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セドリックの拘束から三日後、王宮の一室に、ヴィクトルが息を切らして駆け込んできた。
「エルディア嬢、分かったぞ。記録画の正体だ」
「本当に?」
エルディアは、資料から顔を上げた。裁判はもう目前に迫っている。セドリックの自白があったとはいえ、あの記録画が最後まで曖昧なままでは、事件全体の説明として、どこか据わりが悪い。
「腕輪の使用履歴を、魔力の波長ごとに丹念に洗い直した。結果――やはり、あの映像は一枚だけの記録じゃなかった」
ヴィクトルは、机の上に精緻な図を広げた。
「これが、記録画に写っていた像の魔力波長を分解したものだ。見てくれ。二つの異なる波長が、明らかに重なり合っている」
「二つ……」
「一つは、昼間、君がこの部屋で感知魔法を使っていた時に記録された、君自身の姿。もう一つは――事件当夜、別の人物が、この部屋を通り過ぎた際に記録された、もっと薄い、ほとんど輪郭だけの像だ」
「別の人物……セドリック?」
「波長の特徴が一致する。おそらく、セドリック自身の姿だ。だが、二つの記録は、腕輪の魔力残量が乏しくなっていたせいで、正しく分離されず、一つの不鮮明な人影として重なって定着してしまった」
その説明に、エルディアはゆっくりと息を吐いた。
「つまり――あの記録画は、最初から、私が犯行時刻に書庫にいた証拠なんかじゃなかった。昼間の私の姿と、夜のセドリックの姿が、偶然、一つの映像に重なっただけ」
「そういうことだ。セドリック自身、そこまでは把握していなかったはずだ。彼にとっても、あの映像は“好都合な偶然”でしかなかった」
その言葉に、エルディアは静かに目を閉じた。第18話の日、ヴィクトルが語った「四原則」――発動条件、効果、制限、代償。あの説明が、最後の最後で、事件そのものの結末を支えていた。
「ありがとう、ヴィクトル。これで、あの記録画についての疑問は、きちんと説明がつくわ」
「礼はいい。……いや、今回だけは、素直に受け取っておこう」
ヴィクトルは珍しく、少しだけ照れたようにそう言った。
その日の午後、ノアがヨランダを伴って王宮を訪れた。ヨランダの顔は青ざめ、両手を胸の前できつく握りしめている。
「エルディア嬢の前で、もう一度、正直に話してもらう」
ノアの静かな一言に、ヨランダは深く俯いた。
「……申し訳、ございませんでした」
「話してちょうだい」
エルディアは、努めて穏やかな声で促した。憎しみをぶつけたい気持ちがないわけではなかった。だが、この場に必要なのは、感情ではなく、真実だった。
「私は……モロー侯爵様の紹介所を通じて、この邸に雇われました。最初から、普通の女中として働くように、とだけ言われていました。ですが……事件のあった数日後、侯爵様の使者が接触してきて」
「なんと言われたの?」
「『深夜、エルディア様が書庫の方へ向かうのを見た、と証言するように』と。……逆らえば、実家に累が及ぶと、脅されました」
「では、あなたは実際には、あの夜、私を見ていないのね」
「はい。……見ておりません」
その告白に、エルディアは静かに頷いた。第19話の日に感じた違和感――暗い廊下で、マルタでさえ確信を持てなかった人影を、ヨランダだけがはっきりと「エルディア様だった」と言い切ったこと。あれは、目撃した記憶ではなく、最初から与えられた“答え”を、ただなぞっていただけだったのだ。
「モロー侯爵は、なぜそこまでして、私を陥れようとしたの?」
その問いに答えたのは、ヨランダではなく、ノアだった。
「モロー侯爵は、ヴォルク殺害そのものには関与していない。だが、ヴァレンティア公爵家の政治的な立場を弱めるため、事件を利用しようとした。エルディア嬢が“悪役令嬢”として断罪されれば、公爵家の発言力は大きく失墜する。侯爵にとって、それは望ましい結果だった」
「……殺人には関わっていないのに、私が処刑されることを、利用しようとしたのね」
「ああ」
エルディアは、静かに拳を握った。セドリックの時とは、また違う種類の怒りが、胸の中に広がっていく。
「ヨランダ」
「はい……」
「あなたのしたことは、許されることではないわ。でも、あなたが誰かに脅されて、選択の余地なくそれをしていたのなら、その事情は、正式な場できちんと考慮されるべきだと思う」
ヨランダは、驚いたように顔を上げた。
「……お嬢様」
「私は、あなたを憐れんでいるわけではないの。ただ、公正であろうとしているだけよ」
その言葉に、ヨランダは深く頭を垂れた。それ以上、何も言わなかった。
裁判は、それから五日後に開かれた。
王国の法廷で、これまでに集められた全ての証拠と証言が、整然と積み上げられていった。セドリックの自白と着服の証拠。記録画の正体を示すヴィクトルの鑑定書。ヨランダの証言とモロー侯爵の関与を示す調書。ノアが、それら全てを一つの筋道として、淡々と読み上げていく。
判決は、明確だった。
エルディア・ヴァレンティアに対する容疑は、全て晴らされた。
王宮の一室を出て、久しぶりに公爵邸へ戻る馬車の中で、エルディアはレオンと二人、窓の外を眺めていた。
「終わったな」
「ええ」
短いやり取りの後、しばらく沈黙が続いた。それを破ったのは、エルディアだった。
「レオン。私、ずっと考えていたの」
「何を」
「歴代の悪役令嬢たちのこと」
レオンが、静かにエルディアの方を見た。
「彼女たちは、王国の歴史の中で、必ず罪を犯し、必ず処刑されてきた。私は、幼い頃から、それを当然のことのように聞かされて育ってきたわ。悪役令嬢は、いずれ悪事を働き、罰せられる存在なのだと」
「……そうだったな」
「でも、今回のことで、私は初めて、その言い伝えに疑問を持つようになったの」
エルディアは、膝の上で手を組み、静かに続けた。
「セドリックは、自分の罪から目を逸らすために、私が疑われることを利用した。モロー侯爵は、政治的な思惑のために、私が処刑されることを利用しようとした。……誰も彼も、私が“悪役令嬢”だからという理由だけで、私を都合よく使おうとしたのよ」
「エルディア」
「もしかしたら――歴代の悪役令嬢たちも、同じだったのかもしれない。最初から悪だったから処刑されたのではなく、悪役令嬢だから、疑われやすかった。都合の良い罪を、着せられやすかった。……そうだとしたら」
エルディアは、窓の外に流れていく景色を見つめながら、静かに言葉を結んだ。
「悪役令嬢が必ず処刑されるのは、彼女たちが悪だったからじゃなく――誰かにとって、そう扱う方が都合が良かったから、なのかもしれないわね」
その言葉は、誰に向けたものでもなく、ただ静かに馬車の中に溶けていった。
レオンは、しばらく何も言わなかった。ただ、隣に座るエルディアの横顔を、じっと見つめていた。
「……お前は、それでも」
「ええ」
エルディアは、小さく笑った。まだ完全に晴れやかとは言えない、それでも確かな強さを宿した笑みだった。
「怖くても、これからも、自分の目で確かめ続けるわ。それが、私にできる、たった一つのことだから」
馬車は、静かに公爵邸への道を進んでいく。
窓の外には、雲の切れ間から、久しぶりに、澄んだ青空が広がっていた。
第三章 完




