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王立魔法研究院の一室には、事件現場を保存するための結界が張られ、外の喧騒とは切り離された静けさが漂っていた。壇上の装置は既に運び出され、代わりにノアが現場の見取り図を広げている。
「事故として処理しようとする声が、院の上層部からは強いようです」
ノアが淡々と告げる。手袋を整えながら、床に残った焦げ跡を見下ろす目には、一切の感情が浮かんでいなかった。
「事故、ね」
エルディアは腕を組み、装置が置かれていた場所を見つめた。
「あれほど慎重な人が、自分の発明で命を落とすなんて、そんなに簡単に信じていいものかしら」
「私も同感です。ですが、現時点では物的な矛盾が見つかっていません」
「だから、探しに来たのでしょう」
エルディアの言葉に、ノアはわずかに口の端を上げた。彼にしては珍しい、肯定の合図だった。
部屋の隅では、ヴィクトルが床に膝をつき、焼け焦げた晶石の破片を丁寧にピンセットで拾い上げていた。その手つきは普段の饒舌さが嘘のように、無言で慎重だった。
「ヴィクトル」
声をかけると、彼はようやく顔を上げた。目の下には、昨夜からの疲労がはっきりと滲んでいる。
「……すみません、少し集中していました」
「無理はしないで。でも、何か分かった?」
ヴィクトルは破片を光にかざしながら、静かに口を開いた。
「この装置に使われる触媒晶石は、一つ一つが個体ごとに専用の調整を受けています。晶石の内部には魔力を安定させるための刻印が施されていて、装置とその晶石の組み合わせでしか安全に稼働しない構造になっているんです」
「専用、ということは」
「ええ。規格外の――つまり、その装置用に調整されていない晶石を無理に使うと、魔力の流れが正しく制御されず、逆流を起こします。今回のように」
レオンが眉を寄せた。
「つまり、レナードが使ってた晶石は、あいつのために調整されたもんじゃなかった、ってことか」
「ただ、通常の反応とは少し違う。何かがおかしいんです」
「晶石そのものに?」
「……まだ、そこまでは言えません」
ヴィクトルの声には、珍しく歯切れの悪さがあった。エルディアはそれを聞き逃さなかったが、今はまだ、追及すべき時ではないと感じた。
「ならば、晶石の管理記録を確認すればいいでしょう」
エルディアの視線がノアへと向く。ノアは頷き、部屋の外で待たせていた青年を呼び入れた。
「トム・ハーヴィーです。研究院の記録助手をしています……」
トムは緊張した面持ちで一礼した。手には分厚い帳面を抱えている。
「晶石保管庫の出納記録を管理していると聞きました。発表会当日、レナードが使用する晶石の受け渡しはどうなっていましたか」
「はい……レナード様の晶石は、彼専用に調整されたものが保管庫に一つだけありまして、発表の三日前に保管庫から貸し出されたことになっています」
「では、その記録の通りに事は運んだのですね」
「それが……」
トムは帳面のページを繰り、ある一点を指差した。
「発表当日の午後、記録にこの部分だけ、少し不自然な訂正があるんです。誰かが一度書き直した跡があって……。私が管理を任されているのに、いつ書き直されたのか、正直よく覚えていなくて」
エルディアはその帳面を覗き込んだ。確かに、インクの色がわずかに異なる一文が挟まれている。
「これは、何の記録?」
「予備の晶石を、教授が点検のために一時的に持ち出した、という記録です。……ただ、こんな訂正、私はした覚えがないんです」
沈黙が落ちた。
「教授、というのは」
「バルト先生です。首席教授は、保管庫への立ち入りが自由に許可されている数少ない方ですから、特に不思議には思わなかったのですが……」
エルディアはちらりとヴィクトルを見た。彼は俯いたまま、何も言わなかった。ただ、握りしめた拳が、わずかに白くなっているのが見えた。
「トムさん、この訂正がいつ入ったものか、正確には分からない?」
「申し訳ありません……日々の忙しさに紛れて、細かい確認を怠っていました」
「あなたのせいではないわ」
エルディアは静かに言った。
「悪意を持って隠したわけではないのでしょう。ただ――」
その先の言葉を、エルディアは一旦飲み込んだ。
部屋の空気が、少しだけ重くなった気がした。ノアが黙って帳面の該当ページを書き写し始める。レオンはエルディアの隣で、いつもより静かに、じっと成り行きを見守っていた。
「ヴィクトル」
エルディアは改めて、彼の名を呼んだ。
「今の話、あなたはどう思う」
ヴィクトルは晶石の破片を包んでいた布を、ゆっくりと畳んだ。そして、いつもの饒舌さからは考えられないほど短く答えた。
「……もう少し、調べさせてください」
それだけ言うと、ヴィクトルは破片を包んだ布を懐にしまった。
「ヴィクトル?」
エルディアが呼び止めるより早く、彼は部屋を出ていった。
閉じた扉を見つめながら、エルディアは何も言わなかった。ただ、机の上に残された出納記録だけが、妙に鮮明に目に残っていた。




