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悪役令嬢は、なぜ必ず処刑されるのか  作者: たくわん。
第二章「令嬢たちの噴水」

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「まず、確かめたいことがあるの」


 エルディアは、ヴァレンティア公爵邸の応接間に集まった面々を見渡した。ノア、リゼット、レオン、そしてミア。誰の表情にも、緊張が浮かんでいた。


「あの日、悲鳴が上がってから、セレナが駆けつけるまでの時間よ」


「調べています」


 リゼットが、手元の記録を確認しながら答えた。


「オフィーリア様が水に落ちた直後……周囲の令嬢の証言では、悲鳴からごくわずかの間に、セレナ様が現場に到着していたようです」


「わずか、というのは?」


「数十秒……もっと短いかもしれません」


 その答えに、エルディアは静かに頷いた。


「東屋からでは、間に合わない距離よ。噴水の近くに、それだけ早く駆けつけられる場所にいた人物は、限られる」


「エルディア様や殿下たちと同じく、遠くの東屋にいた者には不可能な速さです」


 ノアが淡々と補足した。




「それなら、まず本人に聞くべきだわ」


 エルディアはそう言うと、後日、セレナを再び屋敷に招いた。応接間に現れたセレナは、いつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべていた。


「エルディア様、お呼びと伺いましたわ」


「一つ、確認させて。あの日、あなたはどうして、噴水のあんなに近くにいたの?」


 エルディアの問いに、セレナの微笑みが、ほんのわずかに強張った。


「……たまたま、通りかかっただけですわ。庭園を散策していましたの」


「そう。……でも、記録によれば、あなたはあの日、供の者を先に帰して、一人で庭園の奥へ向かっていたそうね」


 リゼットが差し出した記録を、エルディアはテーブルに置いた。招待客の動線を、園遊会の警備記録から丹念に照合した結果だった。


「一人で、庭園の奥へ。それも、噴水のある区画へ、まっすぐに」


「……偶然ですわ」


「偶然にしては、都合が良すぎるとは思わない?」


 セレナの表情から、少しずつ余裕が消えていった。




「もう一つ、確かめたいことがあるわ」


 エルディアは続けた。


「衛士のヨハンが、あの日、青いドレスの後ろ姿を見たと証言している。でも、あの日、青系統のドレスを着ていた令嬢は、私も含めて何人もいた。あなたも、その一人よ」


「それだけでは、私を疑う根拠にはなりませんわ」


「ええ、それだけでは足りない。だから、他の証拠と合わせて考える必要があるの」


 ノアが一枚の記録画をテーブルに広げた。噴水近くの地面に残された足跡――踵の少し前に、細い菱形の溝が三本並んだ、特徴的な意匠。


「これは、事件現場に残されていた足跡です。エルディア様のものとは一致しませんでした」


 ノアは、もう一枚、別の記録画を並べた。


「先日、王宮の靴職人に協力を仰ぎ、あなたが日頃仕立てている靴の意匠を確認させていただきました。……同じ溝の意匠が、三本」


 セレナの顔から、完全に血の気が引いた。




「これも、あなたのものかしら」


 リゼットが、小さな布に包まれたヘアピンをそっと差し出した。


「植え込みの陰から見つかりました。紋章を確認したところ……ダグラス家のものです」


「……それは……」


 セレナは、一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直したように答えた。


「そのヘアピンは、その日の朝から失くしていたものですわ。誰かが拾って、たまたまあそこに落としたのかもしれません」


「本当に?」


 その時、静かにミアが一歩前に出た。


「セレナ様。失礼を承知で申し上げます」


「……何かしら」


「園遊会が始まった時、私はお嬢様の身支度の最中に、セレナ様とすれ違いました。その時、確かに――このヘアピンを、髪に着けていらっしゃいました」


 ミアは、はっきりとした声で言い切った。


「そして、オフィーリア様が告発された後、廊下でお会いした時には……もう、ついていませんでした」


 セレナは何も言わなかった。ただ、握りしめた手が、小さく震えていた。




「セレナ」


 エルディアは、静かに、しかし逃げ場を与えない声で言った。


「あなたは、朝から失くしていたと言った。でも、ミアは、園遊会が始まってからも、あなたがそれを着けていたのを見ている。……どちらかが、嘘をついているわ」


 沈黙が落ちた。長い、重い沈黙だった。


「……オフィーリア様を、お呼びしてもよろしいですか」


 ノアが静かに言った。エルディアは頷いた。


 しばらくして、案内されてきたオフィーリアは、部屋の空気を感じ取ったのか、不安そうに視線を彷徨わせた。


「オフィーリア嬢」


 ノアが、努めて優しい声で尋ねた。


「あの日、突き落とされた瞬間、あなたは本当に、犯人の顔をはっきりと見ましたか」


 オフィーリアは、震えながら俯いた。しばらくして、ようやく声を絞り出す。


「……本当は……はっきり、見ていません」


 その一言に、部屋の空気が変わった。


「気付いたら、水の中に落ちていて……混乱していて……。そこに、セレナ様が真っ先に駆けつけてくださって……『……ヴァレンティア様、でしたよね?』って、聞かれて……」


 オフィーリアの声が、涙で震え始めた。


「私、てっきり、セレナ様が見ていたんだと思って……。だから、そう思い込んでしまったんです……」




「……そう、いうことね」


 エルディアは、静かにセレナを見据えた。


「あなたが、あの子に、私の名を刷り込んだ。誘導したのよ」


 セレナは、もう何も否定しなかった。震える手で顔を覆い、しばらくして、絞り出すように言葉をこぼした。


「……ダグラス家は、もう限界なんです」


 その声には、いつもの優雅さは欠片も残っていなかった。


「事業は傾く一方で……バークレー家との商談が成立しなければ、領地さえ手放すことになる。父からは、私が後見人のような立場になれば、商談も縁談もまとめられると……何度も言われて……」


「だから、オフィーリアを利用しようとしたの? 突き落として、助けたふりをして」


「……はい。オフィーリア様に恩を売って、後見人のような立場になれば……父も、商談を進めやすくなると……」


「でも、それだけなら、私に罪を着せる必要はなかったはずよ」


 エルディアの問いに、セレナは一瞬、顔を歪めた。


「……あなたになら、誰もが疑いを持つと思ったんです」


「……どういう意味?」


「悪役令嬢。……その評判が、もうずっと、あなたにはついて回っているでしょう。だから、あなたの名前を出せば、誰も疑わない。周りが勝手に、あなたを犯人だと決めつけてくれる。……そう、思ってしまったんです」


 その言葉に、エルディアは息を呑んだ。怒りとも、諦めとも違う、何か冷たいものが胸の奥を突いた。


 自分が悪役令嬢だから、疑われたのではない。

 「悪役令嬢」という評判そのものが、都合よく利用されただけだった。


「……違います、死なせるつもりなんてなかったんです。少し濡れて、騒ぎになる程度だと……そう思っていました……」


 セレナの言葉が、途切れ途切れにこぼれ落ちる。エルディアは、それを静かに、しかし冷ややかに見つめた。


「傷つけるつもりがなかったから、罪が消えるとでも思って?」


 その一言に、セレナは何も言い返せなかった。ただ、崩れるように、その場に膝をついた。


「……オフィーリア様を、傷つけるつもりはなかったのです。ただ……家を守りたかっただけなのです……」


 嗚咽混じりの声が、静かな部屋に響いていた。

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