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「もう一度、確認させてください」
リゼットは、記録の間の扉の前に立っていた。手には、ヴィクトルから借り受けたという小さな水晶が握られている。
「それは?」
「魔力の残留反応を可視化する道具です。……普通のログ確認では、上書きされた記録の表面しか読み取れません。でも、これを使えば、もう少し深いところまで見えるかもしれません」
エルディアは頷いた。
「やってみましょう」
リゼットは扉の紋様に水晶をかざし、小さく詠唱を紡いだ。淡い光が扉全体に広がり、文字の羅列がゆっくりと浮かび上がる。マルグレットの入室記録――だが、今度はその文字の輪郭が、わずかに二重に見えた。
「……これ」
リゼットの声が震えた。
「文字の下に、もう一つ、別の反応があります」
ヴィクトルが駆けつけたのは、その直後だった。
「これは……」
水晶越しに文字を覗き込み、眼鏡を押し上げる。
「間違いありません。マルグレットさんの入室記録の下に、別の魔力の痕跡が残っています。恐らく――上書きされる前の、元の記録です」
「誰の記録なの」
エルディアが尋ねると、ヴィクトルは慎重に水晶の反応を読み取った。
「魔力の質は、個人によって癖があります。この痕跡は……マルグレットさんのものではありません。もっと、成熟した……年を重ねた魔力の質です」
「上級記録官のものだと?」
「可能性は高いです。記録院の職員は、職務登録の際に魔力の型を記録に残しています。それと照合すれば、特定できるはずです」
照合作業は、その日のうちに行われた。
「一致しました」
ヴィクトルが、水晶と登録記録の写しを見比べながら言った。
「この痕跡の魔力の型は――ダリウス・ベイン様のものと、極めて近い特徴を持っています」
沈黙が落ちた。
「ダリウスが、記録を書き換えたということ?」
「断定はできません。ただ、可能性としては、非常に高いです」
ノアが淡々と付け加える。
「上書きの権限を持つのは、上級記録官のみ。そして、その痕跡がダリウス氏の魔力の型と一致した。これは、無視できない証拠です」
「証拠が揃った、というわけね」
エルディアは、静かに息を吐いた。
「……そういうことね」
声は落ち着いていたが、その奥には確かな怒りが滲んでいた。マルグレットは、誰にも殺されようがない状況で死んでいた。だが、それは自然に起きたことではない。誰かが、意図的にそう見せかけたのだ。
「動機は、恐らく系譜記録の改竄よ。マルグレットは、それに気づいた」
「証拠が必要です」
ノアが釘を刺す。
「魔力の型が一致した。それだけでは、法廷では不十分です。動機と機会、両方を固める必要があります」
「分かっているわ」
エルディアは頷いた。ここまで来て、慎重さを欠くわけにはいかない。
「エルディア様。……ありがとうございます」
帰り際、リゼットが小さく頭を下げた。
「何が?」
「私の話を、最後まで聞いてくださって。……普段は、こんな風に、誰かに真剣に聞いてもらえることは、あまりないので」
「あなたの気づきがなければ、ここまで辿り着けなかったわ」
「……そんな」
リゼットは俯いたが、その頬はほんの少し赤らんでいた。
「記録は、人が忘れても残り続ける。……私は、そう信じてきました。今回も、それが証明できて、良かったです」
夜、大記録院にノアからの報告が届いた。
「ダリウス・ベインに関して、確認すべきことがあります」
「なにかしら」
「事件当夜――零時前後の時間帯、ダリウス氏には、別の場所にいたという証言があります」
「アリバイ?」
「ええ。複数の証人が、彼が記録院とは別の場所にいたことを証言しています」
エルディアは眉根を寄せた。
魔力の痕跡は、確かにダリウスのものと一致した。だが、その時刻に彼が別の場所にいたのなら、犯行は物理的に不可能ということになる。
(何かが、おかしい)
証拠と証言が、真っ向から食い違っている。どちらかが間違っている――あるいは、どちらも正しく、自分たちがまだ見えていない何かがある。
「明日、そのアリバイを確認しましょう」
エルディアは、静かにそう告げた。
夜の帳の向こうで、王都の鐘が、静かに一つ鳴った。




