第10話 二人三脚のペア決め
午後のホームルームの時間になり、いよいよ出場種目を決める段になった。
進行役は体育委員の下林君と二階堂さんだ。二階堂さんは小柄なのに運動神経がよく、こういう場を仕切らせると妙に手際がいい。いかにも体育委員が板についている。
決め方はシンプルで、全員が第一希望を書いて提出し、定員を超えた競技はクジ引きだ。
配られたのは色違いの三枚の紙。集計のときにひと目で「徒競走系」「団体競技」「パフォーマンス系」がわかるようにしたそうだ。さすが、二階堂さん。
俺は迷わず、それぞれにこう書いた。
『二人三脚』
『お邪魔玉入れ』
『オリジナル』
提出が終わると、体育委員の二人が教卓で紙を広げ、てきぱきと仕分けを始める。
その待ち時間に、三間坂さんが小声で話しかけてきた。
「二人三脚にした?」
「うん」
「一ノ瀬さんに話したらね、私と一緒なら二人三脚にするって言ってたよ」
「……そうなんだ」
それを聞いて、内心ほっと胸をなで下ろす。もし「断られた」とか言われていたら、そもそも計画がスタート地点で終わっていた。
とはいえ、安心するにはまだ早い。希望通りにいくかどうかは運次第だ。
二人三脚の人気は読めない。女子と組むのを恥ずかしがって敬遠する男子もいれば、ノリで希望する陽キャもいるだろう。
女子のほうは……どう考えるのかまったくわからない。
「うまく希望通りになるといいね」
「……そうだね。あとは運を天に任せるしかない」
そう言い合っているうちに、教卓の前で二階堂さんが顔を上げた。
「それじゃあ、まずは希望人数と出場枠が一致した競技から発表します」
教室が静まる。
「徒競走系は一つだけ」
思わず背筋が伸びる。
頼む……!
「二人三脚です」
来たっ!
机の下で拳を握りしめる。
あとは、本当に一ノ瀬さんが二人三脚と書いてくれているかどうかだが――
「出場者は、仙石君、高居君、一ノ瀬さん、三間坂さん。この四人で決定です」
――――!
息をのんで、隣を見る。
三間坂さんも、もともと大きな目をさらに見開いて、俺のほうを見ていた。
ほとんど同時に、顔を見合わせる。
「あっさり決まっちゃったね」
「……だな」
「グーパーでペア決めるとき、今度は間違えないでよ」
まるで前回のボウリングの失敗が全部俺の責任みたいな言い方だが、不思議と腹は立たなかった。ここまで段取りを整えてくれたのは、間違いなく三間坂さんだ。一ノ瀬さんと俺がペアになる流れまで作ってくれている。
前回の失敗なんて余裕で帳消しだ。
なにしろ、もう一人の男子、仙石君はクラスでも一、二を争うイケメンで背も高い。もし一ノ瀬さんと組むことになれば、どう見ても美男美女ペアだ。
そんな仙石君と一ノ瀬さんが組む展開を回避する手を打ってくれている三間坂さんには、感謝しかない。
何を出されようが、パーを出し続けてやる――そう思って、自分の右手を見つめた。
ボウリング場の二の舞は演じない。俺は同じ失敗を繰り返さない男だ。
今度こそ、俺と一ノ瀬さんのペア……。
早くも、二人三脚で息を合わせて走る二人の姿を思い描いてしまう。
「じゃあ、ペアの決め方だけど――」
二階堂さんの声が教室に響いた。
俺は冷静に次の言葉を待ち構える。
「勝つためには、身長が近いペアのほうが有利だと思うんだよね。やるからには優勝を目指したいし」
嫌な予感がした。
「だから、ひと組は仙石君と一ノ瀬さん。もうひと組は高居君と三間坂さんで登録します」
俺は、自分の右手を見つめたまま、完全に思考停止した。
…………。
……今、二階堂さん、何かとんでもないことを言わなかったか?
いや、気のせいだ。そうに決まってる。ここまで完璧な流れで――そんな結末、あるわけがない。
……ない、よな?
俺は救いを求めるように、ゆっくりと隣を向いた。
「なんだか勝手にペア決められちゃったね。二階堂さんは運動好きだから、結構本気で勝ちを狙ってそうだもんね」
三間坂さんは、あっさりそう言った。
どうやら、俺が聞いたのは幻でも空耳でもなかったらしい。
確かに身長だけを見れば、仙石君は俺より高く、三間坂さんより一ノ瀬さんのほうが高い。二人三脚なら歩幅が近いほうが有利――理屈としてはわかる。
……わかる、けど。
体育委員だからって、そんなふうに勝手に決めていいのか?
それに、グーパーでの組み分けは三間坂さんが考えてくれた作戦だ。彼女だって、こんな形で潰されて納得できるはずがない。
俺は抗議の声を上げる仲間を求め、彼女の顔を見つめた。
「まぁ、体育委員に決められちゃったなら仕方ないよね。またペアになっちゃったけど、よろしくね」
……え?
俺の予想に反して、三間坂さんは、にかっと笑った。悔しがるでも残念がるでもなく、まるで今日一番の結果を受け取ったみたいに。
計画が水泡に帰したというのに、どうしてそんなに嬉しそうなんだ。もしかして、三間坂さんは相手が誰とか関係なく、この競技そのものが好きなのか?
そんなことを考えている間にも、ホームルームは容赦なく進んでいく。
出場枠に満たなかった競技、逆に希望者が多すぎてクジ引きになった競技が告げられていく。お邪魔玉入れも、オリジナルも、どちらもクジ対象だった。
……正直、二人三脚のペア決めで魂を持っていかれた俺は、その後の記憶が曖昧だ。
気づいたときには、俺はお邪魔玉入れのクジに外れ、なぜか「棒引き」という、内容がわかるようでわからない団体競技に出ることになっていた。三間坂さんは希望通りお邪魔玉入れに決まり、嬉しそうにしていた……気がする。
パフォーマンスについては、クジの結果、俺も三間坂さんも、そして一ノ瀬さんも、三人揃ってオリジナル。
「やったね。一緒だね」
三間坂さんは、確かそんなことを言って喜んでいた。あんまり覚えてないけど……。
あーあ。
俺が思い描いていた、一ノ瀬さんと並んで走る二人三脚。その隣を、いつの間にか仙石君が走っていた。
今年の体育祭は、始まる前から終わっていた。




