「タケノコで」
「碧斗の様子ぅ?」
「はい。最近家でどんな感じかなって思って」
「知らん」
すげなく言われてしまう。実の兄である神谷隼人なら、弟の碧斗について教えてくれると見込んでいたのだが、いまいち関心を持ってくれない。今も大樹の相手をしているのが面倒そうだ。
「そこをなんとか」
「しつこいぞ」
話は終わりとばかりに、神谷がうつ伏せでソファに寝転ぶ。完全に睡眠態勢。
ダメか。身内から協力してもらう方法は自分でもアリだと思うのだが、相手が悪い。だったらまた別の光明を探すだけだ。
「自分の家族のことでしょー? 神谷くん冷たい」
紅葉が文句を言うが、神谷が気に掛ける素振りはない。彼女は溜息をついて、神谷の腰の上に座る。……ん? え?
「紅葉、もう少し左にずれてくれ。そこがツボ」
「ばーか」
何やら楽しそうにイチャつき始めた。え、ここに後輩がいるんですけど……。
かなたも咎めるつもりはないようだ。もしや見慣れた光景過ぎて違和感なく受け入れてしまっているのか?
「お、お邪魔しました」
場違いなので退席しようとすると「あ、待ってよ」と紅葉に止められる。
「篠原くんご飯食べた? 小腹すいてない? お菓子食べよ~!」
「え、はい」
結局座り直した。あまりにも自然に誘われるものだから、気付いたときには返事してしまっていた。それにそんな快活な笑顔を向けられると悪い気がしない。
「さて、篠原君はタケノコとキノコどっちが食べたい!」
「タケノコで」
即答する。断っておくがお菓子の話だ。タケノコとキノコ、それぞれの形を模したチョコがありどっちが好きかで派閥争いが起こっている。大樹はタケノコ派だ。こちらを食べている人の方が多い。
「うっわ、出た」
神谷が白い目を向けてくる。
「なんでどいつもこいつもタケノコなんだ? おかしくね? なあ篠原」
「なんで、と言われても……。前に見たことあるんですけど、購買データ分析によるとタケノコはキノコの倍近い売り上げを記録し続けているようですよ。その数値からも明らかなように、消費者の嗜好を強く掴んだのはタケノコなので、タケノコ食べてます」
「きもちわる」
「きもちわる!?」
「何その理由……いくら売り上げで差をつけようが関係ないだろ。大事なのは自分にとってどちらが好きかどうか。お前は周りに合わせて好みを変えるのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
上手く反論出来なくて口ごもる。というかなんで派閥争いに巻き込まれているんだ。
「だいたいお前、キノコ食ったことあんの」
「……ないです、けど」
「はい、論破~!」
うざい。でも何も言い返せない。食べたこともないのに、それを美味しくないと勝手に判断するのは偏見と一緒だ。そんな狭まった視野でいたくはない。
神谷に押し付けられる形で、キノコを口にする。手がチョコでよごれない。カカオの香りが駆け抜ける。美味い。メーカーが作っているのだから当然ではあるが……。
「やっぱタケノコの方が好きっすね」
「くっそ。なんだよ。信者が増えると思ったのに」
「なんですか信者って。大げさな。紅葉さんはどっち派ですか?」
「私はね~、優劣つけない。お菓子は等しく愛されるべきだから!」
キノコとタケノコを手にした紅葉は満面の笑顔である。本当に幸せそうだ。神谷がふと、かなたを見据えると、
「そういえば結城さんはどっち派なんだ。キノコだな? キノコだよな? キノコ以外ありえないもんな?」
「ゴリ押しがひどいよ……。残念だけど私はどっち派でもないかな。納得させる言い回しをするなら――選びたくなる強い魅力がどちらにもない、って感じ」
「ああ、もうやめだ! やめ! キノコ仲間はまた今度探す。どいつもこいつも話が通じない! まったく」
「碧斗くんとも?」
大樹の意識が声のした方へ引き寄せられる。自然な流れで会話に碧斗の名前を入れてくれたのは、かなただった。大樹と目が合うとウィンクしてくる。両目がとじる。下手くそか。しかし圧倒的感謝である。
「碧斗と気が合うことなんて何一つねえよ。そもそも性格が真反対だから。それにあいつは俺のことが嫌いだろうし」
「ん? 神谷さん兄弟仲良くないんすか?」
普通に興味深い。
「別に俺は何とも思ってない。あいつが勝手に嫌ってるだけ。けどまあ、無理もないかなとは思うね。あいつは人の目を気にし過ぎなんだよ」
「人の、目?」
「親でも先生でも友人でも。『こうあるべきだ』っていう理想像があるんだろうよ。求められている以上にこなさないといけないって思ってる。だから、俺みたいな腑抜けてる奴を見るとイラつくんだろうね」
大樹は考え込む。
概ね、碧斗から受ける印象に相違ない。彼は大抵のことはそつなくこなすし、人以上の結果を出せてしまう。だからこそ理想的で完璧であることを追い求めている。今、それらが達成出来ないことに憤りを覚えてもいるのだろう。
「神谷くんは、本当に腑抜けすぎだよ。少しは碧斗くんを見習ったら?」
紅葉から軽い毒が飛ぶが、神谷は意に介さない。
「俺は俺だ。誰かのために生きているわけじゃない」
「かっけぇ……!」
「篠原くんやめて! 神谷くん調子乗るから!」
気を良くしたのか、神谷が鼻を鳴らす。
「そうさ。誰かのために、何かのために――自分以外に寄り掛かった生き方なんて危なっかしいだけなんだよ。碧斗には、要領よく肩の力を抜いてほしいと思うね。今のお前もだけど」
神谷と視線が交錯する。
「最近は色々と忙しそうだな?」
「文化祭実行委員とかありますからね」
「とぼけんなよ、下手くそか。そんなに露骨に碧斗のこと気にされんじゃ鬱陶しくてしょうがない」
そういって神谷はスマホを操作し始めた。
大樹は閉口する。自分は必死なつもりだが、目の前のこの人にはそれが滑稽に見えるのかもしれない。また、紅葉が神谷に小言を言う。どこ吹く風で神谷がそれを受け流しているのをぼんやり眺めていると、不意に携帯が震えた。
メッセージの送り主は、なんと神谷だった。目の前にいるのになぜだ。どこかの位置情報が添付されていた。
「それ、俺の家の住所」
「は!?」
「今日は帰るのを遅くしてやるから、とっとと用事済ませろ。以上」
◇
「というわけで、あの、いきなりですけど碧斗さんの家にいきましょう」
「ほんとにいきなりだね……。何を言っているの君は」
放課後になり、大樹は再び真琴と作戦会議。神谷家はなんと藍咲学園から徒歩十分程度に表示されていた。めちゃめちゃ近い。毎朝一時間以上かかる身としては羨ましい限りだ。
「それにしても、あの神谷と知り合いだったのね。意外だよ。あいつと君とじゃ相性悪そうなのに」
「そんなに仲良いわけでもないですけどね……。元部長もそんな感じですか?」
「あいつとは一度だけ同じクラスになったことがあるけど、ほんと周りに無関心だよ。毎日つまらなそうな顔して、すぐどこかへ消える。いや、ほんと、むかつく」
「あ、はい」
なんかあったんだろうなー、とは思うが今はスルーさせていただく。
ものぐさで気まぐれな神谷のことだ。今日と言われたら、今日行くしかないだろう。幸い大樹にはどうしてもはずせない用事はない。
「元部長、一緒に行きましょう。ね? そうしましょう。玄関で待ってますから。絶対ですよ。押すな、押すな的なノリじゃないですよ?」
「君がものすごく不安なのはわかったよ……。でも待って。私は遅れて行くから」
「なんでですか!?」
大樹はより悲壮な顔で嘆く。
「これでも三年生なんだよ。君より忙しいの。今日は予備校がない日だけど、先生と進路相談したかったし。終わったらそこにいくから」
「くっ……そうですか。お疲れ様です」
ただでさえ迷惑をかけている自覚はあるので、これ以上強く出れない。
でも気が進まない。何を言えばいいんだし。しかも一人で。門前払いをされそうな予感もある。
「菓子折りでも用意するか。手ぶらだと怖いし」
「なんでよ……」
真琴の呆れた声が聞こえてくるが、大樹の決意は揺るがなかった。
作者も、最近になって初めてキノコを食べたんですけど、結構キノコもおいしいですよね。




