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悪役令嬢は、なぜ必ず処刑されるのか  作者: たくわん。
第四章「凍える花嫁は、誰を呪ったのか」

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 悲鳴で目が覚めた。


 エルディアが上体を起こすのと、廊下を誰かが駆けていく足音が重なるのはほぼ同時だった。窓の外はまだ薄暗い。夜明け前の、灰色がかった光が部屋を満たしている。


「お嬢様!」


 ノックもそこそこに、ミアが顔を青くして飛び込んできた。


「花嫁の間で……フィオナ様が……」


 最後まで聞かずに、エルディアはガウンを羽織って部屋を飛び出していた。


 

 花嫁の間へと続く廊下には、すでに使用人たちが集まっていた。誰もが青ざめ、口元を手で覆い、言葉少なに互いの顔を見合わせている。人垣の隙間から、開け放たれた扉の向こうが見えた。


 部屋の中は、異様なほど冷え切っていた。


 暖炉には燃え尽きた薪の残骸があるのに、空気は外の雪よりもなお冷たく感じられる。窓は固く閉ざされ、内側から結露が凍りついたように白く曇っていた。


 寝台の上に、フィオナが横たわっていた。


 純白の夜着のまま、目を閉じ、まるで眠っているかのように見える。けれど、その頬には、氷の結晶のような薄い霜が張りついていた。唇は紫がかった色に変わり、投げ出された指先の一本一本にまで、凍傷めいた白い痕が浮いている。


 エルディアは一瞬、息が止まった。


 昨夜、廊下で交わした言葉が、頭の中で鮮明に蘇る。


(この結婚を、少しも怖いと思わないと言えば、嘘になります)


(怖いのなら、怖いと言っていいと思うわ)


 あれが、最後の会話になるとは思わなかった。


 

 喉の奥に苦いものがせり上がってくるのを、エルディアは奥歯を噛んで堪えた。顔から血の気が引いていくのが自分でも分かる。けれど、ここで立ち尽くしているわけにはいかない。


(……誰が、何をしたのか。調べましょう)


 震えそうになる手を、ドレスの裾を握ることで押さえつける。それでも視線だけは、決して逸らさなかった。


「……誰も、入れなかったはずです」


 背後から震える声がした。振り返ると、ギルバートが扉の縁に手をかけたまま、呆然とした顔でそこに立っていた。


「昨夜、私自身が封印を施しました。フェザーストン家の血を引く者以外には、この扉は開けられません。窓にも、外から破られた形跡は……」


 言葉を切り、ギルバートは扉の周囲に視線を這わせる。エルディアもそれに倣った。木枠にも、蝶番にも、こじ開けられたような傷はない。窓硝子にも罅一つ入っていなかった。


「本当に、誰も入っていないと?」


「はい……。少なくとも、この私が知る限りでは」


 

 悲鳴を聞きつけて駆けつけたセオドアが、部屋の入り口で崩れ落ちるように膝をついた。


「フィオナ……そんな、まさか」


 その声には、確かな悲嘆があった。ただ、エルディアはふと、その横顔に一瞬だけ過ぎった別の感情に気づいてしまった。悲しみとは少し違う、戸惑いにも似た何か。すぐに悲嘆の色に塗り替えられてしまったけれど、見なかったことにはできなかった。


 

 アガサ伯爵夫人が到着したのは、それから間もなくのことだった。夫人は寝台に横たわる娘を一目見るなり、大きく息を呑んだ。


「……やはり」


 消え入りそうな声で、そう呟く。


「やはり、あの子は選ばれてしまったのね……」


「選ばれた、とは?」


 エルディアが問うと、アガサ夫人は虚ろな目をこちらへ向けた。


「昨夜、セシル様がお話しになったでしょう。愛のない結婚を、白い花嫁の霊が拒む、と……。セオドアは、フィオナを愛していなかった。だから、あの子が選ばれてしまった」


「夫人」


 窘めるように名を呼んだのはセシルだった。いつの間にか部屋の入り口に立ち、静かにその光景を見つめている。


「今はまだ、何も分かっておりません。憶測で語るべきではないでしょう」


 セシルの声はいつも通り穏やかだったが、その目は寝台の少女を、そして凍りついた窓を、注意深く観察していた。怪異を語る司祭でありながら、その視線には一切の熱がない。ただ静かに、事実だけを見ている。


 その落差に、エルディアは奇妙な安堵を覚えた。


 

 やがて、使用人たちの間で、ある言葉がひそやかに囁かれ始めた。


「……また、あの方がいらしたときに」


「悪役令嬢様が、この屋敷にいらっしゃったから……」


 声は小さかったが、エルディアの耳には届いていた。振り返ると、囁いていた侍女たちは慌てて目を伏せ、そそくさとその場を離れていく。


 昨夜クロエが言っていた言葉が、皮肉にも思い出された。


(噂は入口。今夜、あなたがどう振る舞うかで、その先の話が決まるのよ)


 まだ何も振る舞ってすらいないのに、もう噂は生まれていた。


 拳を握りしめたエルディアの肩に、そっと手が置かれた。


「大丈夫か」


 レオンだった。いつからそこにいたのか、彼はエルディアの背後に立ち、噂話をしていた侍女たちの方を一瞥してから、静かに言った。


「気にするな。お前は何もしていない」


「分かっているわ」


 答える声は、思ったより硬くなってしまった。分かっている。分かっているのに、胸の奥がざわつくのを止められない。


 

 クロエが屋敷中を駆け回り、最初に発見した使用人から詳しい話を聞き出していた。ミアもまた、青ざめながらも、他の侍女たちの様子をそれとなく窺っている。


「王都に使いを出しましょう」


 そう言ったのはセシルだった。


「これは、私たち聖典教会の管轄で片付けられる話ではありません。王国捜査局に、正式な検分を依頼すべきです」


 アガサ夫人は一瞬躊躇う素振りを見せたが、セオドアが力なく頷いたことで、その場は収まった。


「……お願いします」


 

 その日の昼過ぎ、白鳥館に一台の馬車が到着した。


 降り立ったのは、見覚えのある黒髪の青年だった。


「ノア」


 エルディアが思わず呟くと、ノア・グレイは軽く会釈を返した。


「王国捜査局から、正式に派遣された。事情は道中である程度聞いている」


 その視線が、一瞬だけエルディアの上に留まる。詮索するような、けれど非難するのとも違う、事実だけを見定めようとする目だった。


「――お前が、何かをしたとは思っていない。だが、状況は聞かせてもらう」


「望むところよ」


 エルディアは胸を張り、まっすぐにノアを見返した。


 冷え切った屋敷の奥で、まだ誰も踏み込めていない真実が、静かに息を潜めている。エルディアはそれを、確かに感じ取っていた。

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