第6話 「まだ終わってない」
俺たち全員の視線が、弾かれたピンを追う。
だが――
現実は、そう甘くなかった。
10番ピンへ向かって飛んでいったそのピンは、届く前に闇の奥へと消えていく。
惜しい。
本当に、惜しかった。
あとほんの少しだった。
しかし、倒れたのは一本だけ。
スペアにならず、向こうのスコアには一歩及ばない。
――こうして俺たちは、一点差でウミノシズクチームに敗れた。
「……ごめんね、高居君」
戻ってきた三間坂さんが、申し訳なさそうに笑う。
――違う。
どうして、三間坂さんがそんな顔をするんだ。
悪いのは俺だ。
この状況を作ったのは、全部俺のミスだ。
それなのに――
三間坂さんは最後まで諦めず、俺たちに希望を見せてくれた。
興奮させられたし、「もしかしたら」と本気で思わせてくれた。
そんな彼女が、謝るなんて――おかしい。
「謝らないで! 三間坂さん、すごかったよ! 本当に、惜しかった!」
思っていた言葉が、口から溢れていた。
一瞬きょとんとした三間坂さんは、やがてふっと表情を緩める。
「……ありがとう。応援、すごく嬉しかった」
そう言って三間坂さんは、照れたように笑った。
――応援。
さっき、俺が叫んだあれか。
途端に頬がかっと火照る。だけど、三間坂さんの顔から曇りが消えたのを見て、胸の奥でつっかえていたものがふいに軽くなった。
負けたはずなのに、不思議と悔しさはそれほど残っていない。むしろ、さっきの一投を思い出すと、胸の底がまだ熱かった。
その余韻に浸っていると――
「危なかったけど、俺たちの勝ちだな。アイス、よろしく頼むぜ」
下林君が勝ち誇った顔で、勝者の特権を口にした。
くっ……! あの三間坂さんの魂の一投を見ても、下林君の心は動かないのか!? あの投球に免じて「賭けはなかったことにしよう」くらい言うのが男ってもんだろ。
……って、そうはいかないよな。
負けは負け。そこはもう、潔く受け入れるしかない。
「……わかってるよ。で、どの種類がいいの?」
「そうだなぁ……」
下林君は腕を組んで、真剣な顔で悩み始めた。
このボウリング場にはアイスの自販機が置いてある。セブンティーンアイスってやつだ。その名の通り、十七種類のアイスが選べる。俺もまだ全制覇には程遠い。迷う気持ちもわかる。
そういえば、この名前には、「子供から十七歳まで楽しめるように」という意味もあるらしい。高校生がこのアイスを賭けて盛り上がっているのを見たら、名づけた人もきっと喜んでくれるだろう。
それに、負けはしたものの、一ノ瀬さんに奢れること自体は、俺にとってはご褒美のようなもの。あの一ノ瀬さんに食事(アイスだって食べ物だ)を奢ったことがあるという実績が、俺の経歴の中に刻まれるんだからな。
そう考えて、好きなアイスの種類を聞こうと一ノ瀬さんへ顔を向けると――
「一ノ瀬さんは、どのアイスにする?」
俺より先に、三間坂さんが聞いていた。
「じゃあ……私は木苺のチーズケーキにしようかな」
一ノ瀬さんらしいチョイスで可愛らしい――ってそうじゃない。それは俺の役目だ。なぜ三間坂さんがそこにいる。
下林君なんかにだけ奢って、一ノ瀬さんとの「はい、どうぞ」「ありがとう、高居君」のやり取りを奪われたら、俺はただのピエロじゃないか。
「三間坂さん、ここは二人分、僕が出すよ」
三間坂さんに声をかける。一ノ瀬さんに奢る特権を渡すわけにはいかないし、なにより、あんなに頑張ってくれた三間坂さんにお金を出させる気にはなれない。
だけど、三間坂さんはいつも以上につり上がった目を、さらに鋭くした。
「だめだよ! 私たち、チームなんだから!」
……チーム?
言われて、すぐに言葉が返せなくなる。
隣の席のちょっとおせっかいな女子だと思ってたけど、今日の三間坂さんは頼れる相棒だった。彼女のスペアに心が跳ね、外したときは自分がミスったときより悔しさを感じた。
そうだ。間違いなく、俺と三間坂さんは、二人で一つのチームだった。
「一ノ瀬さんの分は、私が出すからね!」
そう言い切ると、三間坂さんは俺の返事も待たず、さっさとアイスの自販機へ向かってしまった。結んだサイドテールが、歩くたびにぴょこんぴょこんと跳ねる。
「……そうだね。負けの責任は二人で取ろう。僕たちはチームだからね」
小さくつぶやいた。
誰かに聞かれるわけにはいかない。でも、ちゃんと口にしておきたかった。
――ところで、下林君。さっきからうんうんうなってないで、いいかげんに欲しいアイスを決めてくれないかな!




