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悪役令嬢は、なぜ必ず処刑されるのか  作者: たくわん。
第五章「王太子妃候補は、なぜ毒杯を選ばれたのか」

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 「エルディア様。少し、お話ししたいことが」


 控えめな声でそう切り出したのは、ミアだった。夜会の夜、使用人たちの後片付けを手伝っていた彼女は、その場に居合わせた者にしか分からない、小さな違和感を覚えていたのだという。


 「配膳の時、ヴィオレッタ様が、一人の給仕をじっと見ていたんです。ほんの一瞬でしたけど……あれは、ただの視線じゃなかった気がして」


 「一人の給仕? 名前は分かる?」


 「トビアスという方でした。控室から配膳台へ、飲み物を運ぶ係を任されていた人です」


 その名を聞いた瞬間、エルディアの脳裏に、リゼットが示した一枚の記録が蘇った。フローレンスの杯だけが、他の候補者より十数分早く控室を出ていたという、あの記録。


 「……その杯を運んでいたのが、トビアスだったの?」


 「記録を確認します」


 傍らにいたリゼットが、すぐさま書類をめくった。しばらくして、彼女は顔を上げる。


 「はい。フローレンス様の杯を担当していたのは、トビアスです。間違いありません」


 視線と、記録。二つの点が、ようやく一本の線として繋がった。


  


 トビアスへの聴取は、王宮の使用人控室の一角で行われた。ノアが立ち会い、エルディアも同席する形を取った。


 トビアスは、青ざめた顔で椅子に座っていた。手は膝の上できつく組まれ、時折、指先が小さく震えている。


 「トビアス。単刀直入に聞く。フローレンス嬢の杯を、他の候補者より早く控室から運び出したのは、なぜだ」


 ノアの問いに、トビアスはしばらく答えなかった。額に汗がにじんでいる。


 「……分かりません。決められた通りにやっただけです」


 「決められた通り、というのは?」


 「配膳の担当は、その日その日で変わります。今回は、私がフローレンス様の杯を任されただけで」


 「では、控室を出る時刻が他より早かったことについては?」


 「……それは」


 トビアスの声が、そこで詰まった。ノアは黙って、彼の反応を見つめている。エルディアは、静かに口を開いた。


 「トビアス。あなたが何かを恐れているのは、見れば分かるわ。誰かを庇っているのなら、それは――とても危険なことよ」


 「危険……」


 トビアスは、その言葉に敏感に反応した。組んでいた手が、さらに強く握りしめられる。


 「私は……本当に、殺すつもりなんて」


 その一言が、ぽつりとこぼれ落ちた瞬間、部屋の空気が変わった。ノアが身を乗り出す。


 「今、何と言った?」


 「……」


 「殺すつもりなんて、と言ったな。それは、どういう意味だ」


 トビアスは、観念したように、深く息を吐いた。両手で顔を覆い、しばらく肩を震わせていたが、やがて絞り出すような声で語り始めた。


 「……夜会が始まる少し前、控室で、ある方から杯を預かりました。『これを、配膳台のこの位置に置いてほしい』と。それだけです。私は本当に、それだけしか頼まれていません」


 「杯の中身には?」


 「触れていません。触れる必要もありませんでした。すでに用意された杯を、指定の場所に置くだけの仕事でしたから」


 「金は受け取ったのか」


 その問いに、トビアスは長い沈黙のあと、小さく頷いた。


 「……はい。かなりの額を。実家に借金があって……その返済に、どうしても」


 「その相手の名前を言いなさい」


 エルディアが静かに、しかし強く迫った。トビアスは唇を震わせ、一度はエルディアと目を合わせたものの、すぐにまた俯いてしまう。


 「……言えません」


 「トビアス」


 「私を……信じて、任せてくださった方なんです。まさか、あんなことになるなんて、私だって思ってもみませんでした。ただ、杯を運ぶだけの、簡単な頼まれごとだと」


 その声には、後悔と恐怖が入り混じっていた。彼が語る限り、トビアス自身は、杯の中身が何であるかを知らされないまま、ただ運搬という役割だけを担わされていたことになる。


 「あなたは、殺人の実行犯ではないかもしれない。でも、あなたが庇っている相手は、間違いなく、この事件の中心にいるわ」


 エルディアの言葉に、トビアスは何も答えなかった。ただ、震える両手を強く握りしめたまま、うなだれている。


  


 聴取を終えた後、廊下に出たエルディアは、ノアと顔を見合わせた。


 「彼を動かした人物は、控室に出入りできて、給仕を金で動かせるだけの資金を持ち、しかも彼から強い信頼を得ていた者ということになる」


 ノアの言葉に、エルディアは小さく頷いた。


 (控室に出入りできた候補者――フレデリカ様は、機会も、そしてクロエが調べた家計の状況から見ても、給仕を金で動かせるほどの資金もなかった。だとすれば――)


 名前が、喉元まで出かかっていた。だが、まだ確証はない。憶測だけで人を裁くわけにはいかない。


 窓の外では、夕暮れの光が、王宮の廊下を橙色に染め始めていた。事件の輪郭は、ようやく一人の人物へと絞られつつある。


 あと少しで、答えに手が届く。エルディアはそう感じながらも、その予感に、なぜか小さな寒気を覚えていた。


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