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園遊会での告発は、その日のうちに社交界を駆け巡った。
翌朝、王都の茶会という茶会で、同じ話題が囁かれていたという。エルディアがそれを知ったのは、朝食の席で新聞を広げた父の、珍しく険しい表情からだった。
「新聞にまでは載っていないが……噂は、もう止められないところまで来ている」
父アルフォンス・ヴァレンティアは、静かにそう言った。エルディアは紅茶のカップを持ったまま、父の目をまっすぐに見返した。
「私はやっていないわ」
「知っている。だが、噂というものは、事実かどうかとは無関係に広がる」
その通りだった。エルディアは何も答えず、ただカップを置いた。
「やっぱり、悪役令嬢は違うわね」
「新人をいじめるなんて、恐ろしい」
「ヴァレンティア家も、いよいよなのかしら」
昼過ぎ、社交界の集まりに顔を出せば、そんな囁きがあちこちから聞こえてくる。エルディアは背筋を伸ばしたまま、それらの声を意識的に聞き流した。表情を崩すことは、負けを認めることに等しい。それだけは、絶対にしたくなかった。
「エルディア様」
声をかけてきたのは、レオンだった。少し離れた場所には、アルベルトの姿もある。
「あの時間、お前は俺たちとずっと一緒だった。それは俺たちが証言できる」
「殿下と俺の二人分の証言だ。それでも、この噂の勢いは止まらないみたいだがな」
レオンが忌々しそうに言うと、アルベルトも小さく頷いた。
「王家としても、事実確認は急がせている。だが、公にはまだ動きにくい」
「分かっているわ。政治的な立場があるのでしょう」
エルディアは静かに答えた。二人の言葉はありがたかった。だが同時に、噂というものが、いかに証言よりも強く広がるかを、改めて思い知らされてもいた。
その日の夕方、ヴァレンティア公爵邸に、王国捜査局の紋章をつけた馬車が停まった。
「ノア・グレイ、参りました」
応接間に通された若い捜査官は、いつも通り無駄のない所作で一礼した。冷静な表情に、感情らしいものは見えない。
「王家の要請により、本件について正式に調査を開始します。ご協力いただけますか」
「もちろんよ。むしろ、あなたに来てもらえて助かるわ」
エルディアは正面から答えた。ノアの融通の利かなさは、時に苛立たしい。だが、証拠だけを見る姿勢は、この状況では何よりも信頼できるものだった。
「まず、確認したいことがあります」
ノアは手袋を軽く整えながら、いつもの通り短く切り出した。
「事件当時、エルディア様はどちらに?」
「東屋よ。レオンと殿下と一緒だったわ」
「その証言は、すでに把握しています。裏付けも取れています」
「なら、話は早いでしょう」
「証拠がある限り、断定はできますが、証拠がない限り、断定はできません。それはあなたに対しても、オフィーリア嬢に対しても同じです」
ノアの言葉は、いつも変わらず淡々としていた。それが今のエルディアには、むしろありがたかった。
翌日、ノアは王宮庭園の警備を担当していた衛士への聞き取りを行った。エルディアも、レオンとともにその場に同席することを許された。
「あの夜、噴水の近くで、何か見ませんでしたか」
ノアの問いに、実直そうな衛士――ヨハンと名乗った男は、記憶をたどるように眉を寄せた。
「……見ました。青いドレスの令嬢が、噴水の方から離れていくのを」
「顔は見ましたか」
「いえ……後ろ姿だけです。夕暮れで薄暗かったですし、遠くからでしたので」
「青、というのは、どの程度の青ですか」
「それは……はっきりとは。ただ、今年流行の色だとは思いました」
その答えに、エルディアはわずかに眉を上げた。会場を見渡せば、あの日、青いドレスを纏った令嬢は何人もいた。自分もそうだった。
「後ろ姿だけで、本当に特定できるのかしら」
エルディアは思わず呟いた。ヨハンは気まずそうに視線を落とす。
「申し訳ございません。……そこまでは」
「いいえ、正直に答えてくれてありがとう。それが一番大事なことよ」
エルディアは静かにそう言った。曖昧な証言を責めるつもりはない。むしろ、曖昧なままの情報が、いかに人を追い詰めるかを、身をもって知っていた。
邸に戻ったエルディアは、自室でしばらく無言のまま座っていた。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
ミアが静かに扉を開けて入ってくる。エルディアは何も言わず、差し出されたカップに手を伸ばした。
「好きに騒がせておけばいいわ。証拠もないのに」
いつも通りの、突き放すような口調だった。だがミアは、それをそのまま受け取らなかった。
「……お嬢様」
「なに」
「今日はいつもより、紅茶の温度、気にしてませんね」
図星だった。エルディアは一瞬、言葉に詰まる。
「……あの子」
ぽつりと、こぼれるように言葉が出た。
「あの、オフィーリアという子……大丈夫かしら」
「お嬢様を告発した方のことを、心配しているんですか」
「別に、心配なんてしていないわ」
いつもの強がりだった。だが、ミアはそれ以上何も追及しなかった。ただ、「そうですか」とだけ言って、静かに紅茶を注ぎ足した。その距離感が、今のエルディアには何よりありがたかった。
数日後、ノアが再びヴァレンティア公爵邸を訪れた。
「現時点で、あなたを犯人と断定できる証拠はありません。同時に、あなたの無実を完全に証明する証拠もありません」
「つまり?」
「証拠がない限り、断定はできません。捜査を続けます」
その言葉に、エルディアは小さく息をついた。当たり前のことだ。だが、当たり前のことを、こうして正面から言ってくれる人間がいることに、少しだけ救われる思いがした。
「分かったわ。何が必要?」
「事件当日の関係者すべてへの聞き取りと、現場の物証確認です。エルディア様にも、いくつか協力していただきたいことがあります」
「望むところよ」
エルディアは扇子を軽く開いた。
証明されるのを待つつもりはない。自分の手で、真実を確かめる。それが、この悪役令嬢のやり方だった。




