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「委員長って呼んでよ!」


 久しぶりに会議室を訪れる。文化祭の会議が行われるはずだが、随分と人数が少ないように感じる。おかげで部屋が無駄に広い。


「なんでこんな少数精鋭なの?」


「最初こそ全員参加していたけど、部活とか習い事とかバイトを理由にして来なくなる連中が増えてきて今に至る。つまり大樹と同じだね」


 いきなり皮肉が飛んできて、大樹は胸を押さえた。それについては言い訳のしようもなく、急いで話題を変える。


「ま、まあ、あれだ。俺たちがやるのは休憩室の管理とあとは雑事だけだから。なんとかなるっしょ……。ねえ、何を着ているの?」


 大樹がぼそぼそ話しているうちに、楓が緑のジャケットを羽織っていた。思いっきり見覚えがある。そう、以前、山口太郎も同じものを着ていて――


「お前文化祭の統括側になったの!?」


「タローの奴が意識高い発言しまくるせいで、他の一年生と揉めるから。何故だか私が抜擢された」


 楓がどこかを見やる。大樹も視線を追うと、そこには生徒会副会長の天野翠がいた。なるほど、楓を統括に引き抜いたのは彼女の仕業らしい。すごくいい笑顔を向けられた。


 楓の瞳からハイライトが失われる。


「ほんとさぁー、クラスの出し物が面倒だから簡単なやつにしようとしたのに、『あ、ってことは暇だよね! じゃあ統括やってみよっか!』とか……。仕事ってなくならないように出来てるんだなあと実感させられたよ」


「そ、そんなに嫌なら断ればよかったのに」


「――――いや、これくらい。やってみせる」


 決然と楓が告げる。出た、コレだ。何をそんなに意地になっているのだろう。楓のモチベーションの源がわからないことには、楓を知ることができない。


 ふと、肩をツンツン突かれる。振り返ると満面の笑みの翠がいる。目だけが笑っていないのが怖かった。


「いやあ、久しぶりだねえ! 忙しかったのかなあ!? 実行委員の篠原くん!」


「お、怒んないでくださいよ……。申し訳ないなあと思いつつ、結構忙しかったので――すいません言い訳しないっす」


 翠の額に青筋が刻まれたところで大樹は黙った。口は災いの元である。


「見ての通り、人手が足りなかったりするんだよね。というわけで篠原くんも統括部に任命します」


「ええ!? どういうことですか!? 何をすればいいのかも分からないのに!?」


「大丈夫。ちゃんと説明するから」


 すらすらと翠の口から仕事内容が述べられる。宣伝広報用の掲示物作成、クラス毎に申請されている機材の貸し出し管理、食品業者への連絡と衛生面サポート、タイムスケジュール把握エトセトラ……。


「あとね、文化祭のアカウントも作ったから動かしてくれると助かる」


「いや多すぎ! 何これ!? 教師陣に任せた方がいいやつも結構ありますよね!?」


「我が校は例年、『生徒の自主性』を重んじているから」


「どこの学校もそうだよ!」


「じゃあサボっちゃダメでしょー!? 今年は例年より遅れ気味なんだよ! 誰かさんたちのせいでね!」


 ぐうの音も出ない。


「はあ。部活をどうにかしたと思ったら、今度は文化祭か。忙しいなあ」


 翠の目がぱちくりと開かれる。瞬きを数回。じっと大樹を見つめている。


「なんでしょう?」


「ううん。部活って……バドミントン部はなくなったんじゃなかったの?」


「コラコラ。誰ですかそういうこと言い触らしているのは。バドミントン部は絶賛活動中ですよー?」


 先週の後半から。


「間違えないでいただきたい」


「ごめんって。でも……そっか!」


 翠は嬉しそうに手を合わせる。


「月夜も戻ってくるのかな?」


「いや、それは……これから次第ですけど。そういえば、最近センパイどうしてます? 全然会ってないので」


 思い返してみると、ここ数日は色々なことがありすぎた。おかげさまで、月夜のことを考える時間が減っているのは否めない。


「月夜? えっとねー、授業が終わったらすぐ帰っちゃうね。クラスでの催しもあるのに全然準備手伝ってくれない! 『やることがあるから』って。私以外誰も月夜に何も言えないし!」


 怒りの感情が見え隠れする翠。多分相当ストレスが溜まっているのだろう。彼女の爪先が床を叩く。若干申し訳なく思う。


「あ、あと、これは関係あるか分からないけど……携帯を見ていることが多い」


「? どういうことでしょう?」


「誰かの連絡を待っているみたいな……。いつも手に持って、難しい顔をしているんだけど……なんだろうね?」


「さあ……」


 あれ? 待ってほしい。確か最後に月夜に会ったとき、試合をする約束だけは取り付けたが……日時の指定はしたか?

 もしかして、ずっと大樹からの連絡を待っていた?


「……さて、仕事に取り掛かるとしますか」


「篠原くん、どうして急に顔が青くなったの?」


「これからの仕事量を考えると青褪めたくもなりますよ、あははは」


「う、うーん? その通りではあるけど……変なの」


 とりあえず、月夜のことは帰ったあとで対応するとして。

 どうやらこの会議室に残っている人間の大半は統括部と生徒会の所属らしい。一年生は大樹と楓を含めて三人。つまり残り一人は――


「や、やあ。元気かい、山口太郎くん」


「………」


 意識高い眼鏡男子の太郎は沈黙をもって応える。

 彼のデスクの周りには大量の書類、ファイルが山積みになっている。机に突っ伏しながらも、パソコンのキーボードをポチポチと入力する姿はどこか哀愁を誘う。目は半開きだった。


「だ、大丈夫かい」


「ふ、ふふ。無論、心配など不要……。僕は統括に選ばれた人間だ」


「あ、こいつ、立候補しただけみたいだよ。だから選ばれたってのは語弊あるね」


 太郎の軽口を、楓が潰す。太郎の眼鏡にヒビが入った気がした。


「ぐっ、うるさいぞ、森崎。誰が何と言おうと僕が人より優れてしまっていることに変わりない。この経験は必ず将来で活かされ――いえ、すいません。森崎さん。何でもありません。僕はただの雑魚です。ひたすら手だけ動かします」


「どうした太郎くん!?」


 饒舌に語り始めた太郎は、楓に睨まれると途端に卑屈になった。自分がいない間に、二人にここまで明白な上下関係がついたのか。一体何があったんだ……。


「やっぱり楓怖いなぁ」


「大樹も、口じゃなくて手を動かして。ここに来た以上、手伝ってもらう」


「はいはい」



 下校時刻手前まで、作業に明け暮れる。集中力なんて既に死に絶えていたので、大樹は早く時間が過ぎることだけを祈っていた。部活をしている時にもたまにそういうことがある。練習が辛すぎる日は特に。


「お疲れ様でした……」


 かすれた声を残し、太郎は去っていく。彼は一番体力がなかった。ほとんど事務作業なのに途中から机に突っ伏して、それを楓が何度も叩き起こしていた。


「はあ。私らも帰るよ」


「そうだね」


 楓と二人、随分重くなった鞄を肩にかける。疲れた体に、この重さはつらい。肌に食い込んできて痛い。楓は途中で我慢が出来なくなって、大樹に自分の分を押し付けてきた。まだ学校を出てすらいないのに。地元が一緒なので、そこまで運ばされる覚悟を決めていると、何やら、翠が先生と揉めていた。去ろうとする先生を、なんとか翠が食い止めるかの構図。翠が険しい顔でこちらに向かってくる。そして大樹たちを見つけて、さらに表情を固くした。


「あの、二人とも……実は二人に残念なお知らせが」


「何ですか」


 実行委員会でのトラブルだろうか。回せる人手は少ない。これ以上の面倒事は御免だった。だが、翠が告げてきたのは実行委員会のことではなかった。


「一年A組の、休憩所の企画……キャンセルされちゃった」


 少しの間、言葉を失った。紆余曲折あって、提出した企画書。それには赤く大きな文字で『不可』が躍っている。思わず顔をしかめてしまう。ここで振り出しに戻されるのは、かなり痛手だ。


「なんでですか」


 抑揚のない声で楓がたずねる。


「学生の本分を全う出来ていないって。これは惰性で、やり過ごすための、企画とは言えない企画だからって。……学年主任が」


「あのハゲ……!」


 忌々しそうに楓は呟く。楓や大樹には、あまり良い印象はない。自分にも他人にも厳しい人物だ。いわゆる嫌われ役の教諭だが、言っていることは正論だ。


「面倒くさいな」


 楓は長い溜息を吐く。もはや大樹にとっても他人事ではなかった。この件はクラスで報告しなければならない。そして再び企画を考えて提出――考えるだけで嫌気がさす。


「ごめん。例年一つか二つはこういう企画もあるから大丈夫かと思ったんだけど、今年はダメだったみたい。クラスの企画とは別で、来場者を休ませるスペースはあるからって」


「まあ、仕方ないっすね。でも本番まで一か月ありますし、すぐに代案を立てたら何とかなりそうかも。……楓?」


 無反応な楓に声をかける。彼女は疲れ切った顔をしながら、


「わかった。そうしよう」


 そう言ってその場は解散となった。



 翌日の放課後に行われたホームルームは予想通り荒れた。

 企画として通っていたはずだったのに、またやり直しは納得できない。こんな反応が返ってくることは想定済みだ。想定済みだが――だからといって何か効果的な手があるわけではない。地道に話し合って、進めていくしかない。


 だが、そもそもその話し合いが出来ない。


「おいおい! 森崎さんよ~! そりゃないんじゃないの~? 自分で勝手に進めておいて勝手に自爆ですか~? あんまり俺たちを振り回さないでほしいなー」


 最も喚き散らしているのは加藤だ。彼のことは記憶の彼方に飛んでいて、ほぼ存在感がなかったが、そういえば入学当初の球技大会にて彼とは一悶着あったのだった。


 サッカー部として試合に出場したものの足を怪我して、自暴自棄になって大樹に八つ当たりし、それを見かねた楓にお灸を据えられた。あの一件以来、加藤は大樹と楓の前では挙動不審になる有様だったのだが……。弱みを見つけた瞬間、そこに突っ込んでくるあたり浅ましい。


「だったら何か意見あんの」


 加藤はそれに答えず、クラスメイトとニヤニヤしているばかりだ。非常に腹立たしいが、ああいった連中は構ってやるだけ時間の無駄だ。大樹は嘆息する。


「何もないなら黙っておけ、雑魚」


 苛立ちを全く隠さず、楓は言い放った。一瞬の静寂。クラス中の空気が凍った。楓がこんな風に感情を露わにすることを、ほとんどの人が初めて目にしたはずだ。普段物静かな人間を怒らせると、その落差に戸惑うことになる感覚は誰しも持っていると思う。


 見よ。特に加藤はビビり過ぎて先程から震えが止まっていない。


「楓、言い過ぎ」


 大樹はそう忠告した。楓は、ふんと鼻を鳴らす。昨日の帰りからずっと彼女は不機嫌でいる。おっかなくて、正直相手をしていたくない。いつ噛みつかれるか分からない。


「あの、いいですか……?」


「うん、何かな? 委員長」


 控え目に挙手した女子生徒が、おずおずと立ち上がる。ちなみに彼女はこのクラスの本当の委員長ではない。見た目とか雰囲気で、勝手に委員長というあだ名を付けられただけのヒラである。実に不憫だ。


「今からもう一度、出し物を決め直すってことでいい、ですか?」


「そうなっちゃうね」


 大樹の言葉に、うんざりした様子を見せるクラスメイトたち。その中で委員長とは別の女子生徒の声をあげた。


「えー、面倒くさい」


 思いの外、教室中に響き渡ったようで、当の本人は気まずそうに口を押えた。

 苛立ちマックスの楓が、そんな彼女を見逃すはずもない。


「面倒でもやってくれなきゃ困る。あんまり時間に余裕もないし」


「時間って……。まだ一か月近くあるよ? もう少しゆっくりやっても間に合うでしょ?」


「もう他クラスは動き出してる。藍咲は学年での出し物の重複は認められないから、メジャーな企画はもう通らない。それに、今面倒とか言ってるやつは、後になっても絶対にやらない。口だけしか動かせないの?」


「何その言い方……! 自分だけ大変みたいな態度しちゃってさ!」


「実際その通りだよ。文化祭実行委員に加えて、統括部にも所属しているんだから。おまけに来週には中間テストも迫ってる。頭おかしくなりそうだよ。あんたみたいに気楽じゃいられないの」


「むかつく! 私だって大変なんだよ!?」


「へえ。何が?」


 楓はまるで相手にしていないようだ。


「だって私、委員長だもん!」


 再び、クラス全体が沈黙。しかし今度の静けさは、なんだかいたたまれない。例えるなら、芸人の渾身のギャグが滑ったような居心地の悪い空気。


 ようやく大樹は彼女の言葉を飲み込んだ。


「え、あ、君が本当の委員長なの!?」


「『本当の』って何! 委員長はクラスに一人しかいないんだから本物も偽物もないでしょ! なのになんで、その子が委員長って呼ばれてるの……。私のことを委員長って呼んでよ!」


 委員長(本物)による痛切な叫びに、委員長(あだ名)は混乱している。大樹たちも混乱している。今自分たちが何を言い争っていたのか若干忘れかける。


「あんたが委員長でも偽委員長でも、どっちでもいいよ。どっちにもしても大したことしてないでしょ」


「楓。もうやめろって」


 大樹は危機感を覚え、割って入った。当然、楓には鬼の形相で睨まれる。


「なんで」


「気付いてない? 皆の顔、よく見てみて」


「顔って……」


 楓は一歩下がって、クラスを見渡した。そして頬を固くした。全員の視線は楓に注がれている。しかし、そこには好意的なものは一切含まれていない。誰も言葉を口にしない。無言のよる反抗。その数の多さに、楓はたじろいだ様子だった。


 別に、楓は間違っていない。速やかに文化祭に取り掛かりたい気持ちは大樹だって……いや、ここにいる誰もが同じはずだ。

 けれど、感情をコントロールできず当たり散らす今の彼女では雰囲気を険悪にすることしかできない。だから大樹は最悪な事態になる前に止める必要があった。


 楓は青い顔で口を噤む。


「みんな、色々言っちゃってごめん。俺らも昨日いきなり企画を却下されちゃったからちょっと焦っててさ」


 楓に代わって大樹が話し合いを進行させる。


「本当にごめん。俺だって、実行委員だけど最近までずっと部活にかまけてたし。みんなにもそれぞれ優先したいことがあるのも理解しているつもり。実際、一週間後にはテストもあるし、せっかく部活とかもテスト休みになったのに放課後に実りのない話し合いに付き合わせるのは申し訳ない。……でも」


 大樹は頭を下げる。


「楓が焦っている通り、みんなが思っているよりも、あんまり余裕はないと思う。このままだと、つまんない文化祭だったなって後悔する。だから、皆にも手伝ってほしい」


 言葉は返ってこない。それでも先ほどまでの張り詰めた空気は感じない。どこか、弛緩している。


「―――はい。わかりました」


「もう、しょうがないな」


 クラスの意見の代弁するように、二人の委員長が答えた。瞳を細め、少しだけ微笑んでいるように見えた。


「テスト終わった後で、みんなそれぞれやりたいことを考えてきてくれると嬉しい。それじゃ……今日は解散!」


 段々と照れ臭くなって、大樹は早口でその場を締めくくる。

 やっぱり人の前に立って話すのは、性に合わない。


 そうして、ついに十月がやってきた。


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