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セレナ・ダグラスの処分は、王国捜査局とダグラス家、そしてバークレー家を交えた話し合いに委ねられた。
オフィーリアへの偽証教唆、および令嬢への傷害。事情を知ったバークレー男爵は激怒したが、オフィーリア自身が「もう、これ以上は誰も傷つけたくありません」と静かに訴えたこともあり、公にはならない形で決着することになった。ダグラス家の困窮という背景も鑑みられ、社交界からの正式な処分と、両家の間での謝罪という形で収められることになった。
その報告を受けた日、エルディアはセレナと最後に顔を合わせる機会を持った。
「……この度は」
セレナは、深く頭を下げた。以前の優雅さは鳴りを潜め、憔悴した表情だけが残っている。
「あなたが追い詰められていたことは、理解したわ」
エルディアは、静かに言った。
「家のために、必死だったことも。……でも」
一拍置いて、続けた。
「それは、オフィーリア嬢を利用していい理由にはならないでしょう」
その言葉に、セレナは唇を噛み、何も言い返さなかった。理解と、赦しは違う。エルディアは、その線を最後まで引き直すつもりはなかった。
「……はい。仰る通りです」
セレナは、それだけを言って、静かに退室していった。
数日後、オフィーリアがヴァレンティア公爵邸を訪れた。あの日とは違い、しっかりとした足取りだった。
「この度は、本当に……申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるオフィーリアに、エルディアは扇子を軽く開いた。
「あなたが謝ることではないでしょう。誘導されたのは、あなたのせいじゃないもの」
「でも……」
「それに」
エルディアは、少しだけ口の端を上げた。
「あなたのおかげで、私の周りの人間の力量がよく分かったわ。感謝しているくらいよ」
その言い方に、オフィーリアは戸惑ったような、それでいてどこか安堵したような表情を浮かべた。
「どうして……そこまでしてくださったんですか?」
「勘違いしないでちょうだい」
エルディアは、扇子で口元を隠しながら言った。
「私は、自分の名誉のために動いただけよ。悪役令嬢が、身に覚えのない罪を着せられたまま黙っているなんて、あり得ないでしょう」
いつも通りの、突き放すような言い方だった。だが、去り際、エルディアはふと足を止めて振り返った。
「……今度からは、自分の目で見たものだけを信じなさい。噂ではなくてね」
その一言に、オフィーリアは目を潤ませながら、深く頷いた。
「エルディア様に、御礼を」
バークレー男爵は、あの日の剣幕が嘘のように、恐縮しきった様子で頭を下げていた。
「娘への疑いだけでなく、あなた様への疑いまで、こうして晴らしていただいて……。何とお詫び申し上げればよいか」
「男爵が謝ることではないわ。あなたも、娘を思っての行動だったのでしょう」
エルディアがそう言うと、男爵は何度も頭を下げながら、屋敷を後にした。
「よう、悪役令嬢様」
庭に出ると、レオンが待っていた。相変わらずの軽い調子で、木陰に寄りかかっている。
「お前、本当は最初から心配してたよな。あの子のこと」
「……別に」
「別に、ね」
レオンは肩をすくめて笑った。エルディアは扇子で顔を隠すようにしながら、視線を逸らした。誤魔化しきれていないことは、自分でも分かっていた。
「王国捜査局としても、今回の件は勉強になりました」
少し離れた場所から、ノアが静かに歩み寄ってきた。
「証拠の積み重ねと、証言の食い違いから、事件の全体像が見えてくる。……エルディア様の推理は、的確でした」
「あなたの検証があったからよ。私一人では、途中で見失っていたわ」
エルディアが素直にそう言うと、ノアは珍しく、わずかに口元を緩めた。
「今後も、何かあれば協力を仰ぎたいと思います」
「望むところよ」
二人の間に、以前よりも確かな信頼が芽生えていることを、エルディアは静かに感じ取っていた。
夕暮れ時、エルディアは一人、王宮の庭園に足を運んだ。
あの噴水は、何事もなかったかのように、静かに水音を立てている。
水面が、風に揺れていた。そこに映る自分の顔を、エルディアはしばらく黙って見つめた。
「悪役令嬢、ね……」
小さく、そう呟く。
レオンも、オフィーリアも、もうここにはいない。それでも、噂というものは、姿を変えながら、人を静かに水底へ引きずり込もうとする。今度は自分ではなく、また別の誰かを。
けれど、今回のように、誰かがきちんと確かめ、事実を積み上げていけば、その水底から引き上げることもできる。
エルディアは、そのことを、身をもって知った。
「まったく……面倒な噂だこと」
水面を見つめながら、エルディアは、ほんの少しだけ笑った。
その笑みは、悪役令嬢と呼ばれる少女にしては、あまりにも穏やかなものだった。
第二章 完




