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王立魔法研究院の大講堂は、いつもより多くの燭台に火が灯され、普段の学術的な静けさとは違う華やぎに包まれていた。壇上には布を被せられた大きな装置が据えられ、その周囲を著名な学者や貴族、新聞記者たちが取り囲んでいる。
「随分と大掛かりですこと」
エルディアは会場を見渡しながら、扇子の先で軽く頬を叩いた。招待状を受け取ったのはヴィクトルからで、彼が珍しく興奮した様子で「今夜は絶対に来てください、面白いものが見られますから」と繰り返していたのを思い出す。
「面白いって言うから来たけど、正直よく分かってねえんだよな、これ」
レオンが小声で耳打ちする。エルディアの傍らで腕を組み、壇上の装置を眺める目には隠しきれない興味が浮かんでいた。
「あなたが分からないのはいつものことでしょう」
「おい」
軽口を交わしながらも、エルディアの視線は自然とヴィクトルの姿を追っていた。彼は会場の隅で、若い研究者と何やら熱心に言葉を交わしている。その研究者――レナード・アシュフォードという名だと、先ほどヴィクトルから聞いた――は、緊張した面持ちながらも、瞳の奥に確かな自信を灯していた。
「あれが、今夜の主役ですの?」
「ああ。あいつは俺の五年後輩でね。優秀なんだが、少し思い詰めやすいところがある」
ヴィクトルが眼鏡を押し上げながら近づいてくる。
「今夜発表するのは『記憶写鏡』。魔力を触媒晶石に通すことで、視覚情報を精密に記録・再生できる新型の魔道具です。理論上は、これまでの記録魔法の限界を大きく超える――」
「結論だけ言ってちょうだい」
「……すみません。要するに、レナードが五年かけて完成させた発明品ということです」
エルディアは小さく頷いた。壇上のレナードは、装置の脇に置かれた小箱から一つの結晶――晶石だろう――を丁寧に取り出し、装着する前にしばらくの間、光にかざすようにしてじっと見つめていた。慣れた手つきで、しかし決して雑にはしない、確かめるような仕草だった。
それを見て、エルディアはふと隣に立つヴィクトルに尋ねた。
「毎回、ああして確かめるものなの?」
「ええ。レナードは特に慎重な性格ですから。晶石を装着する前には、必ず一度目視で確認する習慣があります」
「……真面目な人なのね」
その言葉に、ヴィクトルは満足げに微笑んだ。
やがて研究院の司会役が壇上に立ち、開会の挨拶を始めた。招待客たちの拍手の中、白髪の紳士がゆったりとした足取りで舞台袖から現れる。
「本院が誇る首席教授、オーレリウス・バルト先生です」
紳士――バルトは、柔らかな笑みを浮かべて一礼した。エルディアの位置からは、彼がレナードの肩に軽く手を置き、何か短く言葉をかける様子が見えた。レナードは緊張した表情のまま、小さく頷き返している。
「立派な先生ですこと」
「バルト教授は研究院でも別格の権威だ。レナードもずいぶん目をかけてもらっている」
ヴィクトルの声には、隠しきれない敬意が滲んでいた。
挨拶が終わり、いよいよ実演の時間となった。会場の照明が落とされ、壇上のレナードにだけ光が当てられる。彼は深く息を吸うと、装着したばかりの晶石を装置の中央にはめ込み、慎重な手つきで起動の呪句を唱え始めた。
その瞬間、レナードの視線が一瞬、壇袖の暗がり――機材保管室へと続く扉の方向へと動いた。ほんの一瞬のことで、誰もそれに気づいた様子はなかった。
装置が淡い光を帯び始める。会場の誰もが息を呑んで見守る中、光は徐々に強さを増していった。
「……綺麗ね」
エルディアが呟いた、その直後だった。
光が急激に膨れ上がり、耳をつんざくような高い音とともに、装置の中央から激しい閃光が弾けた。悲鳴が上がる。レナードの体が大きく仰け反り、そのまま崩れ落ちた。
「レナード!」
ヴィクトルが真っ先に駆け出す。エルディアもレオンとともにそれに続いた。壇上に転がったレナードの体からは、まだ薄く煙が上がっている。ノアも招待客の一人として会場にいたらしく、いち早く現場に到着し、素早く脈を確認していた。
ノアが小さく首を振る。それだけで、答えは十分だった。
会場は騒然となった。誰かが叫び、誰かが泣き、警備の者たちが慌ただしく動き出す。バルトは壇袖から蒼白な顔で駆け寄り、「レナード君……」と震える声で名を呼んでいた。その姿は、誰の目にも、教え子を失った初老の学者の悲嘆にしか見えなかった。
エルディアは、崩れ落ちたレナードのそばにしゃがみ込むヴィクトルの背中を見つめていた。震える肩。かける言葉が見つからず、ただ拳を握りしめている。
「……ヴィクトル」
名を呼んでも、返事はなかった。
人々の悲鳴と喧騒の向こう側で、エルディアはふと、床に転がる小さな破片に目を留めた。焼け焦げ、砕け散った晶石のかけらが、壇上の光の中で、ただ静かに転がっていた。




