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隣の席の三間坂さんは、俺の恋を応援するのが下手すぎる  作者: グミ食べたい
第1章 隣の席の三間坂さん

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第4話 ハイタッチ

 ……ちょっと待ってくれ。

 あ、ありのまま、今起こったことを話すぞ。

 俺はグーを出して一ノ瀬さんとペアになるはずだった。

 だが、気づいたら、三間坂さんとペアになっていた。

 な、何を言っているのかわからないと思うが、俺にも何が起こったのかわからない。

 頭がどうにかなりそうだ。

 催眠術だとか、後出しだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。


「おー、一ノ瀬、同じチームだな。よろしくな!」

「うん、足を引っ張っちゃうかもしれないけど、よろしくね」


 くっ! 下林君が一ノ瀬さんの隣に立ち、当たり前みたいに会話を始めている。

 本来、あそこに立っているのは、俺のはずだったのに!

 悔しさで噛みしめた唇が痛い。

 そこへ、三間坂さんが近づいてきた。

 距離が詰まっても速度が落ちない。

 そのまま三間坂さんの顔がぐっと寄ってきた。

 ……いや、ちょっと近すぎないか?

 中学までの俺なら、女子と喋るとき、まともに顔を見ることなんてできなかった。今は……まぁ、三間坂さんで鍛えられた。それでも、この距離はさすがにきつい。ほんのりシャンプーの匂いまでする。


「ちょっと。合図したのに、なんでグー出してるのよ」


 小声だが、明らかにイラっとしている。

 ……なぜ俺が怒られている?


「いや、待ってくれ。三間坂さんがグー出せって合図したから、僕はグーを出したんだけど……」

「違うって! あれは『私はグーを出すよ』って意味!」


 ……わかるか、そんなもん!

 これはさすがに、俺は悪くないと思う。どう考えても誤解するだろ。

 文句の一つも言ってやろうとしたが、その前に三間坂さんはいつもの顔に戻っていた。


「まぁ、でも……もうチーム決まっちゃったしね」


 彼女は、少しだけ肩をすくめて続ける。


「一緒にやってれば、一ノ瀬さんと仲良くなるチャンスもあるでしょ。せっかくだし、楽しもうよ」


 そう言って笑った三間坂さんは、ほんの一瞬だけ俺から目を逸らした。

 ……まぁ、確かに一理ある。


「……そうだね。せっかくみんなで来たんだし、楽しむのが一番だよね」

「そうそう!」


 三間坂さんは、にかっと笑った。

 俺の勘違いで、せっかくのお膳立てを台無しにしたはずなのに――それでも、こんなふうに笑ってくれる。

 ……うん。

 やっぱり、三間坂さんって、ちょっと苦手なところもあるけど――いい人、なんだよな。


 そして――シューズを借り、ボールを選ぶ。

 ボールは12ポンド。俺はコントロール重視だから、この軽さが一番しっくりくる。

 レーンに戻ると、すでに一ノ瀬さんと三間坂さんはボールを台に置き終わっていた。下林君はまだ遠くの棚の前で、ボールを持ち上げては首をひねっている。


「下林君、まだ選んでるね。こだわり派なのかな?」


 棚のほうを見ながら、三間坂さんが首をかしげる。


「手が大きいから、合う穴がなかなかないんじゃないかな」


 とはいえ、一ノ瀬さんを待たせるのはいただけないぞ、下林君。

 ちらりと一ノ瀬さんのほうを見ると、彼女はボールを置いた台の前で、備え付けの布を手に取っていた。そのまま、自分のボールの、指を入れる穴の周りを拭う。続けて、三間坂さんのボールも、俺のボールも。

 あの布は、ボールについたレーンのオイルを拭き取るためのものなんだよな。曲がり方が安定するとかで。まだ誰も投げていない今、拭いても仕方ないし、そもそも俺たちの中に曲がるボールを投げられる奴がいるとは思えない。

 でも、一ノ瀬さんが考えているのは、たぶんそういうことじゃない。前に使った人の汚れが穴に残っていて、指が滑ったら危ない。きっと、それだけだ。だから、自分の分のついでに、自然とみんなの分まで手が動く。

 ――こういう人なんだ、一ノ瀬さんは。

 なんだか嬉しくなってくる。


 しばらくすると、下林君が戻ってきて、ようやくゲーム開始の準備が整った。

 チーム名は、申し込み用紙を書くときに、三間坂さんがさっさと決めてしまっていた。

 俺と三間坂さんのペアが「ソラノユキ」、下林君と一ノ瀬さんのペアが「ウミノシズク」。

 高居宙と三間坂雪、下林海と一ノ瀬雫。名前をくっつけただけのチーム名だ。

 その三間坂さんが、また何かを企んでいる目を、みんなのほうに向けている。


「ねぇねぇ、どうせやるならさ、何か賭けない?」


 おいおい三間坂さん。賭け事は法律で――と言いかけて、口をつぐむ。あの目をした三間坂さんが、ただの思いつきで言い出したとは考えにくい。何か考えがあるはずだ。


「いいな。じゃあ、負けたチームが勝ったチームに自販機のジュース奢るとか?」

「ジュースよりアイスがいい! アイス! ほら、あそこアイスの自販機あるし。一ノ瀬さんもアイスのほうがよくない?」

「私は……どっちでも……」

「はい決定~。アイスね!」


 俺が何も言っていないのに、アイスを奢ることが決まってしまっていた。

 だけど、悪くない。

 奢るにしろ、奢られるにしろ、一ノ瀬さんと関わることができる。これは、同じチームではなく、対戦相手だからこそ成立する関係だ。

 さすがだ、三間坂さん。そこまで考えてくれていたとは。

 俺はこっそり礼を言うために、三間坂さんに近づいた。


「高居君、勝とうね! 私、クッキー&クリーム食べたいし!」


 三間坂さんは、両手でグーを作って、目をきらきらさせていた。

 ……何も考えてない。これは、単に自分が食べたかっただけだ。

 さっきの感心を返してほしい。


「どうしたの? そんな落ち込んだ顔して。もしかして、負けそうとか思ってる?」

「思ってない。――ここは、勝つよ」

「おっ、言うじゃない。頼りにしてるよ」


 三間坂さんの思惑が、食べたいだけだったとしても構わない。結果として、一ノ瀬さんと関われるのは間違いないんだし。それに、どうせなら、一ノ瀬さんから手渡されたアイスを食べたい。

 ここは、意地でも負けられない!


 こうして、アイスを賭けた「ソラノユキ」と「ウミノシズク」の対決が始まった。

 先攻は「五十音順」という、よくわからない理由でウミノシズクからだ。


「じゃあ、まず女子からどうぞ~」

「え、私からなの?」


 下林君の言葉に、一ノ瀬さんが戸惑いの声を上げる。

 こういうのもレディファーストと言うのだろうか。

 いや、でも普通は先に投げて格好いいところを見せるべきじゃないのか、下林君。まだまだ甘い男だ。


「ピンが残っても大丈夫。俺が倒すからさ」


 …………。

 なるほど、そういう考え方もあるのか。

 今度、俺も使おう。


「じゃあ、行くね」


 少し恥ずかしそうに、一ノ瀬さんがボールを抱えてレーンへ向かう。

 ――可憐だ。

 パンツスタイルのせいか、動きがすごくきれいに見える。


 一ノ瀬さんの一投目。フォームは無駄がなく、静かで、品がある。

 その場で止まって投げたり、意味なく助走を止めたりもしない。レーンにボールが置かれる音さえ、控えめで美しい。

 ……見ているだけで、満たされた気分になる。

 そうやって投げられたボールは、ヘッドピンにしっかり当たった。

 しかし、右側に三本、ピンが残る。


「あとは俺に任せとけ!」


 下林君がボールを手に前へ出る。

 ――くそっ!

 あの残り方なら、俺だってスペアを取れるのに! このままじゃ、いいところ全部持っていかれる!

 外せ。外せ。外せ。

 友達同士のボウリングで考えることじゃないのはわかっている。

 でも、これは――仕方ないよな?


「よっしゃ!」


 俺の祈りもむなしく、下林君の力強いボールが残りのピンをまとめてなぎ倒した。

 しかも、こっちに戻ってきて――一ノ瀬さんと、両手でタッチ。二人の手が音を立てて触れ合う。

 ――ああ、くそ! 本当なら、俺があんなふうに手を合わせていたはずなのに……。

 今さらながら、あのときのグーパーが悔やまれてならない。


「高居君、私たちも負けていられないね!」


 俺と違って、三間坂さんはメラメラという文字が見えそうなほどやる気満々で、心底楽しそうだった。

 ……まぁ、せっかくボウリングをしにきているんだから、楽しそうなのが普通だよな。三間坂さんを見ていると、勝手に悶々としている俺のほうが、どうかしている気がしてきた。

 そんな俺をよそに、三間坂さんは11ポンドのボールを手に、レーンの前に立った。

 こうして三間坂さんの後ろ姿をじっくり見るのは、初めてかもしれない。横顔なら隣の席で見慣れているけど。

 しかし、こうして後ろから見ると、黒のニーソックスに縁取られた脚のラインが、やけにはっきりと目に入ってくる。

 きっと下林君が、三間坂さんの脚がきれいだなんて言ったせいだ。

 見るべきじゃないと思えば思うほど、余計に意識が向いて、ふくらはぎの締まり具合や、太ももの肉付きまで見てしまう。細いけれど形のいいふくらはぎ。そこからつながる、存在感のある太もも。ニーソックスがそこに食い込んでいるのが、妙に生々しい。


 ――いや、違う。

 これは別に、三間坂さんだからどうこうという話じゃない。

 同級生の女子がこういう格好で目の前に立っていれば、健全な男子高校生なら多少は意識する。それだけだ。

 そんなことを頭の中で必死に言い訳しているうちに、三間坂さんは意外なほど迫力のあるフォームで一投目を放った。

 ボールはいいコースを通り、ヘッドピンを直撃。

 白いピンが派手に弾け飛ぶ。


「ああ、惜しい!」


 声が出た。

 ストライクかと思ったが、右端に一本だけ、しぶとくピンが残っている。


「いい感じだったんだけどね。高居君、あとはお願い」


 戻ってきた三間坂さんが、少し申し訳なさそうにこっちを見てきた。

 いやいや、十分すぎるだろ。女子でこれだけ投げてくれたら、文句のつけようがない。

 本当なら「任せて」と格好よく言えればいいんだろうけど――


「……やれることは、やってみるよ」


 それが、今の俺に言える精一杯だった。大口を叩いて失敗するほどのメンタルは、残念ながら持ち合わせていない。

 12ポンドのボールを手に、レーンへ向かう。

 ……思った以上に緊張する。チーム戦って、自分一人で投げるより、ずっとプレッシャーが重い。

 残っているのは、右端の一本。

 セオリーなら、左から斜めにクロスで狙う場面だ。

 しかし、俺はその投げ方が苦手だった。レーンのまっすぐな木目が目に入ると、どうしても感覚が狂ってしまう。

 だから、まっすぐ。

 右端から、そのまま右端のピンを倒すつもりだ。

 ――俺は、まっすぐなら投げられる。

 そう自分に言い聞かせながら、ボールを構える。

 力はいらない。

 後ろに振った腕を、ただ前に出すだけ。

 迫力とは無縁のフォームから放たれたボールは、三間坂さんの球速と大差ない、いや、下手をすればそれより遅いくらいの速度で、レーンの端を静かに転がっていく。


 ――行け。

 頼むから、ガターに落ちるなよ。

 綱渡りを見守る観客みたいな気分だ。

 ボールは右に逸れることなく進み続け、やがて――


 コツン。

 小さな音を立てて、右端のピンが倒れた。

 ――よっしゃあ! スペアだ!

 派手なガッツポーズなどできない俺は、代わりに右手を強く握りしめる。

 振り向くと、三間坂さんが目に飛び込んできた。まるで自分のことのように嬉しそうな顔だ。

 しかも、立ち上がって両手を広げて待っている。

 ……え、これって。

 ほんの一瞬だけ固まったが、体は勝手に動いていた。

 俺は走り寄り、差し出されたその手に、自分の手を重ねる。


「ナイススペア!」

「……うん」


 触れ合った瞬間、三間坂さんの温もりが伝わってくる。

 温かい――それ以上に、小さくて、驚くほど柔らかい。

 女の子の手って、こんな感じなんだ……。

 俺はスペアを取ったことも忘れてその感触に戸惑い、そしてなぜか胸が高鳴っていた。


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