「普段からちゃんとやってるから問題ない」と言っていたが――正直、怪しい。
そんなことを考えている今も、現代文の授業では中間考査後、最初の答案返却が始まろうとしていた。俺は内心かなり緊張しているというのに、隣の三間坂さんはいつも通り落ち着き払い、動じている様子がまったくない。
「……三間坂さん、なんか余裕ありそうだね」
「そう?」
くっ。
この返し、完全に手応えがあった人間の反応じゃないか。
もしかして、現代文が得意なのか?
「三間坂さん、現代文って得意?」
「文系はわりとね。まあ、特に苦手な科目もないし」
ぐっ……なんだその余裕のセリフは!
俺も一度でいいから言ってみたいぞ、そんなセリフ。
もっとも、「苦手はない」と言っても基準は人それぞれだ。今の言葉だけじゃ、三間坂さんの実力はまだ測れない。
答案は、出席番号順で返却されていく。先に呼ばれるのは、俺のほうだ。
「高居」
先生に呼ばれ、教卓へ向かう。
受け取った答案をさっと折り、周囲から見えないようにしながら、自分の体で壁を作って点数を確認した。
――88点。
口元が緩みそうになる。90には届かなかったが、なかなかいい。現代文は得意科目だ。これは胸を張っていいだろう。
少しだけ背筋を伸ばして、俺は席に戻った。
「その様子だと、点数よかったみたいだね」
三間坂さんが、にやりとした笑みを向けてくる。
心を見透かされている気がして少し癪だが、この点数なら負ける気もしない。今の俺には余裕がある。
「まあまあ、ってところかな」
「へぇ~。よかったらコツとか教えてよ」
「コツ? そうだな……」
俺は少し考えてから言った。
「たまにさ、『作者の気持ちを答えなさい』って問題に、『本人じゃないのにわかるわけない』とか言う人いるだろ? でも、あれって人の心の内を当てる問題じゃないんだよ。この文章をどう読み取るのが妥当か、っていう理屈の問題なんだ。感情論じゃなくて、論理で考える。それが大事」
「へぇ~、そうなんだ」
……その反応。感心してるのか、適当に相槌打ってるだけなのか、どっちだ?
本音を探ろうとしたそのとき、三間坂さんの名前が呼ばれた。
彼女はすっと立ち上がり、答案を取りに向かう。
先生から答案を受け取るなり、俺みたいに隠したりせず、その場でさっと点数を確認していた。
……堂々としてるな。見られるとか、気にしないタイプなのか?
ここからじゃ答案の中身は見えない。
せめて表情から手応えを読み取ろうと視線を移したが、三間坂さんの顔はいつも通りで、何の情報もくれなかった。
……手強い。
答案を二つに折った三間坂さんが席に戻ってきた。
俺は、彼女が腰を下ろすなり声をかける。
「三間坂さん、どうだった?」
「まあまあ、ってところかな」
むむ。俺と同じ返しをしてきやがった。さすがに、あっさり点数を教えてくれるほど甘くはないか。
でも、気になる。俺が勝ってるのか、それとも負けてるのか。たまにははっきりと、「俺のほうが上だ」って実感したい。
「……何点くらいだった?」
「高居君が教えてくれたら、私の点数も教えるけど?」
ちっ、そう来たか。
ギブアンドテイク。正論だ。
だが、点数をはっきり言うのは、リスクが高い。万が一負けてたりしたら、精神的ダメージがデカすぎる。
だけどやっぱり、気になる……!
はっきり言わずに、探る方法はないのか――
……そうだ。
「……正確な点数は言えないけど、ヒントならいいよ。僕の点数、ゾロ目だったよ。三間坂さんもヒントちょうだい」
さすが俺。
これなら、点数を言ったようで言っていない。ゾロ目と言っただけで、11から99まで可能性は多岐にわたる。しかも、これで三間坂さんもヒントを返さざるを得なくなった。
俺のような無難なヒントを咄嗟に返せるはずもなく、点数を推測できるようなヒントを出してくるはずだ。
さあ、三間坂さん。迂闊なヒントを、この俺に出すがいい。
「あー、一緒だね。私もゾロ目」
……は?
俺の期待をあっさり裏切る、まさかの同一ヒント。
とはいえ、状況は少しだけ整理できた。
今回の現代文のテストに、1点問題はなかった。つまり、99点はありえない。
また、彼女の余裕ある態度からして、66点以下というのも考えにくい。
つまり、残る可能性は、77点か88点。同点か、俺の勝ちか……この差は大きい。
なんとかこの勝負を確定させたい。
ただ、これ以上踏み込むには、俺が自分の点数を明かす必要がある。
言ってしまうか?
…………。
……いや、無理。
やっぱり恥ずかしい。
結局、俺は自分の点数を差し出す勇気が出ず、彼女の点数を知るのを諦めた。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。つくづく小心者だと自分に呆れる。
俺は、三間坂さんの手元へと視線を落とした。
「――――!?」
ちょっと待て。
今、ちらっと見えたんだけど……99点って書いてなかったか!?
――いや、落ち着け。
今回のテストに1点問題はない。それは間違いのない事実だ。きっと見間違いだ。そうだ、66点だ。66点を逆向きに99点と見間違えただけに決まっている。
早鐘を打つ胸を押さえながら、俺はもう一度、先生の解説を聞いている三間坂さんの机に目を向けた。
点数の部分は隠れている。だが――答案の中に、赤い「△」が見えた。
……△だと?
そうか。
2点問題で△なら――1点。
つまり。
99点は、あり得る。
……え。
最初の中間考査で、99点……?
三間坂さん、まじかよ……。あんなに無意味なLINEを大量に送りつけてきていたのに……。
「……三間坂さんって、塾とか行ってる?」
うわずった声で聞いていた。塾通いと独学、それならこの差も納得できる。そうだ、きっとそうに違いない。
「ううん。行ってないよ~」
くそっ、まじかよ。だったら――
「じゃあ、家庭教師を頼んでるとか?」
「にゃはは。そんなわけないじゃない」
嘘をついている顔じゃない。後ろ暗いところがある奴は、こんなふうに笑えない。
条件は同じってことかよ……。
だとしたら、何の差だ? 何かとんでもない勉強法でも持っているというのか?
「……三間坂さんって、どんなテスト勉強してるの?」
「ん? 普通だよ」
簡単には手の内を明かさないってことか。それはそうだろう。
「なに? もしかして、一緒に勉強したいとか? 期末のときは一緒にテスト勉強してみる?」
三間坂さんが目を細めて、にやりと笑った。
きっとこれは挑発だ。勉強しているとこを見せても、俺にはその秘密なんて暴けやしないという、彼女からの挑戦状に違いない。実に三間坂さんらしいやりかただ。
……いいだろう。その挑戦、受けてやろうじゃないか。
「……うん。よろしくお願いします」
「え……?」
なぜだろう。自分から持ちかけてきたのに、三間坂さんが目を丸くして、ぽかんと口を開けている。
どういうつもりだ?
もしかして、挑発に乗ってくるとは思っていなかったのか?
三間坂さんめ、俺のことを甘く見すぎていたな。昔の俺ならともかく、今の俺は、一ノ瀬さんとだってLINEを続けられるほどの男に成長している(最近はできてないけど)。挑戦を堂々と受けるだけの度量をすでに持ち合わせているのだよ。
「期末のテスト勉強、楽しみにしているよ」
胸を張って言ってやった。
「……うん。……楽しみ」
ん? なんだその赤くなった顔は?
ははん。さては、焦っているな。俺に秘密を盗まれるのを恐れているな。
ふふふ。今から期末が待ち遠しいぜ。




