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悪役令嬢は、なぜ必ず処刑されるのか  作者: たくわん。
第六章「天才魔法研究者は、なぜ自らの発明に殺されたのか」

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 研究院の廊下には、まだ昨夜の騒ぎの余韻が残っていた。すれ違う研究者たちは一様に声を潜め、時折こちらを窺うような視線を寄越してくる。


「随分と見られてますわね」


「そりゃそうだろ。公爵令嬢と王国捜査局の捜査官が並んで歩いてりゃ、誰だって気になる」


 レオンが肩をすくめた。エルディアはその視線を意に介さず、手にした聞き込みの予定表に目を落とす。


「次は、レナードと対立していたという研究者ね」


「ジョセフィン・レイン。予算の配分を巡って、レナードと何度か公の場で衝突していたそうです」


 ノアが淡々と付け加えた。


 小さな研究室の扉をノックすると、中から気の強そうな声が返ってきた。


「どうぞ」


 案内された部屋の主は、腕を組んで椅子に座ったまま、こちらを睨むように見上げてきた。二十代半ばと見える女性で、机の上には未整理の書類が山を作っている。


「ジョセフィン・レインです。……もう聞いたと思いますけど、私、あの人とはあまり仲が良くなかった」


「率直な方ね」


 エルディアが言うと、ジョセフィンは鼻を鳴らした。


「隠したって、どうせすぐ誰かが言うでしょう。予算も、発表の機会も、いつもあの人が先に取っていった。悔しくないわけがない」


「発表当日、あなたが控室に出入りする姿が目撃されているわ」


 ジョセフィンの表情が、初めてわずかに揺れた。


「……それは」


「正直に話してくれるかしら」


 しばらくの沈黙のあと、ジョセフィンは深く息を吐いた。


「認めます。控室に入りました。でも、変なことはしていません。ただ――発表前に、あの人の資料を少し見ておきたかっただけです」


「盗み見た、ということ?」


「ええ、そうです。悔しかったから。あの人がどれだけすごいものを完成させたのか、先に知っておきたかった。……本当に、それだけです」


 その言葉には、後ろめたさはあっても、殺意めいたものは感じられなかった。エルディアはノアと視線を交わす。ノアはわずかに頷いた。


「保管庫の晶石には触れた?」


「触ってません。あんな高価なもの、私が勝手に触ったら大問題です」


 ジョセフィンはむしろ心外だという顔をした。


 部屋を出たところで、聞き覚えのある声がエルディアたちを呼び止めた。


「あら、こんなところで会うなんて」


 振り返ると、扇子を優雅に揺らしながらクロエが歩み寄ってくるところだった。研究院には縁のなさそうな華やかな装いが、廊下の中でひどく目立っている。


「クロエ、どうしてここに」


「レナードさんの事故、社交界でも大変な話題ですもの。知り合いの研究者から話を聞いてきましたの」


 クロエは声を潜め、扇子の陰でにっこりと笑った。


「それに、バルト教授のことなら、少し面白い話を知っていますわよ」


「面白い話?」


「あの方、若い頃はもっと控えめな学者だったそうですの。今のような名声を得たのは、ある共同研究者との仕事がきっかけだったとか。でも、その方は病か事故か――とにかく若くして亡くなってしまって。その後、教授の代表作が発表されたんですって」


「……昔の話でしょう?」


「ええ、あくまで昔話。でも、社交界って、こういう古い話が案外長く残るものなんです」


 クロエは肩をすくめ、それ以上は語らずに去っていった。エルディアはその後ろ姿をしばらく見送っていたが、やがて小さく息をついた。


「昔話、ね」


「気になるんですか」


「気にならないと言えば嘘になるわ」


 その日の夕方、エルディアはヴィクトルに頼んで、レナードの私物を保管している一室に案内してもらった。研究道具や書類が几帳面に整理された部屋の中、机の隅に置かれた一冊のノートに目が留まる。


「これは?」


「レナードの研究ノートです。……本当に、見ますか?」


「事件の手がかりになるかもしれないわ」


 エルディアはノートを開いた。几帳面な筆跡で理論式が並ぶ中、ページの端に走り書きのように残された一文があった。


「彼女の名前も、記録に残すべきだ」


 誰のことを指しているのか、それだけでは分からない。ただ、その一文には、単なる研究上のメモとは違う、静かな決意のようなものが滲んでいた。


「……彼女?」


 エルディアは、その一文をもう一度読み返した。消えかけたインクの下に残された文字は、古い傷跡のように紙の上に残っている。


 誰かの名前を、記録に残そうとした言葉。


 けれど、その名前だけが、そこには書かれていなかった。


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