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悪役令嬢は、なぜ必ず処刑されるのか  作者: たくわん。
第一章「予見された死」

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7

 翌朝、ノアはダリウスのアリバイに関する調書を持って、応接室に現れた。


「証言によれば、ダリウス氏は事件当夜、王都郊外にある実家に滞在していたとのことです。母親と、通いの使用人が証言しています」


「郊外というと、どれくらいの距離?」


「馬車で半刻ほど。ただし――」


 ノアは手元の資料をめくった。


「最終列車を使えば、記録院からでも十五分ほどで着く距離です。ダリウス氏は、零時十五分発の最終列車に乗り、それで帰宅したと証言しています」


 エルディアは、その言葉に引っかかりを覚えた。


「零時十五分発……」


 脳裏に、あの日の聞き込みの記憶がよみがえる。


――昨夜は零時の鐘が鳴ってすぐでしたか。……この時期は、王都行きの最終列車がちょうど零時十五分発でしてね。


 ダリウス自身が、あの時、そう語っていた。あまりにも自然に、あまりにも詳しく。


「……おかしいわ」


「何がです」


「マルグレットが死んだのは、零時の鐘が鳴った直後よ。悲鳴を聞いたのが、その瞬間だった」


「ええ、その通りです」


「記録院から駅までは、どれくらいかかるの」


 ノアは即座に答えた。


「徒歩で、十分弱です」


「零時に事件を起こして、十分で駅に着いて、零時十五分発の列車に乗る。……時間としては、ぎりぎり成立するかもしれない。でも」


 エルディアは、資料を指で叩いた。


「それにしては、彼の証言は詳しすぎる。まるで、自分がその時間に間に合うかどうかを、何度も確認していたみたいに」


「アリバイを、事前に計算していた可能性がある、ということですね」


「ええ。本当にただの通勤の癖なら、あんなに具体的な数字は出てこないでしょう」




 その足で、一行はもう一度イザベラのもとを訪ねた。


「イザベラさん。……もう一度、聞かせてほしいの」


 エルディアは、努めて優しい声を心がけた。


「事件当夜、零時前後。あなたは、誰かを見なかった?」


 イザベラの顔から、みるみる血の気が引いていく。両手を握りしめ、視線を彷徨わせる。


「私……」


「無理にとは言わないわ。でも、もし何かを見ていたのなら、それはマルグレットのためになることかもしれない」


 その言葉に、イザベラの瞳が揺れた。長い沈黙の後、ようやく彼女は口を開いた。


「……見ました」


「誰を?」


「ダリウス様です。あの夜、記録の間の近くで……見かけました。でも」


 イザベラの声が震える。


「上司を疑うなんて、できなくて……それに、見間違いかもしれないと思って……だから、最初の証言では、はっきり言えませんでした」


「時間は、覚えている?」


「零時を、少し過ぎた頃だったと思います。鐘の音の、すぐ後でした」


 エルディアとノアは、視線を交わした。


 零時の鐘の直後、ダリウスは記録の間の近くにいた。それでいて、零時十五分の列車に乗ったと証言している。


「……矛盾しているわね」


 エルディアは静かに呟いた。


「記録院から駅まで十分。零時の鐘の直後に記録の間の近くにいたのなら、犯行後に列車に間に合わせることは、不可能ではない。でも、犯行の時間を作る余裕は、ほとんどないはずよ」


「つまり」


 ノアが後を継いだ。


「彼のアリバイは、犯行を隠すためのものではなく――むしろ、犯行があったことを裏付けている、ということになります」




 その日の午後、エルディアはノア、リゼット、レオンを伴い、ダリウスのもとへ向かった。


「お呼びと伺いましたが」


 ダリウスは、いつもと変わらぬ穏やかな笑みで応対した。だが、エルディアはもう、その笑みに騙されるつもりはなかった。


「単刀直入に聞くわ。事件当夜、あなたは記録の間の近くにいたのではなくて」


「……何を、仰りたいのか」


「入室記録の下から、上書きされる前の痕跡が見つかったの。その魔力の型は、あなたのものと一致した」


 ダリウスの表情が、わずかに強張った。


「それに、あなたは零時十五分発の最終列車に乗ったと証言している。でも、零時の鐘の直後、あなたを記録の間の近くで見た人がいるわ」


「……誰が、そんなことを」


「答えなくていいわ。あなた自身が、一番よく分かっているはずだから」


 エルディアは、まっすぐにダリウスを見据えた。


「マルグレットは、あなたが管理していた古い系譜記録に、不審な改竄の跡があることに気づいた。だから、閲覧申請を出して、独自に調べていた。あなたはそれに気づいて――口を封じた」




 長い沈黙が落ちた。


 ダリウスは、椅子に座ったまま、じっと床を見つめていた。やがて、ゆっくりと顔を上げる。その顔から、いつもの穏やかな仮面が、静かに剥がれ落ちていくのが分かった。


「……数年前です」


 絞り出すような声だった。


「没落した貴族家の一つから、系譜記録を書き換えてほしいと、依頼がありました。多額の金と引き換えに。……その家の相続争いに関わることでした。私は、断り切れなかった」


「それを、マルグレットに気づかれたのね」


「彼女は、真面目すぎました。古い記録を調べているうちに、不自然な点に気づいたようで……閲覧申請を、私のところに出してきたんです。あの子は、疑問に思ったことを、決して放っておけない性格でしたから」


 ダリウスは、目を伏せた。


「発覚すれば、私はすべてを失う。地位も、名誉も、家族も。……そんな時、禁書庫で新しい予見記録が見つかったことを知りました。上級記録官の権限で、内容を確認しました」


「そこに、記録官が死ぬという記述があった」


「ええ。……これを使えば、と思ったんです。予見をなぞるように事を起こせば、誰も人為的な犯行だとは疑わない。運命だと、怪異だと、そう思ってくれるだろうと」




「マルグレットを、深夜の記録の間に呼び出しました。古い記録について、話がある、と。……彼女は、疑いもせずに来てくれました」


 ダリウスの声が、初めて震えた。


「私は、自分の入室記録を、上級権限で上書きしました。マルグレット自身が入室したように見せかけて。それで、密室が完成すると思っていました。……記録魔法に、そんな制限があるとは、知らなかった」


「元の記録は、完全には消えない。魔法には、必ず制限があるものよ」


 エルディアは、静かにそう告げた。


「それに、あなたは詰めが甘かったわ。列車の時間を、あまりにも具体的に語りすぎた。本当にただの習慣なら、あんな数字は出てこない」


「……あなた、今なんと言ったの?」


 エルディアは、静かに、しかし逃さない口調で繰り返した。


「あなたは、自分のアリバイを、事前に計算していた。そうでしょう」


 ダリウスは、答えなかった。それが、何よりの答えだった。




 院長オズワルドの隠し事もまた、この日、明らかになった。


「殺人とは、無関係です……本当に」


 震える声で、オズワルドはようやく白状した。記録院の予算の一部を、私的に流用していたという事実。事件発覚による記録院への注目を恐れ、隠蔽的な態度を取り続けていたに過ぎなかった。


「殺人には関係ないけれど、これはこれで、別の問題ね」


 エルディアは、冷ややかにそう言った。オズワルドは、深々と頭を垂れるだけだった。




 ダリウスは、王国捜査局の手によって、静かに身柄を確保された。


「……マルグレットに、申し訳ないことをしました」


 連行される直前、彼はそう呟いた。その声に、もう穏やかな仮面は残っていなかった。


 エルディアは、それを黙って見送った。


 密室は、解けた。犯人も、動機も、明らかになった。


 だが、胸の内に残る重さは、簡単には消えなかった。


(この人にも、人生があった――マルグレットにも、ダリウスにも)


 誰かの人生が壊れることでしか、真実に辿り着けなかった。それが、事件を解決するということの、本当の意味だった。


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