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「似合わないよ」

「えっとごめん、どういうことかな」

 大樹のチームが試合を始める直前のこと。トーナメント方式で試合は展開されていくが決勝戦以外は一気に試合を消化したいがために、小さいコートで行われる。

 そのため、通常は十一人が出るところを七人で出場する。結果ベンチに何人かが控えるわけだが……。


「だからさ~」

 クラスメイトのサッカー部員がワックスで立てた髪をいじりつつ面倒くさそうに言った。

「篠原、お前出なくていいよ。俺らで勝手にやるから」

 彼の後ろで残りの六人がそれぞれ準備運動を始めていた。

「いや……だってフルで出場したら体力的にもきついだろ?」

「え、別に? コート小さいし俺らサッカー部だし余裕でしょ」

「で、でも――」

「……あー、もう」

 くしゃくしゃと彼が頭を掻く。せっかく整えたはずの髪が崩れた。そして次の瞬間からは、同学年であるはずの大樹が恐れてしまうほどの剣幕となっていた。


「お前マジでうぜえ。素人の分際で調子乗らないでくれる? こっちはクラスの期待背負って、ガチで勝ちにきてんの。テメエとかいらないから、さっさと消えてくれるかな?」

 しっしっ、と彼はまるで害虫を払うかのように顔をしかめて大樹を追い払った。そして不機嫌なままにコートに入っていく。


「お前、あれはちょっと言い過ぎたんじゃねー?」

 サッカー部員と思しき別の男子生徒が彼に話しかけた。彼は鼻で笑う。

「いいんだよ。あいつ授業中に空振りしてそのまま転んでたぜ」

「えっ、マジで!?」

 二人が大樹に視線を向ける。

「……にしては随分自信満々だったな」

「あ、それで思い出した」

 サッカー部員は顔を歪めた。


「なんか、あいつ、昼休みになるとすっげえ綺麗な人と練習してたっぽいんだよ」

「え、彼女?」

「はぁ~? ねえってそれは。身の程知らずすぎるだろう。あんなださい奴に彼女とかいるわけないだろ、遊ばれてんじゃね?」

 サッカー部員が思わずといったように吹きだした。まわりもそれに流されて汚い笑い声がグラウンドに響く。


 たった今述べられたことが時間と共に頭に染みこんでいく。頭が真っ白になった。

 ベンチを見ると自分のクラスの控えが何人かいて、彼らを燃えるような瞳で睨み付けていた。恐らく、今の大樹と同じような仕打ちを受けたのだろう。大樹も今の態度に今更だが(はらわた)が煮えくり返りそうなほどに怒りを覚えた。もちろん自分を侮辱されたこともあるが、それよりも月夜への不当な評価をされたことの方が我慢出来なかった。


 だが、だからと言って大樹に何かが出来たわけではなかった。足早にその場を去る。

 校舎は人が出払っているため、誰にも見つかることはない。大樹は大きな足音を響かせながら自分の教室に戻ろうとしていた。


 苛々する。心底、あいつの言動が気に入らない。

 そして彼にあそこまで言われた挙句ひとつも反論らしいことができずに逃げてきた自分が情けなくて……くやしい。


 段々と歩調がゆっくりになっていき、やがて普通に歩いているときと同じようになった。

 月夜には申し訳ないという思いが広がっていく。あそこまで付き合ってくれたというのに何もできなかった。あの練習は全て無駄だった。


「ほんと、情けない……」

 飛び出してきてしまった以上、もう戻れない。今日は一日おとなしくしていよう。

 教室の扉を開ける。そこには誰もいないはず――だった。

 机に誰かが腰かけている。その人物はびくっ、と肩を震わせたあとゼンマイ人形のようなぎこちない動きでこちらを振り向いた。


「なんだ。篠原くんか」

 長い前髪から覗く目はいつもと同じく眠たそうに半開きだ。それなのにどこか鋭く刺すような視線で大樹は不思議な印象を持っていた。単に目つきが悪いだけかもしれないが。

 森崎楓。楓の席は大樹の隣であるため、たまに言葉を交わすことがある。と言ってもほとんどが事務的な内容だが。

「……うん?」

 どういうわけか、楓は制服姿だった。球技大会が行われている現在、全校生徒が体操服のはずだ。

「なんで制服なの?」

「遅刻をしてしまったので、サボタージュしているところであります」

 大樹は呆れた。楓がよく遅刻をするのは、このクラス内においては共通の認識だった。


 楓が背中をそらした。楓には大樹の姿が上下反対に見えているだろう。その眠そうな瞳で大樹を見据えて、

「さては『お前はいらない』とか言われたな?」

 図星を突かれた。大樹は居心地の悪そうに目を逸らした。眉をひそめた楓は気遣うような言葉をぶつけてきた。

「仕方ないよー、あいつはそういう性格だったし、むかつくことに実力もある。君はおとなしいから、簡単に言い(くる)められてしまった。それだけだよ」

 楓の言う『あいつ』とはさっきのサッカー部のことだ。


「なんて名前だっけ。えーと……」

「篠原くん、クラスメイトの名前ぐらい憶えておこうよ」

「じゃあ森崎さんは覚えてるの?」

「知らない。あんな性根の腐った男の名前は知っていても知らない」

 彼は相当嫌われているようだ、大樹も嫌いだが。仕方がないからクラス名簿で確認す

……うん、加藤だった。


「はあ~」

 なんだか溜息が出てしまった。大樹も机に腰かける。

「なんか……疲れた」

「まだ何もやっていないというのに。一体その疲れはどこから来たのでしょう」

「さあ、どこからだろうね」

 なんとなく机を二つ繋げてみて体を横に倒してみる。隣で楓が「あ、私もやろう」と言い机がさらに連結される。即席簡易ベッドの完成である。

「……硬いんですけど」

「……当たり前なんですけど」

 背中に硬さと冷たさを感じながらも大樹も楓もそこから動く気にはなれなかった。


 二人とも黙ってしまえば他には誰もいないこの教室には静寂しかない。こうなってしまうと大樹は考えなくもいい余計なことを思い出してしまう。


(ああ、くそっ)


 やっぱり苛々する。月夜にまで協力してもらって練習した成果があんなものだったのだ。陰ながら努力した結果がこれだった。惨めだ。なんで何もかも上手くいかないのだろう。

 どうやら気が付かない内に色々と唸っていたようで、

「あの~、すみません。横で悶えるの止めてもらえますか。気になっちゃうので」

 そう指摘された大樹はやっと我に返ることができた。しかし悩みが解消されたわけではない。

 沈んだ気持ちのまま、大樹は呟く。

「……なあ、森崎さん。なんでこんなにも上手くいかないんだろうね」

「君の世渡りが下手すぎるからじゃね?」

 一刀両断だった。

 そんな身も蓋もないことを言われてしまうとそろそろ大樹の心も限界に近かった。見上げている薄暗い天井が段々と滲んでくる。


「まあ、頑張っていたことは認めるけど。いつもコツコツとグラウンドに出てたし」

「え、何で森崎さんまで知ってるの」

 大樹は跳ねるように飛び起き、楓も緩慢な動作でそれに倣った。

「いや、知ってるも何も、目立つでしょ。あんな綺麗な人と一緒だったら。そういえば朝日先輩と君って中学のときは同じ部活だったよね。もしかして付き合ってるの?」

「え、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」


 先ほどからの楓の言動から、大樹は動揺を隠せない。楓の口からどんどん聞き捨てならない事実が暴露されていく。大樹は楓を手で制した。

「な、なんでセンパイを知ってるの」

 大樹のその言葉に、楓は肩をすくめて嘆息した。

「まさかとは思ってたけど……本当に覚えてないの?」

「な、何を?」

「私たち、同じ中学だよ」

「そうなの!?」


 大樹の反応に、楓はいよいよ呆れ返った。

 確かに三年間という学校生活の中で全く話さなかった、知らなかったという同級生も何人かはいるが、どうして今まで気が付かなかったのだろうか。大樹が通っていた中学はけっして大きなところではなかったのに。


「君とは中学で関わったことはなかったけど、私は君を知っていたよ」

(えっ)

 楓の言葉に大樹は少なからず戸惑った。楓はそのままひとりごとのように続けた。

「毎日、毎日、朝早くから重そうな荷物背負って学校行って、とっくにみんな帰った後でもずっと部活の練習して勉強も頑張っていたようで。それだけじゃ飽き足らず行事なんかの実行委員までやってたし……」


(え、なんだこれ、なんだこれ!?)

 何故、自分はかつての同級生から労われているのだろうか。

 自分の知らないところで女の子が見ていてくれていた。そう認識すると……なんだか気恥ずかしいような嬉しいような複雑な気持ちになる。

 だが……何だろうか、この雰囲気は。

(まるで告白でもされそうな……はっ!?)

 そこまで考えたところで大樹は今の状況を再確認した。

 電気を付けていない薄暗い教室、そこには大樹と楓しかいない。他の生徒も教師も少なくとも昼までは戻ってこない。

(やばい、なんか緊張してきた……!!)

「篠原くん」

 楓の肩が大樹の肩とぶつかる。楓は今まで見たこともないような優しい表情をしていた。

(もう、どうにでもなってください……)

 大樹は硬直したまま楓の言葉を待った。



「君は、ほんっっとに、無駄な努力が好きだね!」



「はい?」

 今、予想の斜め上過ぎることを言われた気がする。

 楓はそんな大樹を放置して目を輝かせながら言葉を重ねる。

「そんな面白くも何ともないことに時間を費やすだなんて神経、私には全く理解できないね。ましてや球技大会ごときのために毎日、誰かの協力を得てまで練習しようとする君は十分異常だね。最早病気と言ってもいいくらいだ」

「へ、へえ~」

 大樹の額に青筋が浮かんでいたが、大樹はそれでも無理矢理に感情を押し殺した。それが大樹に出来たのは彼にとって奇跡と言ってもよかった。ここまでの罵詈雑言と屈辱を受けたのは生まれて初めてだった。

 楓は本当に運がいい。一歩間違えればしばらく誰も戻ってこないという環境の中、大樹に文字通りの意味で襲われていたかもしれない。


 再び腹を立てた状態になった大樹は立ち上がり教室のドアへと向かった。

「おや? どちらへ?」

 抜け抜けと楓は聞く。それがさらに大樹の神経を逆撫でさせた。ガラガラ、とドアをスライドさせる。

「まあー、確かに? あそこまで言われて何もやり返さないままなのは気分が悪いし? ちょっと文句のひとつでも言ってくる」

「やられたらやり返す、倍返しだ!」

「ああ、それと」

 楓が某ドラマの名言をパクったことはこの際スルーして。


「俺は、お前が大嫌いだ!!」

「私はそんな君が嫌いじゃないぜ!!」

 バン!! と大きな音を立ててドアが閉められた。さっきのものと負けないくらいの足音を響かせながら彼はグラウンドに向かっていった。

 うん、と楓は頷く。


「そうそう、君はそうでなくちゃ。落ち込んでいる君なんて似合わないよ」


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