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悪役令嬢は、なぜ必ず処刑されるのか  作者: たくわん。
第四章「凍える花嫁は、誰を呪ったのか」

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 王国捜査局の馬車が、雪道を静かに走り去っていくのを、エルディアは屋敷の窓から見送った。ギルバートは最後まで抵抗も弁明もせず、ただ深く頭を垂れたまま、白鳥館を後にした。


「着服と殺人、両方の罪で正式に裁かれることになる」


 隣に立ったノアが、淡々と告げる。


「情状酌量の余地はあるだろう。だが、彼が命を奪ったという事実は変わらない」


「分かっているわ」


 エルディアは短く答えた。それ以上、多くを語る気にはなれなかった。同情がないわけではない。けれど、同情と、罪を軽くすることは、別の話だ。


 

 セオドアは、応接間の隅で、放心したように座り込んでいた。エルディアが声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。


「……フィオナは、僕のせいで死んだようなものです」


「違うわ」


 エルディアは、はっきりと言い切った。


「フィオナ様を殺したのは、ギルバートよ。あなたではない」


「でも、僕が、彼女をちゃんと愛していれば……」


「それとこれとは、別の問題ね」


 エルディアの声は、いつになく静かだった。


「あなたが誰を想っていたかと、フィオナ様が殺された理由は、何の関係もないわ。自分の罪でないものまで、背負い込まないで」


 セオドアは、しばらく黙り込んだ後、小さく頭を下げた。廊下の向こうで、ジェマが心配そうにこちらを見ているのに、エルディアは気づいていた。二人の関係がこれからどうなるのか、それはエルディア自身が決めることではない。


 

 アガサ夫人は、事件の全てを聞かされた後、しばらく口を開かなかった。ようやく声を発したのは、エルディアが暇を告げようとした時だった。


「――ヴァレンティア様」


 呼び止められ、エルディアは振り返った。


「私は、あなたを警戒しておりました。悪役令嬢がいる場所で、また死者が出た、と」


「存じております」


「けれど、真相を暴いたのは、あなたでした」


 アガサ夫人は、一冊の古い記録帳を差し出した。


「これは、当家の書庫に代々伝わる記録です。百年前、最初の花嫁が亡くなった際、当時の当主が事件性を疑いながらも、家名のために怪異として処理した、という走り書きが残されています」


 エルディアは、震える指先でその記録を受け取った。


「真相は、分かりません。今となっては、確かめる術もない。ただ、少なくとも――今回のような、何も知らない誰かに罪を着せる真似だけは、二度としてはならないと、思いましてね」


 その言葉には、これまでの頑なな態度とは違う、確かな重みがあった。


「お預かりします」


 エルディアは静かに頭を下げた。


 

 馬車に乗り込む前、エルディアはセシルと二人きりで言葉を交わした。


「今回は、あなたのおかげで助かったわ」


「私は、記録を提供しただけです。真相を見つけたのは、あなたですよ」


 セシルは、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。けれど、その奥に、確かな誠実さがあることを、エルディアはもう知っていた。


「怖いですか?」


 初日に聞かれたのと、同じ問いだった。エルディアは、少し考えてから答えた。


「怖かったわ。今も、少しだけ」


「それは、悪いことではありません」


 セシルは目を細めた。


「怖さを知っている人間の方が、怪異に惑わされずに、事実を見極められる。あなたは、それができる人だと分かりました」


「……あなたのこと、まだ少し苦手だけれど」


「ええ、知っています」


「でも」


 エルディアは、扇を口元に当てながら、小さく付け加えた。


「頼りにはしているわ」


 セシルは、驚いたように目を見開き、それから静かに笑った。


「光栄です」


 

 帰りの馬車の中、クロエが満足げに扇を広げた。


「言った通りでしょう。噂は入口。真実ではない」


「認めるわ。今回は、あなたの情報がなければ、辿り着けなかった」


「珍しく素直ね」


「事実は事実として認めるだけよ」


 クロエは、くすりと笑った。


「悪役令嬢がいる場所で、また事件が起きた。でも今回は、悪役令嬢が真相を暴いた――そういう噂が、これから広まっていくと思うわ」


「都合よく変わるものね、噂って」


「そういうものよ」


 

 王都に戻って数日後、社交界の一角で、二人の令嬢がひそやかに囁き合う声を、たまたま通りかかったミアが耳にした。


「聞いた? フェザーストン家の事件、ヴァレンティア公爵令嬢様が解決なさったんですって」


「まあ。悪役令嬢って呼ばれているのに」


「それが、真相を暴いたのは、他でもないその方だったそうよ。幽霊の仕業だなんて噂もあったのに」


 ミアはその話を、そっとエルディアに伝えた。エルディアは、扇の陰でわずかに口元を緩めただけだった。


「別に、噂のために調べたわけじゃないわ」


「存じております、お嬢様」


 ミアは、微笑みながらそう答えた。


 

 夜、自室でアガサ夫人から預かった古い記録帳を開いたエルディアは、そこに記された、走り書きの一文に目を落とした。


 ――彼女の死に、私は説明のつかない何かを見た。だが、家名のために、これを怪異として片付ける。


 誰が書いたのかは分かる。だが、何を見たのかは、永遠に分からないままだ。


(本当に、幽霊だったのかしら。それとも、別の誰かの罪だったのかしら)


 答えは出ない。それでも、エルディアはその記録帳を、そっと本棚の隅に仕舞った。分からないことを、無理に分かった振りをする必要はない。それもまた、この事件が教えてくれたことの一つだった。


 窓の外には、王都の夜空が広がっている。白鳥館を包んでいた雪は、もうここにはない。


 けれど、エルディアの中には、確かな何かが残っていた。


 怖くても、自分で確かめる。


 その姿勢を、今回もまた、貫き通せたという静かな自信だった。


第四章 完

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