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「エルディア嬢に対する疑惑について、正式な聴取を求める声が上がっている」
王宮の一室、静かな声でそう告げたのは、アルベルト・アルヴェリアだった。王太子としての正装に身を包み、表情を一切崩さない。
「聞いているわ」
「君の名が、事件の起こる前から予見記録に記されていたこと。これが問題視されている」
「現場にいたのは、私だけではないでしょう」
「その通りだ。だが、他の者たちは職務としてあの場に立ち会ったに過ぎない。捜査官として。案内役として。専門家として。理由は明確だ」
アルベルトは、真っ直ぐにエルディアを見た。
「だが君だけは違う。まだ何も起きていない時点で、なぜ君の名前だけが、その記録に記されていたのか――それを説明できる者が、誰もいない」
「それで? 殿下は、私を犯人だと思っていらっしゃるの」
エルディアが真っ直ぐに見返すと、アルベルトはわずかに息を吐いた。
「思っていない。だが、私の心証は、証拠にはならない」
「分かっているわ」
エルディアは椅子から立ち上がり、窓の外を見た。
「私が犯人だというのなら、証明なさい。逃げも隠れもしないわ」
「……相変わらずだな、君は」
アルベルトの声が、少しだけ和らいだ。公の場では決して見せない声色だった。
「王太子として、公正な捜査を保証する。それだけは約束しよう」
「殿下が保証してくださるなら、心強いこと」
「皮肉のつもりか」
「半分は」
二人きりの時だけ許される、遠慮のないやり取りだった。アルベルトは小さく苦笑して、それ以上は何も言わなかった。
その後、大記録院の一室で、捜査の続きが行われていた。
「先日申し上げた通り、記録魔法の複製・上書きには制限があります」
ヴィクトルが、改めてその原理を説明していた。
「ただ、重要な点があります。通常の記録官には、一度確定した入室記録を書き換える権限がありません。しかし――」
「上級記録官は、別だと」
エルディアが先を続けると、ヴィクトルは頷いた。
「その通りです。上級記録官には、記録の閲覧だけでなく、破損記録の補修という名目で、ログそのものに手を加える特別な権限が与えられています。本来は、記録の劣化や誤記を修正するための制度ですが」
「悪用すれば、記録そのものを書き換えられる、ということね」
「理論上は、そうなります。ただし――」
ヴィクトルは指を立てた。
「先日も申し上げた通り、記録魔法という術式そのものに制限があります。上書きは可能でも、元の記録を完全に消し去ることはできません。どれほど巧妙に書き換えても、痕跡は必ず残るはずなんです」
エルディアは、その言葉を頭の中で何度も反芻した。
上級記録官。今のところ、その権限を持つ人物として名前が挙がっているのは――
(ダリウス。それに、記録院長のオズワルドも、地位としては該当するはず)
だが、それだけで犯人と決めつけることはできない。証拠がなければ、ただの憶測に過ぎない。
「証拠がなければ、断定はできません」
まるでエルディアの思考をなぞるように、ノアが口を挟んだ。
「上級権限を持つ人物は、記録院内に複数存在します。それだけでは、容疑者を絞り込む材料にはなりません」
「分かっているわ」
「それは推測です、と申し上げているだけです」
ノアの言葉は素っ気なかったが、正しかった。エルディアは、逸る気持ちを抑えるように、深く息を吸った。
部屋の隅で、リゼットが黙々と入室ログの写しを見つめていた。何度も何度も、紙面に視線を往復させている。
「リゼット?」
エルディアが声をかけると、リゼットはびくりと肩を震わせた。
「あ……はい、なんでしょう」
「何か見つけたの」
「……いえ、その」
リゼットは、写しの一点を指でなぞった。
「ここ、なんです。マルグレットさんの入室記録の、文字が……ほんの少しだけ、掠れているように見えて」
「掠れている?」
「はい。それに、この余白の部分……本来なら、もう少し詰まっているはずなんです。記録の書式には、決まりがあるので」
リゼットの声は小さかったが、そこには確信めいたものが滲んでいた。
「気のせいかもしれません。でも……」
「気のせいじゃないと思うわ」
エルディアは、リゼットの手元を覗き込んだ。素人目には、ほとんど分からないほどの違和感だった。だが、リゼットがそう感じたのなら、無視すべきではない。
「もう一度、確認できる?」
「……はい。もう一度、ログを確認させてください」
リゼットは、写しを胸に抱え直した。その瞳には、いつもの臆病さとは違う、静かな決意が宿っていた。




