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悪役令嬢は、なぜ必ず処刑されるのか  作者: たくわん。
第四章「凍える花嫁は、誰を呪ったのか」

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「もう一度、確認させてくれ」


 ノア・グレイは、花嫁の間の扉の前に立ち、その表面を注意深く指先でなぞっていた。木枠にも、蝶番にも、外から力を加えられた形跡は見当たらない。彼は懐から取り出した手帳に、簡潔な字で何かを書き留めている。


「ギルバート殿。この封印について、もう一度詳しく聞かせてもらえるか」


「はい」


 呼ばれたギルバートが、恭しく進み出た。


「フェザーストン家の血を引く者のうち、定められた血族に限り、解除の権限をお持ちです」


「夫人は?」


 エルディアが問うと、ギルバートは静かに首を振った。


「奥方様は、フェザーストン家に嫁いでこられた方でございますので、血族には含まれません」


 その説明に、傍らでアガサ夫人が唇を引き結ぶのが見えた。誇り高い夫人にとって、それは決して心地よい事実ではないのだろう。


「では、名簿の上で解除できるのは、現当主様とセオドア様のお二人ということか」


 ノアが確認する。ギルバートは頷いた。


「その通りでございます。……少なくとも、私が管理している限りでは」


 

 現当主レジナルド・フェザーストン伯爵への聴取は、すぐに行われた。恰幅のいい、けれど今はやつれきった様子の伯爵は、深夜まで滞在客の何人かと酒を酌み交わしていたと証言した。数名の招待客がそれを裏付けたため、伯爵のアリバイは比較的固いものとなった。


 問題は、セオドアだった。


「私は……自室に戻って、一人で休んでいました」


 セオドアの声は弱々しく、視線は落ち着きなく揺れていた。


「誰か、それを証明できる者は?」


「……いません。侍女に下がるよう伝えましたから」


 ノアは表情を変えないまま、手帳に何かを書き加えた。エルディアはその横顔を、じっと観察していた。


(婚約者の死を悲しんでいるはずなのに、どこか怯えているように見える)


 昨日、部屋で見た戸惑いの表情が、再び頭をよぎる。


「セオドア様は、フィオナ様との結婚に、乗り気ではいらっしゃらなかったと伺いましたが」


 クロエが、扇の陰から静かに切り込んだ。集めてきた噂話を、こういう場で使うことに躊躇いがないのが彼女らしい。


 セオドアの顔が、目に見えて強張った。


「……それは」


「答えなくても結構ですわ。ただ、事実かどうかだけ、教えていただければ」


 沈黙が、答えの代わりになった。


 

 聴取が一段落した頃、エルディアはセシルを捜して屋敷の礼拝堂へと足を運んだ。冷えた石造りの小さな部屋で、セシルは蝋燭の炎を見つめながら、静かに祈りの言葉を唱えていた。


「……お話があるの」


「ええ、分かっています」


 振り返ったセシルの表情に、いつもの飄々とした笑みはなかった。


「百年前のことですね」


 エルディアが頷くと、セシルは蝋燭の炎から視線を外さないまま、語り始めた。


「当時のフェザーストン家に、アイリスという名の令嬢がおりました。婚約者は、彼女の意志とは関係なく決められた縁談だったと、教会の古い記録に残っています」


「今回と、同じ」


「ええ。彼女もまた、婚礼の前夜に花嫁の間で夜を過ごし――翌朝、同じように、凍りついた姿で見つかりました」


 室内の空気が、一段と冷たくなった気がした。


「教会の記録では、死因は『不明』とされています。ただ、当時の当主が事件性を疑っていたという走り書きが、記録の余白に残されているのです。……もっとも、それ以上のことは、どこにも書かれていません」


「揉み消された、ということ?」


「その可能性は否定できません。ただ、断定もできません」


 セシルは、ようやくエルディアの方に視線を向けた。


「ヴァレンティア様。あなたは、これが百年前と同じ怪異だと思いますか」


 問われて、エルディアは即答できなかった。


 密室。同じ死に方。同じ部屋。愛のない結婚。


 偶然と呼ぶには、あまりに条件が揃いすぎている。


「……分からないわ」


 正直にそう答えると、セシルはわずかに目を細めた。


「その答え方は、嫌いではありません。分からないものを、分かった顔で語る人間より、よほど誠実だ」


「褒めているの?貶しているの?」


「褒めています」


 セシルはそう言って、また蝋燭の炎に視線を戻した。


「私は、怪異を語ることを生業にしています。ですが、怪異を語ることと、何もかもを怪異のせいにすることは、別の話です。今回の事件が本物の呪いなのか、それとも呪いを装った何かなのか――それを見極めるのも、私の役目だと思っています」


 

 礼拝堂を出たエルディアは、廊下の窓から白く染まった庭を見下ろした。降り積もる雪は、音もなく世界を塗り替えていく。


 背筋に、冷たいものが這い上がってくる感覚があった。


(もし、本当に――)


 もし、理屈の通じない何かが、この屋敷には巣食っているのだとしたら。フィオナの死に、犯人などいないのだとしたら。


 その考えに行き着いた瞬間、エルディアは強く首を振った。


(駄目。それは、一番楽な逃げ道よ)


 幽霊のせいにすれば、誰も裁かれない。誰も追及されない。それは、恐怖に負けて思考を止めることと同じだ。


「大丈夫か?」


 いつの間にか隣に立っていたレオンが、顔を覗き込んでくる。


「顔、真っ青だぞ」


「……別に、平気よ」


 強がる声が、自分でも情けないほど小さくなった。レオンは何も言わずに、ただエルディアの隣に立ち続けてくれた。それだけで、少しだけ息がしやすくなる。


 

 夕刻、屋敷の一室に集まったノアとエルディアは、この日分かったことを整理していた。


「名簿上、解除できるのは当主とセオドア殿の二人だけ。当主にはアリバイがある。セオドア殿にはない――が、決定打もない」


 ノアが淡々と述べる。


「本人が犯人だと決めつけるには、材料が薄すぎる。動機らしきものはあるが、それだけだ」


「密室そのものは?」


「今のところ、こじ開けられた形跡はどこにもない。窓も、扉も」


 エルディアは、封印の紋様が浮かんでいた扉を思い出していた。


「本当に……名簿に載っている二人しか、あそこには入れないの?」


 ノアは、すぐには答えなかった。


「それを、これから確かめる」


 その言葉は、静かだったけれど、確信を持って響いた。


 窓の外では、雪がまだ、音もなく降り続いていた。


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