第7話 クッキー&クリーム
下林君から「カスタードプリン」というオーダーを受けた俺は、アイスの自販機の前に立っていた。三間坂さんはすでに一ノ瀬さんの分を買い終え、二人のもとへ戻っている。
……ほんと、下林君は無駄なところで時間をかけてくれたものだ。
俺は心の中で小さく愚痴りながら、カスタードプリンアイスのボタンを押した。
夏場だったら、ついでに自分の分も買っていただろう。だが今はまだ四月。さすがにアイスを食べるには少し早い。奢ってもらえるなら喜んで食べるが、自分で金を出してまで欲しいかと言われると、そこまでではない。
下林君の分だけを手に取り、俺はそのままみんなのところへ戻ろうとして――ふと、足を止めた。
思い出してしまったのだ。「私、クッキー&クリーム食べたいし!」と勝負の前、あんなに楽しそうに言っていた三間坂さんの声と顔を。
……そういえば、三間坂さん、自分の分のアイスは買っていなかった。あれだけ食べたがっていたのに、だ。
負けて自分で買うのは、プライドが許さなかったのだろうか。それとも、ボウリングしているうちに欲しくなくなった?
……いや、それはないな。
あんな顔で言っていたのに、急にどうでもよくなるとは思えない。
もしプライドの問題なら――自分で買わなければ、セーフ、になるかもしれない。
ポケットから財布を取り出す。小銭を数枚つまみ、硬貨投入口に落とした。
クッキー&クリームのボタンを押す。
ゴトン、と自販機の奥で鈍い音がした。
取り出し口に現れたアイスを手に取る。手のひらに、二本分の冷たさが伝わった。
俺はそのまま、二本のアイスを持って、みんなのいるほうへと歩き出す。
別に、大したことじゃない。
俺がふがいなかったことへのお詫び――ただ、それだけの話だ。
「下林君、これ」
みんなのところに戻った俺は、下林君にカスタードプリン味のアイスを差し出した。
「サンキュー」
下林君は、さも当然といった顔でそれを受け取る。
ぐっ……! 勝者の権利なのだから、この態度にも文句は言えない。
一ノ瀬さんとハイタッチまで交わしたうえに、他人の金で買ったアイスを悠々と食べるとは……今日という日は、下林君のために用意された日だったのだろうか。
俺は内心の悔しさを表に出さないよう努めながら、三間坂さんのほうへと歩み寄った。
「三間坂さん、これ。どうぞ」
少しだけ気まずさを覚えながら、クッキー&クリームのアイスを彼女の前に差し出す。
「え?」
珍しく、三間坂さんが戸惑ったような表情を浮かべた。
「負けさせたお詫び」
「……別に、高居君のせいで負けたわけじゃないよ」
その声は、意外なほど穏やかだった。
今日の三間坂さん、やっぱりどこか違う。
もしかしたら、自分にも負けた原因があると思っているのかもしれない。
あれだけ頑張ってくれたんだから、そんなふうに気にする必要なんてないのに。
「じゃあ……最後の投球で、僕のミスを挽回しようとしてくれたお礼。あれ、ほんとに格好よかったし」
「――――!?」
……ん?
今の三間坂さんの表情。少し驚いて、それから照れたように視線を逸らす仕草。
正直――可愛い、と思ってしまった。
頭を振る。
……待て。
三間坂さんが可愛い?
確かに、顔立ちだけで言えばクラスで三番目に可愛い。そこは認める。
でも今の「可愛い」は、単なる造形の話じゃない。
表情とか、反応とか。
つまりそれって、外見じゃなくて――中身込みで可愛いって思ってるってことじゃないか?
……それは、いろいろとまずい気がする。
「……じゃあ、もらっておく。ありがとね」
俺が頭を抱えかけたところで、三間坂さんはアイスを受け取ってくれた。
……よし。この問題については、今は考えない。考えると面倒な方向に行く気がする。
三間坂さんは、嬉しそうにコーン型アイスのパッケージを剥がした。白いクリームの中に、クッキーの粒が見える。
……意外と子供っぽいところもあるんだな。
そう思って眺めていると、彼女は予想外の行動に出た。
「はい。一口いいよ」
三間坂さんは自分が食べる前に、俺の口元へアイスを差し出してきた。
「え、僕は別に……」
「奢ってくれたお礼に。一口だけね」
……まあ、このアイスは俺の金で買ったものだ。
一口くらいもらっても、罰は当たらない……はず。
「じゃあ、一口だけもらうよ」
そう言って、少しだけ深めにアイスにかぶりついた。
――冷たっ!
歯の芯がきしむ。
けれど、クッキーの欠片がいいアクセントになっていて、味はなかなか悪くない。
……クッキー&クリーム、いいかも。
今度自分で買うなら、これにしようかな――なんて考えながら、口の中に広がる甘さを堪能する。
「じゃあ、私もいただきます~」
三間坂さんが、俺がかじって欠けたそのアイスを、自分の口元へ運ぶ。
……ちょっと待ってくれ、三間坂さん。
そこ、今、俺の唇が触れたところと、ほぼ重なってるんだけど!?
それ、そのまま食べたら――いわゆる「間接キス」ってやつになるんじゃないのか!?
俺が一人でテンパってる間に、三間坂さんはお構いなしにアイスに口をつけてしまった。
もちろん、俺の唇が触れた部分にも三間坂さんの唇が触れているわけで――
くそっ……!
なんで俺の顔、こんなに熱くなってるんだよ!
これが一ノ瀬さんならともかく、相手は三間坂さんだぞ!?
男友達とアイスを食べ合うのと大差ない――
……男同士でそれは普通に嫌だな。
でも、三間坂さんとは……嫌じゃない。
なんだこれ。恥ずかしいし、落ち着かないし、心臓うるさいし……もう、意味がわからない!
俺はそれ以上見ていられなくなって、慌てて顔を逸らした。
どうにか平静を取り戻したころには、次のゲームが始まっていた。
あのときの俺は完全に自分の感情でいっぱいいっぱいで、三間坂さんがどんな表情でアイスを食べていたのか、まったく覚えていない。
……まあ、三間坂さんのことだから、たぶん何も気にせず、いつも通りの顔で食べていたんだろう。
このあと俺たちは賭けなしで、同じチームのまま二ゲーム続けてプレイした。
賭けがなくなると余計なプレッシャーが消えるのか、俺は驚くほど調子よく投げられて、結果はソラノユキチームの二連勝。
一ノ瀬さんとハイタッチは結局できなかったけど、ストライクも何度か取れたし、格好いいところはそれなりに見せられたと思う。
ゲーム終了後。
三間坂さんの提案で、全員でLINEを交換することになった。
つまり――俺は、一ノ瀬さんとLINEで繋がったわけで。これに関しては、本気で三間坂さんに感謝するしかない。
……ただ、一つだけ言わせてもらうなら、二ゲーム目以降はチーム分けを変えてもよかったんじゃないだろうか? そうすれば、俺と一ノ瀬さんが同じチームになって、ハイタッチだって……。
三間坂さんなら、そのくらい気づいて提案してくれてもよさそうなものなんだけどなぁ。
結局、何度もハイタッチした相手は三間坂さんだけだった。
……今もまだ、俺の手のひらには、彼女の手の感触が残っている。




