28
使用人たちへの聞き込みは、屋敷の裏手にある使用人用の食堂で行われることになった。ノアが正式な聴取を担当し、エルディアはその隣で話を聞かせてもらう形をとっている。
「本来、貴族令嬢が同席するような場ではないんだが」
ノアが小さく言うと、エルディアは涼しい顔で扇を開いた。
「あら、私が同席していけない理由でもあって?」
「……いや。むしろ、使用人たちはお前の前だと、余計なことまで話したがる傾向がある」
それは、決して悪い意味ではないらしかった。
最初に呼ばれたのは、フィオナ付きの侍女だったジェマという娘だった。まだ二十歳そこそこの、控えめな雰囲気の女性で、椅子に腰掛けるなり、膝の上で両手を固く握りしめた。
「昨夜のことを、話してくれるか」
ノアが穏やかに切り出す。ジェマは俯いたまま、小さく頷いた。
「フィオナ様を花嫁の間まで、お送りいたしました。それから……少し離れた場所で、控えておりました」
「花嫁の間の近くで、何か変わったことは?」
ジェマの肩が、目に見えて強張った。
「……人影を、見ました」
エルディアは息を詰めた。ノアも、手帳から視線を上げる。
「詳しく聞かせてくれ」
「暗くて……よく、見えませんでした。廊下の奥を、誰かが歩いていくのが見えただけです」
「誰だと思った?」
ジェマは、しばらく黙り込んだ。やがて、絞り出すように答える。
「……セオドア様だと、思いました。でも、確信は持てません。振り返らなかったので、顔を見ていないんです」
「歩き方や、体つきは?」
「普通の……お屋敷の方の、歩き方でした。急いでいる様子も、なかったです」
それ以上、ジェマは何も語らなかった。何度水を向けても、「分かりません」「見えませんでした」という答えが繰り返されるだけだった。
聴取が終わり、ジェマが部屋を出ていく背中を見送りながら、エルディアはふと違和感を覚えた。
(怯えているというより……何かを、庇っているような)
言葉にはできない微妙な感触だったが、エルディアはそれを心の隅に留めておくことにした。
その後、他の使用人たちにも順に話を聞いたが、目立った収穫はなかった。皆一様に、「幽霊の仕業に違いない」と怯え、事実らしい事実を語れる者は少なかった。
唯一、ギルバートだけが違った。
「私でお役に立てることでしたら、何なりとお申し付けください」
彼は聴取が始まる前から進んで名乗り出て、屋敷の見取り図を持参し、封印の作法についても改めて丁寧に説明してくれた。
「花嫁の間の鍵は、代々家扶が管理しております。もっとも、封印そのものは魔法的なものですので、物理的な鍵は補助的な意味しか持ちませんが」
「随分、詳しいのね」
エルディアが何気なく言うと、ギルバートは穏やかに微笑んだ。
「先代の家扶であった父から、代々受け継いでまいりましたので。この屋敷のことは、私にとって家族も同然です」
その言葉に、他意は感じられなかった。むしろ、フェザーストン家への忠誠心の表れのように、エルディアの目には映った。
(有能で、忠実な人ね)
その時のエルディアは、まだそれ以上のことを考えてはいなかった。
夕方近く、屋敷の一室で休んでいたエルディアのもとに、クロエが息を弾ませながらやってきた。
「聞いて、聞いて。面白いことが分かったわ」
「面白いって、こんな状況で?」
「不謹慎だとは思うけど、これは事件に関係あるかもしれない話よ」
クロエは扇を広げ、声を潜めた。
「フェザーストン家、ここ数年、随分と羽振りがいいのよ。領地の税収は落ちているはずなのに、屋敷の改修も、社交界への出費も、以前より増えている。おかしいと思わない?」
「……それは、確かに妙ね」
「それに、今回の縁談。レイクウッド子爵家からの持参金、かなりの額だと噂されているわ。フェザーストン家の財政、実はそこまで安定していないんじゃないかしら」
エルディアは眉を寄せた。
「フィオナの死と、財政の話が、どう繋がるというの?」
「まだ分からないわ。でも、お金の匂いがする場所には、大抵、誰かの秘密が隠れているものよ」
クロエは自信ありげに微笑んだ。その笑みの奥には、単なる噂好きではない、確かな観察眼があった。
「もう少し、探ってみるわ。社交界の情報網なら、あなたより私の方が得意でしょう?」
「否定はしないわ」
その夜、ミアが淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら、エルディアは今日聞いた話を頭の中で整理していた。
「お嬢様、ジェマさんのことなのですが」
ミアが遠慮がちに切り出した。
「何か気づいたの?」
「使用人同士では、割と仲がいいんです。それで、少し話を聞いてみたのですが……ジェマさんは、セオドア様のことを、幼い頃からよくご存知だそうです」
「幼馴染、ということ?」
「はい。それも、ただの幼馴染以上の……その、私が言うのもおこがましいのですが」
言いよどむミアの様子から、エルディアは大体のことを察した。
「なるほどね」
ジェマが人影を「セオドアだと思った」と証言しながら、それ以上を語ろうとしなかった理由。もし本当にセオドアを見たのだとしたら、幼馴染として、彼を庇いたい気持ちが働いたとしても不思議ではない。
けれど――。
(本当に、庇っているのは、セオドア様のこと……なのかしら)
何かが、まだ引っかかっていた。ジェマの証言そのものが噓だとは思えない。ただ、その奥に、彼女自身も気づいていない何かが隠れているような気がしてならなかった。
窓の外では、今日もまた、白い雪が静かに降り積もっている。
エルディアは冷めかけた紅茶を口に運びながら、ジェマの震える声を、何度も思い返していた。




