「ハロウィンにしてみるのはどう?」
「という感じでセンパイと話してきました」
「ごめん、これ以上状況をややこしくしないでほしい」
日を改めて朝を迎えた。昨日の月夜との会話を真琴に伝えてみたところ、心底嫌そうな顔をされた。
「詳しく聞けば聞くほど、悲惨すぎる。えっと? 問題は月夜が突然退部したところから始まって? なんか続々と休んだり辞めたりする輩が増えて? 碧斗くんと咲夜がすっかりまいっちゃって? その他諸々の揉め事が起こって、部活が休部状態と。おーけー?」
「おーけーです」
「ちょっと勝手に辞めていった奴らぶっ飛ばしてくる」
「いやダメですけど!?」
これ以上状況をややこしくするなと言ったそばから、この言動。やはりこの元部長はすぐに感情的になって手が出るタイプだ。大樹はそう再認識する。
大樹がバドミントン部の休部までの流れを説明するときも、初めこそ真琴は無関心を装っていたが、次第に話に感情移入し、部活の再建に協力的な姿勢を見せてくれた。
頭痛をこらえるように、真琴の眉間に皺が寄る。真剣に悩んでくれる真琴の姿に、大樹は少し後悔した。迷惑をかけてしまったことへの申し訳なさと、もっと早くに相談するべきだったという判断の甘さ。もしずっと黙っていたら、この部はどうなっていただろうか。考えるまでもない。
「とりあえず、個人的ないざこざは後回しね。そこに我が物顔で入っていくのもおかしいし。問題は蒼斗がすっかり腑抜けていることだけど……」
「そんな風に言ってあげないでください。いや、俺が偉そうに言うことじゃないんですけど。でも碧斗先輩は何も悪くないし、すごく頑張ってくれていたんで」
生真面目な性分のせいだろう。それが吉となることがほとんどだろうが、個人のパフォーマンスでどうにもならない事態に直面すると、自力でなんとかしようとするあまり周囲が見えなくなってくる。
「で、碧斗先輩に連絡とれました?」
「連絡自体はとれたよ。けど何を聞いても『大丈夫です』の一点張り。篠原くんから聞いたってことは黙っておいたけど、それでいいんだよね?」
大樹は頷いた。多分、後輩が根回しをしたことを知れば、余計に碧斗を追い込んでしまうだろう。あの人は結構見栄っ張りだ。誰にも頼ろうとはしてくれない。
「無理やり会いに行っても逆効果?」
「まあ……。そうかもっすね」
メッセージ上のやり取りが現実でも繰り返されるだけだ。
まずい、初めから手詰まりとは。考えが甘かっただろうか。真琴に助けを求めた段階で、碧斗の問題はなんとかなると思っていただけに、ちょっと困る。
「え、えっと、じゃあ咲夜副部長になんとか部活に来てもらう方向で。どうでしょう?」
「咲夜……」
「どうしました?」
「咲夜に副部長を任せたの、間違いだと思う?」
真琴の瞳が不安に揺れる。けど、そんな答えは決まり切っている。
「間違ってません。だって、センパイ――朝日さんに任せていたら副部長の立場で急に部活を辞めることになっていたんですよ。それはまずいでしょう」
「いや、そういうことじゃなくて――」
「朝日さんに問題が見えて、むしろ咲夜先輩の方が適任に思えたんでしょう? その判断は揺らいじゃいけないポイントだと思うんです。咲夜先輩も強い人ですよ。未熟だって痛感しながら、それでも逃げずにここまで来たんですから。誰にでも出来ることじゃないです」
「……そうだね。そこまで分かってくれる後輩がいるなら、私も安心する」
真琴が胸を撫で下ろして笑う。
「あ、でも大神はぶっ飛ばしていいと思います。むしろ加勢しますので」
「さっき私にダメだって言ったくせに。ところでその大神くんは? 今はどうしているか知ってる?」
「全然さっぱりです」
あまり見かけないが、学校には来ているんだろう。奴はバドミントンが出来る環境にしか興味がない。しかし体育館での活動が出来なくなってしまっては本末転倒。あいつは、この部活に見切りをつけるだろうか。どこかの体育館に行って、誰かと打っている姿が容易に想像つく。
「なんか、まともな状態なのが君しかいないって、絶望的だよね」
「芝崎先輩も健在っすよ」
「……誰?」
「嘘でしょ!?」
大樹が慌てると、真琴は「冗談だよ」と舌を出す。いや急にボケかますのやめてほしい。本当に。びっくりする。
「でも正直言うと忘れてた。というか、月夜が辞めたって聞いた段階で、彼も辞めていったものだと考えてたから」
「まあ、センパイのこと好きみたいですからね。あの人……」
「私も気付いていたよ、それ。っていうかあいつが先導したから部員が辞めていったんじゃなかったんだ?」
「もうやめましょうよ!? 芝崎先輩マジ可哀そうなんで!」
本人のいないところで勝手に芝崎の株が下がる。風評被害がひどい。今度からこの話し合いに芝崎も呼ぶことにしよう。結局のところ、大樹自身も彼を忘れていたことは棚上げにして。
「話が何一つ進展しなかった感じが半端ないけど、今はこれくらいにしておきましょう。そろそろ朝のホームルームになるし」
ちなみに二人が話し合っていたのは屋上へと続く扉の前だ。藍咲学園では屋上への立ち入りは禁止されているので、こんなところに来る者などいない。人目がつかないところで話すにはうってつけの場所だった。
お互いの教室で話せばいいのでは? などと無粋なことは言わないでほしい。一年生と三年生。どちらの教室に赴くにしてもアウェイ過ぎる。
「お疲れ様でした! 元部長!」
「元部長って呼ぶな。……いや、もう部長じゃないから呼び方としては合ってるんだけどさ。なんか締まらないじゃない」
むすっとした顔のまま、真琴は去っていった。
◇
真琴に追いつかないように気を遣いながら、大樹は自分の教室に戻った。
部屋に入る時は少しだけ躊躇した。昨日、大樹は文化祭の話し合いを放棄した。楓に全て丸投げする形にしたのは、大樹の判断ではあるが……全く気にかからないはずがない。
という覚悟を持っていたが、やはり誰も大樹のことなど意に介さない。いつも通りの日常の光景だ。自分の席につく。隣では楓が突っ伏していた。
「よう」
「ん? ……ああ」
楓が寝ぼけ眼を向けてくる。こいついつも眠そうだな。
「その、昨日のクラスの話し合いでさ」
「うん」
「俺がいなくて何か言われた?」
陰口叩かれると怖い。
「全然。誰も気づいてなかったと思う」
「ちくしょう!」
普段の影の薄さが仇となる。いや、この場合はそれでも良いのだろうか。大樹の不在で困ったことになっていないのなら、大樹の気持ちとしても穏やかでいられる。
「結局話はまとまったの? 何やるか決まった?」
「満場一致だよ。誰も手を挙げなかったんだけど。私らのクラスの出し物は、学校の飾りつけ+休憩室に決定した」
「飾りつけ? 休憩室?」
耳慣れない単語が聞こえてきた。通常、クラスの出し物は演劇や娯楽系を想定される。おとなしいものだと展示など。
飾りって何だ。休憩室っていいのか。
「それ文実で認められるの?」
「前例はあるよ。神谷さんが言ってた」
「それ実体験なんじゃねえの!?」
手抜きを体現している神谷隼人ならば、文化祭に参加するのが面倒で楽な出し物へ誘導した可能性がある。
「でも流石に弱いと思ったから、案内板とかタイムスケジュールを作成も請け負ったよ。一般客を誘導しますって名目でね」
「それ結局大変なんじゃないの?」
「いいよ。――大人数で動くのなんて疲れるもん。だから無難に手堅く小規模でやらせてもらう。大樹は気にしなくていいよ」
「………」
棘のある言い方だなあ、と思う。少なくとも心中穏やかではないのは確かだ。
けれど、大樹が関わろうとするのは間違いだ。今、自分にとって何が大事かは分かり切っていて、それは片手間にどうにか出来る問題ではない。
だが、何もしなくて良いわけではないのだろう。それを教えたのは楓なのだから。
「飾りつけって一口に言うけどさ。何でも良いの?」
「? そのつもりだけど?」
「だったら、テーマをハロウィンにしてみるのはどう? 丁度、文化祭は十月末なんだから」
日本にハロウィンが認知されて長い年月が経つ。毎年、渋谷付近何かしらのイベントがあるのは、ニュースで知っていた。各々が好き勝手に仮装(コスプレ?)をしている様子は圧巻の一言に尽きる。
「あ……盲点だった」
「ほんとに? こういう楽しそうなことに無理やりこじつけるのは、楓の得意分野でしょ。頭固くなってない?」
「………」
怒られるのを覚悟して、調子乗った発言をしてみるが楓は無反応。楓は難しい顔をしながら肘をつく。指先が彼女のこめかみを数回叩いたところで、突如スマホを取り出した。
「方針を少し変更する。参考になったよ、大樹」
「え? あ、うん」
楓らしからぬ反応に物足りなさを覚えるが、納得した様子なら良しとしよう。あまりちょっかいをかけたくもない。
それより、今は碧斗が復帰出来る策を考えなきゃいけないのだから。
◇
「失礼しまーす。神谷隼人先輩いらっしゃいますー?」
昼休みになってすぐ、大樹は相談室を訪れた。が、求めていた人物の姿はなかった。彼女である紅葉の姿もない。いるのは相談室の管理人、結城かなただけだ。
「神谷先輩って、相談室にいないときもあるんすか!?」
「篠原くん、さすがに神谷くんに失礼だよ……。彼だってここに来ない日くらい――あれ? ある? あったっけ?」
「途中で自信なくさないでくださいよ」
ここにいないならば直接教室に特攻する気概も持ち合わせていたが、かなた曰く、もうすぐ来るとのことなので、待たせてもらう。ほらやっぱり来るじゃん。
ソファでくつろぎ、なんとなく部屋の中を見渡していると、かなたと何度か目が合う。あはは、と苦笑いされる。そんなことが数回繰り返されたところで大樹もいよいよ限界が来て、
「いや、なんすか!? 何か言いたいことあるんですよね!?」
「え!? なんで!? そんなことないよ! 全然バドミントン部のことなんて気にしてないし! 自意識過剰なんじゃないかな!」
「あ、そうですよね……。結城さんには本来関係ないですもんね……。すみません、今でも顧問として頼りたいなんて思ってしまって……」
「ええ!? そういう反応!? ちょっとそれはずるいよ!」
大樹の言葉に胸をえぐられた気分にでもなったのか、かなたが狼狽する。大樹としては冗談のつもりで口にしたのだが、思い返してみれば顧問問題も解決していないことに気付く。今でこそ神谷に許しを得たとはいえ、かなたが部活の顧問をしていることには納得していないはずだ。
ああ、気が重い。これも真琴に相談するべきだろうか……。
「やっぱり顧問やろうか……? っていうかやるよ?」
「いや、確かに神谷先輩の言う通りなんすよねえ」
大樹が暗い顔をしたのを心配し、かなたが提案。しかしバッサリと斬り捨てる。
名前さえ貸してくれるなら誰でも良いという次元の話ではなくなってきている。人柄に関してだけ言えば、結城かなたには何の落ち度もない。だが、彼女本来の素質が発揮されるのは、この相談室でのカウンセリングだ。適材適所が出来るならそうすべきだろう。
「それに顧問として貫禄が足りないしなぁ」
「ガーン!」
何やらショックを受けている様子だがフォローする気はない。
バドミントン部は生まれ変わらなければならない。ここで下手を打てば、たとえ今回の件を乗り越えてもまた問題が起きる。生徒たちから尊敬と畏怖を向けられる人物――ようするに強面の人材が欲しいのだ。
「ねえ、結城さん。ダメ元で聞くけど、バド部の顧問を請け負ってくれて、ついでに怖い系の先生っていない?」
「そうですね……。学年主任とか?」
絶句する。学年主任と言えば、あのスキンヘッドが浮かぶ。球技大会の時はだいぶ世話になった。確かに顧問として申し分ないが……。
「引き受けてくれるの?」
「む、難しいかな」
肩書からしてかなり多忙そうだし、いきなり弱小部活の顧問をしてくれと言っても首を縦に振ってくれると思えない。というか、個人的にもお近づきにはなりたくない。
会話が途切れて居心地が悪くなってきたところで、かなたが謝罪を口にした。
「ごめんね。力になってあげられなくて」
「全然っす。なんとかなりますよ」
かなたがおかしそうに口元を隠して笑う。
なんで笑われたのか分からなくて、かなたを見つめる。
「なんか神谷くんみたいに見えて。何の根拠もないのに自信たっぷりな感じが」
「あれ!? 急にディスられてます!?」
「でも本当になんとかなりそうな気もしちゃって。変だね?」
そこで相談室の扉が開く。予想通りの神谷隼人と桜庭紅葉だ。神谷は自分より早く到着していた大樹を凝視し、後ろから紅葉が手を振る。
神谷は大樹とかなたを交互に見比べて言う。
「……何の話?」
かなたがまた笑った。
「なんでもないよ」




