第3話 三間坂さんの合図
道中、何を話したのかはあまり覚えていない。気づけば、ボウリング場の前に着いていた。
中に入った途端、甲高いピンの音と、どこか甘い油の匂いが迎えてくれた。この空気だけで、早く投げさせろと腕がむずむずしてくる。
とはいえ、俺のボウリングの腕前は、平均スコア百二十くらい。極端に下手ってわけではないが、自慢できるほどでもない。それでも、ストライクの一つくらいは取れるつもりだ。なんとしても、その格好いい姿を、一ノ瀬さんに見てもらいたい。
三間坂さんには――とりあえず、一点でいいから勝ちたい。負けたりしたら、ずっとそのことを言われそうな気がする。
「投げる順番、どうする? とりあえず男女交互にする?」
申し込み用紙の登録名のところでペンを止め、下林君が全員の顔を見渡した。いつの間にか彼が仕切っているが、まぁ、こういうときはありがたくもある。
「あー、待って待って」
三間坂さんが手を挙げた。何かを企んでいる目だ。こういうときの三間坂さんは要注意だ。
「せっかくだし、親睦深めるためにチーム戦にしない?」
……チーム戦?
これはボウリングだぞ。
「三間坂さん、チーム戦ってどういうこと?」
一ノ瀬さんが首を傾げる。その仕草すら可愛い。
……いや、今はそれどころじゃない。俺も同じ疑問だ。
「男女でペアになって、一人一球ずつ投げて一フレームを完成させるの」
「私、あんまり上手じゃないから……迷惑かけちゃいそう」
一ノ瀬さんが控えめに言うと――
「大丈夫大丈夫、俺がカバーするから!」
下林君が即座に被せてきた。
……そこは俺が言いたかったのに。
だが――このルール、悪くない。むしろ、かなりいい。
同じペアになれば、自然と会話も増える。
一ノ瀬さんと組めたら、今まで教室ではほとんど話せなかった距離を、一気に縮められるかもしれない。
「高居君も、もちろん賛成だよね?」
三間坂さんが、意味ありげに片目をつぶってきた。
これは提案に乗れということだろう。
「僕もいいと思うよ」
真意はわからないが、ここで反対する理由はない。
俺はおとなしく頷いた。
「じゃあ、組み分けどうする?」
「男女それぞれでグーパーしよ」
「それが公平かな」
話はあっという間にまとまった。
確率は二分の一。あとは――運を信じるしかない。
……と、そのとき。
視界の端で、三間坂さんがちらちらとこちらを窺っている。
そして、さりげなく――握った拳を俺のほうへ向けた。
――――!
これは、グーを出せという合図だ。
ズル……かもしれない。だが、そんなことは、今はどうでもいい。三間坂さんは、俺が一ノ瀬さんと同じペアになれるよう気を利かせてくれているんだ。
そもそも、一ノ瀬さんと行くボウリングに俺を誘ってくれたのは、三間坂さんだった。
俺は今まで、彼女をずいぶん誤解していたのかもしれない。さっきも、要注意だ、なんて思って申し訳なかった。
「おい、高居。何してんだよ、早く決めようぜ」
空気を一切読まない下林君の声に、現実へ引き戻される。
「あ、うん」
「じゃあいくぞ。グーパーでわかれましょ!」
下林君のちょっと変わった掛け声と同時に、俺は迷わずグーを出した。
下林君はパー。
――よし。
もしさっきの視線のやりとりに気づかれていたら、同じ手を出される可能性もあったが、どうやらバレてはいない。男子の組み分けは、あっさり一発で決定した。
「男子のほう、決まった?」
三間坂さんが、何食わぬ顔で声をかけてくる。なかなかに演技上手じゃないか。実に頼もしい。
「おう、決まったぞ」
下林君め。この組み合わせが仕組まれているとも知らずに、呑気なもんだ。
「こっちも決まったよ。――せーのっ」
三間坂さんの掛け声と同時に、俺たち四人は、それぞれの手を前に出した。
ふふふ。悪いな、下林君。
グー同士、一ノ瀬さんとペアになるのは――俺だ。
俺は勝利を確信しながら、一ノ瀬さんの手へ視線を向ける。
細くて、指がすっと伸びた綺麗な手だ……。
……ん?
待て。
指が伸びている……?
一ノ瀬さんが出しているのは――どう見ても、パーだ。
嫌な予感に背筋が冷え、慌てて三間坂さんのほうを見る。
そこにあったのは――固く握られた手。
見まがうことなきグーだった。




