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「あの人をどうにか出来るのは」

 頬に強烈な衝撃が走り、大樹は覚醒を余儀なくされた。


「いってぇ!」


「急に倒れんな馬鹿」


 犯人は大神らしい。利き手の左手で思い切り張られたようだ。

 抗議したいところだが、情けない醜態を晒す時間を軽減してくれた点は感謝しているので大樹は何も言えず口を噤んだ。


「あの、大丈夫ですか?」


 鈴を転がすような声音で双葉に心配された。


「あはは……ごめん。急に胸が苦しくなっちゃって。もう大丈夫だけど」


「よかったぁ」


 また昏倒しそうになる。素敵な笑顔だ。いい加減慣れたい。

 そこで部長の碧斗が重々しく口を開く。


「色々とその子のペースに惑わされたけど、篠原や姫川さんの言う通り。俺たちは部外者の面倒を見るほどの余裕はない。君には悪いが新体制が整うまでは部員として受け入れることは出来ない」


「待て、部長。その判断は早計だ。こいつのプレイを一目見れば考えは変わる」


「……お前は本当に自由だな。いつも俺を振り回してくれる」


 遠回しな皮肉だ。碧斗の口調は軽いが、意見することは許さないという拒絶の意思を感じる。碧斗にとっては、辞めていった部員たちと同等レベルの厄介さを覚えているのだろう。有無を言わせるつもりはなさそうだ。


 だが、そこからの展開は大樹の予想を遥かに超えるものになった。


「……すまなかった」


 大神が謝罪を口にした。何かに耐えるように両の拳が震えている。

 碧斗も、目を白黒とさせた。反抗してばかりの大神らしからぬ低姿勢。だがそれでも、碧斗の溜飲はまだ下がっていないようだった。


「あたしからもお願い、碧斗」


「咲夜?」


 大神の援護射撃に入ったのは、副部長の咲夜だった。


「大神は確かに口が悪いけど、考えなしじゃないから。それに、双葉亜樹さんを加入させることは間違いなく碧斗たちにとってプラスになる。あたしが保証するから」


「どうしたんだよ、咲夜。別に後輩の味方をするな、とか言うつもりはないが、何故急に大神の肩を持つ? 何があった」


「いや、えっと……」


 咲夜が言葉を詰まらせる。ちらりと大神の横顔を盗み見て、視線に気づいた大神と目が合った。再び、顔が赤くなる。


「か、彼なりに思うところがあって、頑張っているんだな、と思って」


「よくわからない」


「俺は」


 大神の言葉が続く。


「俺は、なんとしても試合に出たい。そのためにする努力ならどんなものでも惜しまない。だが現状のままでは男子はフルメンバーでも四人。これでは団体戦には出場することすら出来ない。でも数合わせで双葉亜樹を連れてきたわけじゃない。こいつは必ず藍咲バド部のレギュラーにふさわしい逸材になる。頼む」


「…………む?」


 引っかかりを覚えたのは碧斗だけではなかったはずだ。大樹も首を傾げる。

 近くに立つ双葉を、頭の上から足先まで観察する。値踏みするかのような大樹の所作に、双葉は身を固くしたみたいだが、気遣う余裕はない。


「な、なあ大神。お前が喋った内容の一部分がどうしても理解できないんだが」


「……言ってみろ」


「大神の決意表明、亜樹の将来性についてはこの場では掘り下げないでおくよ。うん、些末な問題だから。いや、あのな? 仮に亜樹が部員になっても、俺たち男子は団体戦に出れないと思うんだけど、そのへんどう?」


 大神の顔が初めて曇った。大樹は安心した……のも束の間、大神から真実が告げられる。


「双葉亜樹は、男だ」


 空気が凍った。大神の言葉を聞いていた全員(咲夜は事情を知っていたのか涼し気な顔)が完全に思考を放棄した。大神の発言を受け入れることを脳が拒否している。それでも、沈黙は長く続かなかった。


『えええええええ!?』


 理解できず、とりあえず叫ぶ。


「うっそだろ!? おい! 嘘だと言ってよ! このタイミングで新キャラ出てきただけでも頭いっぱいになってんのに、何故そんなイロモノ設定ぶっこんでくるん!? 勘弁してよ!」


「俺も、どう説明すべきか、迷った」


 珍しく端切れの悪い大神。嘘を言っている様子はない。ないが、演技だと信じたい。


「あー、えー、そのー、亜樹。俺はまだ冗談の可能性に賭けている。さあ、思う存分本当のことを話してくれたまえよ」


「あの、ボク――」


 亜樹が口にした一人称に、大樹は思いっきり顔をしかめた。


「ボク、こんな見た目だから、誤解させちゃうことが多くて。でもボク、本当に男の子なんです。だから、男の子同士で話している方が気が楽だし、女の子の、その、え、えっちなところにも興味あるし……」


「いやいやいや!! 誤解させちゃうとか言ってるけど、完全にそっち方向に寄せてんじゃん! なにその髪! なにその高い声! なにその立ち振る舞い! 今まで見たどんな女の子よりも女の子らしいよ!?」


『………』


 なにやら、真琴と咲夜が複雑そうな顔をしているが無視。


「やっぱり本当は男だよな? な? あり得ないもんな!」


「じゃ、じゃあ見てみる?」


「何を?」


「お、おち〇〇ん(読者様のご想像にお任せします)」


 可愛い女子――に見える男子のトンデモ発言に、大樹は自棄になっていた。


「じゃあ見せてもらおうじゃないか!」


 瞬間、全方向から手刀が打ち込まれる。大樹は呻いた。


「何すんですか! 先輩方!」


「ごめん。犯罪を見過ごせなくて」


 真琴が軽蔑し切った目を向けてくる。その他も、険しい表情の面々だった。大樹は萎縮した。そして、もう男でも女でもどっちでもいいか、と思考放棄した。


「なんか――前途多難だな」


 そう漏らした部長の言葉は哀愁が漂っていて、これからの苦労を考えると涙なしには聞いていられなかった。



 双葉亜樹という男子生徒に振り回された藍咲バドミントン部だったが、結局は彼も一緒になって部活動に参加することになった。

 無期限で活動停止中だったバドミントン部だったが、体育館の使用権利はずっと残されていたままだ。よかった。他の部活との取り合いにならなくて。

 十人に満たない人数にあてがわれているのは三つのコート。以前までなら体育館全体に人が溢れ、時間を区切って自分の練習時間を作っていた。それが今では思うがままにコートに入れる。それをもの悲しく感じるか、チャンスだと感じるかはきっと、人それぞれだ。


 現役メンバーは通常通りの練習メニューを開始し、亜樹については真琴と相馬が指導についた。亜樹たちの練習模様がどうなったのかはよく見えなかったが、こちらはひどい有様だった。ラケットを握るのが久しぶりだからか、狙ったところにショットが打てない。フットワークも遅く、体勢が不十分でのショットも多い。唯一まともだったのは大神だった。あいつは多分、休部期間中もどこかでバドミントンをしていたのだと思う。


「今日は素振りとフットワーク中心に切り替えましょうか」


「そうだな」


 碧斗からは二つ返事で賛成を得たところで、亜樹のことが気にかかった。大神は彼を(油断すると男であることを忘れそう)かなり過大評価していたが果たして。


「……お?」


 どうやらプッシュ練習のようだ。ネット前の両端に真琴と相馬が控え、シャトルを放る。亜樹はそれらに喰らいついて奥のコートに押し込んでいくのだが……。


「未経験……?」


 フォア側、バック側へ飛び込むとき、足の運びに淀みがなくスムーズだ。ショット単体についても、気持ちの良い音を立ててシャトルが弾かれる。初心者にありがちな、肘を無意識に下げてしまう癖も見られない。


 ある程度セット数をこなして休憩になったタイミングで真琴に声をかける。


「亜樹、どうですか」


 真琴はすぐに返事をしなかった。言葉を選んでいるのかもしれない。


「正直、驚いた。月夜に初めて会ったときのことを思い出すよ」


 目線をあげた真琴は宙を見つめていた。ふと、大樹に指示が飛ぶ。


「篠原くん、双葉さんと少し打ってみて。体感した方が早い」


「え、はい。わかりました。……亜樹! 今度は俺と打とう!」


 大樹の声に、双葉は嬉しそうな顔で振り返る。可愛いのでやめてほしかった。

 大樹からのサーブで始まる。未経験者ということを考慮して、双葉の頭上にシャトルが落ちるようにコントロールをする。

 双葉が半身になってラケットを構える。シャトルが射程圏内にまで降下してきたところで腕が振るわれた。パンッ、と気持ちの良い音を鳴らし、白球が大樹側のコートへ。

 嘘だろ、と驚愕している暇はない。慌ててステップバックしてこちらもクリアを返すが、本調子ではないせいか甘い球になってしまった。


 攻撃の気配を感じた。


 ハイジャンプをして、双葉が繰り出してきたのはスマッシュだった。初心者の分際でそんな高度なことをしてくるとは。しかも、その速さ、精度には目を見張るものがあった。大樹の利き腕の拳にシャトルが迫る。


 大樹の意識が切り替わる。試合に挑むときと同等の集中力を発揮する。スマッシュに大樹は飛び込んでいった。姿勢を低く保ちタイミングを計ってドライブをストレートに返球する。双葉は何が起こったのかわからなかったのか、「きゃあっ!」という悲鳴を上げて尻餅をついた。

 大樹は慌てて駆け寄った。直撃はしなかったみたいだが。


「ごめん! 思わず加減をミスって。大丈夫だった?」


「い、今の何です!?」


「何って?」


「ボクはスマッシュを打ったんですよ!? それなのに、ドライブが返ってくるなんて……普通はロブか、ネット前のショットがくるって聞いていたのに」


 文句をつけている、というより、未知との遭遇に興奮している様子の双葉だった。目をキラキラと輝かせて期待のこもった視線を向けてくる。


「今の、教えてください!」


「う、うん。また今度ね」


 誰かに助けを求めようと周囲を見渡すと咲夜と目が合った。そういえば、咲夜は双葉と慈善に面識があったはずだ。彼の才覚についてはどう考えているのだろう。


「サーブとスマッシュは、あたしと大神で教えたんだ。数日前のことだったんだけど。その時は本当に素人に毛すら映えてない状態だった」


「へえ」


 どういう経緯でそのメンツでバドミントンすることになったのか気になって仕方ない。


「でも教えていくうちに、言ったことを全部理解して、確実に実践していった。さっきのスマッシュも、その日のうちに習得して」


「すごい、ですね。本当に」


「教えれば教えるほど、成長していくと思う。大神が言っていた通り、レギュラーらしい実力を身につけるのも時間の問題」


「なんか、嬉しくなさそうですね?」


 率直な感想を述べると、「複雑だからさ」と咲夜は自嘲気味に言う。


「上には上がいる。そんなことは分かっているよ。それでも月夜といい双葉といい、ここまで才覚に恵まれた人たちを目の当たりにすると、どうしても。あたしが頑張る意味なんてあるのか、とか思う」


「………」


 言葉が出ない。なんと励ましていいのか――大樹は考えを巡らせていたがそれは徒労だと知る。


「って、弱気なことを言うのは、もうやめだよ」


 咲夜は白い歯を見せて笑う。


「あたしはあたしだから。あたしに出来ることをやる。それでいいんだ、って今は思う」


 表面上だけの言葉ではないのは、伝わってきている。良い方向に転じてくれた、と大樹はこの流れに感謝していた。大神が、きっとフォローしたのだろう。何と言ったのか気になる。


「大神と何があったんですか?」


「はあっ!? い、いや、別になんだっていいだろ」


 そそくさと咲夜は逃げていった。大神の真意はともかく、咲夜は完全にそういう気持ちを持ってしまっているだろう。今度からはこのネタでからかっていこうと思う。



 その後、主に基礎的なトレーニングに時間を費やし、気が付けば最終下校時刻になっていた。久しぶりに楽しい時間だった。練習器具を部室にしまい、鍵も職員室に返したので撤収準備は整っているのだが、最後に双葉亜樹の処遇について話し合わなければならなかった。


 と言っても、


「反対意見なんてないよね?」


 鶴の一声、ではないだろうが相馬の意見に異議を唱える者などなかった。今日一日の練習風景を見ていて、双葉の優秀さが目に焼き付いたのは大樹だけではないだろう。


「賛成多数、と。決まりだね。双葉亜樹くんの正式な藍咲バドミントン部への入部を認めます。ようこそ双葉さん!」


「入部届の提出先が決まってないけどね」


「どういうことですか?」


 疑問を口にする双葉に、大樹は耳打ちした。


「なるほど。じゃあ頑張って顧問の先生を見つけなきゃですね。あ、ボクからも質問いいですか?」


「いいよ。なんでも言ってごらん」


「朝日月夜さんっていないんですか? バドミントン部だって聞いていたはずなんですけど」


 思わぬ指摘に、相馬の目が泳いだ。引退した相馬には、人から聞いた情報しか知らされていないので、迂闊なことは言えない。


「それは、篠原くんに答えてもらおうか」


 突如発言したのは、元部長の真琴だった。急に矛先が自分に向けられたが、大樹は狼狽しなかった。ただ、何と伝えるべきかは迷う。


「あの人は、退部したんだよ」


「ええっ!?」


 双葉が、信じられないという顔をする。


「そ、そんなぁ……。すごく綺麗なバドミントンをする人だったから、色々教えてもらいたかったのに。どうして辞めちゃったんですか」


「俺も同じ想いだよ。俺もまだあの人とバドをやっていたい。だから――連れ戻すよ」


「……どうして部長さんじゃなくて、大樹さんが朝日先輩を?」


 新人部員の感性からは、そう思うのが自然なのだろう。部員の管理は部長の仕事だと考えたいところなのに、なぜか後輩の大樹にその仕事を任されているように見える。それが不思議でならないのだ。


「あの人をどうにか出来るのは、俺だけだから」


「―――――」


 双葉が目を丸くしている。そして刹那、徐々にその頬を赤く染めていった。奇怪な反応に大樹は首を傾げる。


「へ、へぇー。な、なるほどぉ……大樹さんって、結構隅に置けない人なんですね」


「うん? 隅に?」


 意味が分からず誰かに解説を求めようとしたが、皆、呆れたような、微笑ましいものを見るかのような視線を大樹に向けるばかりだ。


「じゃ、ラスボスは篠原に任せることにしよう」


 碧斗のその一言でその場を締めくくった。大樹から渇いた笑みがこぼれた。かなりの無茶難題を引き受けてしまったようだ。これでもう、後戻りはできない。


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