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王国捜査局の馬車が、雪道を静かに走り去っていくのを、エルディアは屋敷の窓から見送った。ギルバートは最後まで抵抗も弁明もせず、ただ深く頭を垂れたまま、白鳥館を後にした。
「着服と殺人、両方の罪で正式に裁かれることになる」
隣に立ったノアが、淡々と告げる。
「情状酌量の余地はあるだろう。だが、彼が命を奪ったという事実は変わらない」
「分かっているわ」
エルディアは短く答えた。それ以上、多くを語る気にはなれなかった。同情がないわけではない。けれど、同情と、罪を軽くすることは、別の話だ。
セオドアは、応接間の隅で、放心したように座り込んでいた。エルディアが声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「……フィオナは、僕のせいで死んだようなものです」
「違うわ」
エルディアは、はっきりと言い切った。
「フィオナ様を殺したのは、ギルバートよ。あなたではない」
「でも、僕が、彼女をちゃんと愛していれば……」
「それとこれとは、別の問題ね」
エルディアの声は、いつになく静かだった。
「あなたが誰を想っていたかと、フィオナ様が殺された理由は、何の関係もないわ。自分の罪でないものまで、背負い込まないで」
セオドアは、しばらく黙り込んだ後、小さく頭を下げた。廊下の向こうで、ジェマが心配そうにこちらを見ているのに、エルディアは気づいていた。二人の関係がこれからどうなるのか、それはエルディア自身が決めることではない。
アガサ夫人は、事件の全てを聞かされた後、しばらく口を開かなかった。ようやく声を発したのは、エルディアが暇を告げようとした時だった。
「――ヴァレンティア様」
呼び止められ、エルディアは振り返った。
「私は、あなたを警戒しておりました。悪役令嬢がいる場所で、また死者が出た、と」
「存じております」
「けれど、真相を暴いたのは、あなたでした」
アガサ夫人は、一冊の古い記録帳を差し出した。
「これは、当家の書庫に代々伝わる記録です。百年前、最初の花嫁が亡くなった際、当時の当主が事件性を疑いながらも、家名のために怪異として処理した、という走り書きが残されています」
エルディアは、震える指先でその記録を受け取った。
「真相は、分かりません。今となっては、確かめる術もない。ただ、少なくとも――今回のような、何も知らない誰かに罪を着せる真似だけは、二度としてはならないと、思いましてね」
その言葉には、これまでの頑なな態度とは違う、確かな重みがあった。
「お預かりします」
エルディアは静かに頭を下げた。
馬車に乗り込む前、エルディアはセシルと二人きりで言葉を交わした。
「今回は、あなたのおかげで助かったわ」
「私は、記録を提供しただけです。真相を見つけたのは、あなたですよ」
セシルは、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。けれど、その奥に、確かな誠実さがあることを、エルディアはもう知っていた。
「怖いですか?」
初日に聞かれたのと、同じ問いだった。エルディアは、少し考えてから答えた。
「怖かったわ。今も、少しだけ」
「それは、悪いことではありません」
セシルは目を細めた。
「怖さを知っている人間の方が、怪異に惑わされずに、事実を見極められる。あなたは、それができる人だと分かりました」
「……あなたのこと、まだ少し苦手だけれど」
「ええ、知っています」
「でも」
エルディアは、扇を口元に当てながら、小さく付け加えた。
「頼りにはしているわ」
セシルは、驚いたように目を見開き、それから静かに笑った。
「光栄です」
帰りの馬車の中、クロエが満足げに扇を広げた。
「言った通りでしょう。噂は入口。真実ではない」
「認めるわ。今回は、あなたの情報がなければ、辿り着けなかった」
「珍しく素直ね」
「事実は事実として認めるだけよ」
クロエは、くすりと笑った。
「悪役令嬢がいる場所で、また事件が起きた。でも今回は、悪役令嬢が真相を暴いた――そういう噂が、これから広まっていくと思うわ」
「都合よく変わるものね、噂って」
「そういうものよ」
王都に戻って数日後、社交界の一角で、二人の令嬢がひそやかに囁き合う声を、たまたま通りかかったミアが耳にした。
「聞いた? フェザーストン家の事件、ヴァレンティア公爵令嬢様が解決なさったんですって」
「まあ。悪役令嬢って呼ばれているのに」
「それが、真相を暴いたのは、他でもないその方だったそうよ。幽霊の仕業だなんて噂もあったのに」
ミアはその話を、そっとエルディアに伝えた。エルディアは、扇の陰でわずかに口元を緩めただけだった。
「別に、噂のために調べたわけじゃないわ」
「存じております、お嬢様」
ミアは、微笑みながらそう答えた。
夜、自室でアガサ夫人から預かった古い記録帳を開いたエルディアは、そこに記された、走り書きの一文に目を落とした。
――彼女の死に、私は説明のつかない何かを見た。だが、家名のために、これを怪異として片付ける。
誰が書いたのかは分かる。だが、何を見たのかは、永遠に分からないままだ。
(本当に、幽霊だったのかしら。それとも、別の誰かの罪だったのかしら)
答えは出ない。それでも、エルディアはその記録帳を、そっと本棚の隅に仕舞った。分からないことを、無理に分かった振りをする必要はない。それもまた、この事件が教えてくれたことの一つだった。
窓の外には、王都の夜空が広がっている。白鳥館を包んでいた雪は、もうここにはない。
けれど、エルディアの中には、確かな何かが残っていた。
怖くても、自分で確かめる。
その姿勢を、今回もまた、貫き通せたという静かな自信だった。
第四章 完




