第9話 体育祭の空気
すべての教科の答案の返却が終わると、校内の空気は一気に体育祭ムードへと切り替わっていった。
昼休み、朝のショートホームルームで配られた体育祭の競技一覧を見ていると――
「体育祭が五月って珍しいよね」
いつものように隣の三間坂さんが話しかけてきた。
「秋は文化祭、冬は寒い、六月は梅雨。七月は期末考査。そう考えると、五月というのは、妥当な選択かもしれないよ」
さすがの切り返しを見せてやった。五月開催と聞いてから、自分なりにその理由を考えておいたのだ。
「なるほど~。考えてるね! 新しいクラスで仲良くなるのにも、いいタイミングだよね」
嬉しそうだな、おい。三間坂さんにとって、体育祭はそういうポジティブなものなのか。
俺のように運動がそれほど得意でない人間には、面倒くさいだけの学校行事だというのに。
「先輩たちとも交流できるし、一石二鳥だね」
俺にとってのもう一つの不安要素を、嬉しそうに言いやがる。なにしろ、この学校の体育祭は、クラス対抗ではなく「組」対抗だ。学年が違っても、組の番号が同じなら同じチームになってしまう。俺たちは七組だから、一年七組・二年七組・三年七組で一チーム、という具合だ。足を引っ張れば、二年や三年の先輩にも迷惑をかけることになる。今からすでにプレッシャーが半端ない。
その中でも特に厄介なのが、全員の参加が義務付けられている「パフォーマンス」という種目だ。
この学校独自のもので、「オリジナル」か「応援」のどちらかを、必ず選ばなければならない。オリジナルは音楽に合わせて大人数で踊るダンス系。応援は音楽なしで、掛け声と振り付け中心の演技。どちらも、組ごとに一年から三年まで合わせて、六十人前後で行うらしい。正直、どんなものになるのか、まったく想像がつかない。
「高居君は、何に出るか、もう決めた?」
手元のプリントを指差しながら、三間坂さんが聞いてきた。
「パフォーマンス」のほかに、徒競走系と団体競技、それぞれ一種目ずつ出場しなければならない。
午後には出場競技を決めることになっているから、この昼休みのうちに、少なくとも希望だけは固めておく必要があった。
だけど――
「まだ考えてるところ」
自分の机の上の競技一覧に視線を落とす。
悲しいかな、俺は運動が得意じゃない。だからこそ、希望種目は慎重に選ぶ必要があった。
徒競走系はまずリレーが論外。そもそも選ばれるはずがない。
八百メートル走? 地獄だ。
四百メートルもきつい。
百メートルは楽といえば楽だが、速い奴が揃いそうで最下位が目に見えている。
そこで俺が目をつけたのが、百十メートルハードルだった。遅くても、「ハードルのせい」という言い訳が成立する。
これは重要なポイントだ。
「徒競走なんだけどさ……二人三脚とかどう?」
半ばハードルに決めかけたところで、三間坂さんが想定外の提案を放り込んできた。
三間坂さんのほうを見て、目をぱちぱちさせる。
二人三脚は確かに徒競走系競技の一つだが、男女ペア前提の陽キャ専用という印象が強く、最初から選択肢になんて入れていない。
遅くても、「二人三脚だから」ですべて説明がつくのはいいが――
「二人三脚って、女の子と組むやつだよね……ちょっと恥ずかしい気が……」
「私が一ノ瀬さんを誘うって言っても?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
いや、理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。
この人は、なんて爆弾をさらっと投げ込んでくるんだ。
一ノ瀬さんと二人三脚――そんなイベントが実現したら、今年の体育祭は一生忘れられない思い出になるに決まっているじゃないか。
「でも……僕が立候補しても、うまく一ノ瀬さんと組めるかどうかわからないよ?」
「一年生の二人三脚枠って、男女二人ずつでしょ? ペア決めはどうせグーパーになるよね」
「まあ、たぶん……」
「私、絶対にグー出すよ?」
「――――!?」
三間坂さん、策士すぎる。
ボウリングのときは意思疎通のミスで同じチームになってしまったが、事前に出す手を決めておけば、ああいう事故が起きる心配はない。
「で、どうする? 二人三脚、出る?」
「……そうだね。単純な走力勝負は避けたいと思ってたし、悪くないかも」
そう答えた途端、三間坂さんが、なぜか生暖かい目でこちらを見てきた。
思わず身構える。
「なにか?」
「ううん、別に」
いや、その目は絶対に何か察してるだろ。
というか、むしろ面白がっている気すらしてくる。
「じゃあ決まりだね。二人三脚。一ノ瀬さんのことは私が誘っておくから、任せて」
三間坂さんは、少し得意げに笑った。
「……別に一ノ瀬さんが理由で決めたわけじゃないけど……よろしくお願いします」
「そういえば、パフォーマンスはオリジナルと応援、どっちにする?」
「まだ決めてないけど……」
「一ノ瀬さん、オリジナルに誘おうと思ってるんだよね。高居君も一緒にどう?」
……それは、聞き捨てならないぞ。
パフォーマンスはどちらも男女混合。一ノ瀬さんと同じ種目になれるかどうかは、かなり重要だ。
「……実は僕も、オリジナルがいいかなって思ってたんだ。名前からして、自分たちで作り上げるって感じがして、なんか良さそうだし」
……む。
まただ。三間坂さんが、あの「全部わかってますよ」と言いたげな目をしている。
「……えっと、三間坂さんは、団体競技はどうするの?」
ばつが悪くなり、誤魔化すようにもう一つの出場競技へと話題を振った。パフォーマンスと違って、団体競技はすべて男女別。つまり、団体競技では一ノ瀬さんとも、三間坂さんとも同じ競技にはならない。
そのため、三間坂さんが何に出ようと関係はないのだが、ここは流れから聞くしかなかった。
「私は、『お邪魔玉入れ』にするつもり」
この学校の体育祭には、少し変わった種目が多い。お邪魔玉入れもその一つで、敵チームが棒の先の手のひら型ボードで籠の周りを囲み、玉を妨害するらしい。
ほかにも、「棒倒し」じゃなく「棒引き」だったり、名前だけでは何をするのかさっぱりわからない「台風の目」なんて競技もある。
「お邪魔玉入れか……確かに、三間坂さんに向いてる気がする」
「ちょっと、それどういう意味?」
……しまった。
三間坂さんの大きな目が、きゅっとつり上がって鋭くなる。
「いや、深い意味はないよ。……僕もそれにしようかな。なんだか面白そうだし」
とっさに取り繕ってみたけれど、果たして、ちゃんと誤魔化せただろうか……。
ちらりと見ると、三間坂さんはまだこちらを見ていた。
そして――くすっと小さく笑った。




