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「王都から、書簡が届いております」
ミアが恭しく差し出した封筒には、見慣れた几帆な文字で「エルディア・ヴァレンティア様」と記されていた。差出人は、リゼット・アーデル。
エルディアはすぐに封を切った。
『エルディア様
ご依頼のあった、フェザーストン家の戸籍記録について、王国大記録院にて調査いたしました。
結論から申し上げますと、記録の一部に、不自然な訂正跡があります。今から三十年ほど前――当時の家扶が代替わりした時期に該当する記録の一角に、一度書かれた文字を上から塗りつぶし、別の内容に書き改めた形跡が見られました。
通常、公的記録の訂正には、訂正印と、訂正理由の付記が義務付けられています。しかし、該当箇所にはそのいずれもありません。
訂正された内容そのものは、経年による滲みと重ね書きのため、現時点では完全には判読できておりません。ただ、欄の位置から見て、家系の分岐――分家に関する記載であった可能性があります。
引き続き、教会側の記録とも照合できないか、当たってみます。
リゼット・アーデル』
読み終えたエルディアは、手紙を持つ手に力を込めた。
「……分家」
呟いた言葉に、傍らにいたノアが反応する。
「見せてくれ」
手紙を受け取ったノアは、素早く目を通し、眉根を寄せた。
「訂正印がない公的記録の改竄は、それ自体が犯罪だ。だが、これが今回の事件に直接関係するかどうかは、まだ分からない」
「でも、無関係とも言い切れないでしょう」
「ああ。だから、リゼット殿には引き続き当たってもらう。こちらも、独自に確認を進める」
エルディアは、窓の外の雪景色を見つめながら考え込んだ。
(分家……。この屋敷にいる誰かと、関係があるのかしら)
まだ、その先の答えには辿り着けない。ただ、霧の向こうに何かの輪郭がぼんやりと見え始めている、そんな感覚があった。
その日の午後、思いがけない来客があった。
「やあ、久しぶり――というほどでもないか」
快活な声とともに現れたのは、ヴィクトル・ハイゼンだった。分厚い外套に雪をまとわりつかせたまま、興奮した様子で部屋に入ってくる。
「王都から急いで来たんだ。氷を用いた身体干渉魔法が関係しているかもしれないと聞いてね、これは僕の専門分野だから、居ても立ってもいられなくて」
「相変わらず、話が早いのか遅いのか分からない人ね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ヴィクトルは寝台のあった部屋――今は封鎖されている花嫁の間の前まで案内されると、扉越しに漂う冷気に軽く眉を上げた。
「なるほどね。……うん、これは興味深い」
「早速だけど、教えてほしいの。氷を使った魔法で、遠く離れた場所から人を凍死させることは、可能なの?」
エルディアが単刀直入に尋ねると、ヴィクトルは指を一本立てた。
「結論から言えば、不可能だ」
「不可能……」
「氷を用いた身体干渉魔法、正式には第一系統・物質魔法と第二系統・身体魔法の複合行使になるんだけど、これには明確な発動条件がある。まず、対象の体温を持続的に奪うには、術者が対象に対して、直接的かつ継続的な接触状態を維持する必要がある」
「つまり?」
エルディアが早々に切り込むと、ヴィクトルは苦笑しながら続けた。
「つまり、術者は対象のすぐ近くに――それこそ、手が届く距離にいなければならないということだ。しかも、一瞬で凍死させるような芸当は不可能でね。体温を根こそぎ奪うには、少なくとも数分単位の接触が必要になる」
「窓の外から、とか。扉の隙間から、とかでは?」
「無理だね。効果範囲は術者の手のひらから、ほんの数十センチ程度しかない。壁越しなんて論外だ。それに」
ヴィクトルは声を落とした。
「これだけの魔法を使えば、必ず魔力の残滓が残る。第四系統・感知魔法を使える者が調べれば、いつ、どの程度の魔力がここで使われたか、ある程度は分かるはずだ」
その言葉に、エルディアとノアは顔を見合わせた。
「調べられるの?」
「僕がやろう。多少時間はかかるが」
小一時間ほどかけて、ヴィクトルは花嫁の間の内部を丁寧に調べて回った。壁に触れ、床に触れ、寝台の周囲に手をかざし、時折小さく頷いたり、首を傾げたりを繰り返す。
「――間違いない。ここには確かに、第一系統の魔力反応が残っている。それも、かなり近距離で、集中的に使われた痕跡だ」
「つまり、幽霊の仕業ではなく」
「人為的な魔法行使だ、とは断言できる。魔力の質からして、遠隔から一瞬で、なんていう芸当ではない。誰かが、フィオナ嬢のすぐ傍にいた」
その言葉は、これまで屋敷を覆っていた「怪異」という言い訳を、静かに、けれど確実に打ち砕くものだった。
「ただし」
ヴィクトルは付け加えた。
「魔力の残滓だけでは、誰が使ったのかまでは分からない。誰の魔力かを特定するには、また別の手段が必要になる」
エルディアは頷いた。分かっている。魔法情報も、五分類の一つにすぎない。それだけで真実に到達できるわけではない。
「でも、これで一つ、はっきりしたわ」
エルディアは、封鎖された扉を見つめながら呟いた。
「幽霊なんかじゃない。誰かが、あの部屋の中で、フィオナのすぐ傍にいた」
「ああ」
ノアが低く同意する。
「問題は――誰も入れないはずのあの部屋に、いったい誰が、どうやって入ったのか、だ」
窓の外で、雪が一段と強く降り始めていた。まるで、まだ明かされていない何かを、白く覆い隠そうとするように。




