第2話 私服の三間坂さんは、ちょっとずるい
気づけば、ボウリング当日。実は俺をからかう嘘なんじゃないかと疑いつつ、今日を迎えてしまった。
待ち合わせは駅前に十四時。
女子と待ち合わせなんて、生まれてこのかた経験がない。念のため早めに家を出た結果、三十分も前に着いてしまった。
もっとも、スマホゲームのデイリークエストを消化していたので、そこまで手持ち無沙汰でもないが。
「お、高居。早いな! 昨日急に誘われたときは驚いたけど、女子はまだか?」
声をかけられて顔を上げると、すぐ近くに下林君が立っていた。見慣れない色のチノパンに、ダボついていないシンプルなシャツ。その上に軽めのジャケットを羽織り、いつもの制服姿とまるで違う。
男子がもう一人必要と言われ、同じ中学出身で、声をかけやすかった彼を選んだのだが……まさか、こんな「ちゃんと考えた」格好をしてくるとは思っていなかった。
……まずいぞ、これは。
一ノ瀬さんと遊べることに浮かれて、服装のことが完全に抜けていた。俺はダボっとしたデニムに、ユニクロのチェックシャツ。いつも通りの普段着だ。
いや、まだ慌てる時間じゃない。一ノ瀬さんも三間坂さんも地味な格好で来れば、逆に下林君が一人だけ浮く。そうだ、それでいい。
「まだ僕だけだよ」
内心の焦りを隠して、平常心を装う。
それにしても、「僕」だなんて、我ながら行儀がいい。頭の中ではずっと「俺」なのに。口に出すと、なんだか生意気に聞こえそうで嫌なのだ。
「そっか。まぁ、遅れてくるよりはいいよな」
それには同意だ。
三間坂さんはともかく、一ノ瀬さんを待たせるなんて、絶対にあってはならない。俺の一分と一ノ瀬さんの一分では価値が違う。
時計を見れば、もう約束の時間まで五分を切っている。あんなことを言いながら、下林君が来たのはギリギリの時間じゃないか。
「お、一ノ瀬が来たみたいだな」
下林君の声につられて、改札のほうに目を向けた。
――――!
普段着の一ノ瀬さんだ。
グレーのニットにスキニージーンズ、ローファー。使っている色は二つか三つ。それでいて、足元まで隙がなく、おしゃれ素人の俺にもセンスの良さがわかる。
「美人って、何着ても似合うんだな」
同意するしかない。
脳内フォルダに焼きつける。削除できないようにパスワードをかけたいくらいだ。
だけど、これは困った。このままでは、俺だけが明らかに場違いになるじゃないか。こうなったらせめて、三間坂さんもダサめの格好で来てくれ……!
「おっ、三間坂も来たぞ! 車両は違うけど、同じ電車だったみたいだな」
その声につられるように、一ノ瀬さんの少し後ろから改札を抜けてくる三間坂さんを見つけて――
「……え?」
声が漏れた。
――誰だ、あれ。
制服姿しか知らなかったせいで、一瞬、本気で誰だかわからなかった。
白いシャツに、淡いベージュのカーディガン。動きやすそうなデニムのショートパンツに、黒のニーソックスとスニーカー。
三間坂さんの雰囲気と相まって、歩いてくる姿は、スポーツドリンクのCMのワンシーンのようだ。学校で見る三間坂さんとは別人に見える。
ただ、いつもどおりぴょこぴょこ跳ねているサイドテールだけは、どう見ても三間坂さんだった。
「三間坂もいいよな。男子の間でも結構人気あるし」
人気があるというのは初耳だった。
確かに容姿だけ見ればクラスで三番目。男子の間で話題になるのもわからなくはないが。
「それにしても、三間坂って脚きれいだよな」
下林君が余計なことを言うから、つい見てしまった。
今日の三間坂さんは、制服のときとは違い、黒のニーソックスが脚のラインをすっきりと際立たせている。その上、ショートパンツとの境目がはっきりしているせいか、全体が引き締まって見えた。
動くたびに生まれる緩やかな曲線から、なぜか目が離せない。
……いや、なんでこんなにじっくり観察してるんだ、俺は。相手は三間坂さんだぞ。
「お待たせ! ちょっと高居君、なに私のほう見て難しい顔してるのよ?」
「――――!?」
声をかけられても、返す言葉が浮かばない。
気づけば二人とも、もう目の前まで来ていた。
「二人とも制服と全然違う格好だからさ。つい見とれちゃったんだよな」
下林君が、さりげなくフォローを入れてくれた。
だが「見とれた」なんて言われるのは、ちょっと心外だ。
一ノ瀬さんに見とれていたと思われるならともかく、三間坂さん相手にそう思われるのは……なんだか癪だ。
一ノ瀬さんは、そんな俺の反応を見てか、首を左右に傾けながら自分の服装を確認している。
「ボウリングだし、スカートだと動きにくいかなって思って。変かな?」
授業中に聞いている声は、声量こそ大きくないが、張りがあって、まっすぐに耳に入ってくる。それが今は柔らかさをまとっていて、耳を通り抜けながら、そっと撫でていくようだった。
そうか。一ノ瀬さんが話しかけてくれるときの声って、こんななんだ。
そんな声で「変かな?」なんて聞かれたら、答えは一つしかない。
まったく変じゃない。
制服も素敵だけど、パンツスタイルも本当によく似合っている。シンプルなのに、清楚で、上品で――やっぱり一ノ瀬さんは別格だ。
ただ、心では思っても、口に出せないのが、俺という男だ。声の余韻に浸ったまま、気の利いた一言を探しているうちに、三間坂さんが先にフォローを入れた。
「全然変じゃないよ。一ノ瀬さんはスタイルいいから、シンプルな服でもすごく映えるよ。ほんと羨ましい」
「三間坂さんの服も、おしゃれですごく可愛いと思うけど?」
ナイスだ、三間坂さん。こういうときのために、今日、君はいるんだと俺は思っている。
「ありがと~。……高居君も、そう思う?」
――え、そこで俺に振る!?
ここは三間坂さんに任せておけばいいと、安心しきっていた。これは、なかなかのトラップだ。咄嗟に頷いていたら、「三間坂さんがおしゃれで可愛い」って認めることになるところだった。
一ノ瀬さんに対してなら、何の迷いもなく頷いて問題ないのだが。……とはいえ、今回の私服に限って言えば、「おしゃれ」という点では三間坂さんのほうが上かもしれない。
なにしろ、下林君の言葉がきっかけとはいえ、この俺が、一ノ瀬さんでなく、三間坂さんのほうに目を向けてしまったのだから。
「いやぁ、二人ともめちゃくちゃ可愛いよ! な、高居」
「う、うん……そうだね」
三間坂さんに聞かれたのは俺だったが、下林君が答えてくれた。彼のデリカシーのなさに、逆に助けられた。
とりあえずは満足してくれたのか、三間坂さんがにっこり微笑む。
「じゃあ、行こっか。ボウリング場!」
そう言って三間坂さんが歩き出した。
追いかける足が、知らないうちに弾んでいた。




